045:軋轢のデビュタント⑨ 準備期間Ⅰ
国王陛下とそのお妃様。あと数名ほどの重鎮に囲まれての初顔合わせ。
王都メグメルに到着して早々の登城から一日を空けた頃ともなるとディザーク家の一行は朝から晩まで大忙しの大わらわ。
王家が貸し出すと言ってきた城内大ホールからこの周辺経路を現場視察して調理場のシェフ達――彼らは当然ながら全員ともが王宮料理人だ――と打ち合わせしたり、はたまた城に詰めている衛兵たちと協議を繰り返して警備体制の構築。或いは客人達を一泊させるためのホテルの手配などやることは数多あった。
まあ、とは言ってもそれらを主導するのはご両親、ジルとサラエラであってパーティーの主役となるべきルナお嬢様は暇を持て余すなんて羽目になっているのだけれども。
日程ではあと三日間はこの状況が続き、終わりが見えたところで本番デビュタント・パーティー開催といった流れとなる。
「よし、暇なので街に繰り出そう!」
侯爵家別邸にて一人拳を握り絞めたルナは専属メイドのアンナさんから深い溜息などを頂きつつ、彼女の同伴を条件にメグメルを散策することになった。
アリサは当然の顔をして随行。今もルナの腕にベッタリくっついている。
鷗外君がそんな三名から少々の距離を開けて尾行しているが、顔の凶悪さと体格の良さが災いしてか街の平和を預かる衛兵さんから頻繁に呼び止められている。
彼も暇なのだろうと肩を竦めるしか知らないお嬢様だ。
なお、この期間ともなれば主に政治的な理由から航空戦闘部隊の訓練は差し止められている。
ルナは当然としてアリサや他の部隊員達としても不満はあったのだが、街の住人達ひいては早々に街を訪れているせっかち貴族の皆様方を威圧するようなことはあってはならないと説明されて理解できないほど頭のユルい人間は居ないワケで。
そういった事情を鑑みればうら若い娘さん達が街を出歩き買い食いやウィンドウショッピングに勤しもうと目論んだって仕方の無い事であった。
「お嬢様、あまり遠くへは行かないようお願いしますね。私はお嬢様と違って飛んだりはできませんので」
「はいはい、分かってますよ、っと」
「私はお姉様の行くところならどこまでもお供しますよ?」
「あらあら良い子ねアリサちゃんは」
「もっと褒めて~♪」
侯爵邸を脱出してすぐに向かったのは街の南側、オーガスト城を起点として東西南北十字に伸びる大通りを南下したところ。
この地域は商業街になっており、比較的治安が宜しいとの情報からアンナが推したのだ。
ルナとしては荒廃したスラム的な、トゲ付き肩パッドとモヒカン頭がこれぞゴロツキってな様相を呈する荒くれ共の巣窟へと乗り込んでいって、治安維持と称して朝から晩まで蹴って殴ってぶちのめしてを敢行したい気持ちでいっぱいだったのだけれども、生憎とお上品さが求められる侯爵家のご令嬢ともなるとそんな野蛮な行為に没入するなど認められるワケもなく。
まったく、人生とはままならないものだと嘆息しつつ大通りを練り歩くしか知らないルナお嬢様である。
「やけに賑やかね。普段からこんな感じなのかしら?」
「近々お祭りがあるらしくて、それで人が多いのだと思います」
「お祭り? 豊穣祭と言えば秋の収穫の頃だと思うのだけど」
赤毛がチャーミングな専属メイドさんはここでもユニフォームであるメイド服を装備しており、脱着が容易な上に動きを妨げない白ワンピを着付けお肌の天敵とも言える直射日光を遮るためにと被った麦わら帽子がある種のカタルシスを醸し出しているルナとは対照的である。
