051:軋轢のデビュタント⑮ 世界初の上映会
――出入りを制限されたパーティーともなるととてもじゃあないが楽しむなんて気持ちにはならない。
だがルナは、この一連の騒動を「見世物」にして集まった貴族家各位に大いに楽しんで貰う算段だった。
「皆様ご静粛に。ただ今より予定を変更して世界初の、画期的な余興をご覧入れたいと存じます」
突然の事態急変にザワめく客人達がサラエラの声に静まる。
ルナが去り、出遅れて焦り顔のアリサが堂内から姿を消したタイミングで演台に立ったのはサラエラ侯爵家夫人であり、声を張り上げる彼女の指示に待ってましたとばかりに扉が開いて続々大掛かりな器物が搬入されてくる。
演台の奥に一辺が二メートルを超える木の枠が設置されたかと思えばそこに暗幕が貼り付けられ、更に暗幕の表側に真っ白な布が被せられる。
また木枠から数メートル離した正面に何やら筒のような物が設置された。
堂内の光を取り入れている窓はカーテンが閉め切られ、室内を明々照らしていたランプの光も必要最低限を残して吹き消される。
暗室と化した場内大広間。
国王夫妻も、その子息達も興味津々といった面持ちだ。
「これよりご覧頂きますのは“グラデュース王立魔法省”の全面協力のもと作成されました魔導具『映写具』の映像にございます。ご説明申し上げるならば、この器具には『特定範囲内の風景を写し取り送受信することで離れた位置にある映像を見ることができるといった代物です」
サラエラは同じくパーティー会場に佇む髭の長い老人を手で指して彼が魔法省の長クレイ・ディラ・シューデル卿である事を簡単ながら紹介する。
老人は貴族達の前に立って自己紹介しようとはしないが、しかし顔はドヤ顔だった。
――ルナとサラエラは事前に話し合っていた。
デビュタントパーティーにおいては12歳になった貴族家の息女令息が、貴族の一員になった事を周知する目的があり、つまりは他家の貴族達にそのキャラクターを印象づける必要がある。
ではどうすればより多くの貴族に己が存在をアピールできるのかと考えた時に、一つの妙案が飛び出したのだ。
それはつまり、ルナを主題とした記録映像を撮影してパーティー内で上映すること。
こうすれば直接顔を合わせていない人間にもルナの事が知れ渡る。
サラエラはなぜだか魔法省内で過去に映像に関して研究が行われていた話を耳にしており、今回の準備期間でクレイ氏に打診していたのだ。
魔法省での研究は、本当なら軍事目的つまり国家機密に類する情報だったのだが、技術的な幾つかの問題が克服できずに休止状態に陥っていた。
まあ、ぶっちゃけると稼働時間が短すぎる、要するに魔力蓄電池の問題なのだけれども。
サラエラ夫人はクレイ氏に対して、そこで一つのプランを提示した。
問題があるのなら先に市井にて普及させ、民間もしくは民間から募った人材に問題を解決させれば良いのでは? と。
その前段階として、ルナのお披露目会にて、当魔導具を使用すればこんな事ができますよとプロモーションビデオを作成、提示して、まずは貴族家の興味を引く。
貴族家というのは基本目新しいものが好きで、流行の先取りでマウントを取ろうとしたりは日常茶飯事。
ならば『世界初の』なんて枕詞が付くようなものに飛びつかないワケがない。
彼らが気に入れば王都内でも保有する領地内であっても出資して研究させようとするだろう。……魔法省内での研究を他に取られると考えるなら、既に完成している部分の技術に関して先に特許を取得しておけば良い。
そうすればいざ映写具が製品化され販売されたところで魔法省にお金が入ってくる。
お金の金額という意味では決して大きくはなかろう。だが技術に対してお金を支払わせる、つまり知的財産権という概念を受け入れさせるという意味では大きな意味がある。
既に存在している技術の使用に際して対価を支払わせる。無断での使用には罰則を設ける。
これは後の情報化社会を構築する上で絶対に避けて通れない事なのだ。
……と、実のところそういった革新的な、知的財産に関する概念というはサラエラが以前に目の当たりにした預言書に記載されていた内容を思い出したが故の発想なのだけれど、そんなことまで態々教える必要は無い。
この計画にクレイ氏は嬉々として乗っかった。
国王様としても興味津々で――というか食いつきが良かったのは王妃様らしいけど――簡単に許可を出して今に至ると、そんな感じになっている。
