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050:軋轢のデビュタント⑭ 全ては掌の中に


 次から次へと挑み掛かってくる少年達をダンスという名の演武にてバッタバッタと薙ぎ倒したルナ様。

 後日遊びに来いと声を掛けたダルシス君に関しては組み手と称してボコボコにシバきあげてどちらが上かをきちんと分からせる目的、かつクリスティーヌちゃんと彼の目の前でイチャイチャして見せつけてやろうなどと悪辣な事を考えていたけれど、まあそこはさておくとして。

 ダンスが終わった頃合い、給仕から受け取ったジュースで喉を潤していると執事服を着た見慣れない青年が近くまでやって来て耳打ちする。


「マリア・テンプル男爵令嬢が誘拐されました」


「そう、貴方はシェーラの子飼いと考えて良いのかしら?」


「ご明察恐れ入ります」


 どうやらシェーラ・ミューエルが手勢として持っている兵隊にんじゃの一人であるらしい。

 ルナは口元を僅かに笑ませ、見ようによっては悪巧みしている悪役令嬢にも思われる顔で囁き返した。


「連れ去られた先はちゃんと目星が付いてるでしょうね?」


「はい。こちらはいつでも合流、突入に参加できます」


「……いいえ、最後まで合流はしないわ。ただし、可能であれば私たち(・・・)が到着するまでに彼女の救出、それが出来なくても安全の確保をお願いしたいのだけれど、できそう?」


「恐らくは可能です」


「だったらお願いします。ああ、それと、これはもののついでで構わないのだけれど、誰かさんが組織と繋がっている証拠のような物を見つけたら回収しておいて貰えないかしら?」


 言いながら視線を向けたのはリブライ・ミューエル侯爵。

 ぱっと見、小太りしているようにも見受けられるがガッシリとした肩幅と全くブレのない体幹から察するに相当な修練を積んでいるであろう男は、ディザーク侯爵家とは敵対する派閥の貴族たちとグラスを手に談笑に興じている。


 黒ずくめの兵士達はシェーラを主君と仰いでいるように思われるが、どちらにしてもお金を出しているのはリブライ侯爵となる。つまりかの男こそが雇い主なのだ。


「当主を売れと?」


「私はシェーラこそが貴方達の主君(・・・・・・)であると信じていたのだけれど、違うのかしら?」


 シェーラは既にルナに対して臣従を誓っている。

 だから彼女だけは確実に、当主リブライが失脚し処断されたとしても悪いようにはしない。

 だが、お前達はどうなのだと問うている。

 即ち、リブライと共に地獄に落ちるか、シェーラを旗頭として安寧を得るかの二択を迫っているということ。

 一度ひとたび切り結んだならば最後の一兵になっても戦い抜いて、そして死ね。

 だが家臣の忠義には全身全霊をもって報いる。

 これがルナのやり方だ。

 執事に扮した青年がそんな少女のやり方を知っているとも思えないが、それでも決断を迫った。


「その旨、シェーラ様にお伝えします」


「ええ、決断はお早めに」


 執事姿の青年は一瞬だけ苦渋に塗れた顔になったが、直ぐさま無表情になって踵を返すと少女から離れていった。

 彼は“シェーラに伝える”と述べた。

 ミューエル家の現当主たるリブライにではなく、シェーラに伝えると。

 つまり、これが彼らの答えなのだ。


「ふふふっ」


 ルナが含み笑う。

 全ての条件が整った。

 断罪されるべき悪役も、味方とすべき人々も、人質も。

 配役は完璧。

 後は主人公が宣言すれば、物語は進み始める。


「――皆様、つい今し方に恐るべき情報がわたくしの耳に入りました」


 コツコツと靴音を鳴らして、BGMを奏で続ける楽団に手で休止を命じておいて、突然の静寂に戸惑う貴族たちからよく見えるよう演台の中央までやって来るとルナはよく通る声で謳う。


わたくしの大切な友人、マリア・テンプルが何者かの手により誘拐されました」


 ルナはまるで物語の主人公でも演じるかのように朗々言葉を紡ぎ出す。


「しかしご心配には及びません。なぜならここにはわたくしが育て上げた一騎当千の古兵ふるつわものたちが出撃の時を今か今かと待ち侘びているのですから」


 息継ぎにと言葉を句切って鋼色の髪を指で掻き上げた少女は、貴族家達の顔を一巡見回す。

 どれもこれも興味津々といった面持ちで奏でられる音色に聞き入っているといった様子で、しかし一つだけ気難しげに睨み付けるかの如き双眸を見つける。


 リブライ・ミューエル侯爵。

 実の娘であるシェーラに氣術を伝授した男。

 と同時に娘を要人暗殺の手駒として差し向ける冷酷さを併せ持っている。

 であるならば彼自身が最低でも師範クラスの実力を隠し持っている筈だった。


「私はこれより兵達を率いて出撃し、誘拐犯と目される組織団体を潰しに掛かります。皆様におかれましては今後の進退も含めて話し合う時間が必要と思い、故に暫し当フロアから出る事を制限させていただきます」


