049:軋轢のデビュタント⑬ マリアは巻き込まれ体質
「――本日はお招きいただきありがとうございます、ルナお姉様」
「よく来てくれました、マリア。楽しんでいって下さいね」
「はい♡」
私は王城玄関口でお姉様と顔を合わせ、意図せず弾んだ音色で受け答えしていた。
清楚さ漂う純白ドレスがまるで花嫁衣装のようにすら思われて、思わず切ない息が漏れてしまう。
ルナお姉様は銀色と呼ばわるにしてはメタリック感の強い長髪をアップにしている。
そのせいで私の手でも簡単に折れてしまうんじゃないかと思えてしまうほどに細い首筋とその素肌の透き通るような白さが際立っていた。
(ホントに、美しいって言葉はこの人の為にあるんじゃないかってくらい綺麗よね……)
そんな人と見つめ合っているだけで、天に召されちゃうんじゃないかって程の幸福感がお腹の底から湧き上がってくる。
私は衝動的にお姉様の手を取って握り合っていた。
「あ、あの……」
「はい?」
思わず「私のお嫁さんになって下さい」なんて言いそうになって慌てて口を噤む。
数秒間見つめ合ってしまう私たち。
お姉様は儚げで優しげな微笑みを私に、私だけに向けている。
(おねえさまぁ……しゅきぃ♡)
頬が熱い。
まるで熱病にでも罹ったように火照ってる。
胸のドキドキが治まらない。
前世アラサーの社畜とは思えないほどトロトロに蕩けちゃいそうな気持ちで、お姉様の手を取り見つめ合っている。
「はい、そこまでっ!」
それなのに、天国は唐突に色を失った。
今になって気付いたけれど、お姉様の傍らにはずっと赤いドレス衣装のアリサ様が侍っていて、彼女が私たちの視線を手で遮ったのだ。
「あ、アリサ様ご機嫌よう」
「なによ、その取って付けたような言い草は」
不機嫌を隠そうともしないアリサ様が「でも」と肩の力を抜いた。
「今日は私たちのデビュタントパーティーなのだからしっかり楽しんでおいでなさい」
「はいっ」
ちょっと引っ掛かる物言いをされたけれど、敢えてスルーして答えた。
今日はお姉様のデビュタントパーティーで、私は招待客として呼ばれている。
後でパパから聞いた話だと、アリサ様はお母様がルナお姉様のお母様とごく親しい間柄だったおかげで合同といった形式でパーティーの主役となっているらしくて、なのでずっとお姉様と肩を並べていられる状況になっているのだとか。
凄く羨ましい。
そんな事が出来るのならもっと早くに言ってくれたら私だって……。
ごめんなさい、男爵家の娘が調子乗りました。
パパとお姉様のお父様とでは上司と部下の間柄で、しかも侯爵家と男爵家で合同デビュタントが出来ると考える方がおかしいです。
こういったところで下級貴族家に生まれた自分を恨んでしまう今日この頃です。
「ホラ、挨拶が終わったらサッサと中に入る! 後ろつかえてるでしょ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
「アリサちゃん、そんな急かさなくても……、ごめんなさいねマリア」
「いえ、大丈夫です」
突っ慳貪なアリサ様にせっつかれて、私と両親は堂内へと足を踏み入れる。
踏み入れた先は、やたらと広くて豪華だった。
(うぁ……すごっ!)
まさしく中世ヨーロッパ的――下地になっているのが乙女ゲームの世界観だからか、映画のワンシーンにありそうな本格的なものと比べるとどこがどうとは言えないけどそこはかとなく違和感を覚える光景。なのでヨーロッパ的、ヨーロッパ風と呼んだ方がこの場合はより正解に近いと思う――な、これぞ城内大ホールってな空間の中にテーブルがあって、お貴族様連中が談笑のお供に料理を味わっている。
あれ? というか、こういうのって普通パーティーが始まるまでは料理に口を付けないのがマナーじゃなかったっけ? 私の思い違い? などと混乱。
けれどどこからともなく聞こえてきたヒソヒソ声で疑問は溶けた。
「いくら敵対派閥に与する侯爵家のご令嬢のデビュタントだからといって、まだ始まってもいないのに料理を口にするなんて、まったく卑しい方達ですこと」
「あちらの家ではマナーの何たるかも教わっていないのかしら」
「いいえ、それは早合点というものです。もしかしたらアレが、あちらの方々にとってのマナーなのかも知れませんわ」
「なんて野蛮なのかしら。あんな礼法がまかり通っている家などに娘を嫁がせたくありませんわね」
「まったくの同感です」
「「「クスクスクス」」」と(笑)どころかww(←藁を生やすというらしい、嘲笑の意)みたいな勢いで囁き合っているご婦人三人衆を見つけちゃう私。
う~む。
井戸端会議というか、会社で言えばお局様たちが給湯室とかで上司の悪口言ってるような、そんな感じしかしない。
そう言えば前世の社畜時代ともなるとお局様たちが誰のことかは分からないけど「あのバカ女は何たらかんたら」と陰で笑っているところに運悪く居合わせてしまって凄い気まずかったのを覚えている。
女の敵は女だと太古の昔から言われてきたらしいけど、その蘊蓄は全く以て正しいと断ぜずにはいられない私である。
ああいうのには関わらないのが正解なのだ。
私は足早に反対側の壁際へと移動するとパパとママ、三人して気配を消すことに専念すると決め込んだ。
