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060:帰郷してから


 ――結局のところルナが実家の敷地を足に踏み締めたのはデビュタント・パーティーから一ヶ月と少しが経過してからのことになる。


 この間に起きたショッキングな出来事はと言えば、謀叛の罪で処断される筈だったリブライ・ミューエル氏が獄中死した事だろう。

 後になって聞いた話だと、十日以上にも及ぶ尋問、というていの拷問を執り行っている最中に、突然口から血を吐いてそのまま息絶えてしまったのだとか。

 彼の死亡が確認されてすぐに遺体は焼かれて土に埋められた。

 アルフィリア王国では土葬が一般的なのだけど、状況から考えるなら第三者から呪的な攻撃を受けたかそうでなければ何か得体の知れない病原菌やら毒やらを摂取してしまったと言えてしまい、なので焼いてしまうのが最も確実と判断されて腐敗する前に灰にしてしまったというのが顛末となる。


 この話を聞いたルナが真っ先に思い浮かべたのは、元は源流となっている氣術の技である“芯勁直しんけいちょく”を施され遠隔で臓器を破壊されたんじゃないのか、なんて話なのだが既に焼かれてしまった人間の胸部を開くことなんて出来ようはずもなく、疑いは立証されることもなくってな感じで闇から闇へと葬られてしまった。


 ……いや、というか。本当に彼は死亡したのか? とは思った。

 例えば何者かの手引きによる脱獄が既に計画されていて、死亡したと見せかけてまんまと城外へと逃げ果せただとか。

 被疑者の死亡確認から焼却するに至るまでの時間(スパン)が異様に短いこともあって、ついそんなふうに勘ぐってしまう。

 彼の娘であるシェーラはもう少し詳しく調べると言って王都メグメルに居残っていた。

 まあ、彼女にしてみれば実の母を毒殺したかも知れない、しかも自分に氣術を叩き込んで馬車馬のように使った極悪人なので、逆に死亡したと言われても簡単には信じられないだろうよ。

 リブライに関する諸々は既にシェーラに一任している以上、ルナの方からどうしろこうしろとは言えないのであった。



 他に良い話題はといえば、ルナが出演して作った宣伝映像は予想以上に反響があったようで、ラブルス商会から寄せられた中間報告によると調味料(マーヨネィズ)の売り上げは想定を遙かに超えた爆発的ヒットで、発売開始から僅か三日で溜め込んでいた在庫が綺麗さっぱり捌けてしまったとの事だった。


 これにより商会内は大騒ぎの増産祭り開催ってなもんで。

 同じく報告を受けた宰相様は緊急で会議を開いてまで映像に関する法律の制定を急ぐ事となった。

 というか彼が監督として宣伝映像の作成に携わったのは、つまりは映像そのものに限らず、これを作成するにあたっての初動から完結するに至るまでを可能な限り情報として得ていたかったからなのだとか。

 現実に即した法案は実際に携わってこそ実用性を保持しうるのだと、王都を出発する間際に聞き及んだルナである。

 法律が制定されるにはまだ数ヶ月の時間を必要とするとの事で、なのでこの件に関しては続報待ちとなる。


 それで目下の最重要課題は魔物の異常発生(スタンピード)預言書(ゲーム内)で“ラプラスの襲撃”などと呼ばれる事象に関する事。


 冒険者ギルド内では領主名義で周辺地域の情報収集を依頼として出しているし、報酬が悪くない金額である事も手伝って結構な人数が調査を行っているが、それらしき異変はまだ見つかっていない。


 焦れる、とはこの事だろう。

 本年度内にスタンピードが発生する可能性は極めて高い。

 だが具体的に何時どこで発生するから分からないとこちらだって手の打ちようが無いのだ。


「――では本日も毎度お馴染み飛行訓練だ。気を抜いて墜落する間抜けが諸君らの中に居ないとは信じたいが、長時間に及ぶ高高度飛行ともなれば一瞬の油断が命取りになる。くれぐれも気を抜かないように!!」


