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067:ラプラスの襲撃⑦ 夜間戦闘


 夜の戦争は町の防壁から少々離れた所で横一列に燃え上がった火柱が、戦いの合図となった。

 わあ~!! と怒声が上がる。

 日中に騎士団は一度だけ突撃を行い敵の先鋒部隊を蹴散らしただけで戻ってきたが、これは敵と自陣との間にあった隙間をちょいと押し広げ、兵の立ち姿を盾にして後ろの方で油を撒いていた事に起因している。

 即ち火計である。

 冒険者ギルドのギルドマスター、ゲオ氏は依頼により掻き集めた冒険者(パーティ)どもを引き連れて町を飛び出し、油を散布する作業を済ませた後は日が落ちるまで草むら等に身を潜めて敵が前進してきた頃合いで火矢を射かけるといった計略により敵魔物群の出鼻を挫くことに成功。後は任せたとばかりに撤収する。


 そして冒険者達の撤収を助けるように突っ込んできたのは騎士団である。

 冒険者は個々の能力は確かに素晴らしいが、それが発揮されるのは探索や小規模な戦いであって軍事行動ではやはり常日頃から戦争の訓練をしている騎士団には及ばないのだ。


 騎士団の頭上には悪魔の如き、或いは守護神と呼べるほど心強い人々が地上部隊と足並みを揃える速度で飛んでいた。


「いきます!」


 ――《光よあれ(ライト)》!


 第二次出撃ということで空を飛んでいる航空戦闘部隊エンゼル・ネストは伝令に回されていた人間も合流したし、加えてマリアがいた。

 光属性と聖属性の魔力に特化している、本当なら数年の後に聖女とか呼ばれちゃうマリアちゃんなのでここでも部隊員達のような装備は持っていない。

 というよりも鉛玉とか持たせたところでまだ上手く扱うには至っていないので無駄な荷物にしかならない。

 空中戦など行った事の無い女の子ともなれば戦力として期待するなどはできないし、であれば普通なら部隊に随行させること自体がナンセンスなのである。


 だが今回に限り彼女には重要な役割があった。

 それは魔力が尽きるまで光魔法を連打して貰うことで夜間の空中戦及び地上戦をアシストするお仕事。


 夜間、つまり陽の光が無い状況下での飛行は地上との距離が掴めないために離着陸が異常なまでに難しくなるし、敵に飛行タイプが居ても空中戦どころか視認することさえもが難しい。

 自分が今どこをどの程度の速度で飛んでいるのかすら分からなくなるのだから当然である。

 だが照明により幾らかでも視界が確保できれば話は丸っきり違ってくる。


 戦えるのだ。

 地上に対しての攻撃も、飛んで来た魔物を鉛玉の餌食にすることだって。

 即ち夜間戦闘においては聖女マリアの光魔法こそが命綱たり得るとすら言えよう。


 空の真ん中に強烈な光を放つ塊が投げ込まれ、闇を切り裂き地表で右往左往する集団の姿を丸裸にする。

 上空200メートル地点からそれら魔物の群を見下ろしニンマリするのはルナお嬢様であった。


「総員、榴散弾、用意」


 背嚢から取り出した金属筒を左手にて保持しつつの鋼色髪少女が凄烈な笑みを手向け、ゆっくりと氣を送り込む。

 少女に付き従う兵士達も同様に鋭い牙にて眼下を狙い定める。


「撃てぇ!」


 簡単で明瞭な言葉がその可憐なる唇から奏でられれば、待っていましたとばかりに男達は砲弾の底部を殴りつけ解き放った。


 ズドドドドドッ!!


 照明の光を爆炎と立ち昇る煙とが遮り。

 轟音と共にそこかしこで魔物どもが吹っ飛ばされ四肢をバラバラにされる。

 たった数秒間で一千もの輪郭が消失した。


「よし、次弾――」


 もう一発お見舞いしようと背嚢に手を突っ込んだルナは、しかし何かに気付いて動きを止めた。


「いや待て。……妙だな」


 ルナはふと考える。

 自分が相手の立場だったとして、手の届かない空の上から一方的に攻撃されているともなれば普通は恐慌を来して我先に逃げだそうとするものじゃあないか?

