004:ルナの行脚③
「――そう言えば、シェーラの方はどうなったの?」
話し込んでしまえば夜も遅くなってしまうだろうからと最初からアリサちゃんマリアちゃん両名はこちらディザーク侯爵家邸宅に泊まり込む体勢だったし、既にマイパジャマを屋敷の客室に置いているほどの間柄ともなれば咎める人間などあろう筈も無くってなもんで。
本当ならおねむの時間になったらそれぞれ宛がわれている部屋へと直行するものなのだけれど、今夜に限っては全員ともがルナから離れたくないと頑なで、なので同じベッドの上で就寝するとかいう羨まけしからん状態になっていた。
「ええ、その件ですが……」
本音だと愛娘と一緒に寝たかった甘やかしたがりのお母様は、けれど流石に同じベッドに5人は入れない(面積的に)からと渋々自室に帰っていった。
メイド達も退室し、明かりも消されて真っ暗、いやベッドの袂にあるチェストに置かれた小さなランプが頼りない淡い光を放つ中、まるで恋愛話に興じていますとでもいったシチュエーションで色気もへったくれも無い話を切り出す。
報告という形で過去を振り返るのは極黒の髪を結った姿が妙な気品と色気を醸し出しているシェーラ嬢である。
「獄中死したリブライ・ミューエルの周辺を調査しましたが、聞き取りだとどうにも要領を得ない回答しか得られませんでした。これはサラエラ義母様には既に報告済みの話ですが、そこでリブライの死亡が確認された同日に同じように死体処理された人間がいないか記録を漁ってみたのです。その結果、死刑囚が一人同時刻に死刑執行され火葬されている事が判明したのです」
「ほう……」
「この死刑囚に関して看守達に聞いて回ったところ、当日に処刑は行われておらず、つまり理由を空欄にしたまま囚人のリストから抹消されている事が分かりました」
「ではそのリストに手を加えた人間は……?」
「ええ、私としてもこれを手がかりと判断して追い掛けたのですけれど、どうやらリブライが死亡したとされる日の前日から、牢獄を管理している人間が消息を絶っていたようなのです」
「消された……といったところかしら?」
「分かりません。けれどその可能性は非常に高いかと」
声を潜めて囁き合う。
マリアとアリサはジッと聞き耳を立てている。
聖女認定されてからというもの女神教の一員も兼ねているマリアと、小難しい事なんてそっちのけで航空部隊の班長として日々修練に明け暮れているアリサでは王城内で渦巻いている謀略なんて分からない。
まるでミステリー小説でも読んでいるような気持ちで聞き入っていた。
「新しく牢獄を管理統括する事になった人間は名をドレイク・マックラーといって、四十代も半ばといった感じの男です」
爵位は騎士――正式には騎士という爵位は存在していない。武功を立てた個人のみを貴族に準じる扱いとする、つまり名誉貴族みたいな立場となる。そして、武功というからには騎士の職に就いて王家や高位貴族のために働いていなければ成り立たない所から爵位=職業の意味で“騎士”と言われる。紛らわしいが、騎士隊内では区別するために“勲章持ち”とか言われているらしい――のドレイク氏。
彼は処刑後には土葬される筈だった囚人を、火葬して埋めるよう指示を出したのだとか。
「このドレイクなる男なのですが、問題なのは聖導教会アルフィリア支部に所属する司祭も兼任しているといった話です。普通に考えれば囚人達の懺悔を聞いてあげたりとか心のケアをする為って説明でも納得はできるのですけれど……」
城内牢獄にぶち込まれているのは何も凶悪犯罪者ばかりではない。
止むにやまれぬ事情から人を殺めるに至った人間もいれば、強姦や詐欺など重罪ではあるけれど死刑にするまでもないみたいなのも大勢いる。
そんな彼らにも一応は人権があって、長らく牢屋に入っていれば異常を来したりなんてことも往々にある。
狂ってしまった犯罪者がシャバにでれば再犯率はほぼ確定的、つまり危険度が増すのだ。
これを阻止するために神父や司祭といった人間が教会から派遣されてくるワケだけど、彼らの生活環境を整える意味合いでも牢獄を管理する人間には宗教関係者が適任であると、こう言われて反論できる人はそうはいない。
だから新たに着任した人物が現職の司祭であっても何ら疑うところは無いのだが……。
「リブライ・ミューエルの獄中死。その遺体の異常なまでの迅速な火葬処理。そして同日に行われた死刑囚のリストからの削除。……これらを命じたのが司祭であるというのなら、事件の裏には教会も絡んでいると考えるのが妥当な線でしょうね」
薄闇の中でシェーラの囁き声が微かに響く。
ルナは「う~む」なんて唸って目を閉じる。
ルナは、これはあくまで推測なのだが、リブライは今や残党などと呼ばれ世界各地に散っているらしい秘密結社“イルミナティ”の協力により脱獄したものと考えていた。
