058:世界初のコマーシャルⅠ
『――こちらラブルス商会で新発売になります、マーヨネィズという調味料になります。使い方はこのように千切ったキャベツやレタスの上に掛けるだけっ! ……うんっ、美味しい!』
ルナはエプロン姿で台の上に乗っているレタスの葉っぱにフォークを突き刺し口へと運ぶと大げさなくらい顔を綻ばせ美味しさをアピールする。
それは、“世界初の”なんて枕詞の付く宣伝映像の撮影風景だった。
ルナの正面は暗がりになっており、映写具を担いだアーシャさんの輪郭が薄ら見て取れる。
またルナの右上には光の塊かと思われる物体が宙に浮いており、反対側では白い反射板を掲げたスタッフが真剣な顔でルナの方を見ていた。
というか、テイク3である。
ルナの演技が悪かったワケじゃあなくて、一回目は全体的に映像が暗すぎてボツ。
次にアーシャさんが光魔法で光球を出現させてやり直しとなった。
ここで「おや?」と思ったのは乙女ゲームの作中では主人公のマリアが光属性に特化した魔力持ちで、説明書きを信じる限り光属性はかなり稀少との事だった。興味半分、アーシャさんに尋ねてみたところ、どうやら光魔法を発動させること自体は闇属性特化型でもない限りは誰にでもできる事であるらしいと判明したワケだけど――。
光球を宙に浮かべてのテイク2は、しかし片側からの光だけだと反対側に浮いた影がやけに目立ってしまったので、これもボツになる。
それで思いついたのは光を反射する板を反対側に掲げることで双方から照らして影を薄くする事。
魔法の光球を二つ出せば良いじゃないと思ったけど先手を打つように「二つ同時だと難易度が一気に跳ね上がるからできない」と言われてしまった。
そんな感じで全体的に明るい映像になる筈と予測して挑んだのが今回三度目の正直といった次第だ。
映像とはただ単純に見たままありのままを映せば良いという物ではない。
観客に伝えたいことをより明確に伝えられるよう目的に合った絵面をその場その場で作っていく作業も含まれるのだ。
『マーヨネィズはお値段たったの銅貨三枚! ラブルス商会の王都直営店で販売していますっ! 今すぐ買いに行かなきゃ!!』
ニッコニコのノリノリでエプロン姿もそのままに駆け出す仕草をしたところで「カット!」と声があった。
「監督、どうですか?」
「良いねえ、実に良い!」
撮影現場は王城内の空き室として放置されていた部屋で、光が入らない薄暗さが撮影にピッタリだからと使用させて貰う事に。
部屋には何故か総監督としてハイマール宰相自らが立ち――いや、アンタ自分の仕事をやれよ法律を作らなきゃいけないんだろうがよと思うルナだがそんな素振りは一切見せない――、他にも是非とも見学したいとやって来た王様一家が雁首並べていらっしゃる。
ディザーク侯爵家の親子が王妃様と面会してから一週間。
ルナはひとっ飛びしてパーティーから出戻ったばかりの商会長のミハエル・ラブルス氏を捕まえて話を通し、新製品が完成したのはつい二日前のこと。
それからもう面倒臭いからとミハエル氏とその息子さんであるエヴァンス君を両腕に抱えて城へと舞い戻って会議に出席。
後発により遅れて到着したスタッフの方々と合流して量産体制の構築から販売経路の確保に至るまでの話を一気に進めた。
新たに開発された調味料は、城勤めしている人間に試食して貰ったが好評どころか絶賛の嵐で、よくもまあこんな物を思いついた物だと感心せずにいられないルナである。
「後はこの映像をどのタイミングで流すか、といったところですね」
撮影を終えて皆で確認、映し出された映像はここから幾ばくか加工して体裁を整える予定で、これは魔法省の長クレイ氏の仕事になる。
「う~む、素材が良すぎると手を加える部分が無くて、儂としてはそれが不満ですなあ」
「いずれにしたって量産で数を揃えてからでないと話になりませんぞ」
クレイ氏のぼやきとラブルス商会長の溜息が交錯する。
ルナ的にはこういった面倒臭い事はちゃっちゃと終わらせたいのだけれど、どうにも足並みが揃わない。
なのでこの日は一度お開きとして各々で仕事を持ち帰ってキリの良い所で再度集まって話し合いましょう、スケジュールの目処を付けましょうという話になった。
結局の所、ルナのデビュタント映像は今も差し止められることが無く、午前中に一回、午後に二回のペースで放映され続けている。
それというのも他ならぬルナが提言したからだ。
観客の数は日に日に増えている。と、これは主観ではあるが、だったらコマーシャルを流す時間を被らせる、つまりデビュタント映像をある日を境に差し替えるといった遣り方をすれば新しい映像のために態々観客を呼び集める手間を省ける。
効率が良いと、これがルナの発想なのである。
というか、宣伝映像に自分が出演すると言い出したのも、違和感なく自分を喧伝するための手法だった。
要するにデビュタントを終えた私は次にこんな事をしました、みたいな物語として成立させようと考えたのだ。
ほら、盆栽ってあるじゃん?
