043:軋轢のデビュタント⑦ 王都メグメル
ルナ達一行がアルフィリア王国の王都メグメルに辿り着いてまず最初に向かったのはディザーク侯爵家が王都に構えている別邸、ほぼ単身赴任といえる当主ジルが寝起きしている邸宅だった。
「ジル……!」
「ああ、サラエラ、会いたかったよ」
鉄柵門にて番をしていた衛兵に到着を告げれば間もなく玄関から当主自らが出てきてお出迎え。
夫婦は人目も憚らず抱き合って熱い口付けすら交わしていた。
「お父様、お母様、場所を弁えて頂けると……」
「ああ、うん、すまない」
他の誰も入り込めない異次元空間と化しているからと渋々ながらの実娘が咳払い一つして割って入れば、まだ若々しい――少なくともサラエラは過去の一件から十代後半といった頃合いへと若返っていて、家に帰ってきたパパさんはそんなママさんにメロメロぞっこんLOVEである。男って悲しい生き物だよなとはルナの思った事だ――夫婦は赤面を隠しきれずに謝罪の言葉と共に身を離したもので。
両親が仲睦まじいのは良きことかな。なんて一人達観した顔で嘯いてみるルナちゃんである。
「――それで、もしかして今から登城するつもりだったりするのかい?」
「まずは面会の予約を入れなければいけないでしょ」
サラエラとジル、侯爵家夫妻はディザーク領の本邸と比べれば二回りは小さい屋敷に訪れた面々を引き連れ入っていく最中にあってこんな会話を交わしていた。
引き連れてきた百名の兵士達は、屋敷の使用人に案内されるまま個人の荷物を降ろして隣接する建物へと運び込んでいく。
屋敷は本邸には劣るものの幾ばくかの兵を寝泊まりさせるための施設があって、最初からそう多くを収容する構造ではないものの、それでも百名ほどを一週間面倒見るくらいなら何とか出来る。
なおウェルザーク公爵家の別邸も近所にあるが、館の主人となるグラッド氏は滅多に足を運ばないというのに兵舎は五百名以上を収容可能な大きさだった。
「王様は君たちの到着を今か今かと待っている様子だったから、予約無しで押し掛けていっても問題ないだろうし、大して待たされることも無いと思うけれど」
「そういう特別扱いで政治的パフォーマンスに利用されるのは遠慮したいところです」
「まあ、君の言わんとしている事は分かるけれどね」
ジルお父様は愛妻の腰を抱きつつ、肩越しにルナを顧みる。
つまりだ。
国王様との謁見には事前に面会予約を入れておかないといけない。
というのはごく一般的な貴族の所作であり、これを度外視して予約無しで面会するということは、王様はその人物を度外視するに足る重要人物であると見做しているということを内外に周知する意味合いとなる。
これを踏まえた上で、面会の理由が“侯爵家ご息女たるルナの顔見せ”ともなると、つまり王家は王子の婚姻相手としてこの娘を候補として挙げている、同時に侯爵家もこれを良しとしている。
といった意味として周囲に捉えられてしまうだろう。
ルナは王家に嫁ぐつもりなんて露程も無いし、サラエラだって娘をクソ生意気なモヤシのボンボンに差し出そうなどといった考えは無い。
なので他の貴族家と同様、慣例に倣って面会申請が通ってからの登城とする考えだった。
……じゃあジル侯爵は王家に娘をやる事に賛成なのかと言えば、彼の態度から察するに迷っている節が見受けられた。
「正直なところ、娘の嫁入りに関して僕は否定も肯定もできないな。前にあった誕生日パーティー以降、王妃様は異常なくらいルナに執着している様子だけれど……」
サラエラが一転して剣呑な目になるのを捉えて慌てて言い繕う侯爵様。
「いや、誤解して欲しくないのだが、娘が天啓を受けた身であることは既に宮中の主要貴族達の間に広まっていてね。彼らもルナを狙っている事を考えれば――」