「イエス、マム! イエス、マイロード!!」


 すっかり馴染んでしまった戦闘服と腕に装着した手甲。

 もはや見ただけなら歴戦の古兵と呼んでも差し支え無かろう航空戦闘部隊エンゼル・ネスト50名の精鋭達が鋼色髪も艶やかなる少女を眼前に拝し元気の良い返事をする。

 満足げに頷いたルナ隊長様は「総員、空に上がれ!」と声に出すのと同時に己が身をふわりと宙に浮かせたものである。


「この瞬間が好きなんだ。ルナ様が本当に女神か妖精に見える」

「ああ、分かる。でも訂正しろ、見えるんじゃない。彼女は本物の女神様だ」

「そうだ俺達は女神様が率いる女神様かのじょを守る為の軍団なんだ」

「俺達は本当に幸運だ。これ以上なく尊い御方の為に戦えるといった栄誉を授かったのだからな」

「ああ、このまま墜落しておっんでも悔いはねえよ」


 一足お先にと空へと昇っていく少女を見上げ、自身らも遅れまいと空を駆け上がる兵士達は彼女に聞こえないよう小声で言葉を交わす。

 班長の鷗外が微笑ましげな、或いは自分も完全同意だとでも言わんばかりの複雑な表情をして、それから彼らを窘めた。


「こら! 任務中に私語は慎め!」


「サー、イエス、サー!」


 厳しいことを言いこそしないが、同じ班長の肩書きを持つオルト氏は、そんな兵士おとこたちの一連の遣り取りをちょいとニヤニヤしつつ見守っていたりする。


 ……オルトは元はディザーク侯爵家邸宅の警備を任されていた部隊から頼み込んで異動という形でルナの配下になっている。


 才能という意味では、恐らく小隊長はんちょうたちの中では一番劣っていると今でも思っていた。

 だから他の面々よりもより多くの時間を修練に費やし、結果どうにか班長の肩書きを失わないようしがみついている。


 ルナを老師せんせいと慕い、自分の命が続く限りを彼女に捧げ尽くそうと固く心に誓う男は、実のところ転生者だったりする。


 男は前世でも男で、けれど乙女ゲームを嗜んでいて、だからこの世界がどういったものか理解しているつもりだった。……変態呼ばわりされてしまうんじゃないかと内心ガクブルの男が他に漏らすなんて出来るワケがないだろう?

 そして男は生前からルナ・ベル・ディザーク侯爵令嬢、否、悪役令嬢たる少女のファンだった。


 転生したことを思い出した当初ともなればまだ幼いルナお嬢様を教え導き素直で素敵なレディーにする事で破滅の運命を回避させたい、なんて夢見がちな事を考えていた。

 けれど現実のルナお嬢様は勇猛にして可憐。しかも頭脳明晰を通り越して叡智いや神算鬼謀ともいえるほど頭が良い。

 乙女ゲームに登場する悪役令嬢からは懸け離れた超()スペック仕様の究極的お嬢様だった。


 今じゃ彼女を師と仰ぎ修行三昧の日々を送っている。

 勿論苦しい日々には違いないが、同時にとても充実した素晴らしい日々であるとも思っていた。

 お嬢様は日々成長されていく。

 より美しく、より猛々しく。相反する二つの要素が絶妙なバランスの上で見事に混ざり合っている様はもはや芸術であるとすら言えよう。


 というか、彼女は武術の達人で女神様で侯爵令嬢で超絶美少女、おまけに次は芸能人になってしまいそうな勢いだ。

 どこまで属性盛ったら気が済むのかこの人は。

 そしてどこまで周囲を魅了したら気が済むんだこの人は。なんてつい思ってしまう。


 そんな愛しい悪役令嬢の傍で彼女を打ち負かそうとする全てから彼女を守る為に拳を振るうことを許されている自分は、本当に、本当に幸福であり幸運であったと心底から思う。


「だから俺は、最期の最後まで手放さない……!」


 オルトは自分に言い聞かせ、みるみる遠ざかっていく少女の輪郭を追って自分も空へと舞い上がる。

 一世一代。己が全身全霊を掛けて行う“推し活”は尚も続くのだった。




 ――この日、ラトス冒険者ギルドで周辺探索の依頼を受けたのは二人組の冒険者だった。

 ベンガジとテッパチ。

 年齢的にそろそろ引退を考えても良い戦士と盗賊のコンビは、戦闘を回避しても問題がない上に報酬もかなり良いこの依頼を受けて意気揚々町を出発、東北へと舵を切って歩いていた。