この鉢植えは儂が育てた、みたいなの。
ああいうのは、どうしたって他に自慢したくなるもので。
最初期から見ている観客がファンとなってルナの出演の連続性から勝手に物語を作り出す。
次に技術を会得した人間がルナの軌跡みたいなのを作って周囲に自慢半分で見せびらかす。
ルナは自身を人々にとっての娯楽にすると決めているので、ならば法律にも敢えて抜け道を作っておき個人で楽しむぶんには罰則が適用されないみたいな方向に持っていくのだ。
『けれどそれは茨の道ではないかしら?』
ルナが我が身一つを賭け金にして覇道を征く旨を告げたとき、王妃はこんな事を言った。
けれど『そもそも如何なる手段を用いても茨の道には違いないのでは?』と返せば彼女は口を閉ざすしか知らなかったのだ。
自分を娯楽の種として売り出し全世界を魅了する。
星に住まう全ての人間を虜にした瞬間にルナの覇道は完遂を見る。とも言えるだろう。
音に聞く限りは壮大な、あまりにも壮大な野望だ。
ただし本音で言えば「面白そうだから」なんてのが主な理由になっちゃうのだけど、ルナは勿論のことそんな話は口にしない。
撮れた映像を全員でチェックして、本日はお開きとした。
デビュタントから一週間が経っているにも関わらず侯爵一家が王都の屋敷を出立していないのは、詰まるところコマーシャル撮影があったからで。
一先ずは撮り終えたのだからもうディザーク領に戻っても構わないと言えばそうなんだけど、お父様は城内勤務なのでどっちにしても帰れないワケで。
すっかり若返って十代後半といった面立ちのお母様と四六時中一緒に居たい元気なパパさんは、今夜も愛する妻とベッドイン、熱くて激しい夜を過ごすに違いなかろう。
なお、アリサはミーナ夫人と一緒に侯爵邸に入り浸っているけれど、よく考えてみればこの人達だってウィンベル伯爵家の人間で王都には別邸があるのだ。
アンタら自分の家があるんだし、いい加減そっちに帰れよと思ってしまうルナお嬢様なのだけれども、やんわりとであっても口にしたが最後、母娘揃ってこの世の終わりのような顔で泣き崩れてしまうものだから面倒臭いったらありゃしない。
結局はゴネまくる二人のために部屋を用意して、彼女らは本日も同じ屋根の下で就寝する事となりそうだった。
あと、シェーラは後日養子として正式に侯爵家に迎え入れる事になるのでミューエル家の別邸が王都内にあっても関係なくこちらで過ごして貰う算段である。
ルナは後になってから知ったが、デビュタントの折にリブライ元侯爵は王族に斬り掛かっており、なので彼の処刑は免れない。
シェーラは彼の実の娘ではあるのだけれど、暗殺やら破壊工作やらと使い勝手の良い駒として散々に使い倒された事や、あと母の事――シェーラの母は十年以上前に毒を盛られて他界しているらしく、母の死から僅か一週間の後に新しい妻を娶ったとかいう経緯があって今でもリブライが指図して殺したものと疑っている――があって、なので父の処刑を聞かされても眉一つ動かさなかったワケだけど。
話を聞いてちょっと引っ掛かったのは、彼はどうして王族に自ら襲い掛かるなんて暴挙に出たのかといった事だった。
行動に一貫性が無いというか。
今更だが事件の概要を述べると、リブライ侯爵はパーティー内、即ちオーガスト城の中で誘拐もしくは暗殺を行うよう犯罪組織に依頼をしていた。というところは確定している。