「では皆様、準備が整ったようですので本日メインとなりますリアルタイム放映、題して『ルナちゃん12歳の奮闘~囚われの友人を救い出せ! 悪の秘密結社を殲滅せよの巻~』を上映致します」
タイトルがアレだったせいか母君の頬がほんのり赤らんだけれど、そこは置いておこう。
薄暗くなった大広間内にブーっと上映開始を知らせるブザー音が鳴って、設置されたスクリーンにパッと映像が映し出される。
観衆は「おぉ!」とどよめき、この世界初と言える新技術を前に釘付けになっていた。
「――航空戦闘部隊の皆さん、敬愛する戦友諸君!」
映像では現在の騎士達が身に付ける鎧甲冑とは一線を画する装束に身を包んだ兵士達50名が整列、一段高くした台の上に立つ少女の声に聞き入っていた。
少女は先ほどまで着用していたのと同じ純白ドレスで、しかし腕にあった長手袋が厳めしい手甲に変わっている。
ルナ・ベル・ディザーク侯爵令嬢が居るのはどうやらオーガスト城の屋上であるらしい、背後に見える山々の連なる景観からそう思われた。
鋼色の髪が風に弄ばれるのも構わずに少女は可憐なる音色で囀り続ける。
「非常事態です。我が友人たるマリア・テンプル男爵令嬢が何者かに攫われてしまいました。
確定情報ではありませんが、目下、犯人として挙がっているのは王都の地下に根を張る犯罪組織『ウロボロス』。
誘拐や要人暗殺、麻薬の密輸などを行う裏社会の組織団体です。
ですので反撃は当然あるものと考えて下さい。
我々はこれより出撃し誘拐された彼女を奪還しますが、本作戦の最優先事項はマリア・テンプル女史の保護と身の安全の確保です。ですので敵が逃亡するのを見逃してでも彼女を優先させて下さい。
……ただ、まあ、彼らが本格的な戦闘訓練を受けているといった可能性は極めて低いので、突き進んでいれば勝手に彼女の所に行き着く事になると予想はされますが」
ふふっ、とルナが含み笑む。
男達も「はっはっは」と軽い調子で笑み返す。
余計な緊張感が抜けたところで少女は再び声を張り上げた。
「よし、ちょっと行ってパッと終わらせ帰ってくる簡単なお仕事だ! 気合い入れて掛かれ! 上手く出来たら今晩の酒代は私がもってやる!」
「「「ルナ様! 空帝閣下! いと尊き御方!!」」」
ルナはここで大きく息を吸った。
「貴様らの特技は何だ!」
「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!!」」」
「貴様らの仕事は何だ!」
「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!!」」」
「そうだ! 敵は殺し尽くせ! 愛する家族や恋人を殺させないために、一人残らず肉片に変えてやれ!! 注文は一つ!見敵必殺! 見敵必殺! それ以外は認めない! それ以外は認めない!」
「「「イエス、マム! イエス、マイロード!!」」」
え? 人質奪還が最優先じゃなかったの?
などと思ったのは大広間で観覧していた貴族の皆様方だったけれど、ノリに乗ったルナちゃんは知る由も無くってなもんだ。
握り絞めた拳を高々と掲げた少女は、それから自ら宙へと躍り出た。
「総員出撃だ! 空に上がれ!!」
完全に男口調になっちゃったルナ様はそれはもう貴族家ご令嬢にあるまじき猛々しさで。
デビュタント上映会を取り仕切っているお母様としては思わず眉間を指で押さえる始末。
「凄い……これが航空戦闘部隊……!!」
ところが感嘆の声を上げたのは正妃エリザ様その人である。
50名もの兵達が一斉に空へと舞い上がる様に感動と興奮を隠せないといったご様子で。
他の観客達も同様に息を飲んで映像に見入っている。
この時代の戦争といえば徒歩か騎馬に跨がっての出撃が全てであり、城の屋上から空を飛んで出るなんて想像も出来ない所作なのである。
見た目の威風にしても、それは驚天動地。
一人の魔法使いが空を飛ぶというなら理解できるが、兵団規模でそれを行うなどは世界広しと言えど彼らだけであろう。
それ程までに、エンゼル・ネストの異質は際立っていた。
「やっぱりルナちゃんには絶対にウチの子になって貰わないと……、分かってるでしょうね貴方達?」
そんな囁き声が聞こえてきたかと思えば王妃様がそのご子息達に言い含めているのが見えた。
少年二人は映像に驚きを隠せないものの、ようやっと母の意思の熱量を理解したようで一生懸命に首を縦に振っている。
あ、これダメなやつだ。
と彼らを焚き付ける結果になってしまった事に深い絶望感を覚えるサラエラ様であったそうな。




