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046:軋轢のデビュタント⑩ 準備期間Ⅱ


 街の治安を預かる衛兵隊の詰め所に連れて行かれた四名は、ここで簡単な取り調べを受ける。

 グレー色に近い黒髪、色見本で言えばダークグレーを更に濃くした橡色(つるばみいろ)とでも言おうか、そんな髪色のクリスティーヌ・シラヴァスク子爵家令嬢はかぶりを振って事情が全く分からない旨を告げた。


「私とダルシス様は婚約者の間柄で、本日は予定より早く街に到着したこともあって散策していたのです。その途中でいきなり暴漢達に囲まれて路地裏に連れ込まれて……」


 見るからに大人しそうな少女が怯えた顔で我が身を抱く。

 彼女の隣に座っている紅髪の少年、自ら名乗った名だとダルシス・ウォーレス子爵家子息が困ったようにクリスティーヌちゃんの肩に手を置きどうにか慰めようとしている。


 衛兵隊詰め所の一室には机があって、一列に座らされた四人は衛兵から事情聴取されていた。

 四角い部屋の角には小さな机があって、別の衛兵が報告書を作成しているのか何やら紙にペンを走らせている。


「私たちは悲鳴を聞いて駆けつけただけです。念のためにお尋ねしますが暴漢や誘拐犯を武力制圧して被害者を救出する事はこの町では違法に当たるのですか?」


 ルナはコテンッと首を傾げて可愛らしさをアピールしてみるものの、対面の男性は苦笑するばかり。


「まさか。君の行いは正当だし、本来は街の治安を預かる我々が行うべき事を代わりにやってくれたのだから責める理由もない。ただ、君は12歳の女の子なのだから危険に自分から首を突っ込むのは遠慮して欲しいんだ」


 聴取を行っている男性は少々砕けた物言いでルナを窘める。


「今回は上手くいったから良いとも言えるけど、貴族家の娘さんが怪我をしたり誘拐されてしまったら大問題になってしまうからね。その辺りも踏まえて、もう少し自重して貰えると助かるのだけれど」


