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009:冒険者ギルド③(二人の7歳児)


「ガキを逃がすな!」

「面倒な仕事増やしやがって!」

「鎖で繋いでおいた筈なのにどうやって外しやがった!?」

「すぐに捕まえてやる!」


 男達が怒声をあげ駆け寄ってくる。

 廊下の右からも左からも。

 ルナはどちらを先に片づけようかと思案して、一秒後に決めた。


「左右両方いっぺんに、だ」


 駆けてくるゴロツキ共と自分との距離は大して違いがない。

 ということは、左右どちらに向かっても反対側から押し寄せる男達はここに到着してしまうことは必至。

 自分一人なら問題ないのだが、部屋の中にはまだ赤毛の少女がいて、そうすると捕らえられ人質にされる公算が大きい。

 見ず知らずの娘さんともなれば放置しても良心が咎めることは無かろうが、しかし彼女、可愛いのだ。

 なんというか将来的に美少女確定路線の面立ちをしているのだ。

 見るからに強気そうでスタイルも抜群になるに違いない、高確率で美女になる女の子を面識が無いという理由だけで見捨ててしまって良いものか?

 己が胸中に問い掛ければ、返答は即座にやってくる。


 ――否! 断じて否!


 ならばどうするか?

 彼女を人質に取られず、かつ左右双方からやってくる男共を排除するにはどうすべきか?

 それこそ分身の術でも使えなきゃ無理でしょ。

 だったら使えば良いじゃない。分身の術を!


 氣術は無敵にして不敗!

 氣術に不可能はあらず!!


 ルナは胆田にて氣を練り、術を発動させた。


 ――桜心流氣術、双覇転陣そうはてんじん


 術を発動させた次の瞬間に、ルナの体が二つになった。

 真っ二つに裂けたのではない。

 一人が二人になったのだ。


「「よし、完璧じゃ!」」


 左右両方のルナが互いの顔を見合わせ満足げに頷く。

 すぐ後ろまで進み出ていた紅髪幼女がギョッとして銀色というよりは鋼色と呼ばわった方が似つかわしいに違いない二つの後ろ髪を交互に見比べる。


 二人のルナはそれぞれ肩越しに顧みて告げた。


「「貴女はそこでジッとしていなさい。十秒以内に片付けます」」


 二つの音色が重なって、娘さんはドギマギしながら頷いたもの。

 ルナは各々反対方向に向けて駆け出した。


「このガキ――」


 一番手前にいた男が台詞を吐き終わるのを待つまでもなく懐に入り込んで鳩尾めがけて抉り込むようなパンチをお見舞いする。

 くの字に折れたソイツの髪を手で鷲掴みすると顔面に膝を叩き込む。

 すると男は逆向きに仰け反りそのまま倒れた。


「こいつ何かやっていやがる……!」


 ゴロツキが仲間達への警戒の意味も込めて言葉にする。

 しかしルナは悠長に待ってやるほどお人好しでは無い。

 彼らが防御態勢を執るより先に、氣術による先制攻撃を行った。


 ――桜心流氣術、流水蛇行りゅうすいだこう


 それは攻撃の技ではなく、歩行法となる。

 己が動きに緩急をつけることで手合いの認識をほんの少しだけズラすのだ。

 するとどうなるのかと言えば、端から見るとコマ落ちしたフィルムをそのまま回しっぱなしにするみたいに、残像だけがゆったり動いているような気持ち悪い絵面になる。

 そして勿論、手合いどもの脇をすり抜ける瞬間を狙って急所に攻撃を叩き込んでいく。

 ほんの数秒が過ぎ去っただけで、ルナの姿は男達の一番後ろにあった。


「やはり鍛錬が足りとらんか……」


 少女の可憐な唇から失望にも似た音色が漏れ出て、次に男達が一斉に崩れ落ちた。

 ルナが何に対して失望したのかと言えば、彼らがどれも虫の息ながらも生きているところに起因している。


(氣を撃ち込んでるから本当なら体の内側から爆ぜて粉々の肉片になる筈なのじゃが、体の性能が低いままなせいで撃ち込める氣の量に限界があって、それで爆発するに至っておらんと、そんなところじゃろ)


