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056:軋轢のデビュタント⑳ 転換点


 王都広場にて一般公開されたルナのデビュタント風景。

 巧妙なのは映像内には婚約にまつわる言葉が一切見当たらないといった事だ。

 映像に付け足された王子の祝辞にしたって、彼とルナとがごく気安い間柄であると見る者に勘ぐらせるような優しい口調ってだけで、だから結婚するとか婚約しようといった話にはなっていない。

 これの何が問題なのかと言えば、ディザーク侯爵家から映像の差し止めと抗議を行ったとしても聞き入れられる公算が非常に低いということ。

 例えば王子の台詞に婚約に関わる単語が一つでもあれば嘘を流布するなと言葉尻を捕まえて厳重抗議、映像だって簡単に差し止められたであろう。

 しかし映像には最初から最後まで嘘が混じっていない事から、“ルナの可愛らしさを全ての都民に伝えたくて”と言われてしまえば終わってしまうし、また角度を変えて“映写具の耐久テストを国策で行ってるだけだしー”なんてしらばっくれられてしまえば抗議すら意味を成さなくなる。


 貴族家のパーティーを庶民に見せるのはダメ。なんてのはあくまで貴族側の価値観から出ている慣習的なものであって、そういった法律が存在しているワケでもなければ破って何らかのペナルティーを科せられるといった話でも無い。


 つまり要約するならば映像を差し止める事も、王妃に対して抗議する事も、根拠とするところが弱すぎて聞き入れられる可能性が低いという事だ。


 だが、だからといってだんまりはできない。

 口を閉ざすのは、相手の言い分が正しいと、相手の言葉を全て肯定していると言っているに等しいから。

 本人がそう考えていなくても周囲はそのように受け取る。

 だから黙っていれば分かってくれると信じて無言を通すなどは最も愚か。下策にして悪手であった。


「アリサ、シェーラ、私は今から登城して両親に報告してきます」


「お供します、お姉様」


 アリサは当然といった顔で追従を表明。

 極黒髪のシェーラであれば無言のまま深く頭を下げている。

 居合わせている面々はいずれも空を飛ぶ術を会得しており、ならば王城まで態々徒歩で赴く必要も無いと宙に身を浮かべるルナ。


「あ、ルナ様だ~!!」


 いざ城に向けてひとっ飛びといった所で不意に名を呼ばれて目を上げる。

 すると平民であろう小さな女の子が無邪気そのものの笑顔でこちらを指差しているのが見えた。

 声につられて数名の大人達がスクリーンから目を離してこちらを見る。

 誰かに見つかってしまったが最後、ワラワラと、それこそ大波のように押し寄せてくる人々。

 宙に浮いている事が更に自身を目立たせてしまったようで、あれよあれよという間に仲間達共々取り囲まれてしまった。


「ルナ様!」

「女神様っ!」

「可愛い~っ!」


 平民達は男女比6:4くらいで若者というよりは16から40くらいまでの働き盛りといった頃合いが目立っている。

 彼ら彼女らは既に空の人となっているルナを仰ぎ見る格好で口々に褒め称えていた。


「え、ええと……」


 向けられるのが敵意や害意であれば打ちのめせばそれで終いだ。

 けれど自分に注がれている視線には羨望や好意、ある種の信仰にも似た感情が含まれており、流石に捨て置くというのも憚られる。

 そこでルナは顔に笑みを貼り付けて皆さんに挨拶してみた。


「初めまして皆様、ルナ・ベル・ディザークと申します。先日デビュタントを終えた不肖の身ではありますがどうぞ宜しくお願いします」


 口調はゆったりとして淀みなく。あくまで全員に対しているといったていで頭を下げる。


「あちらに流されておりますのは昨日行われたデビュタント・パーティーの模様を映写具という装置を使って撮影したものです。今回はその試運転を兼ねて放映しております」


 話ながら己の脳みそがギュルギュルと音を立てて回り始めるのを感じた。


「あと数年もすれば、ああいった映像をそこかしこで見かけるようになるかも知れませんわね」


 ふんわりとした笑みを四方八方に撒き散らす。

 男も女も若年も年配も魅了されたように敬愛の視線を手向けてくる。


「キャンッ!」


 と、どこかで小さな悲鳴。

 大人達は気づきもしないでルナの方を見ているが、その人垣の向こうでついさっきルナを指差した女の子が倒れているのが見える。どうやらこちらに向かって駆けてくる男の突進に突き飛ばされ転んでしまったらしい。

 ルナは我が身を浮かせているのを良い事に人垣を飛び越えると倒れ込む女の子を抱き起こした。


「……っ!?」


 手に付着している血を見て驚く。

 彼女の倒れていた地面、敷き詰められた石畳の上に割れた瓶の破片が転がっており、運悪くこの上に頭から落ちたのだとガラス片にも付着している赤い物を見て察する。


「しょうがないな」


 ルナは急いでいるのにと逡巡する気持ちもあったけれど、今は気持ちを切り替える事とした。


 ――桜心流氣術、奥義・天武再生!