またアリサは愛しのお姉様を守る騎士様を演じたいようで、結い上げて括ったポニーテールの下は動きやすそうな膝小僧の見えるスカートとタンクトップ、この上に白いジャケットを身につけている。燃え立つような紅髪と相まって可憐さ増し増しである。
どうでも良い事ではあるがアリサは色鮮やかな紅髪で、アンナのそれは金髪になり損ねましたとでもいった感じの、ちょっと煤けた色合いの赤髪である。
二人を並べて見比べるとアンナの髪色の方が自然というか、アリサの方が不自然な色合いなのだ。
どうしてそういう事が起きるのかと言えば、生物的な特性ではなく保有魔力の性質が影響を及ぼしているからだと前世で聞いたことがある。
火・風・水・土といった四大元素はそれぞれ性質が異なっており、魔法の才能があると一括りで言うのは簡単だが厳密には属性的なものがあって、これが術者の得意属性になる。
アリサの紅髪は火属性の性質を生まれながらにして保有しているからで、現に炎系の魔法が得意だ。逆に彼女は水系の魔法はめちゃくちゃ苦手であるらしい。
得手不得手がある事を考えるなら、やはり魔法というのは制約が多すぎて使い勝手が悪い代物であると断じずにいられない。
なお魔力属性で髪色が変じている人というのは保有する魔力を最後の一握りまで絞り出した後ともなると色が抜けて白髪になる。
前世でそういった人を複数名見ているからこれはほぼ間違いの無い話だ。
つまり髪色が映えるようにと白地の服を着ている魔法使いの皆さんはいつ如何なる場合であっても魔力が枯渇しないよう厳しく管理しておかないと最悪「あの白髪ババア」なんて後ろ指さされちゃうといった憂き目に遭うといった話になる。
(ううむ。儂も白髪にならんよう気をつけねば……)
……なんて、立ち寄ったカフェテラスでお茶しながらつい熟々と考えてしまう侯爵家令嬢である。
まあ、ルナの場合は氣が枯渇する事はあっても魔力を消費する機会なんてまず無いのだけれども。
「――ああ、いえ、生誕祭です。大昔に実在したとされている英雄王アルベルトが生まれた日ということで」
「ふ~ん、英雄王、ねえ……」
考えが逸れている間にもアンナさんの説明は続いていた。
ルナは一瞬だけ顔に何とも言えない表情を浮かべたものの、すぐさま麦わら帽子の鍔を引っ張り隠してしまう。
最近だと椅子があっても向かいではなくルナのすぐ隣にしか着席しないアリサは、注文していたお茶がテーブルに置かれた矢先に手を伸ばしカップに無垢な唇をくっつけている。
大通りは行き交う人々の雑踏と喧噪で溢れかえっている。
時折通り過ぎる馬車の荷台には野菜が山積みされていて、御者の向かう先が市場である事を知らしめている。
小さな男の子達が五人、何かを追い掛けているのかそれとも追われているのか駆け足で通り過ぎていった。
妙に気取ったドレス調の衣装で歩く娘さんには背後に荷物を両手一杯に提げた従者が付き従っており貴族家のご令嬢か豪商の娘なのだろうと容易に察する事が出来る。
うん、平和だ。
噛み締めるようにカップに注がれた茶に口を付け喉を潤す。
このまま何も起こらなければ、三人は侯爵家の邸宅へと返す算段であった。
「――キャアァァ!!」
そんな平和な景観をぶち壊すように誰かの悲鳴がこだまする。
「喧嘩か!」
ルナはカップをテーブルに置くと勢いよく椅子から立ち上がる。
呆気にとられるのはアンナ嬢。
ああ、やっぱりと残っていたお茶をクッと一気飲みしては倣って立ち上がるアリサちゃん。
「アンナ、あなたは後からゆっくり追いついてきなさい」
専属メイドには言い含めておいて妹分と頷き合うとすんげー勢いで駆け出す。
「ちょっとお嬢様!?」
我に返ったアンナの口から言葉が出たときにはもう少女二人の姿は遙か彼方である。
