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064:ラプラスの襲撃④ 落陽


 地表を埋め尽くしている夥しい数の魔物群。

 そこから空中へと上がってくるのは背に翼を持つ醜悪な異形であったり鳥の形をした見るからに空を自在に飛び回っていそうな怪物達で、それらが標的として敵意を向けているのは疑いようもなく群体の頭上400メートルを飛んでいる50名――本当は伝令として二人だけ席を外しているが細けえ事はいいんだよ――の人間達。

 航空戦闘部隊エンゼル・ネストは、発足してから初めてとなる空での戦いに直面していた。


「墜ちろぉぉ!!」

「ダラララァ!!」


 各班が自由軌道で向かって来た空の魔物達を迎え撃つ。

 背負った背嚢には鉛玉がしこたま詰め込まれているからそう簡単には弾切れとはならないだろうし、仮に弾切れになったらなったで肉弾戦に持ち込むだけの話でしかない。

 ネストとは、即ち武術集団であって拳にて敵を撃滅することこそが本来の遣り方なのだから。

 

 男達が指で鉛玉を弾き出せばその都度魔物達が力なく落ちていく。

 ごく稀に弾幕を突破してきた個体がいても攻撃を集中させれば蜂の巣にされて墜落。

 眼下にて蠢く群の中へと消えていった。


オレは上へ行く。ついてこられる奴だけついてこい!」


「「了解!!」」


 そんな部隊の中にて隊長ルナが大声を張り上げれば、周囲を固めている部下達が同じく大声で返事した。

 空の上を高速で動き回っていれば風切り音が凄くて声なんて簡単に掻き消されてしまう。

 やはりお母様の考え通りに双方向で声を遣り取りする魔導具そうちの普及は必須であると、娘は体感として強く感じた。


(……さて、どのくらいの魔物が追ってくるかな、っと)


 ルナは気合いを入れ直すと真上へと昇っていく。

 少女を守るべき隊員達も同様に。

 魔物達もまた釣り針に掛かった魚のように引っ張り上げられていた。


 高度が400メートルから更に高く、尚高くと更新されていく。


 500……600……800……1000メートル。


 大量破壊術の行使は、下限で考えればもう実行可能な高さと言える。

 だがルナは諸々を踏まえて更に上乗せすることにした。


 1000メートル……2000メートル……3000メートル。


 この辺りになってくると空気が冷たく薄くなってくる。

 魔物群が連れてきた今にも泣き出しそうな分厚い雲がすぐ目の前で壁のように天井のように視界を遮っている。

 しかしルナは止まらない。

 暗雲なんぞ物ともしない勢いで突っ込み、暫し視界が全く利かない薄闇の中を更に昇っていけば急に視界が開ける。

 そこは透き通るほど青い空と、灰色の一見しただけでも重さを感じてしまうような雲の絨毯の広がる世界。


「ううむ、ちと昇りすぎたか」


 下を見ればもう誰も付いてきていなかった。

 部下達は、或いは魔物達は中程の高さで頭打ち。

 戦闘を始めているはずだが雲に阻まれて見えやしない。

 高度一万メートルまで昇ってしまった少女は息苦しい中であっても深く大きく息を吸って、両手を天へとかざした。


「始めようか」


 氣を集める。

 手の上に放出した氣を空中にて収束させ膨張させていく。

 青白い光が出現し、それは刻一刻と大きくなっていく。

 少女の身体の十倍以上もの大きさになってさえ膨張は終わらない。

 更に、更に、更にと膨らみ続ける。

 その内に光は黄金の色合いへと変化した。

 それでもまだ大きくなる。

 光が成長を止めたとき、そこには前回ウェルザーク公爵領内で使用された時とは比べものにならないほど大きな光塊が今にも爆発しそうな勢いもそのままに宙に浮いていた。


「爆縮開始」


 自分に言い聞かせるように呟いて、少女は頭上で光を放つ太陽の如き物体を圧縮させていく。

 小さく、もっと小さく。

 縮んでいく黄金の光がある瞬間を境に光沢の無い真っ黒な色合いへと変化する。

 完成した“火種”は、今回は家一軒を丸ごと飲み込んでしまいそうな大きさだった。


「魔物の諸君、遠路はるばるご苦労様。そしてさようなら」


 つい別れの挨拶などを口にしてから掲げた掌の上に浮いている黒い塊をポイッと真下に落とした。

 落としておいてから自分の身は塊を追い越して真下へと飛んで行き、雲を突き抜けると薄暗い中で戦闘を行う人々へと呼びかける。


「総員全力離脱!!」


 返事は無かったが降りてきたルナの姿とその軌道から意味を正しく理解したのだろう。

 男達が追従し、これを追い掛けて魔物達が飛んでくる。

 だが飛行速度の観点から言って魔物達では航空戦闘部隊を捉える事など出来るワケがなかった。

 魔物達はその大半が自身の身体に生えている翼で、もしくは幾ばくかの魔力を付与して飛行している。

 対するネストの男達は完全に氣の力のみで飛行しているのだ。

 己が筋力と浮力によって空を駆けている魔物達では、自然界の法則なんて丸っきり無視して効果を成している氣術の使い手どもに追いつく道理が無かった。


 一方で自由落下し続ける黒い塊は誰の気を引くこともなく落ちていって、やがて真っ黒な表面に亀裂が入ったかと思えば今度は一転して目にギラギラと痛い程の輝きへと置き換えられる。