 実を言えばルナは全員を一撃で爆散させるつもりだった。

 血飛沫が舞い、誰の物とも知れない脳みそや臓物の欠片が床や壁のそこかしこに付着し地獄絵図を形作る様相。

 鏖殺するつもりで技を放っているのだから、そうならなきゃおかしい。

 にもかかわらず、この攻撃で死者は出ていないように見受けられた。


「チッ……」


 ルナはそれが不満だった。

 自分の能力不足による赤い色合いの見当たらない殺戮現場。

 床に転がり呻いている男達はひょっとしたら内臓破裂くらいはしているのかも知れないが、戦いってのはもっとこう凄惨であるべきと思うのですよ。

 こんなの戦いじゃないやいっ!

 なんてほんのり気落ちしちゃうルナちゃん。


 もっとも、端で見ている幼娘のトラウマに直結するような光景を作り出さなかったことはある意味では幸運な事だったのだろうけれど……。


「まあ良い。今はボス部屋に行って迅速にボスをボコるのが先だ」


 独り言ち顧みれば薄暗い廊下の向こう側で同じようにゴロツキ達が虫の息で転がっているのを不満そうに見つめるルナの姿があった。



◆ ◆ ◆



(な……なななっ……なにコレぇ……?!)


 ――紅髪の娘さん、アリサ・ウィンベル嬢7歳は同じ光景を目にしても全く違う感想を抱いていた。


 自分が負けず嫌いで、そのくせ世間知らずだということは随分と前から自覚している。

 昨日、母に連れられディザーク侯爵家のお膝元、ラトスに到着してそこそこに高級な宿にチェックインしたところから観光と称して町に繰り出したのも自分がそうしたかったからだし、護衛を撒いて路地裏に隠れ潜んだのも、そのすぐ後にガラの悪い男達に悲鳴を上げる暇もなく拐かされ今の今まで監禁されてたのだって全ては自分の行いの結果でしかない。


 伯爵家のご令嬢たるアリサは、それでも肩を怒らせ怒鳴り散らしていれば彼らは自分に傅き拘束を解くだろうと信じて疑わなかった。

 けれど現実は残酷で、返事とばかりに腹を蹴られてしまった。

 何度も何度も、痛くて痛くて、御免なさいと謝罪しても許して貰えなかった。

 お前は明日か明後日には奴隷として売り払われるんだと、少女を鎖に繋いだ男は告げた。


(もうイヤッ! 誰か、誰か助けて!!)


 文句を言っても悲鳴を上げても蹴りつけられ、一晩経った頃ともなればアリサはすっかり大人しくなって、光を失った瞳で自分の不運を嘆くしか知らない気弱なご令嬢へと変わっていた。

