048:軋轢のデビュタント⑫ 不穏な空気感
――今回のデビュタントに際してグラッド・ウェルザーク公爵は招待客ではなく身内として駆けつけてくれている。
それは母の実家の権威がルナの後ろ盾になっていることを周知する目的で、つまり他の公爵家が侯爵家令嬢だからとルナに対して無礼な振る舞いをすれば、即ちウェルザーク公爵家をも敵に回すことになるぞといった脅しの意味合いであり。
また、グラッドが個人的にルナという一個人に対して忠誠を誓っている事実を踏まえれば客の一人として参じるよりは内側に居た方が何かと動きやすい都合もある。
とはいっても、グラッドの臣従は今のところルナしか認知していない。
彼の娘となるサラエラに対してもこればっかりは言えない。
なぜならグラッドの視点で言えば二人の主君に同時に仕える造反行為以外の何物でも無いからだ。
勿論、だからこそグラッド卿はルナに対して可愛い孫娘に対する態度しか執らないのだけれども、僅かな仕草の差異からひょっとしたらサラエラなどは何か勘付いているかも知れないとルナは感じていた。
そう言えば、とこの場を借りてグラッド公爵に聞いてみた。
「グラッド卿には嫡子というのはいらっしゃらないのですか?」
前回の魔物群討伐にあってさえウェルザーク家の跡取り息子とは顔を合わせていないし、このパーティー会場にもそれらしい姿は見当たらない。
跡取りがいないとなると公爵家であってさえ消失する。
だが王家とも血の繋がりがある公爵家、それも隣国の侵攻を食い止める要職が欠落したともなると国家にとっては大きな痛手となる。
なので常識的に考えるなら息子がいないなら跡継ぎとして養子を迎えるというのが定石なのだが……。
「居る、には居るのだが……」
公爵様の返答は歯切れが悪かった。
「あの放蕩者は十年前に家を出たきり帰ってこぬのだ」
どうやらグラッド氏の息子さん、同時にサラエラ夫人のお兄さんにあたる御仁は幼少の頃よりヤンチャさが余って手の付けられない男だったらしい。
それで侯爵家に嫁いだサラエラの子、つまり姪っ子のルナが2歳になった頃合いに冒険家になると言って家を飛び出してしまったのだとか。
冒険者ではなく冒険家という話だから世界中を旅して回っていると思いたいところだが、世の中お金が無くては生きていけない事を考えるなら冒険者の仕事で路銀を稼いである程度貯まったら旅に出ると、そんな生活スタイルになるんじゃなかろうか。
そうでなければどこかで野垂れ死んでいるか。
責任を負わない立場というのは言い換えれば危機に際しては真っ先に切り捨てられる役どころって意味でもあるので、彼のような生き方を求めてしまうと物凄い功績を立てて偉人の仲間入りを果たしているか路傍に打ち捨てられた骸となるか両極端な人生にしかならない。
と、これは前世で色んな人間を見てきたルナのどうにもならない経験則である。
「さて、居もしない馬鹿息子の事などは捨て置いて、まずはデビュタントにて勝利することを考えようか」
「そうですわね」
グラッド公爵には頷いて見せて少女は半開きされた扉の奥に垣間見える大広間へと鋭い視線を送る。
貴族という名の魑魅魍魎どもが犇めく、ある意味での魔境。
身に付けたドレスというのは豪華さ美しさこそを防御力とする鎧甲冑に他ならない。
ならば征こうと足を前に出す。
隙を見せれば四方八方から血肉の臭いを嗅ぎつけたハイエナ共に骨の髄まで貪り尽くされてしまうだろう。
貴族は、平民の事など奴隷以下の家畜としか思っていない、それどころか他の貴族家でさえ己が私腹を肥やすための餌としか考えない鬼畜生でしかない。これをそのまま表に出してしまえば山賊と変わらないので礼儀作法とかいうオブラートに包んで見栄え良くしているだけなのだ。
そんな奴らに自分の価値を認めさせ、圧倒的な実力によって屈服させ服従させる。
これこそが“高位貴族が執り行うデビュタント・パーティー”であるのだと、今になってようやく思い至るルナであった。