途方に暮れるメイドは少々逡巡したものの自分のティーカップを飲み下してお会計を済ませるのだった。
一方、ルナとアリサは悲鳴があったと思われる事件現場にものの数秒で到着していた。
「だ、誰か!」
「離せ! この野郎!!」
そこは人目に付かない民家の隙間、路地裏。
数名の見るからに屈強そうな男達が少年と少女をそれぞれ羽交い締めにしている。
石畳に軽装ながら防具を身に付けた男性が転がっているが、手の届かない位置に剣が落ちていることから彼は少年少女を護衛していた騎士であろうと推測する事ができる。
つまり、誘拐が行われようとしている現場に居合わせちゃったということだ。
「敵は5人、アリサ、行くぞ!」
「はい、お姉様!」
男口調に切り替わっても妹分は驚きもしない。
ルナが地面を蹴れば瞬きするよりも早く少女を捕まえている男の後ろに姿が出現、空中から放たれた蹴りが標的の側頭部にヒットして「メキャリ」という音と共に頭部が妙な角度に折れ曲がり思い出したように体躯全部が横殴りに吹っ飛ばされる。
「だりゃあっ!!」
またアリサは少年のすぐ前まで突っ込んできたかと思えば相手が動作するより先に身を捻って超低空からのボディブロー。
脇腹にめり込んだ拳。男は少年を取り落として身をくの字に曲げた。
「せあっ!」
ゴッ。
屈んだ格好のソイツは、次に天高々と振り上げられた足の踵を頭部に振り下ろされ、石床に顔面から突っ込んで以降は動かなくなった。
「な、なんだコイツら!」
「ガキなのに強えぞ!」
「ぶっ殺せ!!」
残りの男達が後退りながらも威勢の良い事を言う。
鋼色の髪が尾のように舞い、それら不貞の輩共へと襲い掛かる。
「お?!」
「がっ?!」
「げぼぅ?!」
一瞬だった。
儚くも繊細な肢体がまるで流るる水の如く男達の隙間をすり抜けたかと思えば、次の瞬間には彼らは申し合わせたようにバタバタと崩れ落ちる。
あまりに鮮やかな手並みに救出された筈の少年も少女も呆然としていた。
「大丈夫?」
「は、はい……ルナ様?!」
事は済んだと身を翻し、見るからにか弱そうな娘さんへと声を掛けたルナ。
けれど見た目がルナと同年代と思しき少女は目を見開いて鋼色髪へと声を返した。
「ええと?」
「私です! クリスティーヌ・シラヴァスク。シラヴァスク子爵の娘です!」
グレー色に近い黒髪の、大人しそうでお淑やかそうな娘さんが興奮のためか頬を赤らめルナの手を取って握る。
クリスティーヌ・シラヴァスクと言えば、前回のお誕生日パーティーに出席していた子爵家のご令嬢である。
「そいつが……」
もう一方の救出された少年はアリサに近い色合いの紅髪を短くした利発そうな顔かたちで、目の前に現れたルナの立ち姿に驚きとも興奮ともつかない表情を浮かべている。
そんな中で大通りの明るい方からドタドタと衛兵であろう武装した兵士達がやって来て床に寝ている男達を捕縛していった。
「ええと、娘さん方。事情をお聞かせ願いたいので詰め所までご同行願えませんか」
衛兵達の隊長であろう長身の男がルナ達の前に立って頭を下げる。
どうやら彼は少年少女の出で立ちから貴族だとすぐさま見破ったらしい。
「でしたら手短にお願いしますね。夕食までに戻らないとお互いに面倒な事になりますので」
「はっ! 心得てございます」
お互いに。というのは、ルナはお母様からめっちゃ怒られてしまうし、そっちだって貴族家の息女を長時間拘束したとあってはタダでは済まなくなる。という意味である。
男はこういった些細な言動の裏を読むのが得意であるらしく、すぐに理解すると重ねて頭を下げた。




