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052:軋轢のデビュタント⑯ 華麗なる茶番劇Ⅰ


(……後は感動的な救出劇を演出すれば完璧だな)


 オーガスト城の屋上から飛び立った航空戦闘部隊エンゼル・ネストは兵数50。

 数字だけを見れば一個中隊にも満たない小規模な兵集団だ。

 だがその全てが空を自在に飛び、鉛玉による攻撃手段を会得しているともなると話は丸っきり変わる。

 戦争の素人が相手であれば千でも二千でも蹂躙することが可能なのだ。

 内心でほくそ笑む純白ドレス姿のルナ様は、雁行陣形を執って微速前進を始めた部隊を後方のやや離れた位置から追従してくる黒ローブの女性を一瞥する。


 彼女は名をアーシャといって、“グラデュース王立魔法省”から派遣された随行員である。

 部隊と付かず離れずで飛行しているが彼女の場合は氣ではなく魔法の力で飛んでいる。

 プラチナブロンドの髪を三つ編みにしており、おかげで風に巻かれても髪の乱れを気にせずに済んでいる。

 面立ちから察するに16か17といったところだろうか。

 童顔だとしても二十歳になりたてと考えて間違いなかろう。

 彼女は肩に担いだゴテゴテとした魔法器物の筒になっている部分をルナ達に向けており、その映像が場内大広間に設置されたスクリーンに投影されている事を既に理解していた。


(ふむ……しかし映写具か……。もしかしたらこれからの時代は、ああいった映像が世界を変えていくのかも知れんな)


 目を前方へと戻しつつ考えるのはそんな事。

 映像を記録し発信すること。

 それは、例えば媒体が全世界に行き渡ったならば途轍もない力となるだろう。

 民衆を扇動するにしても、身近なところで言えば新製品を売り込むにしたって、瞬間的に全世界の人間が知り得るともなれば、極端な話、世界中の人間全てを敵に回すことも味方に付けることだってできてしまうのだ。

 これを恐ろしいと言わずに何と呼ぶのか。


(いや、考え方を変えよう。媒体を普及させた上で出来る事は何かと考えるなら、やはり娯楽が最初に思い浮かぶ。民衆はいつだって娯楽に飢えている。娯楽とは要するに暇つぶしであり感動なのだ。貴族達がそうであるように、自分とは無関係な立場から笑いだったり涙だったりの物語ドラマを見ることで人は感動するものだ。……ううむ、軍事関係が一段落付いたら舞台役者の真似事でもしてみるというのも面白いかもな)


 などと、犯罪組織に拉致られた友人マリアの事なんてそっちのけで物思いに耽ってしまったり。


「隊長、見えてきました」


 すぐ隣から声があって目だけを向ければ鷗外君が厳めしい面構えに凶悪そのものといった笑みを浮かべてルナの方を見ている。

 城の屋上から飛び立つ前、廊下を歩いているところで執事姿の青年がやって来て――とはいえパーティー会場で出くわしたのとは違う顔だった――すれ違いざまに手に一枚の紙切れを握らせた。

 そこには敵対勢力たるウロボロスの所在地を指し示すバツ印の記載された地図が描かれており、簡略化されてはいたものの概ね正しく目的地を知ることが出来た。


 マリアが攫われ拠点に連れ込まれるのを尾行し、かつ取って返してきて地図を作成したと考えるにしてはちょっと早すぎる。

 即ちシェーラと彼女が率いる黒ずくめ軍団には口頭で説明するよりも早く情報を伝達する手法があって、伝書鳩などの鳥を使ったのかはたまた念話まほうによるものかは定かではない。

 分かりはしないが、今はどちらでも良いことだと気持ちを切り替える。

 いずれにしたって敵と見定めた手合いを殲滅し、城内大広間にて半ば軟禁状態ともいえるリブライ・ミューエル侯爵にトドメの一撃を入れてしまえば作戦終了となるのだから。


「鷗外、呼び鈴代わりに徹甲弾をくれてやれ」


「承知!」


 一人だけ他より仰々しい手甲を付けている男がニヤリと答えて背負っていた荷物袋から砲弾を一発取り出し手に構える。


「三班、四班は建物を囲んで這い出てきた鼠に鉛玉を喰わせてやれ!」


「「「了解っ!!」」」


 雁行形態がルナの言葉に呼応するように細分化、それらしき建物を周回するように回り込む。

 建物は、外観は赤煉瓦の二階建てで光を取り込む事も兼ねての通風口は幾つもあるが窓らしき物は見当たらず、それが砦の如き堅牢さを誇示している。

 とは言え、だからどうしたと建物を取り囲み、場合によっては建物ごと吹き飛ばしてしまえば宜しいと考えているような戦闘狂集団から強襲を受けたともなれば何の気休めにもならないのだけれども。


「撃て」


 突入の準備が整うのを見計らって少女は短く命じ、部下おうがいが徹甲弾の底部を拳で殴り飛ばせば砲弾は一直線に建物の扉めがけてカッ飛んでいって盛大な爆発音と共に木っ端微塵に吹き飛ばした。