「ええ、分かりました。確かに考え無しで突っ込んでいったのは少し浅慮が過ぎましたね。次はもう少し策を練って当たるとしましょう」


「自重するつもりは無いのか……」


 衛兵さんはちょっと呆れつつ、部屋の角の方で書類にペンを走らせていた兵を手で制して止めた。


「さて、調書も取れたし本当ならここで君たちの身柄を解放すべきなのだけれど、その前に一つ見て欲しい物がある。犯人グループの一人が所持していた物なのだけど」


 そう言って彼は小さな金属塊をポケットから取り出し机の上に置いた。

 それは首から掛けるよう細いチェーンの取り付けられた装飾品で、表面は鈍い金色、自分の尻尾を飲み込んでいる蛇といった造形だった。


「こういったものを他で見た記憶は無いだろうか?」


 男は一見して「どうせ子供に聞いても分からんだろ」ってな目をしていたが不思議そうな顔をしている三人とは別に一人だけスッと眼を細める少女が居るのを見逃さない。


「君はコレが何か知っているのかい? ルナ・ベル・ディザーク侯爵令嬢」


 鋼色の艶髪を指で弄ぶ少女は、衛兵さんの問い掛けに対して簡単に答える。


「知っている、と言えるほどの事は存じませんわ。絵本で見たお伽噺にそういった絵が記されていたくらいです」


「絵本? そんな絵本があるのかい?」


「ええ、確かタイトルは“ウロボロスの蛇”だったかしら。ただ、どうして一匹なのかは分かりかねます」


 ルナは言いながら衛兵の目をジッと見つめる。

 それまで子供だからと侮っていた為かおどけた調子だった衛兵の目が急に怖いほどの真剣さを帯びる。


 ルナはそれから囁く。


「もしかして、二匹の蛇が喰らい合う形というのは今はもう失われているのかしら?」


「……お前、何を知っている?」


 衛兵の口調が変化する。

 ドスの利いた低い声。

 三人の少年少女が彼の変貌に目を見張る。

 ルナは反対に喜色の滲んだ声になった。


「そう言えば一つ思い出しましたわ。大昔に壊滅させられたチンケな犯罪者集団が確かそんな名称を口ずさんでいましたわね?」


「クソガキ!」


 衛兵が激昂した様子で腰に佩いていた剣を抜く。

 斬り掛かろうとした衛兵おとこは、しかし振り上げた得物をそれ以上動かすことが出来なかった。

 ソイツの手首をゴツい手が掴んでいたからだ。

 ベキッと何かの折れる音がして、衛兵の手から剣が滑り落ち床に乾いた音を立てる。


「がぁ?!」


「そうか、お前がウロボロスの一員だったのか」


 手首をあらぬ方へとねじ曲げられて男は蹲り、背後に佇む新たな輪郭を皆の視界に映し出す。

 そこに立っていたのは誰かを彷彿させる面立ちの紅髪の騎士だった。


「父上?!」


 立ち上がったのはダルシス少年である。

 男性は引き締まった精悍な顔で息子なのであろう少年を一瞥した後でルナへと目を向ける。


「なるほど、貴女は既に情報を握っていて、彼らをおびき寄せるために態々詰め所まで来たという事ですか。噂に違わぬ恐るべき知略ですな」


「……はぇ?……い」


 流石のルナちゃんも困惑しきりだ。


 ――ルナがどうして“ウロボロス”なる組織を知っているのかと言えば、前世でチンピラ集団に因縁付けられたからと返り討ちにして、調子に乗った勢いでアジトに乗り込んでいって構成員全部をまとめてフルボッコしたからである。


 そいつらが首から提げていたのが机の上に転がっている装飾品で、記憶にある通りなら下っ端構成員は一匹の蛇、幹部が二匹の蛇が尻尾を食み合っているといった造形だった。


 新たに出現した紅髪偉丈夫は深く頭を下げて名乗った。


「私はベレイ・ウォーレス。爵位としては子爵位を賜ってはおりますが代々近衛騎士団の騎士団長を務めているが故の身分でしかありません。どうぞお見知りおきを」


 なのでルナとしても席を立ち、カーテシーにて応えた。


「私はルナ・ベル・ディザーク。侯爵家の娘にございます。以後お見知りおきを、ウォーレス卿」


「父上、なんでそんな奴に頭を下げるんだよ?!」


 ダルシス少年が食って掛かる。


(え、オレそんな嫌われてたの? さっき初めて会った筈なのに……)


 とは混乱するルナちゃんの胸中。

 ウォーレス卿は冷ややかな目で同じ髪色をした少年を見下ろした。


「馬鹿者。こちらの方は7歳にして盗賊団を殲滅し、今では一軍を率いるお立場。その武勇は諸侯のみならず近隣国にも鳴り響いている。また侯爵家を名乗ってはいてもその実体は公爵家の姫君なるぞ。お前とは身分も器の大きさもまるで違う事と知れ!」


 ……え、そうなの?

 知らない間に噂に尾ひれが付いて生ける伝説と化しちゃっているルナお嬢様は、何とも言えない気まずい表情で傍らに控える妹分アリサを見る。

 するとこちらも紅髪の娘さんはしたり顔で大きく頷いているじゃあないか。


(ああ、何となく分かった。紅髪の人間というのは情報はなしの真偽を確かめるとか精査するとかしないで突っ走っちゃうタイプの人なんだ……)


 ゲンナリしつつ、世界の真理に勘付いてしまうお嬢様である。


 ――それから新たな顔ぶれとなったウォーレス卿と幾ばくかの話をして、クリスティーヌ嬢とダルシス少年の身柄を彼に丸投げして衛兵詰め所を後にした二人。


 面倒事に首を突っ込んで得た情報はとても有益なものだった。


「ルナ様、心配したぞ」


 詰め所から数歩と歩かないうちに向こうからメイド衣装のアンナと黒胴着姿の鷗外君が駆け寄ってきて合流。

 どうやらルナとアリサが衛兵らと共に詰め所に入っていくところまで見届けた男は、途中で鉢合わせたアンナと二人して待ち構えていたらしい。


「鷗外、パーティー当日のシフトを変更します。いつでも出撃できるよう全員に準備させておきなさい」


「承知!」


 道行く中でルナはアリサと鷗外に告げていた。

 王都メグメルには“ウロボロス”とかいう犯罪組織が根を張っており、パーティーに合わせて何か仕掛けてくる可能性があること。

 彼らは暗殺などを生業とする闇の住人であり、故に何が起こっても不思議では無い事。

 料理に毒が仕込まれるかも知れないし、会場に爆弾が仕掛けられるかも知れない。

 或いは招待客らを拐かすといった暴挙に訴えるかも知れない。

 いずれにしても、ルナに刃を向けるのであれば逃亡も降伏も認めない。

 最後の一人になるまで戦いその足で冥府へと旅立って貰う。


 敵対者は容赦無く叩き潰す。

 これがルナが前世から変えないたった一つの絶対的ルールなのである。


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