だが、実際に誰を標的としていたのかまでは判明していなかった。
しかも現実に起きたのは、マリア・テンプル男爵令嬢の誘拐事件であって、上手く立ち回れば簡単な事情聴取だけで済んだかも知れないし、最悪、罰則を科せられたにせよせいぜいが領地の没収、死刑に処せられる可能性は低かったと言えよう。
にもかかわらず彼は我が身の不利を悟った次の瞬間にはエリザ王妃めがけて駆け出していたそうだ。
彼の行動原理からすればディザーク家への嫌がらせや攻撃を行う事は充分にありうる話で現にルナは仕掛けてくるに違いないと半ば確信していた。
だが彼が駆けた先にいたのは国王一家である。
客観的に見れば明らかに常軌を逸した行動だ。
即ち、リブライ・ミューエル侯爵が最初から王族を狙っていたとする可能性が浮上するって事。
だがリブライにしてみれば他に何らかの、表に出ていない事情でもない限り国王一家に牙を剥くのはリスクが高すぎる。
王族に対する直接的な攻撃は、情状酌量の余地もなく断頭台送りなのだから躊躇しない方がおかしいのだ。
奴の背後に更に何かが潜んでいると。
そう考えなければ辻褄が合わない。
「シェーラ、貴女は父親が何を考え何を成そうとしていたのかを突き止めなければいけません」
イルミナティ、だったか?
大昔にどこぞの馬鹿が作り、今じゃ幾ばくかの残党がいるだけの形すら見当たらない組織。
シェーラの話を聞く限りリブライと繋がってそうなのはこれくらいだが、じゃあ具体的にどういった人物が当組織のメンバーで何を目的として動いているのかはシェーラにも分からないのだとか。
「なにぶん細分化されているのに加えて横の繋がりも絶えて久しいですから。……私が知り得る限りですとイルミナティと関係あると思われる人物は三人ですけれど、その内一人は今は足を洗っている節があり、もう一人は既に他界。最後の一人は二年前から行方知れずになっています」
と、これがシェーラの返答である。
なのでルナとしてはリブライ氏やイルミナティ関連についてはシェーラに丸投げする方向に舵を切った。
だって面倒臭そうだもん。
「ではお姉様、お風呂に行きましょう。お背中流しますね?」
「唐突ね……」
王都侯爵邸の部屋に戻ってきて早々尋ねてきたシェーラに半ば引きずられるようにして浴場へと向かうルナ。
大抵の場合アリサがこの役を負っており、常々自分もやってみたいと思っていたのだとか。
「あ、シェーラ! 何を抜け駆けしてお姉様とお風呂しようとしてるのよ!」
「アリサ様、私は名実共にルナお姉様の義妹であり、自分で言ってるだけの貴女とは違うのです! なので、お姉様のお背中を流す仕事は本来は私の役割で、貴女が図々しくもお姉様を浴室に連れ込んでいるのを黙認している事に感謝があっても宜しいのでは?」
「な、な、なんですって!? だったら勝負よ! 表出なさい! 白黒つけてやろうじゃないの!!」
「良いでしょう。望むところです!」
お風呂に行くだけの筈が廊下の真ん中でじゃれ合い始めたご両人。
仲が良すぎて二人して外に行っちゃいました。
「うん、まあ、私は自分の背中くらい自分で流せるし、仕事という意味でなら専属メイドのお仕事なんですけどね……」
誰も居なくなった廊下に一人取り残されるルナちゃんは、何とも言えない表情で呟いたものである。




