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003:ルナの行脚②


 長時間耐久飛行訓練で300名の部隊員達はどれもこれもが半死半生の息絶え絶え。

 とはいっても編成されてから一年近くを経ている男達の中では強い絆が生まれていたようで、脱落し墜落しかけた者を仲間達が支えるとかいう暑苦しいワンシーンを含みつつの完遂で。

 ルナとしてはちょっと物足りなさや危うさを感じた。


「――本日の訓練はここまでとする。明日は休暇とするので皆体力の回復に努めて欲しい。あと、これは言うべきかどうか判断に迷うところではあるのだが、仲間で助け合って生存率を上げるというのは確かに素晴らしい戦略だ。しかし何時如何いついかなる場合にも仲間が傍に居る保証はどこにもない。だからこそ、与えられた任務に対しては単独でそれが完遂できるよういっそうの修練に励んで欲しい」


 確かに飛行訓練という与えられた任務に対しては要件を満たした。

 しかし手ぶらで砲弾満載の背嚢を背負いもしない出撃などは有り得ないし、そうなると今後に課せられる任務は熾烈さを増すばかりとなるのは当然の話で。

 つまりただ長時間飛び回るだけの簡単なお仕事ですら仲間の手を借りる、負担となるようでは使い物にならない。鍛え直せよ軟弱野郎(ヘタレ)共、といった内容をオブラートに包んだ言葉で言い表したワケさ。


 男達は、それなのにどこをどう解釈したのか「慈愛に満ちた隊長様が労いの言葉を掛けて下さった」と大喜び。

 解散した後もどこか浮き足だった空気感で寝泊まりしている宿舎へと帰っていった。


「鷗外、私の言い方が悪かったようです。……危機感が足りないというか必死さに欠けていると言いましょうか。次に飛行訓練を実施したらたぶん何人かは死にますよ?」


「復活させると息巻いていたのは隊長では?」


「まあ、それ自体は間違いでは無いのだけれども、彼らを能力的に底上げしないと復活させた次の瞬間にまた死にましたではお話にもならない。ので、遣り方を見直す必要がありそうです」


 去りゆく背中達を見送りながら居並ぶ鷗外氏と言葉を交わす。

 やっぱり部隊を率いる立場としては、蘇生させられると分かっていても無為に死なせるというのは良い気分がしないのだ。


「承知」


 一番最初にルナの配下となった男は短く答えると愛すべき部隊長へと目を遣る。

 腕組みして仁王立ちしている筈の少女は、しかし実際にはアリサとマリアに抱きつかれる格好でどうにもさまになっていなかった。



◆ ◆ ◆


 修練場で飛行訓練&顔見せを終えたルナは瑠璃色髪と紅髪、二人を引き連れる格好で半壊したまんま手付かずになっている屋敷へと舞い戻る。

 屋敷は過去の爆風によって敷地の三割ほどが吹き飛んでいて、欠損した壁や屋根はそのまま放置だと流石に格好付かないからと木の板が釘で打ち付けられていたが、雨風だけ凌げれば良いってな発想なのか、もしくは新しく建設中のお屋敷に全戦力を投入しているためなのかそれ以上の修繕が行われそうな気配さえ見受けられない。