「――本日は私、ルナ・ベル・ディザークのデビュタントを行うにあたり参列して下さった貴族家諸氏にまずは御礼申し上げます」
招待客名簿の出欠項目その全てがチェックマークで埋まったところで玄関口は護衛の者に任せて後ろに母サラエラ、アリサ、とその母ミーナ夫人、グラッド公爵を引き連れる格好で赤い絨毯の敷かれた場内大広間を闊歩し、一直線に演台へと向かう。
向かう先には父君がタキシード姿で待ち構えており、迎えられる格好で少女は演台に上がって振り返ると堂々声を放つ。
白いドレスと鋼色の艶髪が清楚さと可憐さを両立させる立ち姿に、居合わせた客人達は息を飲み鼓膜を震わせる天上の調べかと疑う程に心地の良い音色に聞き入り酔い痴れる。
「――また、オーガスト城内の大広間をお貸し頂いたこと感謝にたえません。この場を借りて謝意を表明致します」
言いながらスカートの端を摘まんで会釈程度に膝を折る。
向けられた視線の先では国王アルダート・ルーティア・ド・アルフィリアが家族と共に立っているのが見える。
今回のパーティーは立食形式だった。
実家のホールなら着座形式にする考えだったのだけれど、招待客が多すぎて各テーブルに料理を運ぶには給仕の負担が大きすぎるし時間も掛かる事から計画を切り替えたのだ。
なのでたとえ王族であっても立ったままパーティーに参加して貰う。
もちろん空間としては広いので壁際には相当数のベンチを設置しているし、座りたいと申し出る者があれば個別に椅子を提供する構えではあるけれど、たとえば一国の王が他が立っているにも関わらず我先にと椅子を要求したなら「だらしのない王様だ」とか「自分だけ楽しやがって」といった心証を貴族家の人々が抱くかも知れない。
だから彼らは文句の一つも言わないのだ。
ほれ、立ちっぱなしが辛いなら根を上げても良いんだぜ?
やせ我慢せずに楽になっちまえよ。
と、これが出だし一発目。様子見のジャブとなる。
しかし国王一家は平然とした顔で立っていたし、それどころかルナの艶やかな立ち居姿に見入っているかのように熱の籠もった視線を向けてくる。
(チッ……)
と内心で舌打ちしつつもニッコリと笑んで見せる侯爵家ご令嬢である。
「――私ごときの冗長な言葉で折角のパーティーを白けさせるのも野暮というものですし、皆様におかれましてはどうぞお楽しみ下さいとの言葉で締め括る事と致します」
こういった公の場におけるスピーチとしては異例なまでの短さで演説を切り上げると、一礼して演台から降りる。
慣例としてスピーチの後には盛大な拍手を送るものだが、もうちょっと気の利いた言葉があると思っていた貴族家の皆さんは僅かほど戸惑って手を叩くタイミングを逸してしまう。
そこでフォローを入れるように拍手し始めたのはグラッド卿で、彼の後に続けと他家の人々が倣って拍手、最終的には割れんばかりの拍手喝采となっていた。
これは考え方の違いから来ている。
本来貴族というのは無駄をこよなく愛する生き物であり、ルナは逆に効率に重きを置いている。延々とスピーチするのはそれこそ排除すべき時間と労力の無駄使いとしか捉えていないのだ。
両者の意識の違いからこういったチグハグな状況になったワケだけど、王妃様の採点があるとすればこれは減点であろうとルナは思う。
まあ、王家からなど幾ら嫌われても構わないとする気構えが根底にあるので鋼色髪少女は何とも思わないのだが、他はそうは捉えないかも知れない。
もしかしたら口では謝意を唱えておきながら、その実は感謝どころか王家に対する不信感からその様な態度を執っていると考える者だっているかも知れない。
いや、まあ、そう考える貴族家の人がいるとしたら、それは全くの大正解なんだけどね。
一見して特別視しているとさえ思われる王家の対応は、しかしルナには煩わしい権謀術数の一環としか感じられなかったから。
何を仕掛けてくるかも分からない相手から受ける施しに有り難さなんて微塵も感じないだろう?