 大人の男にはどう足掻いても敵わない。

 どれだけ泣き叫んでも救いの手は差し伸べられない。

 自分にはもう彼らの言うように売り飛ばされ変態貴族の慰み者になるしか生きていく術が無い。

 そんな、あまりに残酷すぎる現実に思い至って、はらはらと泣き濡らすしか知らなかった。


 孤独と絶望が少女の心を黒く塗り潰していく。

 そんな時だった。

 目の前に眩い光が現れたのは。

 薄暗い石造りの廊下に佇む銀色髪の背中。

 アリサは一瞬で心の全てを奪われていた。

 自分ではどんなに力一杯に殴りつけたって微動だにしなかった男達の体躯が、一つ残らず石床の上に転がり息も絶え絶えに呻き声を漏らしているじゃあないか。


 その光景はあまりに鮮烈で。

 佇む少女はあまりにも美しくて。

 自分と背格好もそう変わらない触れたら折れてしまいそうなほど繊細でお淑やかそうな見かけからは想像も出来ない動きと、その拳に宿る破壊力。

 魂を掌握される音を聞いたように思った。


「な、ねえ、あなた。ちょっと待ちなさいよ!」


 声を掛けようとしたところで彼女がそのまま歩き出したので焦って追い掛ける。

 銀髪の反対側に居たもう一人の銀髪は、振り返ったときにはもう姿形が消えていた。


「なに?」


 彼女は少しだけ立ち止まってアリサに問い掛ける。

 このタイミングを逃したら、自分は彼女の名前すら聞けないまま二度と会えないに違いない。

 そう思って勇気を振り絞る。


「わ、私はアリサ、アリサ・ウェンベル! 伯爵家の娘よ! 本当は平民を相手に先に名乗るなんてしちゃいけないのだけれど、特別に名乗ってあげたわ! だからあなたも名乗りなさい!」


 衣服は町の娘達が身に付けるようなチュニックスカート。

 なので彼女は平民なのだろうとタカを括って物申す。


「ルナよ」


 すると彼女は小さく息を吐いて短く答えた。

 ルナはそれからアリサの顔を一瞥、再び廊下の奥へと突き進む。

 置いてけぼりされそうに思ったアリサは慌てて小走り、彼女の隣に並んだ。


「ねえ、ねえ、さっきのはアレは何? 魔法? ルナが二人になって大っきい男達を簡単にやっつけたじゃない」


「魔法ではないわ。氣術よ」


 問えば事もなげに返される音色。

 キジュツ?

 聞いたことの無い単語だった。

 魔法にそういった属性でもあるのだろうか。

 僅かに怪訝に思いながら紅髪貴族令嬢は尚も話し掛ける。


「ねえ、ルナ。あなた強いのね! 助け出してくれたら私の配下として雇ってあげる!」


 パパとママにお願いすれば何だって叶うんだから。

 なんてドヤ顔で告げる。

 なのに平民娘はジトッとした目でこう答えた。


「何でも叶うというのならここから助け出して貰えば良いのではなくて?」


「だ、だって近くに居ないもの」


 尻すぼみになる音色。

 ルナは溜息を吐いてもう一度アリサの方を見た。


「親が権力者だとかお金持ちだとか、そういったものも力と呼べなくもないのでしょうけれど。結局一番最後に頼れるのは自分自身が持ってる力で、その中で最も自分を裏切らないのは腕っ節の強さよ。だから次は攫われても自力で解決できるよう鍛えておくことをお勧めするわ」


 極めてシンプルで正論に思われた。

 紅髪貴族令嬢は「うぐっ」なんて言葉に詰まりながらそれでも彼女に倣って足を止めない。


「ねえ、どこに向かってるの?」


 不安に思って尋ねる。

 するとルナはワンテンポだけ置いて口を開いた。


「一番奥、一番大きな気配を感じているから、ちょっと行ってぶちのめしてくるだけ。貴女は危ないし来なくて良いわよ?」


「やだ、私も行く!」


「そ、好きになさいな」


 ルナはそう言うとフワリと微笑んだ。

 アリサは心臓が「トゥクン」と跳ねるのを感じた。



 ――そして、この後、アリサは生涯にわたって忘れ得ぬ、或いは目を閉じればいつでも思い描くことができるほどに強烈な光景を目の当たりにする事となった。




ルナ・ベル・ディザーク:銀髪黒目少女7歳。主人公、侯爵令嬢、氣術師

シロ:乙女ゲームをルナにプレイさせた自称電子の精霊。白髪の5歳児。白い犬に変身する

アンナ:ルナの専属メイド、16歳、赤毛。普段はデキる女。時々壊れる。

サラエラ・ディザーク:母、銀髪、おっとり系

ジル・ベル・ディザーク:ディザーク侯爵家の現当主。父、ブラウン髪。文官の血筋で頭はキレる。

アリサ・ウィンベル:紅髪、7歳、強気娘。伯爵家令嬢

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