「突入開始!」


 続けざまに命令を飛ばすルナ様。

 鋼色の長髪と純白ドレスによってさも破壊の妖精とでも言わんばかりの風情で砕け散った扉の奥へと飛んで行く。

 後に続くのは歴戦のつわものども。

 部隊を見下ろす格好のアーシャ嬢は「あ、今、突入が始まりました」なんてどこぞのリポーターよろしく焦った声で実況していた。



 ――建物の入り口から入ってすぐのところ。本来なら若い衆が門番気取りで詰めている筈のフロアは有無を言わせず放たれた徹甲弾の破壊力で挽肉ミンチになった人間らしき物体で溢れかえっていた。

 嘔吐きそうな程の血と肉の臭い、或いは焦げ臭さ。

 しかし航空戦闘部隊は何の感動も無く床に足を付けると素早い身のこなしで奥へと分け入っていく。

 玄関フロアの奥には扉があって、この更に奥には上と下、両方に向かう階段があった。


「鷗外は上を」


「承知」


「ああ、もしかしたら黒ずくめから書類を手渡されるかも知れませんけど、その時には地下に降りて来なさい。芝居半分で私に手渡してくれたら花丸をあげましょう」


「では気合い入れるとしましょうか」


 悪戯っぽく微笑むとルナはハンドサインで男達を上層階へと追いやる。

 一方で自分は赤ドレス姿のアリサと彼女を班長とする隊員達を引き連れて地下へ。

 忍び足は必要無いからと喧しく靴音を鳴らして階段を下りきれば、視界に広がったのは地上階よりも幾分か広い空間で、最奥の壁にて鎖に繋がれたマリアの姿を発見するに至った。


「マリア!」


 名を呼んで駆け出すルナ。

 長く艶やかな筈の瑠璃色髪とて少し煤けた感じになってしまっている妹分は気怠げに顔を上げ、ルナの姿を視界に収めるなり鋭い声で叫んだ。


「だめ! お姉様、罠が――」


「ええ、勿論わかってます」


 少女の言葉に被せるようにして答えるルナは、床から飛び出した数本の槍をバックステップで躱すと回し蹴りにて横一文字に切り払い、更に天井から降ってきた鉄球すら拳の一撃にて粉々に砕いてみせる。

 マリアちゃんは目を丸くして口をパクパクさせていた。


「素晴らしい!! なんと恐るべき身体能力でしょうか!!」


 そこへ熱烈な拍手と共に現れた長身の男。

 新たに出現したというよりは暗がりになっている部屋の隅っこから這い出してきただけだ。

 男は袖口に金色の龍が刺繍された黒スーツ――マリアの前世知識では詰め襟学生服と分かったけれどルナにはちょっと変わったスーツにしか思われなかった――を身に付け、頭はリーゼントヘアーとかいう脳みそに蛆虫でも湧いてんのかってな見てくれで、相思相愛に違いないルナとマリア二人の間を引き裂くように立ち塞がる。


「私こそが秘密結社“ウロボロス”の首領、名は……番長とでもお呼び下さい」


 男は威風にやや欠けた物言いで、学ランの懐から櫛を取り出すと髪を梳く。

 ルナは妙にやる気を削がれて、アリサに手で「やれ」と命じ。

 アリサは無言のまま隊員から受け取った鉛玉を指で弾いて飛ばす。

 連射につき瞬間的に数発を身に受けた自称番長は、しかし倒れるでもなく「ふんっ」と気合いの入った声と共に鉛球を床に落とす。


「なんだ。色物じゃあなかったのか」


 ルナは嘯く。

 番長はお返しとばかりに手で学ランの袖、刺繍された金の龍を撫でると対峙する面々に向けて突き出す。


 ――袖龍!


 すると実体化したように金の龍が飛び出して、部隊の先頭に立っていたルナへと襲い掛かった。


「ぬるい」


 バシュゥ!


 裏拳一発振り抜けば金の龍は爆発四散、跡形も無く消え去った。


「ぬう?!」


「言い直しましょう。やはり貴方は取るに足らない羽虫の一匹(ドサンピン)です」


 ちょうど同じタイミングでおっかなびっくり階段を降りてきたのは映写具を肩に担いだアーシャ嬢。

 魔法省所属の魔導士さんは、全身から闘気を迸らせ紫電を纏い始めたルナの背中を驚愕の表情と共に魔導具のレンズ越しに見つめている。


「貴方に本物のワザというものを見せてあげましょう」


 ――桜心流氣術、雷甲らいこう


 ズギャギャギャギャ!!!


 いかずちを纏ったが如き少女が体全部で突っ込んでいく。

 凄まじい速度で男の体躯を貫通したかと思えば、そこにはもう黒く炭化した塊が佇むばかり。

 塊の向こう側で悠長に髪を掻き上げる純白ドレス少女は、「生まれ変わったら今度こそ真面目に修行なさい」なんてアドバイスを物言わぬ骸へと手向けている。


「嘘でしょ……」


 茫然自失といった音色が後ろの方で囁かれたかに思われたが、居合わせた人々は誰一人として反応しなかった。



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