12*
今日は朝から気分が悪かった。気分が悪いだけではない。
父上に殴られた左頬も痛い。まだズキズキする。
俺のこの惨状の理由は、昨日の夜会の出来事にある。
「くそっ! 本当に可愛くない奴!」
俺は宮殿内の長い廊下を歩きながら昨日のことを思い出し、悪態をついた。
自分自身、やらかしてしまったという自覚は十分にある。
俺だって、夜会の場であのようにエリーゼに婚約破棄を突き付けるつもりは無かった。
俺の周りに女が群がるのはいつものことだ。
それに対してエリーゼはよく小言を言っていた。それが煩くてよく言い争いになっていた。
最近は特に酷かった。
苛立っているのか、忠告や小言というよりも八つ当たりに近く、言い方に棘がある。
昨日は俺もそれなりの理由があり、正直、機嫌が悪かった。
そこに、俺の神経を逆なでするかのように小言をぬかしやがった。
『もう少しご自身のお立場をお考えあそばせ』
虫の居所の悪かった俺には、このいつもの小言が普段よりも数倍癇に障った。
そのせいでつい大声を上げてしまったのだ。
『今、この場でお前との婚約を白紙にしてもいいんだぞ!』
脅しのつもりでそう言ったわけだが、エリーゼは待っていましたとばかりに畳みかけてきた。もはや後には引けない。
『お前との婚約を破棄する!』
そう宣言するしかなかった。
☆彡
婚約解消―――。
それは前から考えていたことだ。
俺たちの仲はかなり拗れていたし、結婚したところで仮面夫婦になるのがオチだ。
まあ、王族の結婚なんて、国益の方が重視され、個人の感情なんて二の次だ。仮面夫婦だろうが問題はない。それは理解している。
お互い愛情がないだけなら仮面夫婦にもなれるだろう。
だが、俺たちはその仮面すら被れそうにないほど不仲なのだ。公の場でまともな夫婦を演じることもできず、逆に国益を損ねてしまうと思われるほどに。
この婚約解消は国の為でもあると言えるほどに。
そうは言っても、王族の婚約がそう簡単に解消できるはずの無いことも分かっている。
もう少し時間をかけて上手く立ち回ろうと思っていたのだが、エリーゼの小言についカッとなり、売り言葉に買い言葉のように婚約破棄を突き付けてしまった。
案の定、夜会の終了後、事態を聞きつけた父上から呼び出しをくらった。
そして、初めて頬を殴られた。不意を突かれて、俺は無様に床に倒れた。
「王室の婚約を何と心得る?! この愚か者めが! 恥を知れ!」
父上はそう怒鳴ると、側近に大臣を呼べと言いながら、足早に部屋から出て行ってしまった。
誰もいなくなった部屋。口元を手で拭うと血が付いた。口の中を切ったようだ。
俺はゆっくり立ち上がると、腹いせに暖炉の上に飾ってあった花瓶を床に叩き落とした。
物に当たるなんて餓鬼染みて馬鹿らしい。
そう反省する一方、ガチャーンッと大きな音を立てて割れた花瓶を見て、少しだけ気持ちが落ち着いた。
エリーゼがこの惨状を見たら、
『物に当たるなんて最低です。貴方の頭の中って永遠に三歳児なのですか? 返って羨ましいですわね』
そう言いそうだ。目を細めて小馬鹿にしたように俺を見る顔まで浮かぶ。
俺はそれをもみ消そうと、床に飛び散った花瓶の欠片を踏み潰した。
ふん、いつかこうなるだろうとは思っていた。
アイツは俺を好きじゃない。
俺もアイツを好きじゃない。
婚約破棄をして正解だ。
だとしても―――
「もう少し悲しそうな素振りをすれば可愛げがあるものを・・・。本当に憎らしい奴・・・」
俺は昨日の出来事を思い出し、苛立ちながら廊下を歩いていた。