 ただしそうなると屋敷内を小まめに清掃し小綺麗にしておかなきゃいけないメイドさん各位は毎日大変だろうな、とは思った。


「お姉さまっ?!」


 三人が廊下を歩いていると真正面から極黒髪の美少女がやって来て、駆けてくるなり飛びついてきた。

 本能的に身を身を躱せば彼女は支えも無く廊下の床にダイビング、……しそうになるも持ち前の膂力によって踏ん張りどうにか転倒を免れる。

 それから半ば蹲る姿勢からグルンッと顔の向きだけを変えてルナの方を見た。


「おはよう御座います。目覚められたのですね、お姉様♡」


「ええ、おかげさまで。シェーラも元気そうで何よりです」


 ふむ、この時点で面倒臭そうな臭いがプンプンしてるわね。

 ルナは内心ではやや辟易しつつ、それでも微笑みを顔に貼り付けて応対する。


 シェーラ・ディザーク。

 この時点では既に正式に養子となっている娘さんは、名実共にルナの妹となっていた。

 ただし侯爵ジル・ベル・ディザークの直系ではないために氏名に『ベル』は付かない。

 その辺りもうちょっとこう簡素化できないのかと思わないでもないルナちゃんである。


「それよりも、御免なさい。お姉様が大変なときに居合わせることができなくて」


「いいのよ、シェーラ」


 麗しの姉君と体全部で相対する格好となった極黒髪は、それから急に神妙な顔で謝罪を口にし頭を下げる。

 それというのも一年前のラプラス戦役が起こった際、彼女は実父リブライ・ミューエルの死の真相を探ろうと部下達と共に王都メグメルに居残っていた。

 だから戦線に参加できなかったのだけれど、どうやら今に至っても悔いているらしい。


「リブライ元侯爵の死というのは、きっと仕組まれたもので、例の事件とも間接的に繋がっていると私は考えているの。だから貴女があの時、王都に居残ったことには充分な意味がある。後悔とかする必要は全く無いわ」


 シェーラを慰めておいて鋼色髪は「ふむ」と小さく頷く。

 幻燐の魔女なる女が裏で糸を引いていた諸々の事件。

 奴は『舞台を整えるため』と言っていたように思う。

 激突により彼女の人格や能力といったものは書き換えられてもう悪さは出来ない筈なのだが、それでもどこか腑に落ちない部分があった。


「そう言えば、私が倒した魔女について今どこでどうしているとか知らない?」


 思い立ってシェーラに尋ねると彼女は申し訳なさそうに首を振る。

 けれど答えは意外なところからやって来た。


「あ、彼女でしたら女神教の神殿でテッパチさんの補佐みたいな事をやってます」


 後ろから声があって顧みると、そこにはドヤ顔のマリアちゃんが。

 その話詳しく。と聞いた。


「はい、ええと。私あの一件から聖女認定されちゃって、教団内では『女神様の復活に携わった大聖女』みたいな立場になっちゃってるんです。

 それで週に二度か三度、神殿に足を運んで怪我をした人とかの治療に当たってるのですけれど、その都合で教団の内部事情はある程度分かるんです」


 どうやらマリアちゃんは色々と苦労を背負い込んでいるらしい。

 健気な笑顔を見つけてほんのり可哀想に思っちゃうルナである。


「それで、お姉様が居た付近に倒れていた女性、自分で幻燐の魔女だったって言ってた人なんですけれど、せめてもの罪滅ぼしにと女神教を興したテッパチさんと一緒に炊き出ししたり、魔法が使えるからってあれこれと動き回って。今の女神教が凄い規模になってるのも半分は彼女のおかげみたいな所があるんです」


「うん、それは良いのだけれど。まず女神教というものについて詳しく教えてちょうだい」


 意気揚々と語っているところに水を差すルナ。

 覚えている限り預言書(乙女ゲーム)の内容に、女神教などといった単語は出てこなかったように思う。

 マリアは「あ、そっか」と思い至って相づちを打った。


「あ、でもその前に夕食とお風呂を済ませてしまいませんか? あたし汗かいちゃったし」


 話についていけないアリサがちょいとむくれた顔で告げて、ルナは思わず笑ってしまうのだった。


 食堂でサラエラ(お母様)を含めて夕食を摂り、浴場で裸の付き合いなどしてみた4人の少女達は、それからルナの私室に集合して話の摺り合わせを行う。

 この場にはサラエラも、母娘の専属メイドであるハリアもアンナも居合わせていた。


 ベッドに腰掛けるのはまだ体の育ちきっていない13歳の4人組。

 母は部屋に設置された机の椅子に腰掛けているけれど、何せ見た目の容姿が二十歳になるかならないかといった若々しさなので保護者というよりは皆のお姉ちゃんといった趣になっている。

 メイドさん達は微笑ましげな顔でそれら貴族家ご令嬢達に淹れたお茶を配った。


「――ええと、では本題なのですけれど」


 と、ティーカップで喉を潤したマリアが口火を切る。


「一年前にお姉様は死滅したラトスの住人達、十万人以上もの人々を一括で蘇生させました。この反動で、お姉様は本来なら死亡というか消失していた筈なのですけれど、私が復活アイテム“プロビデンスの眼”を使用したことで復活、そのまま一年間の眠りに就いたと。ここまでは良いですか?」


