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071:ラプラスの襲撃⑪ もう一つの奇跡


「はぁ、はぁ、……んくっ、はぁ、はぁ」


 荒い息を吐きながら、それでも私は走っている。

 舗装なんて全くされていない地面はデコボコしていて気を抜けばすぐさま足を取られて転倒しそうだった。

 それでも走るのを止めるわけにはいかなかった。


 つい数分前まで部隊の人々と一緒に空を飛んでいて、その中で私だけは魔法の照明を空に放ち続けるといった大役をお姉様から申しつけられてその通りにしていた。

 氣の力で空を飛んでいるぶん魔力(MP)の消費を気にせずに魔法を発動できたけれど、それでも長時間続けられるほどレベルは高く無くて。

 なので最後の方ともなれば魔力が底を突きかけて気が遠くなりそうな中で飛んでいた。


 変化が訪れたのはそんな折りの事。

 部隊の人達が手持ちの砲弾を使い果たしたからと皆でディザーク家邸宅にトンボ返り。あと少しで修練場って所で背後に光が現れて、次に物凄い爆風が押し寄せてきたものだから空中に居た私たちは揃って吹き飛ばされて邸宅に至る長い坂道の半ばくらいに墜落した。


 着陸態勢に入っていたために高度が低くて、だから死なずに済んだけれど。

 それでも地面に激突した後は全身強打で殆どの人が立ち上がれないなんて有り様になっていた。


 私は最初、お姉様の仕業だと思った。

 無限に湧き出してくる魔物にキレたお姉様が破壊の限りを尽くしてやると例の術を発動させたんじゃないかと。

 けれど虫の息ながら立ち上がり町の方へと体を向けた私はそうでないことを察する。


 町が、ラトスが、ほんの数分間目を離した隙に焼き尽くされ崩れ落ちて黒煙を噴き上げるばかりの廃墟へと置き換えられてしまったじゃあないか。


 町を守ろうとするお姉様がそのような所業を許すはずが無い。

 これは予想ではなくて確信だ。

 そして一瞬だけ見た光の筋が空に向けて昇っていく様子。

 弾き出された弾丸のように、真っ直ぐ、一直線に飛んでいく筋。

 風に乗って悲鳴にも似た咆吼が聞こえたかにすら思われた。


「行かなきゃ」


 我知らず口を突いた言葉に背中押される格好で、覚束ない足取りであっても駆け出した私。

 身に付けていた衣装は墜落時の衝撃でボロボロになっていたけれど、そんなの構っていられない。

 一刻も早くお姉様のところに行かなければと何かに急き立てられるように走り続ける。

 踏み固められただけの下り坂を勢い任せに突っ切って、真っ直ぐというワリにちょっと蛇行している一本道の上を走り続けていれば、やがて今にも崩れ落ちそうな町の外壁が見えてくる。

 それでも駆ける。

 氣力も魔力も限界で、空を飛ぶ事はできなかったし思いつきもしなかった。

 だから自分の足だけを頼りに走って走って。

 お姉様のところに来てからずっと修行の準備運動として延々走らされたけれど、おかげでまだ立ち止まらずに済んでいる。

 墜落時の衝撃から立ち直れていない体は激痛に苛まれていたけれど、それでも倒れ込まずに済んでいる。

 それは走り続けていたから出来たことだと今になって理解した。


 やっぱりお姉様の言葉は正しかった。

 私に向けられていた底無しの愛情が今更ながら身に染みる。


「おねえ……さま……っ!」


 愛しい人の姿を追い掛ける様にして走っていると、眼前にて再び光の柱が突き立った。

 最初のそれとは全く違う慈愛に満ちた光。

 これこそがお姉様の所業だと直感して私は尚も駆ける。

 町を飲み込んだ光は拡大の一途を辿り、随分と離れてしまったけど来た道の奥にある半壊した邸宅すら包み込む。

 光の内側に取り込まれる格好となった私は、それまで全身を責め苛んでいた筈の痛みがスッと消え去るのを感じた。


 やっぱりこれは癒やしの光。

 お姉様の慈愛ひかり

 愛おしい気持ちが湧き上がってきて、私は足を出す速度を引き上げる。

 ストップウォッチがあれば自己最高記録を叩き出していたに違いない早さで駆け抜ける私は、不意に耳元に囁き声を聞いた。


「さようなら、マリア」


 優しげで儚げな、この世の物とは思えないほど優美な音色。

 そして光が失われる。


「うそ……お姉様……」


 さっきまで感じていたお姉様の気配が、ある瞬間を境にプツリと途絶えている。

 私の足から急速に力が失われていって、数歩進んだところで立ち止まってしまう。

 息も荒く夜の中にそびえ立つ街の外壁を仰ぎ見る。


 お姉様が、奇跡と引き換えにこの世界から消えてしまった。

 そう直感した途端に堰を切ったように目から涙が溢れ出す。


「おねえ……さま……」


 いやだ。いやだ。いやだ!