「悪を成す」とかいうふんわりとした目標を掲げている組織なのだから、事前に王族の暗殺をリブライに依頼していたとしても何らおかしな話でもないし、その方が全体の整合性が取れる。
けれどここに聖導教会が絡んでいるとするのなら、話はややこしくなってくる。
リブライが投獄されたのは男爵令嬢を攫うよう犯罪者集団に依頼した事ではなく、パーティーの最中にあって王族に斬り掛かったからだ。
つまり罪状は国家反逆罪なのである。
王族殺しなどは問答無用で死刑なのだが、ならば教会は何を目的としてリブライを逃がしたのか。さっぱり分からない。
そりゃあ確かに大陸じゅうに支部を持つ教会であれば意にそぐわない国の王様が死んだ方が楽になると言えばそうなのだけれども。
ここまで露骨にやるものか? とも思うワケで。
もしかしたら足りないピースがもう一つか二つ、どこかに隠れていると考えるべきなのかも知れない。
「まだ情報が足りないという事ね。シェーラ、リブライの事もそうだけど、教会の動向にも目を光らせておいてちょうだい」
ベッドの上で目を閉じ唱えれば、極黒髪の娘さんはルナの身に体を密着させたまんま「仰せのままに」と返した。
◆ ◆ ◆
――明けて翌日。
ルナの私室、ベッドの上で目を覚ました4人は寝相の悪さ故なのか互いに手足を絡めたり体半分をベッドからはみ出させズリ落ちていたりと優美とは言い難い状況になっており。
詰まるところ朝食にと呼びに来たアンナさんから深い溜息を頂くに至る。
「それで、お姉様の本日のご予定は?」
食事中、マリアが問い掛ければ「そうね」と答えるルナがいる。
「まずは教会、次にギルドに顔を出して、後は町を一周回ってみようかしらね。顔見せの意味もあるけれど、私が顔を見せなくなって一年が経っているというのなら色々と入り込んでいるでしょうし、見つけられたらラッキーかな、と」
「入り込む、とは?」
「教会だけじゃなくて周辺国からやって来たネズミさん」
不思議そうに首を傾げるのはアリサちゃんで、ルナはニンマリとして答える。
そうなのだ。
敵とすべき相手は教会だけじゃあない。アルフィリア王国の近隣にて虎視眈々と侵略の機会を窺う国々だって気が抜けない相手だ。
一年前の戦役にてルナは大量破壊術を行使した。
その破壊性能は十数万もの魔物群を一撃で塵芥にするほど凄まじい。
また、壊滅した町の住民十数万が一瞬で蘇生したともなれば、それらは兵器として考えるなら恐るべき性能であると断ぜずにはいられない。
発動が夜間に行われたこともあって、めちゃくちゃ目立っていたはず。
ならば周辺国から間者が送られてくるのは当然だし、ルナが相手の立場であってもそうする。むしろ黙したまんまジッとしている方にこそ為政者としてどうかと思う。
「だから私が表に出れば必ず状況に変化が起きる。間抜けなネズミさん達を炙り出す意味合いも含めて、私は町を彷徨かなきゃいけないの」
「分かりました。でしたら聖女としてそこそこ名前の売れている私もお供しますね」
マリアがしたり顔で述べる。
女神教の大聖女ちゃんは、お姉様一筋でぞっこんLOVEなのだ。
「あたしも行きますっ!」
次に手を挙げたのはアリサちゃん。リボンで結い上げた紅髪が尾っぽのように揺れた。
「シェーラ、貴女にも来て貰わないといけないけれど、予定は大丈夫かしら?」
「勿論です、お姉様」
すると極黒髪娘がフッと笑んで頷く。
シェーラに限っては配下の忍者部隊にも出張って貰わなきゃいけない。
なぜって、ルナという餌を撒くのだから釣り針を垂らさない事には魚が釣れないからだ。
そしてシェーラは源流氣術の使い手でもあるので、身の危険を心配するというのは逆に野暮というものだった。
「私は行けませんよ?」
そう言ってションボリと肩を落とすのはサラエラお母様。
一緒に行きたがっているのがありありと見て取れるけれど、ディザーク侯爵領を預かる立場である以上はそう簡単に町をぶらつけない。
偉くなり過ぎるのも考え物だな、とは彼女の娘が思った事である。
「では食べ終わったら準備を整えて出発しましょう。護衛の兵は少なめでお願いします」
本当は護衛なんて必要ですらないのだけれども、時節的に見れば国家の未来を左右するほどの重要人物に数えられてしまうルナなので護衛無しなどは有り得ない許されない。
と言うわけで、航空部隊から数名を見繕うようアリサに指示を出す。
屋敷に詰めている兵というのは、主任務としては領主代理であるサラエラを警護する事だから連れて行けない。
また事態が急変した場合、連絡役など飛んで移動できる隊員の方が迅速に対応できる。
その辺りは十二分に理解しているアリサなので「任せてくださいっ!」とお返事するに至った。
表立ってはネストの兵が護衛し、裏では忍者部隊が目を光らせ怪しい者があらば捕縛もしくはリストアップ。
付添人は注目度ナンバーワンの大聖女様ときたもんだ。
ここまで大仰な仕込みをしているのだから、空振りでは終わって欲しくないなあ、なんて思うルナお嬢様であった。