なぜかと言えば、お姉様は私宛に招待状を下さった。
けれどお姉様のお父上様は侯爵位でパパの職場の上司。
それだけでもウチとは家格が釣り合っていないのに、更にお姉様の母方の祖父は公爵様ときたもんだ。
となると、この会場に呼び集められている人々というのは大半が高位貴族で、国政に携わる重鎮の方々である可能性が非常に高い。
迂闊に目立って難癖つけられでもしたら吹けば飛ぶような男爵家なんて簡単に物理的に吹き飛ばされてしまうに違いない。
考えるのも恐ろしい。
なので平々凡々な下位貴族たるテンプル家はジッと息を潜めて嵐が通り過ぎるのを待つばかりなのです。
暫く待っていると堂内の中央奥に床が一段高くなっているスペースがあって、そこにドレス姿のお姉様が両親を伴い進み出て自ら声を張り上げる。
「――本日は私、ルナ・ベル・ディザークのデビュタントを行うにあたり参列して下さった貴族家諸氏にまずは御礼申し上げます」
お姉様の声量は広々とした場内大広間であっても充分な大きさで、その可憐な唇から天上の音楽かと錯覚する程に美しい音色が溢れ出せば、人々は性別も年齢も家格すら関係無く一瞬で魅了され魂を丸ごと鷲掴みされたかのような感覚に支配された。
噂話に興じていたご婦人方も、敵対派閥につき横柄な態度を隠そうともしなかった貴族達ですら、否応なく視線を白いドレスの女神様へと向けてしまう。
かく言う私だってお姉様の輪郭から目が離せない。
こういうのを“カリスマ”って言うのかも知れない、なんて心の隅っこで思った。
「――私ごときの冗長な言葉で折角のパーティーを白けさせるのも野暮というものですし、皆様におかれましてはどうぞお楽しみ下さいとの言葉で締め括る事と致します」
お姉様の開幕挨拶は、本当に短い。
らしいと言えばらしいのだけれど、冷涼にして繊細な声をもっと聞かせて欲しいと思う人々にとっては不満の種だったようで、見回せばそこらじゅうの顔が夢から醒めたようにハッとした後に気難しそうな表情を作っている。
そのお姉様の斜め後ろではアリサ様が、まるで従僕のように侍っているけれど、よく考えれば今回のパーティーは彼女のデビュタントでもあるので黙り決め込むなんて許されるはずが無い。
なのに無言。というか、なんでそんな満足げな顔で頷いてるんですかアリサ様。
「しかし、マリア。君はとんでもない人に気に入られちゃったものだねえ」
お姉様が演台から降りたタイミングで後方にてスタンバイしていた音楽隊がBGMを奏で始める。
パパの声が曲の調べに乗っかって耳元に囁かれたけれど、私は小さく頷くしか知らなかった。
それからダンスが始まってもお姉様がパーティーの主役から外れることは無かった。
王子様や騎士隊長の息子さん、あと宰相や魔法省に関係のある少年らと取っ替え引っ替えに踊っている。
「あ、そうか……」
そんな貴族家の子女らが形作るダンスの輪に入り込めず壁の花と化している私は、ずっと目でお姉様を追っているうちに不意に気付いた。
ルナお姉様と順番待ちでダンスに興じている男の子達は、乙女ゲーム“蒼い竜と紅い月”、通称“蒼紅”に登場する攻略対象たちなのだ。
彼らが悪役令嬢であるルナ・ベル・ディザーク侯爵令嬢との知己を得るのは彼女のデビュタント・パーティー、つまり今この瞬間なのだ。
お姉様はその正体が女神アリステア様だから分からないかも知れない――作中の記述は一文だけでしかもサラッとしか触れられていなかったし、なので仮にルナお姉様が女神の化身でなかったとしても私みたくドハマリして周回上等でプレイしてない限りは記憶に残ってもいないだろう――けれど、物語の全体像から言えばこのパーティーこそが悪役令嬢にとっての破滅の発端となる。
いわば、ターニングポイントなのだ。
“蒼赤”では、このパーティーの最中にどこぞの間抜けなご令嬢が行方不明になって、ジル侯爵は自派閥内でもかなり不利な立場に追い込まれる。
テキストは本当に一文だけだったから細かい経緯や裏の事情なんて私には分からないが、けれど何事も無く終わって欲しいと願うばかりだった。
「あ、パパ、お手洗いに行ってきます」
「ああ、うん。迷子にならないようにね」
「は~い」
急に便意を催した私は小走りに大広間を出る。
扉の両脇を固めているのは見るからに屈強そうな衛兵さんで私はつい会釈してお花を摘みに向かう旨を告げた。
すると道順を案内してくれて、私はお礼を述べて廊下を渡る。
石床の上に赤い絨毯を敷き詰めた豪華な廊下。
窓から差し入るお日様の光が斜めに筋を描いている。
先ほどの大広間とは打って変わって静かな空間。
私は教わった道順通りに進んでトイレに辿り着き、内心では「おトイレ行くだけでなんでこんなに歩かなくちゃいけないのよ」と毒づきながらも用を足す。
ホッと一息。スッキリしてトイレから出た瞬間にどこからか伸びてきた手に口元を覆われた。
「きゃっ……?!」
口元を覆った手にはハンカチがあったようで、そこに染み込まされていた薬品の臭いを嗅がされているうちに急にフゥっと視界と意識が暗くなる。
最後に思ったのは、せめてお腹いっぱいまで料理を堪能したかったな。なんてくだらない事だった。