 独りぼっちになってしまった。

 愛おしくて仕方のないピカピカの宝物が手の中から滑り落ちてしまったような、途方もない喪失感。

 私は呆然と地面に膝を付く。


「うぅぅ……ぅああああっ!!」


 地面にポタポタと落ちる涙も。

 喉を震わせる嗚咽も、ダメだと分かっていても止まってくれない。

 悲しくて悲しくて。

 世界の終わりを迎えたような絶望感が胸を締め付ける。


 ――チャリンッ。


 そんな中で、どこかで音が鳴った。

 目を向ければ、それはジャケットのポッケに仕舞い込んでいたはずの、三角形に目の意匠の施されたアイテム。


 “プロビデンスの眼”。


 あらゆる状況、あらゆる状態を無視して消失(ロスト)したキャラを復活させる事の出来る、蘇生アイテム。

 絶望に染まった心に一筋の光明が差したかに思われた。


 お姉様を、復活させる……!!


 涙を流したせいで痛くなっている目を服の袖で乱暴に拭い立ち上がる。

 力を取り戻した足が前へ前へと進み始める。

 駆け出した私はやがて外壁に辿り着き、壁沿いを伝って崩れて通れる場所を見つけると躊躇う素振りも無く町の内側へと身を滑り込ませる。


 町の中では呆然としていたり絶望に打ち拉がれるように地面に蹲る人々をそこかしこに見つけたけれど構ってはいられない。

 お姉様が降り立ったであろう町の中心部に向けて走り続ける。


「……ここだ」


 暫く走り続けた私は足を止めた。

 先ほどの爆圧によって原型なんて留めていないけれど、町の真ん中にある広場だとすぐに分かった。

 そしてまだ微かに残っているお姉様の気配も感じ取ることが出来た。

 ふと足下を見れば割れた石畳の上に黒髪女性が意識も無く突っ伏しているのを見つけたけれど彼女を抱き起こそうといった気持ちなんて微塵も湧かない。


 今はただ、愛しい人をこの手の中に呼び戻したい一心で。

 薄汚れたジャケットのポケットからアイテムを取り出して掲げる。

 大きく息を吸って、そして声に出す。


「――アイテム起動、プロビデンス・アイ。対象、ルナ・ベル・ディザーク!」


 ズッ……ズズズズズズ……。


 どこかで得体の知れない何かが這いずり回るのを感じた。

 アイテムを掲げた先の夜空に筋が描かれ、それは青白い三角形を成す。

 三角形の真ん中に亀裂が走ったかと思えば見開かれ何者かの目になった。

 有り得ない程に禍々しい光景だった。

 私はゴクリと唾を鳴らす。


 本当にコレは復活アイテムなの?


 不安が胸の中で膨れ上がる。

 それなのに確信していた。

 これで彼女を。お姉様を私の物にできるのだと。


 数秒の沈黙を経て、空の真ん中に白い光が集い始める。

 光はドンドン大きくなって、やがて純白翼を背に持つ少女の形になった。


「お姉様……!」


 思わず声を上げたのと同時に、四方八方から黒々とした鎖が伸びてきてお姉様の肢体に絡み付いていく。

 え、と思う間もなく少女の姿をした女神様は鎖に雁字搦めにされ固定されてしまった。


「これ……って……」


 ワケが分からない。

 私が行ったのは、本当は良くない事だったのでは?

 背筋を這い回る嫌な予感に冷や汗を流しながら、それでも経過を見守る。


 お姉様に絡み付いた鎖は、端の方から巻き取られるように引っ込んでいって、ほんの少しの間に彼女の体の中へと吸い込まれてしまった。

 純白だった翼が一瞬だけ黒く染まり再び純白へと戻った。

 黄金の光を放っていた艶髪がくすんで、次に鋼の色合いへと変化した。

 それから力なく地表めがけて落ちる。

 私は手の中にあったアイテムが崩れて粉々になってしまうのも構わずに駆けていって、間一髪でお姉様の体を抱き止める。

 透き通るように白い素肌を晒したまんまのお姉様。

 その姿は異常なまでに扇情的で、けれど美しい裸体を他の人間になど見せてやるものかと自分の着ていたジャケットを脱いで意識の無い彼女に着せた。


「お姉様……私だけのお姉様……」


 私は微かに囁いて、無防備なおでこにキスをする。

 お姉様は私の物。

 誰にも渡さない。


 そんなドス黒い感情が胸の奥で渦巻いても素知らぬ顔で、私はお姉様を抱え上げると邸宅を目指して歩き出す。

 それまで絶望で蹲るばかりだった人々は歓声を上げ、まるで傅くように祈りを捧げるように私たちに向けて平伏していた。



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