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お風呂から出て、まだ何も知らない母と優雅にお茶をしていると、バーンッとリビングの扉が乱暴に開いた。


「エリーゼぇぇええーーっ!!!」


帰ってきた父が勢いよく入ってきた。肩を怒らせ、目は血走っている。


「どどど、ど、どうなさったのっ!? あなた!?」


血相を変えた父に、母は驚いて立ち上がった。

私は分かり切っていたことなので、食べ掛けのクッキーの欠片を口に放り込み、ゆっくりと飲み込んでから立ち上がった。


「お帰りなさいませ、お父様」


「おま、おま、お前は・・・! 一体、何をして・・・」


「わたくしが何をって? もしかして、お父様は詳細をご存じなくって? きちんと説明を受けていらっしゃらないの?」


私は冷静に首を傾げて見せた。


「いいや・・・、詳細を聞いた・・・」


父は、ハァァァ~と大きく溜息を付きながら、片手で顔を覆った。


「ならば、わたくしが悪くないというとはお分かりでは?」


「分かっている! 分かっている!!」


父は顔を上げてクワッと叫んだ。


「悪いのはあの王子だ! あの王子がアホなのだ! だがな、エリーゼ! こうなったのもお前があのアホを焚き付けたからだろう!」


父は私に向かって指を差した。


「あのアホ王子が挑発されたら後に引けなくなるくらい分かりそうなものだろうが、エリーゼよ! 確信犯に近いではないか!」


「そのようなことおっしゃるのですね。わたくしが公衆の面前であれだけ恥を掻いたというのに」


私はプイッと顔を背けて見せた。


「もちろん、それは許せん! 許せんぞ、可愛いエリーゼよ。でもな、お前ならばそのような目に遭うことを避けられたはずだろうに。今まで上手くやっていただろう?」


拗ねた私に慌てたのか、少し声のトーンが柔らかくなった。


「いいえ。そうでもありませんわ。今日ほどではありませんが、常に恥は掻かされておりました。お父様には報告していないだけで」


「なに?」


「わたくしは今日の夜会で誰にエスコートされたかご存じですか、お父様?」


「は?」


「やはり、そこまでは聞いていらっしゃらないでしょう?」


父は少し呆けた顔で私を見ている。


「わたくしは一人で参加しましたのよ?」


「は?」


「今回だけではございません。ほとんどの夜会でわたくしは殿下にエスコートして頂いたことはございません」


「な・・・に・・・?」


「その度に周りから嘲笑されておりましたから。特にご令嬢方は辛辣でしたわね」


「・・・」


「つまり、常に恥は掻いていたのです。今日ほどではございませんけれど」


「・・・」


「実のところ、上手くなんてやれていなかったのですよ、お父様」


「・・・」


「ご期待を裏切って申し訳ございません」


私は父に頭を下げた。

父は何も言わない。顔を上げて父を見ると、顎が外れそうなほど口をアングリ開けていた。


「ほ・・・本当に・・・?」


目が点になり、口をパクパクとさせている。


「はい」


「あんのクソ王子がああああああああ!」


屋敷中に響きわたるほどの怒号に、私は思わず耳を塞いだ。


「私のエリーゼのっ、こんなに可愛いエリーゼのエスコートをしたことないだとっ?! この父がしたくてもさせてもらえず、どんなに悔しい思いをしたか知れないのにっ・・・!」


父は頭を抱えて喚いた。


「エリーゼを蔑ろにするとは! 婚約者に敬意を払わないなど、何という不届き者! 王子としての人格を疑う! 男としても風上にも置けんわっ!」


「あの・・・、あなた。ちょっとよろしいかしら・・・?」


怒り心頭の父に母が恐る恐る話しかけた。


「えっと、エリーゼも・・・。あの、二人とも何の会話をしているのかしら? わたくしには話が見えないのですけれど・・・」


そう言いながら、チラリと私の方も見た。


「あ、お母様。ご報告が遅くなり申し訳ございません。お父様が帰宅なさってからお話ししようと思っておりました」


「そ、そう・・・?」


「わたくし、今日の夜会でレオナルド殿下に婚約破棄を言い渡されましたの」


「は?」


「大勢の方たちの前で、堂々と。それはそれはご立派なお姿でしたわ」


私の皮肉に、父は悔しそうに頭を掻きむしるが、母は目をまん丸にしたまま固まってしまった。


「お前たちの仲がさほど良くないことは薄々気付いていたが・・・。だからと言って、あのクソガキがぁぁあ!」


父は相変わらず頭を掻きむしりながら喚いている。

母は微動だにしない。でも・・・、あれ・・・? なんか、身体が傾き出した。


「お、お母様?!」


私は慌てて手を差し伸べたが間に合わず、母はパターンッとその場に倒れてしまった。


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