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059:世界初のコマーシャルⅡ (武将さん初登場の回)


 ――俺の名はあらた 武将たけまさ

 というのは居眠り運転につき赤信号でもアクセルべた踏みの黄色いスポーツカー……ス○ルのW○Xしかも初期の丸目ライトだったぞコンチクショウ……にひき逃げされて死んでしまった前世の俺の名前だ。


 生まれ変わってから35年を生き抜いた俺の今世での名は“ブラッド・ピッグ”というとても残念な代物だった。

 長身で肩幅が広くそのくせ見た目ほど筋力が無い俺は、だからといって名前通りに豚でもない。

 要するにウドの大木ってこと。


 今世では生まれも育ちもラトスの町で、今から十年くらい前に幼馴染みだったミハエルがラブルス商会を立ち上げたのを切っ掛けに従業員として雇って貰う事に。


 ああ、そうさ。

 この世界が浪漫ロマン溢れる剣と魔法のファンタジーな世界だって事は幼少の頃から分かってはいたさ。

 でもな。俺ぁ冒険者なんてガラじゃないんだよ。

 いや、そりゃあギルドで登録まではしたさ。けどな、最初に受けた薬草採集の仕事で東の森に入って行って狼っぽい魔物なのか魔物っぽい狼なのかは知らんけど、追い回されて命からがら町に逃げ帰った時に自覚したんだよ。俺には向いてないって。


 それでミハエルの商会で真面目にコツコツ働いてた。

 前世の気質をそのまま持ち越してる俺は根っからの製造業気質で、品質管理に関しちゃ右に出る者が居ないってほど厳しくしてやったさ。

 ISOだってバッチ来いだ。


 その甲斐あってかラブルス商会は最初の数年で他の商会からも一目置かれるようになっていた。

 けど商会が本格的に脚光を浴び始めたのは五年前の話だ。

 そう。温泉銭湯を作ったとき。

 図面を引くところから職人達の指揮まで、全部俺が手掛けた。

 今じゃラトスの湯って言えば誰もがすぐに思い浮かべるほどの有名施設になった。

 懇意にしているディザーク侯爵家にはもう感謝しかない。


 というか、侯爵家との付き合いはこちらから売り込みに行ったワケじゃあ無い。

 どういった経緯なのか向こうから直接話を持ってきた。

 貴族にありがちな支払いを渋ったりもしないし、おかげで商会はみるみる成長して、気がつきゃ大店おおだなの一つとして数えられるまでになっていた。

 俺なんて製造部を一手に任されるほどの大出世。

 今や幹部の一人なのだぜ。


 そんな順風満帆な日々の中で、侯爵家の娘さん、ルナお嬢様がデビュタント・パーティーを開くってんで、パーティーの大部分を取り仕切って欲しいと依頼が来た。

 納期そのものはワリと先だったけど、如何せん揃えなきゃいけない物品が多すぎた。

 ミハエルと一緒に西へ東へと奔走し、一時期ともなりゃ商会の幹部全員で目の下に隈を作って息も絶え絶えに会議するなんて事もあった。

 ってか俺、製造部で生産ラインの構築と品質管理、あとは設備の設営が主な仕事なのだぜ?

 あちこちでイチ押しの商品が無いかリサーチして交渉して購入するとか、そんなの営業部の仕事だろうがよぉ!


