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062:ラプラスの襲撃② 出撃


 航空戦闘部隊エンゼル・ネストの50名がディザーク家邸宅敷地内にある修練場にて整列している。

 男達の出で立ちはどれも深緑色をした空手胴着らしき衣服で、しかし足には厚底の革ブーツ、腕に金属製の仰々しい手甲が填め込まれている。

 特に鷗外の手甲は一式と銘打たれたギミック付属の逸品で、重すぎるが故に彼の専用装備となっていた。

 また同じく深緑色であっても女子学生の着用するブレザー制服的要素の盛り込まれた戦闘服はアリサ専用の衣装だった。

 彼らの衣服には防御系の魔法が練り込まれており、故に鉄鎧並みの防御性能を保持している。

 彼らが一様に背負っている背嚢には持てるだけの徹甲弾や榴散弾が詰め込まれ、或いは腰ベルトに据え付けられた袋にはギッチリと鉛玉が入っている。

 総重量にすれば40キロなど余裕で超えているはずなのだが、常日頃から鍛えに鍛えられている人々が弱音を吐くなど有り得ない。


 そんな彼らの前に立ったのは、白地ながら端々に青いラインの入った女子制服らしき衣装を身に纏うルナ隊長。

 その可憐なる相貌は戦闘用衣装を身につける事で更に可愛らしさを増すのだ。

 ルナ隊長は、誰もが否応なく目を向けてしまうほどの美貌を備えていても、その気質は豪胆にして勇猛の極み。

 風に煽られて僅かながらプリーツスカートの端が捲れ上がっても動じたりはしない。

 (見え……)と一瞬だけ露わになった太ももに目を遣ってしまう者があっても、持ち前の寛大さを発揮して見なかった事にしてやるくらいには余裕ぶっていた。


 少女は隊員達と同じ型式ながら蒼く塗装されている手甲の光沢を指で撫で、それから他には無い装備品として片耳に装着された魔導器物を指先でコンコンと叩いてから隊員達を一巡見回す。


「――諸君、敬愛する戦友諸君。我々は本日この時より最大の試練に立ち向かうことになる。

 敵は十万もしくはそれ以上とすら推測される魔物の群。

 我々は50名、それから地上部隊が400名ほど。

 一見すれば為す術も無く蹂躙され例外なく骨の一本すら残さず食い尽くされるに違いない絶望的な状況に思われるだろう。

 だが、私は諸君らに逃亡も降伏も許さない。

 諸君は私と共に死ぬためにこの場に存在しているからだ。

 そして、同時に私は死して奴らの腹の中に収まるつもりなど毛頭ないという事を先に告げておこう。


 ――諸君、百戦錬磨の古兵ふるつわものたる航空戦闘部隊エンゼル・ネストの勇者達よ!

 私はここに宣言しよう。

 勝利するのは、生きて再びこの地に足を付けるのは間違い無く我々であると!」


 鋼色の艶髪を風に遊ばせ、言葉を切った少女はもう一度隊員達の顔を見渡す。

 男達の顔に悲壮の色は見当たらない。


「我々の背後に見える町には十数万もの人々が暮らし、今も平和と共に生きている。

 彼らの平穏を、ささやかな幸福を、繰り返される日常を脅かす者は議論するまでも無く絶対的な悪である。

 そして、この絶対悪と対峙する我々は間違いなく正義であると断言する!

 ならば諸君、誇り高き天空の戦人いくさびとたちよ。

 我々に敗北など有り得ない! 我々が頂くのは勝利のみ!

