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002:ルナの行脚①


 ――柔らかな日差しとそよ風が眠気を誘う正午前。

 ディザーク侯爵家の邸宅、半壊している建物のすぐ隣に設けられている修練場ではもうすっかりお馴染みとなっている怒声と豚の鳴き声の如き悲鳴。或いは息も絶え絶えにそれでも必死の形相で駆け足する男達の様相が描き出されている。


「「「……っ!?」」」


 精強にして健剛。厳めしい面構えの面々はいつも通りに修行に勤しんでいたが、不意にやって来た輪郭を視界に捉えてあらゆる動作を取り止める。

 彼らの視線を一身に浴びてなお揺らぐことの無い立ち姿。

 誰よりも魅力的で、そして誰よりも強い少女の帰還。


 風に靡かせしくは歩調に合わせて跳ねる艶髪は鋼の如き光沢をもって陽の光を照り返していた。

 無骨な男共がほんの少し力を込めて抱き締めれば簡単に折れてしまいそうな細い手足は温室育ちを思わせる程に白く。

 麗しき面立ちは優しげで儚げで、誰も彼もを魅了して止まないまでに美しい。


 侯爵家のご令嬢にして、アルフィリア王国で唯一の航空戦闘部隊となるエンゼル・ネストを束ね、同時に悪鬼羅刹どもの頂点に君臨する娘。


 “ルナ・ベル・ディザーク”。


 ある者は彼女を指して歴戦にして最強のつわものであると言い。

 またある者は無限の慈愛にて死者をも蘇らせる女神様であると信じて疑わない。

 そんな少女がスカートの裾が微かに風に捲られるのを気にしつつ歩いてくる。


「総員、整列!!」


 目を奪われ思考停止状態に陥っていた男達は、けれど響き渡った鋭い掛け声に我に返って駆け出し列を成す。

 声を出したのは面構えの厳めしさでは群を抜いており、隊内での実力も相まって頼れる兄貴分として認知されている鷗外おうがいであった。


「……充分に休まれましたか?」


「ええ、でも季節柄なのかまだちょっと眠いです」


「いや、せめて暫くの間は冬眠せんでくださいよ」


「はいはい」


 整列する胴着姿の兵士達を尻目にルナと鷗外は軽口を叩き合う。

 そこへ飛び込んできたのは紅い髪の娘さん。


「お姉様っ!」


「あらあら、アリサちゃんもちょっと見ない間に大人びちゃって」


 勢いつけてのタックルから抱擁。

 僅かながら腰を落としたおかげで踏ん張れたが、そうでなければ吹っ飛ばされていたに違いない。

 見た目以上の膂力に驚きを隠せない。


「お姉様。おはよう御座います」


「マリアも背が伸びたわね」


「お姉様だって少しは成長なさってますよ?」


「あらホント?」


「あぁ、お姉様の匂い……」


 抱きつきながら、ドサクサに紛れて臭いを嗅いじゃうアリサちゃん。

 お前は犬かと。飼い主の体臭を嗅いで確認してんのかとツッコミ入れたいルナ様なのだけれども、何か言うより先に気恥ずかしさが迫り上がってきて顔を赤らめてしまう。


「アリサちゃん、そういうのは後で、ね?」


「はぁ~い」


 見てくれはほんのり大人びたかとも思ったけど仕草はそのまんまで安心した。

 そんな二人のところまでやって来たのは瑠璃色髪のマリアちゃんで、彼女は可憐そのものといった顔で微笑んで見せる。

 潤んだ瞳は、男に劣情を抱かせるには充分すぎる程に破壊力バツグンだ。


「それはそうと鷗外君」


「なんです?」


「私の気のせいだったら御免なさいなのだけれど」


「はい」


「部隊が随分と大きくなっているような気がするの……」


 目端に映り込むのは整列する兵士達の姿なのだが、50名というにはちょいと多すぎるように思われる。

 ジトッとした目で見れば、悪人顔の黒胴着男はバツの悪そうな顔で答えた。


「現在、部隊は300名になってます。王立騎士団から100名と、ウェルザーク公爵家から100名、それぞれ出向という形で派遣されてきました。あと50名はラトスからの志願兵になります」


「性急すぎない?」


 初期メンバーの50人ですら全然修行が足りていないと思われるのに、更に250名の増員ともなると今後の予定も色々と手を加えなきゃいけないだろうしで軽く目眩を覚える。


「誤解のないように言っておきますが、現状だと指揮権はサラエラ様が持ってるし、部隊編成だってあちらからの命令でこうなってるんですよ?」


「なるほど、ねえ……」


 ルナの感覚だと昨日の事だが、実際には一年前の話。

 魔物群への攻撃にと出撃した航空部隊だが、ルナは敵の大将と思しき影を捉えたからと指揮権を鷗外に預けて自分は一騎討ちに出向いてしまった。

 それで、アレやコレやでそのまま眠ってしまったのだから、指揮権は鷗外が持ったまま。普通に考えればサラエラ(お母様)が総司令官として全軍の指揮権を保有しているわけだし、ルナが不在の間に陣容に手を入れられていたからといって文句を言える立場でないのは明白ではあるのだけれども。