「そう、アレを使ったのね……」


 ルナとしては衝撃の連続だったのだけれど、まあ、自分が生き残っている経緯を逆算するならそれくらいしか思い当たらないだろうと思って頷いておく。


 なお、余談を言えば、マリアは今に至ってさえ例の復活アイテムが本当に“正しい意味での復活アイテム”だったのかと疑っている。

 本来はもっと別の、何か禍々しい儀式などに用いるための部品だったのではないか。対象を復活させるというのはあくまで結果的にそうなるってだけの話で、本当は全然違う事を意図とした道具だったんじゃないかと。

 だからお姉様に対して負い目を感じている。

 ただ、だからといって他に方法があったのかと言えば、未だに思いつかないのも事実だった。

 本物の女神様であるルナは、聖女の祈りによって復活させる事が出来ない。

 奇跡の供給元を同じ奇跡の力で復元する事はできないと、本能的に直感的に悟ってしまったから。

 今行われている会合にあって、そういった話はしないしできない。

 マリアは一瞬だけ表情を曇らせただけで話を続けた。


「戦いが終わって、それから住民の皆さんが町の復旧で頑張っているところに聖導教会から使者、というか数万人規模の信者たちを兵隊とした大司教の率いる兵団が押し寄せてきて、お姉様を差し出せと、さもなくば住民全てを皆殺しにすると迫ったんです」


「それでエリザ様が私と王子様が婚約していると話をでっち上げて、王国軍と教会軍の図式にして退かせたと、そういう事ね?」


 ルナが口を差し挟むとマリアは一つ頷いた。


「けれどこの一件があってから町の人々は思ったのです。このままだとお姉様が教会に奪われてしまう。場合によっては殺されちゃうって。そうさせないために立ち上がったのは冒険者のテッパチさんで、彼は女神教の設立を説いて回ったんです。それで、女神アリステアを信奉する女神教が誕生しました」


 女神アリステア。

 その名称は、どこからともなく出現した。

 少なくともマリアは教えていない。

 普通なら女神ルナとして、後に個人を指して神と呼ばわるとは何事かと各方面からやり玉に挙げられるのが定石なんだろうけど、なぜかそうはならなかった。


 実際、預言書(乙女ゲーム)の中でアリステアの名前が出てくるのは物語も終盤に差し掛かった頃合いで、つまり序盤では何かを匂わせる言葉はあっても女神の名前に対しては全く触れられていないのだ。


 にもかかわらず、女神アリステアこそが死した人々を蘇らせた慈愛の権化であると。

 そしてルナお嬢様こそが女神の化身であるとの風説が勝手に流れた。

 別の何者か、異世界からの転生者が他に存在している可能性もあったが、この件に関しては嘘偽りのない真実なのだし、なのでマリアとしても噂を差し止めようとも思わなかった。


「女神教は多くの人々が尽力した甲斐あって信者が凄い勢いで増えています。それに、つい一ヶ月前に新しく神殿が完成して、本当ならお姉様の身柄をそこに運び込んで完全に守り切れるよう24時間体制で護衛の兵を配置しようとか話は出ていたんです。本決まりする前にお姉様が起きちゃいましたけれど」


 寝間着ネグリジェ姿のマリアが、すぐ隣のお姉様に抱きつく。

 「あ、ズルい!」と反対側のアリサも抱きついてきて。ついでに背後で気配を消していたシェーラ嬢さえもが後ろから抱きついてくる。

 うん、これ完全なハーレム状態だ。

 とは、揉みくちゃにされるルナお嬢様の心境である。


「じゃあ、明日は皆で町の中を散策しなきゃね」


 神殿とやらも見ておこう。そこに居る人々の顔を確認しておこうと心に決める鋼色髪少女は、けれど今は左右と後ろから伝わる温もりと柔らかさを堪能しておこうと身を委ねたものである。


「我が娘ながら恐ろしい子ね……」


 なんて椅子に腰掛けているサラエラお母様が呆れた様に呟くも、その愛娘は聞かなかったフリをした。



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