 光の塊は尚も地表を目指し、そして上から異物が降ってくる現象を不思議そうに眺める魔物達の手が届くかどうかといった距離で恐るべき熱量と爆圧を四方八方へと撒き散らす。



 ――ギュバッ!!!!



 地上を焼き尽くさんと爆発した光の塊。

 真下に居た魔物達が瞬間的に跡形も無く消し飛ばされる。

 直径およそ30キロ圏内に存在する全てが暴力的な爆風に晒され、吹き飛ばされた後に体躯を粉々に砕かれ或いは熱によって焼かれた。

 雑草は元より大地に深く根を下ろす大樹であっても凌ぎきることあたわず。

 数秒前まで地表を埋め尽くし蠢いていたはずの魔物達とて例外では無かった。


「総員、衝撃に備えよ!!」


 大慌ての全力飛行で離脱の途にあった航空戦闘部隊にもその凶暴な熱波は押し寄せていた。

 叫んで身を翻すなり氣の防膜を展開させるルナと、そんな隊長に倣って防御態勢を執る隊員達。

 数秒遅れたタイミングで全身をズタズタに引き裂かれたかと錯覚する程の爆風に包まれた。


「耐えろよ……!!」


 歯を食いしばり呻くように声に出す少女。

 衝撃破が通り過ぎた所で顔を上げると、部隊を追い掛けていた筈の魔物達は一匹として見当たらず、また周囲を見回して部下達がどうにか無事なことも確認できた。


「よし、作戦終了、帰投する!!」


「「「イエス、マイロード!!」」」


 オレはやりきった! とでも言わんばかりの誇らしげな声に男達は声を揃えて返事する。

 お前ら案外と余裕あるじゃねえか。

 とは氣を使いすぎてクタクタになっている鋼色髪少女の感想だった。



 ――大量破壊術となる“落陽”から放たれた破壊の光は近隣領地のみならず、隣国でも観測できた。

 諸外国はこれを受けて“アルフィリア王国が超軍事大国化したのでは?!”と恐怖を覚え、ならばと王国を包囲して滅ぼさんと軍事同盟を締結させるに至るのだが、これは数ヶ月後の話で、或いはそんな諸国の情勢悪化に抗するべく本当に当国が軍事国家と化していく事もひっくるめて追々に語るとしよう。


 今はただ焼き尽くされた地表の上、そこに存在した痕跡すら残さず消失してしまった異形の群の在った所に新に爆圧の猛威に晒される事がなかった後衛の魔物達が進軍し地表を覆い隠す様が見て取れた事のみを告げよう。


 先ほどの爆風はラトスにも届いたようで、町の外壁は至る所が割れていたし、この内側にて建ち並ぶ民家だって幾ばくかの被害があったように見受けられるものの目立った死傷者というのは見当たらなかった。

 また町の外壁を背にする格好で布陣していたディザーク軍は、事前にどういったことが起きるのかを知らされており、被害を受けないよう塹壕あなを掘ってそこに身を隠していたようだ。一兵も欠けることなく戦闘行動に移れそうな気配があった。


 わああぁああっ!!


 行きと同じく雁行形態で戻ってきた航空戦闘部隊エンゼル・ネストの雄姿を見上げて歓声を上げる兵士達。

 英雄の凱旋とばかりに意気揚々、鼻高々に町の上空を一周回ってから男達はディザークの邸宅その修練場に足を付けることができた。


「諸君、我々に与えられた任務は完遂された。しかし、だからといって戦いそのものが終わったわけではない。ゆえに少々の時間を休憩とするので各自体力の回復に努めて欲しい。以上、解散!」


 整列させた隊員達の前に立ってルナが告げる。

 第二次出撃の可能性が高いので酒を飲んだりは止めておけと念のために釘を刺しておく。

 晴れやかな男達の顔を見ていればそりゃあ心配もしちゃうってなもんだ。

 踵を返して館内に戻ったルナは真っ先にお母様(サラエラ)の所へ赴き作戦の報告、それから数時間だけでも兵ともども休憩させて欲しい旨を伝え自室に戻って仮眠する(ばたんキュー)

 目が覚めたのは夕刻間近で空が赤く染まる頃合いだった。



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