 なのに眼下で蠢く魔物達は、一糸乱れぬ隊列とまではいかないが、臆した様子も無く前進する足を鈍らせる事さえしていない。

 理性よりも本能こそを優先させる魔物であれば如何に恐るべき実力者が指揮を執っていたとしても、どれほどに強靱な精神力を備えていたにしても軍気の揺らぎまで隠し通せるものではない。

 なのに事実として、魔物達はすぐ隣を歩いていた仲間が吹き飛ばされ体躯をバラバラにされてさえ臆するどころか何の感動もない様子で前へ前へと突き進んでいるではないか。

 明らかにおかしいと目を凝らす少女は、数秒の後にハッと目を見開いた。


「まさか……! ――こちらフェアリー01、ヘッドクォーター、応答せよ!」


『こちらヘッドクォーター。どうしましたか』


 耳に装着している通信魔導具から母ではない女性の声が聞こえてきた。

 声色から察するに総司令官殿(お母様)の専属メイドであろう。

 ルナは、ああそう言えば母君は前線に出るとか言ってたっけと思い出す。


「敵主力の大半が“眷属”である可能性あり。確認のため部隊を残し単独で先行したい。許可を求む」


『暫しお待ちを』


 すると話し相手からの声が一度途絶える。

 ほんの少しほど待たされてから声がやってきた。


『許可が下りました。ただし深入りはするな。いつでも部隊を呼び寄せられる距離を保て、との事です』


「フェアリー01、了解ラジャー


 魔導具による通信では魔力を消費するために敬語も冗長な言い回しも取り止めようとお母様は決めていた筈だったが、どうやら教育が行き届いていないらしい。

 まあ、というよりはメイドさんなのでお世話しているお嬢様やその娘さんに対して横柄とも取れる言葉遣いは憚られたのかも知れないけれど。

 その辺りの事は後でお母様にやんわり話だけでもしておこうと考えるルナである。


「よし、総員傾聴!」


 周囲を見渡し部下達が射撃開始の合図を待っているのを確認してから部隊長は声を張り上げる。


「作戦に変更があった。私は単独で先行し、敵の陣容を確認してくる。諸君らはかねてからの計画通り対地対空攻撃を行って欲しい。鷗外!」


「はっ!」


「一時的に部隊の指揮権を委譲する。合流するまで踏ん張ってくれ!」


「承知!」


 一人だけゴテゴテとしている手甲を腕に装着している鷗外君が元気よくお返事する。

 ルナは大きく頷くとそのまま自分だけ速度を上げて眼下の奥にてたむろしている黒々とした大波に向けて飛んで行った。



 敵魔物群と思っていたものの大半が『何者かの眷属』であった場合、状況が大きく変わってしまう。

 それというのも魔物の群れであれば頭から潰してしまえば事態は終結するが、眷属であったなら倒した先から量産される、つまり数が減らせないからだ。

 これは本日未明にルナが行った広範囲に及ぶ大量破壊術を仮に連射しても状況は変わらない。

 ならばどうすべきかと言えば、眷属を際限なく生み出している大元を叩かなければいけないのだ。

 眷属どもを作成なり召喚なりしている張本人さえ仕留めれば、それまでに生み出されていた奴らも同時に形を保てなくなって消滅する。

 大元を叩いて数の不利を一気に覆すか、それとも無限に湧いて出る眷属の群れに体力を削られ遂には飲み込まれしまうかの二択しか有り得ない。


 だからまずは状況を正しく認識する必要があった。

 ルナの行動とは即ちそういった意味合いなのである。


「――ああ、悪い予想というのはどうしてこうも当たるのか」


 五分後に呟いたルナの音色は、ちょっと陰鬱そうだった。

 氣術“落陽”にてすり鉢状(クレーター)になったはずの地表は、すでに黒々とした輪郭も曖昧なる輩共に埋め尽くされていた。

 そして目を僅かに上げた先、爆心地から数キロ離れた位置にここからでも分かるほど強大な気勢があるのを感じる。

 後方からやって来る照明の光が僅かながらにでも届いているおかげで相手との距離を正確に測ることが出来た。


「なる程、アレを潰してしまえば一発逆転、というワケだな」


 色々と考えた末に少女は呟いて、魔導具に声を通す。


「こちらフェアリー01。敵の陣容は殆どが眷属であると判明した。そしてこちらの視界内に元凶と思しき敵影を捉えている。これより攻撃を行う」


『え、ちょ、お嬢さ――』


 耳当てからメイドさんの焦った声が聞こえてきたけれど、この時にはもう全速での急降下を開始しているルナであった。



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