息の長い怪異
噂で広まった、定番の怖い話をひとつ。
それは、ボクの目の前に現れた。
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事の起こりはいつだったか。
夏休み前の浮かれた空気の教室で、クラスメイト達に語られた怖い噂の話だったか。
冬に暖房の効きが悪い教室で身震いするクラスメイト達が、更に身震いさせてやろうとイタズラ心から語った怖い噂の話だったか。
その怖い話の内の1つが、僕の中で異様に記憶に残っていた。
それは親どころかお爺ちゃんお婆ちゃんの世代から始まる話。
当時はネットすらないのに、いつの間にか生まれて広まって、日本全国規模で知れ渡っていた話。
一気に広まったのに、気が付けば誰も語らなくなり、しばらくしたらまたコレを思い出したように一気に広まって語られる話。
見た人、出会った人から聞いた話(を聞いた人の話)から始まるあの話。
でも実際に出会ったと言う人とは絶対に出会えないのに、出会った人がいると聞く話。
ソレはどんな時にでも全身を隠すような超ロングコートを着て、顔の下半分を隠す様なマスクをしているらしい。
話によって、つばの広い帽子を被っている。
ソレは放課後の時間帯に誰もいないはずの通学路で気が付いたら現れる。
ソレが接触してくる時は基本1人の時だが、今は友達数人と一緒に下校している時にも現れる。
ソレから逃げ切れた話も逃げ切れず命を落とした話もある。
命を落とした話を、ソレと出会った人から聞いたとする話には苦笑するしかなかったが、それでもソレは異様な迫力を持つ描写と通学路と言う身近な場所が凄味を与える。
ソレの名は――――
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「――――アレは口裂け女、だよね?」
ちょっとそこらの音に気を取られて余所見した途端に、50m位だろうか、正面に全身を隠す地味な色のロングコートを着たソレが立っていた。
その人は帽子を目深に被って顔の上半分を隠し、残りの半分はマスクで隠している。
髪は珍しく短いが、そこは問題ではない。
そんなソレを目撃してしまった訳だが、ボクは本気で動揺して思考が止まり、身体が硬直してしまっていた。
なぜなら、ソレから異様に強い視線を感じるのだ。
そしてその視線がボクを完璧にロックオンしている。
そうと分かる。
その圧に圧倒されて、まるで蛇に睨まれた蛙みたいになってしまっていると自覚する。
体感でしばらくして。
ボクが動けないと悟ったのだろう。
ソレはゆっくりとボクに歩み寄ってきていた。
「ひっ……!」
顔から血の気が引いているのが分かる。
やばいやばいやばいやばいやばい!!
アレは動きが異常に速いと聞く。
今はゆっくり動いているけど、それはどうせこちらを怖がらせる為に、わざとゆっくりしているだけだ。
そしてなぜか、まだかなり離れているはずなのに、荒い呼吸音が聞こえてくる事が怖ろしい。
アレから逃げるには、今の内に走って逃げるか、ぽまーどって言葉を叫び続けて逃げるか。
でも今のボクではどっちも出来そうもない!
なんだか口からガチガチ音が鳴りっぱなしだし、なんか足もガクガクで太ももを持ち上げるって動きはどうやるんだっけと忘れてしまってる。
これは本当にやばい!!!
ガチガチガタガタで何も出来ないままソレの接近を許してしまい、距離が3歩分しか残っていない!
逃げたい!
でも足が動かない!!
本当にやばい!!!
心の底から焦っていても、体が動かない。
なんて思っていたら、ソレが動きをピタッと止めた。
ああ……まずい。
もう、ボクの命は無いのかも知れない。
半ばあきらめ気味なボクに、ソレが声を出した。
「ステキナヒトニ、ニゲラレチャッタ。 コレデモ、ジシンガアッタノニ。
ネエ、オジョウチャン……ワタシ、キレイ?」
耳に飛び込んてきたのは、ガサガサした男とも女とも分からない声。
……あぁ、やっぱりそうなんだ。
ソレがアレだと確信した。
ここからアレはマスクを外し、裂けて大きな口を見せてくるのだろう。
「ネエ、キレイ?」
…………だと、思ってた。
外したのはロングコートのボタン。
外れて開放されたロングコートの中に見えたのは――――
「――――変質者だーーーーーーーっ!!?」
体の硬直は一気に解け、さっきとは違う形で震える。
ぞっとした。
違う意味でぞっとした。
コイツは口裂け女じゃなかった!
ボイスチェンジャーで声を変えて、顔を隠して本人特定対策をした変質者だった!!
違う意味でやばいっ!!
ボクは迷わず、身に着けていた防犯ブザーに手をかけた…………!!
実は
息の長い怪異→息の荒い怪しい人
ボク→ボクっ娘
口裂け女→ロングコートの変質者