「お前さんも大変だな」


「そりゃあ大変ではあるんだが、家に帰りゃ女房と二人の子供が出迎えてくれる。この瞬間が堪らなく幸せなんだよ」


 ベンガジの奥さんは元々は二人とパーティーを組んでいた女性でリベアという魔法使いだ。

 リベアは魔法の使い手としては優秀な部類だったが、とんでもない量の魔力をぶん回して極大攻撃魔法を放つようなものではなく、どちらかと言えば周囲の気配や魔力を感知したり遠くにある物を視たりと補助的な魔法に秀でた使い手だった。

 魔法使い(ソーサラー)妖術師(ウィザード)は違うのよと、妙な拘りをもっており見方によれば偏屈ともいえる彼女だが結婚して家の事をやり出すようになったこの数年で随分と丸くなったように思う。

 というか子育てに必死で余計な事を考えるゆとりが無いだけなのかも知れないが。

 そんな妻と、二人の間に出来た子供達はベンガジにとっての希望であり未来の形そのものと言えよう。


「しかし女神様の件はどうしようもねえな」


「まあ、な……」


 肩を落とすベンガジに対してテッパチ氏は肩を竦めて見せる。

 最近起こった女神様との邂逅を妻に話はしたが信じて貰えず、白昼夢でも見たのかそれとも仕事疲れによる幻覚だと切って捨てられ暫しの休養を勧められてしまった。

 魔法使いという人種は意外な事に現実主義者リアリストが大多数で、不可解な現象には明確な理屈を当てはめないと気が済まないという面倒臭い人が多い。

 リベアもその面倒臭い人種の一人で、なので女神様の件は信じて貰えなかった。


 遠くを見る魔法で確かめりゃいいじゃんかと反論はしたけれど、本人曰く魔法を使うまでもなく存在しない物は視ようがないと一蹴されてしまったのだ。


 ……いや、彼女の本音は分かっている。

 仮にベンガジの言葉が真実で、女神に救われたのだとしよう。

 これを遠見の魔法で確認してしまったら、今後女神を信仰するという夫を止める手立てが失われてしまう。


 大陸全土で信仰されているのは神エヘイエを崇拝する聖導教会であり、この宗教は宗派によって差はあれど一貫して他の宗教を認めないところは同じ。だから他神への信仰が露見すれば遠からず異教徒として皆殺しされ財産を奪い尽くされるなんて事になる。

 だからリベアは確認すら拒否したのだとベンガジには理解できた。


「ま、お前さんは守らなきゃいけねえ物を抱え込んじまっている。女神様を信仰するのはお気楽な俺だけで充分ってこった」


 気楽な物言いでテッパチが笑った。

 どうせ盗賊シーフとして冒険者として働ける時間もそれほど残ってはいない。

 盗賊は鍵開けや罠の発見と解除、それから偵察などを行う役柄で、つまり手先の器用さと戦士職とは別種の体力が要求される職種クラス

 若い頃は有り余る元気で押し通せた無理も、次第に利かなくなってくる。

 シーフがポンコツだとパーティが全滅する確率は一気に跳ね上がる。

 だから耄碌する前に、下手を打つ前には引退してなきゃいけない。そうでなければ仲間達と一緒に墓標すら無い死体になってどこぞに転がっているだろうよ。


「ああ、すまない」


「いいって。気にすんな」


 尚も謝罪を口にするベンガジの肩を相棒は叩いてカラリと笑ったものである。


 ――二人は東に向けて伸びる幅の広い街道を途中から逸れて平原地帯を闊歩する。

 そのまま街道沿いを往けば森が現れるが今回そちらに用は無い。

 平原は実際に足を踏み入れれば分かるが雑草が生い茂り、足下を蛇が這っていても気付きにくく、また噛まれて毒に冒されたとしても歩きにくい立地上、町に戻るのにも時間が掛かる。

