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037:軋轢のデビュタント① 戦闘準備


 ――マリア・テンプルを家に帰してからというもの、ルナお嬢様のご予定は忙しさを増していた。

 朝になって身支度を済ませたらダンス・礼法といった教習に始まり、昼食を取ったら貴族たちの情報を頭に詰め込む。

 どの貴族家とどの貴族家がどういった関係にあって、その領地内ではどういった政策が行われているとか特産品が何だとか。

 これは貴族という利権ヤクザの輪に食い込むためには決して疎かにはできない情報群であり、一ヶ月後に予定されているお披露目会、即ちデビュタント・パーティーまでに完全に網羅しておかなければいけない。


 デビュタント・パーティーとは、つまりは貴族家の令息令嬢にとっての初陣で、ここで躓くと一生涯に渡って爪弾き者にされる恐れすらあった。

 貴族はナメられたらお終いであるとは、貴族家間においても適用される話なのである。


「ルナ、少しお話しがあります」


「はい、お母様」


 今は忙しさを理由に修練場には顔見せする程度となっている鋼色髪少女は、屋敷の廊下を歩く中で母サラエラに遭遇、応接間へと連行された。

 ルナが室内のソファーに腰掛け母がその向かい側に座ったところで母はスッと一通の手紙をテーブルの上に置いた。


「ある程度予想はしていましたが、どうやら貴女はエリザに目を付けられているようです」


 ちょいと苦々しげな顔をしてお母様が曰う。

 エリザ……、エリザ・ルーティア・ド・アルフィリア。

 アルフィリア王国の国王様の正妃である。

 その女性の中では最も偉い筈のエリザ夫人を呼び捨てする程度にはお母様はご立腹であるようだ。

 テーブルの上に投げ出されている手紙を手に取って裏を見る。

 すると既に封は切られているものの蝋蜜で固めていたであろう痕跡があって、そこに王家の紋章が押されているのを確認する。


「つまり、これはエリザ様からではなく国王陛下からの書状として受け取れと、そういうことですか」


 エリザ夫人が個人的に宛てた手紙であれば、そこに強制力は発生しない。

 いや、厳密に言えば彼女の派閥に属するしくは関わりを持つ貴族家であれば、命令書としての意味も内包しうるかも知れない。

 しかし王家の紋章を手紙に刻印するということは、これとは意味が異なる。

 国王陛下が、アルフィリア王家の威信をもって当書簡を発行していると、そういった意味合いになるのだ。

 即ち、王に臣従している貴族家はここに発せられている内容を否応なく一読し、何らかの返答を寄越さなければいけないという話になる。


「では中身を改めさせていただきます」


 ルナは念押しするよう言葉に出してから封筒に入っている書類を取り出し目を通した。


「……なるほど、施設の貸し出し、ということですか」


 何の驚きも無い表情で少女が呟く。

 手紙の内容をザックリと説明すればこうなる。


『お前んチの娘のデビュタント・パーティーなんだが、俺の城にある大ホールを会場として提供してやんよ。有り難く申し出を受けやがれドサンピン。おっと、あと断ろうなんて野暮なことは考えるなよ? 謀叛の疑いありって感じで兵隊集めてシメに行かなきゃならんくなるから。俺様に余計な仕事させんじゃねえぞ分かったかクソ野郎!』


 いや勿論文章はこんなチンピラよろしくといった喧嘩を売ってるとしか思えない書きようではない。

 ないけれど、それらしく取り繕った上辺の装飾を取っ払えば、まんまこの内容になってしまうのだから仕方ない。


「お母さんちょっと殺意湧いちゃった」


「お母様、ええ、ええ、そのお気持ちはよく分かりますとも」


 母娘揃って輪郭から闘気を迸らせちゃう今日この頃。

 ルナはふと気付いたていで問う。


「お父様は何と?」


 サラエラお母様の旦那様、即ち城勤めしているルナのパパさんがどういった反応をしているのか。

 お母様は失望したとでも言いたげに目を伏せ溜息を吐いた。


「抗えないよう既に根回しされていてどうしようも無かったらしいの。手紙はもう一通あって、そこにはジルからの謝罪文がビッシリ書き込まれていたわ」


 あ~、これはもう次に帰宅した際にはパパさんには相当頑張って貰わないとお母様の機嫌が治らないな。と娘までもが溜息を吐いちゃう。

 何を頑張るのかって?