 キィィィ……ン、と甲高い音色と共に巻き起こる金色の熱風。

 背中に純白の翼が生え出し、頭上に金色の光輪が顕現する。

 年端もいかない少女は、死んでしまったのか単に怪我をしているだけなのかも分からないが、完治させてしまえば傷の深さなんて関係無いのだ。


「……女神さま」


 女の子は薄ら目を見開いて、視界に映り込んだルナの金色に輝く艶髪を見て呟く。

 ルナは否定も肯定もせずに優しげに微笑んで、少女を自ら立たせた。


「外を出歩くときにはお気を付けなさいな。転んで大怪我をする事だってあるのですから」


 良く見れば十歳にもならないお嬢ちゃんは「うんっ!」と元気いっぱいに返事して、それから立ち去るかと思わせつつ急に抱きついてきた。


「うん?」


「お姉ちゃん大好き!」


 天真爛漫といった音色を耳にして思わず頬が緩んでしまうルナ様である。


「お姉様、またいたいけな女の子をたぶらかして……」


 などと少し離れた場所から見守っているアリサが口を尖らせても当の本人は知ったこっちゃねえ。

 スックと立ち上がった金色髪の天使様は、次に踵を返して集まっている群衆をちょっと真面目な顔で見た。


「皆さんがお祭り騒ぎで駆け回るのは自由です。けれど、それは小さな女の子に怪我を負わせて良い理由にはなりません。どうか皆さん、もっと回りをよく見て動いて下さい」


「「「はい、女神様っ!!」」」


 すると老若男女に関わらず綺麗に唱和。

 部隊ネストの連中にしてもそうだが、なんでコイツらはこんな綺麗にハモらせて返事するんだ。

 などと思いつつ。

 またいつの間にやら女神認定されてしまったことを不思議に思いながらも見る者を蕩かしてしまう極上の笑みを彼ら彼女に手向けたものである。



 地表で歓声を上げる人々には手を振って応え、ルナは仲間達を引き連れて王城を目指す。

 背に生えていた翼と頭上の光輪は空を飛んでいる間に消失し、これに伴って髪も元の鋼色に戻ってしまった。


 城門前に佇む衛兵達には顔パスで通して貰って中に入る。

 廊下を歩いていると、仲良く居並び向こうからやって来るお父様(ジル)お母様(サラエラ)を発見した。


「どうしたんだいルナ」


 お父様が怪訝そうに聞いてきたのでルナは声を潜めて報告する。

 広場にスクリーンが建設されデビュタントの映像が流されている事実を聞き及んだ二人は顔色を変えて王妃様のところへ向かおうとする。

 それを制したのは他ならぬルナだった。


「お父様、お母様、ちょっと面白い事を思いついたので今回は形ばかりの抗議で留めておいて貰えませんか?」


 先ほどの集まってきた群衆を目にして、ルナは自分で考えたのとは少し違った状況になってきていると思った。

 王妃の目からすれば関心事はルナと王子との婚姻にまつわる話であって、それ以外に関しては然程気に止めていないように見受けられる。

 だが実際に映像を見た庶民の反応は、王族の結婚に関する事なんてどうでも良くて、ルナへの称賛や羨望の声が大部分を占めていたように思う。


 つまりだ。

 王子様がルナに祝辞を送ったというだけの話に対して必要以上に突っ慳貪な反応をする必要は無いんじゃないかと思ったワケさ。


 じゃあ、どうするのかと言えば、まず映写具を使用して幾つかの社会実験を行い、次の段階として作詞家と作曲家に曲の作成を依頼する。

 今回の事象で浮き彫りになった問題点と言えば、せいぜいが他人の映像を無断で使用する事に罰則が無い。法整備されていないという点で。


 即ち肖像権の確立。

 映像に関する諸々の権利に関する法律の制定。

 そしてルナ個人を売り出すための下準備。


 思いついてしまったのだ。

 自分が歌って踊れて芝居もできる、いわゆる“国民的アイドル”になってしまえば、王族とて迂闊に婚姻を持ち掛けることができなくなるのでは、と。


 ルナにしてみれば、武力によって世界征服したいといった願望なんて欠片ほども無い。

 権力に対する執着そのものが無いのだから当然とも言えよう。

 だけど、アイドルとしての知名度や人気といった意味で全世界(・・・)、この惑星ほしに住まう知的生命体その全てを席捲する事ができたなら、さぞかし痛快であろうとは思った。


 そのために、まずはラブルス商会で新たに発売される新製品などがあれば、これを映像で宣伝して売り上げがどう変化するのか実験する。

 数字という形で効果を確認したら、この実験データを参照しつつ法整備すると。


 だから今回の王妃様の暴挙に対して単なる抗議と映像の差し止めを要求するだけではダメなのだ。

 その先へと話を進めるために、ここでは“商談”を行う必要がある。


「ルナは、本当にそれで良いのね?」


「もちろんです、お母様」


 別室にて一通り話を聞いたサラエラが最終確認をした。

 ルナは大きく頷いて、王子様の伴侶になる気もなければ王家に嫁入りする腹づもりも無いとキッパリ言い切った。

 サラエラは娘のこの極端とも言える計画プランに、ジルと顔を見合わせ頷き合う。


 ディザーク侯爵家の意思はこうして固まった。

 王家との婚姻を回避する手段として娘のアイドル化を進める。

 結婚相手なんてものは、ルナが恋の一つでもしたらその時にでも考えれば良い。


 もっとも、未だ起きていない超特大級の魔物の異常発生を乗り越えない事には全てが御破算になっちゃうのだけれども。


 長い時間を掛けて話し合った親子は、それから王妃エリザの所へと足を向ける。

 なお、この時点でパーティーの撤収作業は終わっており、使用人一同は屋敷に帰っていた。



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