 だから持ち物としては解毒薬を多く所持し、また足を保護するため頑丈な靴や皮鎧でガッチリ固めていなければいけなかった。


「クソッ、また蚊に噛まれちまった。虫除けは塗ってる筈なんだけどな」


 雑草を手で払いながらテッパチが毒づく。

 ベンガジも持って来た鉈で雑草を切り払い道を作っていた。

 こうしないと帰り際にどっちから来たか分からなくなるからね。


「まて」


 小一時間ほど北に向けて進んでいると不意に前を行くテッパチが鋭い声で制する。

 ベンガジは腕の動きを止めると相方と同じように身を屈めて耳を澄ませる。

 するとどこからかザクザクと大人数が地面を踏み締める音がした。


「もうちょっとだけ近づくぞ」


 それまでのお気楽さから一転して緊張した口調で盗賊が囁き後ろの戦士が小さく頷く。

 ザッザッ、ザッザッ。

 ゆっくりと慎重に歩き続ける。

 大きな音を立てまいと草を払う手もゆっくりで動きも小さい。

 ヤブ蚊が耳元で飛び回っているのは分かるが苛立ちに任せて手を振り回すこともしない。

 息を潜めて尚も進む。

 やがて男達は雑草が踏み固められ大きく開けた場所があるのを目撃した。


「ゴブリン……、だが数が多い」


「マズいな。ああそうか、侯爵家はコレを予測して依頼を出していたのか」


 ゴブリンは人間の子供くらいの体格で、同じく人間と比べて6歳くらいの知能しか有していない。

 だが逆に言えば、6歳くらいの知能はあって、自分が多種族と比べて非力である事を理解しているのだ。

 だから群れる。群れて狩りをする。

 人間でも何でも、数の暴力で封殺する。

 相手が群れているなら陽動し分断した上で襲い掛かる。

 犬や狼といった動物とは根本的に違うのだ。

 そして幼い人間の子供と比類する残虐性。

 だから冒険者ギルドと名の付くところであれば世界中どこでもゴブリン討伐の依頼を見つけることが出来た。


「先遣隊、偵察部隊ってところか。数はぱっと見で100ほど。ってことは奥にゃ1000くらいは居るかも知れねえな」


「ホブゴブリンも混じってる。オーガも……それから、いや、まておかしいぞ。なんでこんな所にスケルトンが居るんだ?!」


 ベンガジが驚愕と共に声を出す。

 スケルトンは一説ではダンジョン内などで息絶えた冒険者が闇の魔力に浸食され生み出されるとも言われているが今はどうでもいい。

 問題なのは同じ魔物と分類されているとは言えゴブリンとスケルトンなどの闇の眷属が同所で同じ目的を持って活動するなど今まで聞いた試しが無いという事だ。


「つまり、異種族間を統括する魔物が奥に潜んでいるってことか」


 斥候がゴブリンだけだったならこれを指揮するのはゴブリンの王であると予測できる。

 だが複数種類の魔物が偵察に参加しているというならば、それら幾多の魔物を掌握する王が存在しているといった話になる。

 それはゴブリンの王などよりよほど強力な個体であろうと推測することが出来た。


「戻って報告するぞ」


「ああ、でも可能な限り物音は立てないでくれよ。数が数なだけに鬼ごっこになって逃げ切れる自信がねえ」


「分かった」


 男達は囁き合って回れ右する。

 彼らの隠密能力が高かったからなのか、魔物達の索敵能力が劣っていたからなのかは分からないが町に帰り着くまで魔物の襲撃に遭うことは無かった。



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