つまりはそういう事である。
それから会場の隅っこに控えていた楽団が音楽を奏で始めパーティーが始まる。
人々は提供される料理に舌鼓を打ち、喉を潤した酒の美味さに酔い痴れる。
頃合いで音楽の調子が変わって、ダンスの時間となった。
「では姫君、まずは私と踊って頂けないでしょうか?」
招待客の相手をしつつのルナの前に最初に立ち塞がったのは第一王子アベルだった。
金色の髪と柔和な面持ち。要約すれば美男子としか形容できない少年がルナに差し出し、少女は「よろこんで」と応える。
アベル少年は、普段の大人しめの物腰とは裏腹にダンスにおいては情熱的だった。
次にやって来たのはその弟カイン。
アッシュグレーの髪と少し粗暴っぽい印象を受ける面立ちの少年は、ダンスで女性をリードするにあたって物凄く気を遣っているかに思われた。繊細というか丁寧というか、まるで壊れ物に触れるような優しい力加減。
ルナに対してだけかどうかは知らないが、少なくとも四方八方に対してその態度が執れるなら将来は女たらしになること間違い無し。
こいつが王になったらお家騒動待ったなしだな、なんて他人事みたく思ってしまうルナであった。
王子二人と踊った後にダンスの相手を申し込んできたのは近衛騎士団長ベレイ氏の子息であるダルシス少年。
紅髪の彼はそれまで愛しのクリスティーヌ嬢と踊っていたけれど、終わったところで婚約者から何事か囁かれ「けっ、しゃあねえな」とでも言わんばかりの横柄な態度でルナの前までやって来た。本人は嫌がってそうだったが、距離的に一番近かったのだから仕方ない。
「俺の邪魔すんじゃねえぞ」
「あら、それはこちらの台詞ですわ。足がもつれて転んでしまっても助け起こしたりはしませんので悪しからず」
「上等だコラ」
囁き合って、ルナは笑顔で、ダルシス少年は剣呑とした目でダンスの姿勢を執る。
そこからルナはからかい半分にちょっとアグレッシブな、舞踏ならぬ武踏をしてやった。
「くっ?! てめえっ!」
「あらあら、こんな初歩的なダンスもできないようでは婚約者様に嫌われてしまいましてよ?」
「ぐっ、このっ!!」
顔に怒りの形相を貼り付けつつも変幻自在かつ容赦のない剣で斬り掛かるかのようなステップに翻弄され続ける紅髪少年。
ダンスが終わったときには彼は肩で息をしていた。
「お、覚えてろよ……ぜぇ、ぜぇ……」
「ああ、あなたが根に持つというのなら今度彼女と一緒に家に来なさいな。徹底的にしごいて差し上げますわ」
「誰がお前んチなんかに……」
「付け加えておきますと。一般的に女性は逞しい殿方に魅力を感じるもの。あなたが今の十倍強くなればクリスティーヌ様はきっとあなたの事しか見えなくなるでしょうね」
「……そ、そうなのか?」
お、表情が露骨に変わった。
こいつ、クリスティーヌちゃんにゾッコンLOVEなのか。
面白いので更に後押ししてみる。
「私の指導があれば、貴方は今の十倍どころか百倍は強くなれるでしょうね」
「よし、分かった。今度遊びに行くっ!」
なんて単純馬鹿なんだろうか。
呆れるのと同時に、男はこれくらいバカっぽい方が良いよね。なんてニマニマしちゃうルナ様であった。




