041:軋轢のデビュタント⑤ 中継点アザリアⅣ
功龍波によって髪の毛一本残さず世界から消失したはずのシェーラ・ミューエルは、しかし次に意識を取り戻したときには鋼色髪少女に膝枕される格好で殺伐とした風景の一部になっていた。
「あら目が覚めたのね」
ルナ様が何食わぬ顔で仰る。
シェーラは見惚れるほどに艶やかな光沢感の強い髪へと手を伸ばし指に触れてみる。
彼女の髪は絹のような柔らかな触れ心地で、思わず熱っぽい息を吐いてしまった。
「蘇らせて頂けるだろうとは思っていました」
シェーラは様々な情報を持っており、ルナが死者を蘇らせる事すら容易に行えることを知っている。
その上で、如何なる理由があるにせよ侯爵家の令嬢を殺害などすれば今後の進退に大きく影響するであろうことも。
そういった諸々を踏まえてシェーラはもし自分が戦闘により死んでも生き返らせて貰えるだろうと確信していたのだ。
その、見ようによってはドヤ顔にも思える微笑みを目にしてイラァっとするルナ様ではあるが、ここでは顔に出さないよう努めた。
「そう、けれどただ蘇らせてまた殴り掛かってこられたのでは堪らないから細工を施しました」
「爆弾を仕込んだ、という事でしょうか」
「ええ。“芯勁直”と言えば分かるでしょう?」
芯勁直。それは圧縮し固体化した米粒ほどの氣を対象の心臓など急所に撃ち込み固定させたままにしておく手法だ。
術を施した人間は好きなタイミングでこれを破裂させ、周囲の臓器もろとも破壊する事が出来る。
怪我や病気ではないから神聖魔法による治療は不可能だし呪いの類でもないので解呪とはいかない。
脱する手段は被術者が時間を掛けて少しずつ少しずつ体内に埋め込まれた氣を消化吸収していくしかないのだ。
この期間は施術者の練度に寄るところが大きく一概には言えないが、例えば氣術を完全に極めている人間が施したとするならば最低でも二十年は掛かると思った方が良い。
「はい。私も氣術を学ぶ身ですから……」
前髪を撫でられた。
気持ち良くて眼を細める。
桜心流は源流となる“氣術”を基としており、故に大部分が共通する術で構成されている。
じゃあ具体的にどこがどう違うのかと問われてもシェーラには答えようが無いけれど、しかし今は全身が気怠く身じろぎするのも億劫で、ましてや深く物事を考え込むことなど出来ようはずもない。
「さて、答えて貰いましょうか。どうして私たちに仕掛けてきたの?」
気を取り直して、といったふうにルナ様が仰る。
シェーラは自身が完全敗北を喫した経緯もあって、全てを詳らかにしようといった考えだった。
「――私たちミューエルの家は、代々氣術を継承してきた系譜です。私の術もお父様から教わったものです。
そしてミューエル家はこの力を使って、これまで王家に付かず離れず謀略に手を染めてきました。忍者部隊……黒ずくめの人達も長らく家に仕えてくれていた人達です」
シェーラは囁くようにどこか自嘲の念を含ませた音色を真上に見える美しい相貌へと投げ掛ける。
ルナお嬢様は何も言わずただ聞き入っている。
「ミューエル家の始祖はヘルートという名の御方なのですが、彼は“究極の悪”が如何なる所業であるかを突き止めこれを行う為に一つの組織を発足させました。
これを“イルミナティ”と呼びます。
イルミナティは発足時、王国の姫君フィアナも籍を置いていたとされる組織団体で、アルフィリア王国の裏社会のみならず周辺国の暗部をも取り込み、一時は大陸を裏から牛耳っていたとさえ言われています。
しかしアルフィリアの王子アルベルトとその仲間達の手により組織は崩壊させられ、所属していた者達は地下に潜ったと。
これが私どもが代々の当主の口を通して受け継いできた歴史になります」
「……そのヘルートさんという方、随分と奇特な方ですのね」
ずっと聞き耳立てていたルナが流石に堪えきれなくなって口を挟む。
シェーラ嬢は「私もそう思います」と苦々しげに笑んで見せた。
「彼は氣術を極めた偉人ではありますが、同時に他界する直近の様子は語られておりません。病死したのか、天寿を全うしたのか、或いは出奔した後に野垂れ死んだのかも分からないのです。ただ、彼は生前に漏らしていたことがあります。
それは“いつか自分は転生し、後の世に産声を上げるだろう”といった話です。
私たちはその言葉を信じて、彼の生まれ変わりである御仁を探し出しお力添えをすべく、国の諜報部にあたる機関に食い込み、これを掌握するに至りました」
「つまりあなた達“イルミナティ?”の生き残りが、転生したかも知れない人物を探し出す、その一環として私たちは襲われたと、そう解釈して宜しいのかしら?」
「はい、その通りです」
「まったく、ご苦労様というか何というか……」
全てを打ち明けた極黒髪少女はどこかスッキリした面持ちでまだ膝を貸したまんまのルナ様を見つめる。
紅い光を帯びた瞳が何の疑いも無いキラキラとした輝きで相手の顔を見つめるものだから、ルナ嬢はゲンナリした表情で呻くしかできない。
「まず誤解を解きましょう。私はあなた達の始祖であるヘルートなる人物の転生した姿ではありません」
それからルナ様はキッパリと断言した。
シェーラは「そんな?!」と絶望の音色を紡いだかに思われたが数秒ほど考えただけで「なるほど、そういう事ですか」と納得の表情になった。
そういう事って、どういうこと?
「繰り返しますが私はヘルートなんて知りませんし遭ったこともありません。ですので妙な勘ぐりはおやめなさい」
「はい、そのように」
どうにか誤解を解こうと言葉を重ねるルナちゃん。
けれどシェーラ嬢は「その様に振る舞う事にこそ意味があるのだ」と脳内変換して、説明される毎にしたり顔で頷くばかり。
言葉は通じている筈なのに会話が成立しない。
今度はルナお嬢様が絶望の息を吐き出す番だった。
――それからのことを言えば、少々ながら休息を執った事で氣力が回復したシェーラを引き連れホテルの三階まで戻ってきた。
ルナ様は誤解を解くことは不可能と判断して、もう極黒への説明は止めていた。
ホテルの中で、まだ割れたガラスの散乱する廊下に、同じように骸が転がっているのを発見した鋼色髪はやれやれと溜息を吐きつつ純白翼を発現させると死者を蘇生させる。
だって、シェーラはもうルナ様に絶対のかつ永遠の忠誠を誓いそうな勢いだったから。
彼女の部下を殺めたまんまだと禍根を残すというか妙な蟠りが出来ちゃいそうで、これを嫌ったのだ。
その結果として襲撃者達はシェーラに引き連れられて全員ともが撤収してしまった。
黒ずくめ達はしきりにルナに向けてお辞儀していたが、それは謝意の表明なのだろうと勝手に解釈しておくこととする。
ホテルの弁償代、及び宿泊費を全額ミューエル家に送りつけるよう駆けつけた支配人に言い含めておいてルナ達は被害に遭っていない別室を借り直してそこで就寝。
バタバタしたせいかぐっすり眠れた。
シェーラ・ミューエル侯爵家令嬢は、ルナと同じく12歳で、つまり魔法学園に入学した際には否応なく顔を合わせることになる。
けれど、せめてそれまでは会いたくないなぁ、なんて。
作り物のように端正な面立ちと案外に面倒臭い性格を思い返して願うばかりのルナ様だった。