 ちょいと難しい顔で唸ってしまう鋼色髪であった。


「それで肝心な話、全員飛べるんでしょうね?」


「ええ、何とか」


 確認の意味で聞いてみれば鷗外君は渋い顔ながら頷いた。

 恐らく飛べはするけど長時間の戦闘を行うには全く足りていないと、そういった意味なのだろうと察する。

 でも、まあ。何も分からないところから始めてたったの一年で全員ともが飛べるようになっているのなら、充分に頑張っていると評するのが妥当な対応なのであって。

 ルナは後で頑張ったご褒美の一つでも進呈しようと心に留めておき、そのくせ顔では仏頂面を演じておいた。


「分かりました。では、兎にも角にも飛び回って航続距離を伸ばさなきゃね」


 概ね理解したと頷くと少女は整列する部隊の前に立つ。

 無言のままで部隊の輪に入ってくのは気が引けるし、何より締まらないからね。

 ご高説とまではいかずとも、それっぽいことは言っておいた方が良かろうと口を開いた。


「えー、コホン。

 航空戦闘部隊エンゼル・ネストの戦友諸君。古株も、新参も、まずは諸君らの部隊長であり同時に護衛対象も兼ねているこの私、ルナ・ベル・ディザークの復帰をここに宣言しておこう。

 ……私は冗長な挨拶は好かないし時間の無駄であるとさえ考えている。故に口を閉ざしたのと同時に苛烈な修行に勤しんで貰う事になるわけだが。

 これだけは告げておかなければいけないだろう。

 諸君。航空戦闘部隊のつわものたち。

 この世で最も地獄に近い場所へようこそ。

 高度一千メートルの上空でへばってしまえば諸君らは墜落して死ぬ。

 また空を飛ぶ魔物や兵から攻撃を受けても高確率で名誉の戦死だ。

 長生きする確率という意味では地上で駆けずり回っている方が余程高いだろう。

 それでも尚この部隊にやって来た命知らずの諸君。

 だが安心するといい。

 私はこう見えて蘇生魔法の達人だ。だからツマラナイ死に方をするような軟弱者ヘタレは即座に復活させて地獄のトレーニングを課すことになる。

 我が部隊はこの世で最も地獄に近い場所で戦う事になるが、そう簡単に死んで楽になれると思うな。

 馬車馬のようにこき使われ、ボロ雑巾のように使い倒されてようやく地獄に行けると思え。

 親愛なるエンゼル・ネストの諸君。

 諸君らの奮戦を期待する。以上だ!」


「「「偉大なる空帝閣下! いと尊き慈愛の女神!! 我らの忠義を捧げます! 我らの忠義を捧げます!!」」」


 それっぽい演説をぶちかましたところ、300名の兵士達から熱烈な応答があった。

 50名だった頃とは違って、流石に圧が物凄い。

 ちょっぴり気圧されながら、というか300人で一糸乱れぬ唱和とかコイツら頭オカシいのか。とか思いながら天を仰ぎ見る。


「よし、本日は絶好の訓練日和ということで、楽しい楽しい持久走(・・・)を行う! 準備は良いか!」


「「「イエス、マム! イエス、マイロード!!」」」


 持久走と言いながら、こちとら航空戦闘部隊、即ち長時間耐久での高高度飛行訓練という意味合いになるのだが彼らはちゃんと理解できているのだろうか。

 少し心配になったので「飛べない人はそこに付いてる二つの足で走り回ってなさい」と付け加えつつ自らが率先して空中へと我が身を踊らせる。

 あくまで長く飛び続ける訓練なので荷物も持たせない。これといった準備もさせない。


「総員、空に上がれ!!」


 問答無用で飛べと命じた。

 300名の兵士達は予想に反して嬉々として、むしろ自身をアピールするように空へと舞い上がってゆく。

 修練場の上空400メートル地点で雁行形態を執って、それからルナが直接率いている第一小隊を先頭に発進するのだ。


 さすがにこの大所帯では班単位とはならない。

 50名を一個小隊とした6部隊。即ち中隊規模による飛行となる。

 墜落死したら復活させてやるとは言ったが、それでもなるべく死人が出ないよう配慮を欠かさないお優しいルナ隊長は、初日にして部隊全員のハートを射止めることに成功していた。



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