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「第三王子レオナルド殿下の婚約者であるエリーゼ・ミレー侯爵令嬢が、先日の夜会で殿下から婚約破棄を言い渡されましたのよ!」
「ええ!」
「本当に?!」
「嘘でしょう!」
〔ぶほっ・・・っ〕
パトゥール夫人のもたらしたビッグニュースに、取巻きのご婦人方は各々驚いた声を上げる。
私の隣ではオレンジジュースを噴出したレオナルドがケホケホと咽ている。
あーあー、もう、私の可愛いドレスが汚れるじゃない。
私はナプキンで彼の口を拭いてあげた。その間にもパトゥール夫人の話は続く。
「宴もたけなわ、皆がダンスや歓談を楽しんでいるところに、突然、レオナルド殿下が突然ミレー侯爵令嬢に婚約破棄を突き付けたのですわ。それはそれは驚きました」
まるで見ていたような言い方。
あの日の夜会は若者の集いのはずで、既婚者、且つ中年女であるパトゥール夫人は出席していないはずなのに。
「まあ、わたくしも気を揉んでおりましたのよ、いつか殿下から愛想をつかされてしまうのではないかって。なにせ、エリーゼ様はお気が強くていらっしゃるでしょう?」
気が強くて悪かったわね。余計なお世話だ。
「もう少しおしとやかになさいって、いつも申し上げていたのですけれどね」
ふぅと呆れたように溜息を付くパトゥール夫人。
「まあ、さすが、パトゥール夫人。ミレー侯爵家のご令嬢ともお親しいのですね」
「ええ。懇意にしております」
「王族の婚約者様と親しいなんて。本当にお顔が広いのですね」
「オホホホ。それはもちろん、母だって侯爵家出身ですから」
〔おい、お前、あのご夫人とそんなに懇意にしてたのか?〕
〔わたくしも初耳ですわ。あの方の噂はかねがね伺っておりますけれど、わたくしと親しいというところまでは知りませんでした。だって、碌にお話したことないもの〕
会話を聞いて、私たちはコソコソと小声で話す。
「きっと、今頃ひどく涙に暮れていることでしょう。可哀相ね。今度、お茶にでも誘って元気づけて差し上げますわ」
〔んまぁ~、お優しいお方ですこと。楽しみですわね〕
〔涙に暮れてって・・・、これのどこが・・・〕
チラリと後ろを振り返ってみた。
パトゥール夫人は背中しか見えないので表情は分からないが、まわりのご婦人方が羨望の眼差しを彼女に向けているので、おそらく相当優越感に満ちた顔をしていることだろう。
「でも、婚約破棄だなんて・・・。ミレー家のお嬢様はどうなるのでしょうか?」
一人のご婦人が心配そうに聞いた。他のご婦人も頷き、興味あり気にパトゥール夫人を見る。
「そうですよね。王家から婚約破棄を言い渡されるなんて・・・。とても不名誉なことですものね」
王家からではない。王子からだ。しかも独断。
「本当に。お気の毒ですけれど、もう、そう良いご縁には恵まれないでしょう。仕方がありませんね。まあ、このわたくしが口を利いて差し上げてもよろしいのですけれど・・・」
パトゥール夫人がまた溜息交じりにそんなことを宣う。
取巻きの婦人たちは、さすがだの、優しいなどとパトゥール夫人を褒めそやす。
〔どこまでご親切な方なのかしらね、この方。わたくしの嫁ぎ先までお世話して下さるって〕
〔・・・〕
私はコソコソ話しながら、テーブルに置かれたチョコレートケーキをフォークで小さく切って、レオナルドの口に運んだ。レオナルドは無言で口を開けた。
「そうねぇ、わたくしの息子もまだ独り身ですし・・・」
「まあ! ご子息のジュール様? 確か、今、領地で子爵様と一緒に領地経営を勉強中とか」
「おほほほ、頑張っておりますのよ」
「パトゥール家のご子息なんて! 羨ましいですわ!」
「本当なら息子には婚約破棄されたご令嬢よりも、ずっと良いところのお嬢さんをと思っていましたけれど・・・」
「そうですわよ。侯爵家とは言え、婚約破棄された娘にしたら、パトゥール家がお相手なんて良縁過ぎますわ」
・・・。
勝手に話しが進んで行く様に、呆れ過ぎて何も言えない。
〔よく分かりませんけど、わたくしの嫁入り先が決まったようですわよ? 結婚祝いは弾んでくださいませね〕
ケーキをレオナルドの口に運びながら、小声で話しかけた。
レオナルドはさっきからずっと無言で食べている。
〔? 殿下?〕
反応が薄いので、気になって彼の顔を覗いた。まるで苦虫を嚙み潰したような顔でケーキを頬張っている。
〔え? このチョコレートケーキってそんなにビターだったのですか?〕
〔え? あ、違・・・〕
私は慌てて自分でもそのケーキを一口頬張った。とても甘い。全然苦くない。
〔???〕
私はキョトンとレオナルドを見た。レオナルドは目を丸めている。
〔もしかして、これでも苦いのですか? こんなに甘いのに?〕
〔違う! 苦くない! ただ・・・〕
レオナルドはプイッと顔を背けたと思ったら、
〔腹が立っただけだ・・・、そいつらに・・・〕
そう呟いて、気まずそうに俯いた。
まさか、私のために腹を立てたのか?
気まずそうにモジモジとしている様を見ると、改めて自分の愚行を反省しているようだ。
その様子を見て、思わずふっと笑みが零れた。誰であろうと自分のために怒ってくれるのは、少し心が軽くなるものだ。
〔まあまあ、そんなに怒らないでくださいませ。ほら、あーん〕
私はケーキを掬ったフォークをレオナルドの口元に近づけた。
レオナルドはまたまた目を丸くしている。
〔どうされたの? 苦くないのでしょう?〕
私が首を傾げると、レオナルドは口を開けた。
結局、この後もパトゥール子爵夫人劇場は続き、それを聞きながら二つのケーキを二人で平らげたわけだが、私はご婦人たちの話に夢中で、同じフォークを使っていたことにさっぱり気が付かなかった。