 などと愚痴を垂れつつ、それでもお嬢様のデビュタントは大成功に終わった。

 これで休みが取れると半ば放心状態で荷馬車に揺られてラトスまで戻ってきた。と、思ったら今度は新製品を用意しろときたもんだ。

 なんだ俺を過労死させたいのか。

 話の出所はデビュタントを乗り越えたばかりの12歳のルナお嬢様ご本人。

 彼女はなんと空を飛んで商会の玄関まで乗り込んできた。

 空を飛べるのだぜ? ヘリや飛行機に乗るでもなく、自力で、その身一つで。

 いくら剣と魔法のファンタジー世界だといっても規格外にも程がある。

 ああそうか、こういうのをチートって言うんだ。

 と、そこまで考えて、ふと思ったんだ。

 このお嬢様、ひょっとして俺と同じ転生者なんじゃ……?って。


 12歳のガキんちょとは思えない優美さと聡明さ、そしてそこはかとなく漂う色気を目の当たりにしつつ、俺とミハエルは仕事の詳しい話を聞くことになった。


 どうやら彼女は社会実験と称して商品の宣伝を映像で行い、売り上げにどのくらい影響するかデータを出したいとの事で。

 ラブルス商会には宣伝に適した商品を新しく作って欲しいと仰りやがったよ。

 なんちゅー無茶ぶりだよ、とつい怒鳴りそうになっちまう俺だった。


 でも一方で、思うことがあったんだ。

 異世界転生モノ(ラノベ)とかでよくあるマヨネーズ作ったら、ルナお嬢様はどんな反応をするのかなって。


 なので作った。

 材料は流石の新進気鋭のラブルス商会で、然したる苦労も無く手に入った。

 作ってやったぜマヨネーズ。

 キュー○ーのマヨに寄せた風味にして。

 我ながら会心の出来映えだったね。

 ミハエルからは「お前こんな秘密兵器を隠し持っていたのか」なんて驚愕されちまったが、まあ、そこはそれ。


 お嬢様はミハエルとその息子エヴァンス坊ちゃんを両腕に抱えると空を飛んで消えてった。

 あの細っこい体のどこにそんなパワーがあるのか是非ともお聞かせ願いたいってなもんだ。

 一方で俺を含めた幹部は大急ぎでスタッフと道具を掻き集めて荷馬車に放り込むと必死の形相で街道を爆走したものさ。


 それで、再びやって来ましたオーガスト城。

 タイミングが良かったのか俺達はお嬢様のコマーシャル撮影に加わることができた。


 俺は前世で三十代後半。今世でも三十路街道まっしぐらの仕事人だ。

 付け加えるなら前世での趣味は推しのアイドルを追っかけることで、夏のクソ熱い最中であっても台風が来ていても大雨警報が出ていようとも、「それが何か?」ってな顔をしてフェスに足を運んだクチで。

 でも、だからといって決して幼女趣味の変態じゃあないのだぜ?


 そんな俺がだ。

 レフ板掲げて光を当てる先で無邪気に笑んでいる横顔から目が離せなかった。

 この子、日本でデビューしたら数年内に賞と名の付くもの全部を総ざらいして百年に一人の逸材とか言われるような、いわゆる“天才”って奴だ。と全身を駆け巡る電流にも似た衝撃を感じながら思った。


「あ、ねえスタッフさん」


「はい、どうしました?」


 撮影は三回やり直した。

 お嬢様の演技は前世知識のある俺の目から見ても非の打ち所が無いまでに完璧だったのだが、CMを作ること自体が世界初となるワケだし、手探りの撮影になってもそれはしょうがない話で。

 撮った映像を逐一チェックしながらの撮影なのでどうしたって空き時間ができてしまう、つまり事あるごとに数分間の小休止が挟み込まれるなんて事になる。


 声を掛けられたのは、そんな小休止中の事だった。


「このマーヨネィズ、といったかしら? 調味料を作ったのって商会の人ですか?」


「ええ、それが?」


 ルナお嬢様が屈託の無い笑みを俺に、俺だけに向けている瞬間。

 意識すればするほど顔が熱くなって、けれど三十路の意地で気取られまいと真面目くさった顔を貼り付けたまま。


「凄く美味しいですって、貴方は凄い人ですって伝えていただけますか?」


「ええ、分かりました」


 俺がこしらえたマヨネーズをお嬢様は手放しで称賛して下さっている。

 俺は心臓が跳ねる音を聞いた。


「あの、お嬢様」


「はい?」


 何か気の利いた事を言わなきゃと、まるで十代の童貞少年よろしくしどろもどろで口を開く。

 お嬢様は小首を傾げて俺の言葉に耳を傾けている。

 むちゃくちゃ可愛い。町の奴らの中にはルナ様を指して女神様なんて呼ばわる野郎もいたが、今ならその気持ちが良く分かる。

 これはもう言葉で言い表すのが難しいレベルの超絶美少女だ。


「お嬢様は今後もこういった活動を続けていくのですか?」


 こういった活動。というのは原理は魔法だけど映像という媒体で作品を作る、出演して何かを宣伝するとかいった事。

 お嬢様は何がおかしいのかクスクスと小さく笑ってから「ええ」と答える。


「とはいっても宣伝はあまりやらないと思います。どちらかと言えば曲に合わせて歌ってみたり踊ってみたり、大勢を笑顔にするような映像を皆で作ってみたいなぁ、と」


「……良いですね、それ」


 この世界で通用する言葉かどうかは分からないが、そういった人間を指し示す言葉を俺は一つしか知らない。


 アイドル。


 彼女は世界で最初のアイドルになろうとしているのだ。


「だったら、推しますよ俺」


 気付けば口から言葉が出ていた。

 この日、いや、この瞬間からルナ様が俺の“推し”になった。

 彼女が転生者かどうかなんて関係無い。

 無茶を振ってくる上得意客の娘さんってところも、今はどうだって良い。

 俺は彼女を、まだあどけない面立ちながら美しくて凜々しくて可愛らしいこの少女のファンとして一生推し続けようと心に固く誓った。


「ええ、じゃあ貴方が私のファン第一号って事ですね」


 ルナ様がふわりと弾むように笑んだ。

 銀色よりもずっと滑らかで光沢のある金属的な色合いをした長髪が、肩の上下に合わせて僅かに跳ねる。

 この躍動感は究極の美であると俺の魂が断じていた。



 ――後日、完成した宣伝映像が王都広場にて公開され、勿論俺は何度も拝観したさ。

 それこそラトスに帰るギリギリまで粘りに粘って広場に張り付いた。

 商会の拠点はラトスにあるけど王都には直営の支店があるからね。アレもコレもと理由を作れば最大で一ヶ月くらいは出発時期を引き延ばせたのだよ。

 宣伝の効果は凄まじく、どうにか量産体制が整った生産ラインは何ヶ月ものあいだ不眠不休で運転しっぱなしになるのだが。

 最終的に算出されたデータだと、当初の見込みを大きく上回る百倍超の売り上げを叩き出すに至るのだが、それさえも脇に置いておこう。


 俺の視界いっぱいに広がる風景は、王都の町並みはくすんだ味気ない色合いなどではなく、色鮮やかな極彩色の世界へと形を変えていた。



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