 言った途端に、大広間から外に繋がっている扉の全てに完全武装した騎士達が立ち塞がった。


「横暴だ!」

「小娘の分際で何様のつもりだ!」


 敵対派閥に属する貴族たちが怒声をあげる。

 ルナは単身で進み出ると、少女の身を護衛せんと駆け寄る騎士達よりも早くそれらの前に立った。


「ああ、あなた方はミューエル卿と懇意になさっておいでの方々ですわね。折角ですので一つ教えて差し上げます」


 ルナはやや太っている中年貴族の足を軽い調子で払った。

 ステーン、と盛大に転んでしまった貴族男。

 その肩に小さな手を置き、顔を耳元まで近づける。


「お前達を殺す方法なんて幾らでもある。だが一度だけチャンスをくれてやる。オレが戻るまでにリブライと一緒に断頭台送りになるか、或いはオレの従僕として生き残るか。どちらかを選択しておけ」


 ゾッとするほど低い声色で囁いた。

 貴族男は恐怖に目を見開き微笑む少女の顔をマジマジと覗き込む。

 身を起こしたルナはそれから扉の前まで足を進めると振り返って優雅にカーテシー。

 観客達に告げた。


「それでは皆様、暫しごゆるりとなさってくださいませ」


 そして身を翻すと騎士達が開けた扉の奥へと消えてゆくのだった。



 ――ルナは先日の一件から地下組織“ウロボロス”が貴族家の娘を攫おうと機会を窺っているのだと予想していた。

 クリスティーヌ嬢の拉致に失敗した彼らは、次に本命(・・)となるデビュタントパーティー、その会場に直接乗り込んで来るだろうと。


 理由は一つ。このタイミングである。


 ディザーク侯爵家が送ったパーティーの招待状。

 これを受け取った貴族家の人々が王都メグメルに集結しているタイミングでクリスティーヌの誘拐未遂事件は起きた。

 だが、恐らくはクリスティーヌ当人を狙った犯行ではないとルナは予想していた。

 招待客の家族であれば誰でも良かったのだ。


 つまり、彼らは最初からディザーク家の失墜を目論んで動いている可能性があったということ。

 パーティーの主催者はジル侯爵で、その取り仕切っている催し事の期間内に招待客が拐かされたともなれば立場を揺るがすほどの失態と言えよう。


 そして王城内で行われるパーティーの隙を突いて客人を誘拐するなんて所業は、城の構造を知っており尚且なおかつ警備の配置や全体のスケジュールを把握していないと不可能である。

 つまり、敵対派閥に属する人間が何らかの妨害工作を行う可能性が非常に高く。

 だが直接本人が手を下して足が付けば当然ながら重罪、王城内での犯行ともなれば高確率で国家反逆罪となり処刑されるなんて目に遭うことから、裏社会の、その道のプロに依頼するというのが定石となる。


 そして、それらの推理が正しかった場合。

 犯人として最も疑わしいのはリブライ・ミューエルである。

 なぜって、王都に至るまでの道中で刺客を差し向けているのだからね。


 今は従者となっているシェーラ嬢ではあるが、彼女にはリブライに気付かれないよう王都入りするよう命じていた。

 理由はリブライが誘拐もしくは暗殺を依頼した組織“ウロボロス”の本拠地を探らせ、かつパーティーの最中に誘拐が行われた場合にその追跡を行わせるため。


 黒ずくめの彼らはシェーラ曰く諜報能力に長けた集団であるらしい。

 ならば直接的な戦闘よりも位置の特定に全振りさせた方が効率が良い。

 叩くのは自らが率いる航空戦闘部隊エンゼル・ネストの仕事とするのが最も理に適っている。


 ウロボロスの殲滅。

 そして彼らに依頼した、繋がりのある人間を証拠付きで白日の下に晒す。

 それらを一纏めとして暇を持て余している貴族家方々に見世物ショーとして提供するのだ。


 そうすることでルナが「友人を見捨てない情に厚い人間」であるとアピールできるし、またリブライが失脚した後の彼の手勢を保護することで「敵対者は容赦無く打ち負かすが臣従してきた者に対しては寛大である」と、そう思わせることが出来る。


 それは必要な事だった。

 恐らく、近日中に王家から打診があるだろう。

 ルナを寄越せと。

 二人いる王子のどちらかと結婚させると、かなり強引な手段で迫ってくるはずだ。

 いや、数日前の謁見にて王様は確かに「当面は触れない」と言った。

 しかし「ルナと婚姻を結ばせることに対して」とは一言も述べていないのだ。

 政治を行う者としては当然の、あって然るべきといった狡猾ズルさ。

 愚直なだけでは国家の運営などやっていられない。

 これを理解するが故に、国王は次の手としてルナの婚姻を迫ってくるだろうと予測している。


 ルナがディザーク侯爵家の派閥をより大きくしたいのは、この王家からの無理難題を突っぱねるためである。

 国王は確かに国内において最も権力が強い。

 だが、それだって独裁政権でない以上は限界がある。

 国内において最も大きな派閥がNOを突き付けているにも関わらず王権を振りかざせる王などそうはいないのだ。


 対立派閥を潰しておき、ディザーク侯爵家の発言権を大きくしておけば、婚姻を求められても否と言える。

 ルナの諸々の手管は最終的にそこに行き着く筈だった。


「ま、最期の最後になって盤面をひっくり返されるなんて事も往々にしてある話だけどな」


 廊下に出て、出迎えるように佇む鷗外と合流したルナが廊下を歩きながら呟くが男はキョトンとした顔をするばかりだった。


 ……あと、ルナの淀みない動きに追従し損ねたアリサちゃんが後ろの方で気まずそうに小走りしているのを目端に捉えている隊長ルナは、けれど大人の優しさと称して気付かないフリをしておいた。




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