 相対する異形の群、その全てを屠り、殲滅することこそが我らに与えられた使命であると知れ!」


 ルナが気炎を放ち朗々と謳う。

 男達は奏でられた音色を胸に刻む様に、微動だにせず聞き入っている。

 ルナは言葉を切ったところで大きく息を吐き空を見上げた。

 目に染みるほどの青い空。

 なのに視界の奥に垂れ込めているのは分厚く黒々とした暗雲。

 少女は息を吸い込んで再び言葉を、今度は一転してとても穏やかな口調で語りかける。


「我々は一見して絶望的かに思える戦いの盤面をひっくり返すために、今こうしてここに立っています。

 ならば皆さん。私の愛し子達。願わくば一人として欠けることなく笑って明日を迎えられますよう。

 そしてこの作戦を完遂できるのが、世界中どこを見回しても私たち以外に存在し得ない事を世に知らしめましょう!」


 少女の背に純白の翼が生えだして、眩いまでの光を放った。

 面々の顔に凄まじいまでの覇気が漲ってゆく。

 光が失われた時、そこには人間の限界など易々と超えてしまった生き物が五十名、同じ場所に佇むばかり。


「さあ、諸君。戦いの時間だ!」


「「「いと尊き天空の支配者様! 空帝閣下あなたに勝利を捧げます!!」」」


 まるで意思統一されたかの如き一糸乱れぬ唱和をもって応える隊員諸氏。

 ルナは大きく息を吸って吠えた。


「総員出撃! 空に上がれ!!」


「「「おおぉぉおおおっっ!!!!」」」


 士気が限界を超えた瞬間に、弦から放たれた矢の如く男達が空へと駆け登る。

 一気に到達した高度400メートルで雁行形態を執ると、航空戦闘部隊は獲物達めがけて進軍を開始した。


 空から見れば、予想した通り一千などとは到底思えない夥しい気勢が森の北側にて蠢きまるで雪崩の如く押し寄せる様子がありあり窺える。


「まずは先鋒の足を止めるぞ!」


 空の上を突き進みながらも背負った背嚢から榴散弾を一本取り出すルナ。

 少女の輪郭を視界に収めながら男達も同様に砲弾を引っこ抜く。

 左手に金属筒を提げたまま飛んで行けば間もなくゴブリンを主軸とした前衛集団を眼下に捉えるに至った。


「こちらフェアリー01、作戦開始位置に到達した」


『ヘッドクォーターよりフェアリー部隊へ。了解した。直ちに攻撃を開始せよ』


「フェアリー01、了解コピー


 片耳に被せている通信魔導具で屋敷に居るサラエラ(お母様)と遣り取りする。

 通信装置は魔導具、つまり発動させるのに魔力を消費する。

 長時間の会話ともなると消費が馬鹿にならないため、通信時には敬称も敬語も取っ払うことにした。


 “フェアリー部隊”とは航空戦闘部隊エンゼル・ネストの全体を指し、ルナはその部隊長である事から“フェアリー01”。

 サラエラは総司令官ではあるが、一個人としてではなくディザーク家邸宅に詰める人間達全員に指揮権があるものと見做して“本部ヘッドクォーター”と呼称するようにしている。

 あと、命令に対する返事に関しては、単純な内容であれば「ラジャー」で複数の内容を含む命令に対しては「コピー」と唱える。


 まあ、今回に限って言えば通信装置を持たされているのがルナの他に守備隊長のカーディス氏とギルドマスターのゲオ氏だけなので名前呼びでも構わないのだけれど、サラエラ様は将来的に全ての部隊、小隊長レベルまで同装置を普及させる腹づもりのようで、だから今の時点から慣れさせる意味合いも込みでそれらしい言葉で遣り取りしているワケなのです。


「総員、榴散弾用意!!」


 眼下で蠢く蟻の群の如きゴブリンに向けて左手にて金属筒を構える。

 部隊の者どもも倣って、そこへ己が“氣”を込めていく。

 十秒程掛けて氣を注入したところでルナが筒の底部を思い切り殴りつけ真下へと投擲した。


「てぇぇっ!!!」



 ドゴンッ!

 ズドドドドドドドドッ!!


 最初に放たれたルナの砲弾が着弾と同時に炸裂した後、続けて盛大な爆発音と共に土柱が巻き上げられる。

 一瞬だった。

 この一瞬で、1000匹を下らないであろうゴブリン達の半数以上が肉片と化し地表をドス黒い体液で染め上げた。

 目を上げると、この爆発によって敵魔物群の進軍は停止したかに思われた。


「ここからが本番だ! 各員、死力を尽くせ!!」


「「「おおおぉおおおっ!!!」」」


 ありったけの声で叫べば、男達が呼応して雄叫びを上げた。

 半壊したゴブリン集団からやや離れた位置に見える本陣。

 そこには十万を超える魔物達が犇めいており、この中からチラホラと空に上がってくる個体があるのを見つける。


「やはり迎撃はあるか」


 少女の可憐な唇に凄烈なる笑みが浮く。

 榴散弾は対地攻撃など敵の密集したポイントに撃ち込まなければ充分な効果が得られないし、徹甲弾は分厚い装甲を持つ大型の魔物を粉砕するでもない限り用を成さない。

 即ち、空中戦における主な武器は鉛玉と、超至近距離での格闘術つまり己が肉体なのである。


「……征くぞ!!」


 ルナが速度増し増しで突っ走る。

 各班がそんな少女の周囲を固めるように陣形を変えた。


 この作戦の成否は、如何にしてルナを疲弊させることなく目標地点に到達させるかに掛かっている。

 ということは迎撃にと空にやって来た魔物達は全て部隊員で排除しなければいけないといった話になる。

 その為に出撃間際にバフを掛けた。

 能力的に普段の五割増しになっている彼らであれば何とか持ちこたえてくれる筈。

 ルナは祈る気持ちで、自分は更に高くへと空を昇る。

 目標地点は高度1000メートル。

 到達したら間髪入れずに大量破壊術の準備に取り掛からなければならない。

 時間との勝負は始まったばかりである。



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