「ちょっと待って下さい。なぜ娘の事が広まっているのです? あなたには宮中での火消しをお願いしていた筈ですが……」
話が違うじゃない。と詰問する構えの奥さんに旦那さんは「今までの彼女の功績を考えてごらんよ。アレを隠し通すなんてどう考えても無理だろ」と答える。
「ウェルザーク領での一件もそうだし、何年も前の話になるけれど魔王軍幹部をたった一人で討伐した事だって国王陛下の耳には入ってるんだよ?」
「あぁ……なるほど」
サラエラお母様が頭を抱えるのが見えた。
王家は基本として主だった貴族家に属する人間を信用していない。
それ単体で、場合によっては国家を転覆させる事すら可能ともなれば、如何に現在の当主が誠実で人柄が良かろうとも信用してはいけないのだ。
故に王家はそれら重鎮達の領内に諜報員を派遣し異常な行動が見られればただちに情報がいくよう監視体制を敷いている。
となれば5年前の一件であっても国王は知っていて当然だし、ルナが身辺護衛と称して部隊を設立、しかもそれが現状でアルフィリア王国内に存在しない航空戦闘部隊ともなると注視するのは当然の事と言えよう。
王妃エリザは、だからお誕生日パーティーに乱入する格好になろうともルナを直接値踏みしに来たのだ。
「お母様、質問です」
夫婦の遣り取りを後ろから見つめていたルナお嬢様は、屋敷の応接間で一息吐いたタイミングでサラエラに問う。
何かと目を向けられた少女は感情の読み取れない面持ちで口を開く。
「王家が各地に間者を送り込み貴族家を監視しているのは驚く事でも何でもないですし、むしろやっていない方が驚きでしょう。問題なのは私が謁見の間にて王様と対面した折、それらのことは行われている前提で受け答えするべきか否か、といった話です。知られている情報なら隠し立てする方があらぬ嫌疑を掛けられてしまうでしょうし」
貴族家のしきたり的に王家に監視されている事実を分かっていてさえ知らないものとして話をする場合がある。
だって突き詰めると王は家臣を信用していないのか!!ってな話にも発展しちゃいかねないから。
王が大っぴらに部下を監視しているともなれば、それは王の求心力が問われかねない事態に発展すること請け合いで。
だから公然の秘密として互いに黙認し合うといった事をやる場合がある。
「ルナの言葉はもっともね。ええ、今回に限っては国王や王妃は全てを分かっているという体でいきましょう」
サラエラはちょっとだけ考える仕草をした後で、ごくあっけらかんと答えた。
(なるほど、儂の口を使って嫌味の一つも言いたいワケか)
まったくこの人は肝が据わっていると、内心で舌を巻く。
お母様は「今回は」と限定した。
つまり、初顔合わせは先制パンチ、軽くジャブを打つ所業でなければいけないと彼女は考えているのだ。
「分かりました。ではその様に」
「物分かりが良すぎる娘というのも、それはそれで複雑な気持ちになりますね」
「それは今さらでしょう」
「ええ、今更の話です」
そして母娘でふふっなんて含み笑い。
応接間に居合わせているのはやはりミーナ&アリサのウィンベル家母娘とルナ&サラエラのディザーク家母娘なのだけれど、そこへ慌ただしく駆け込んできたのはジル侯爵で、彼は妻と娘を見つけるとやや余裕の無い声で告げた。
「サラエラ、ルナ、今から支度して登城して欲しい。伝令が来た」
「嫌味なくらい仕事が早い御仁ですのね、国王様は」
思わず口を尖らせてしまうお母様。
愛娘はつい口端を吊り上げてしまう。
――では、国王陛下とそのお妃様に、まずは挨拶代わりの軽いジャブを打たせて頂くとしましょうか。
鋼色髪少女の胸中とはこの様なものであった。