 そりゃあ、女性を機嫌良くする方法なんて男には一つか二つしか無かろうよ。

 高い物を買い与えるか、夜のお勤めで死力を尽くすか。

 搾り取られてゲッソリとやつれたパパの顔を思い浮かべながら、気持ちを切り替える。


「ああ、根回しという事でしたらお母様に一つお願いしたいことが」


「何かしら?」


 ついと目を上げたサラエラお母様に、娘はやるせない息と共に言葉を捧ぐ。


「城内でパーティーを行うのであれば高確率で私を婚約者にするとこちら(・・・)の了解を得ないままに発表するでしょう。これをさせないために諸侯に言い含めて欲しいのです」


「それは天啓ですか?」


「それもありますが、私が王妃様の立場ならそうするでしょうし」


 城の中は、即ち相手方のテリトリーである。

 なので少々強引なことをやっても許される風潮がある。

 というか、屋敷にはそういった催し事に使うためとして中規模のパーティーくらいなら軽くこなせる多目的ホールがあって、サラエラは当初こちら自前のイベント会場にて同派閥の貴族を中心に呼び集めて執り行う算段だった。

 しかし城のホールを借りて行うともなれば今想定している規模を軽く上回る盛大な催し事にしなきゃいけない。

 なぜって、現国王がその家族一同と共に出席するともなれば派閥内の人間だけではどうしたって見劣りするのだから。

 つまり派閥の枠に囚われず国にとっての重要度の高さを第一に出席者を選定しなければいけなくなるということ。


 資金繰りに関してはサラエラは心配していなかった。

 侯爵家としてもお金は持っているが、足りなくなれば実家ウェルザーク公爵家から借りるという手段もあるし、既に父グラッドに話を通している。

 問題なのは城で行うデビュタント・パーティーにおいて、他の公爵家に資金的な意味で噛ませないと後々軋轢が生じる可能性があるという事。


 貴族というのは名誉が第一である。

 もちろん私腹を肥やすことに必死な悪徳貴族もいるけれど、大抵の貴族はお金より名誉なのだ。

 だって貴族はナメたら終わりだからね。

 その上で、王家と繋がりがないにも関わらずその娘のデビュタントに城のホールを貸し出す人物ともなれば余程の傑物、王が目を掛ける寵臣であろうとは目敏い者ならすぐさま思い至る事だ。


 で、あるならば貸しを作っておきたいのは当然。

 投資の意味で娘のデビュタントに出資させろと、他の公爵家は思うに違いない。

 これをウェルザーク公爵家だけに頼むともなると、当家と他家との間に軋轢が生じる可能性が極めて高い。

 ただでさえ辺境伯として政治なんざクソ食らえの脳筋公爵様なのだし、できた溝を修復するのは至難の業と言えよう。

 それら諸々を考えたサラエラはもう一つおまけの溜息を吐き出して愛娘を見つめた。


「分かりました。けれど本当に良いの? 王子様の婚約者フィアンセともなれば、それだけで箔が付くと思うのだけれど」


「構いません。理由は主に二つ。モヤシな上に物の道理も知らないクソガキが趣味でないのと、それから王家というものに対して良い印象など欠片も抱いていないから。理解して頂けますでしょうか?」


 ルナは「分かりきった事を言わせるな」とでも言いたげな態度で言葉に出す。

 母は「はやりというか、つくづく私の娘ですね」なんて苦笑を交えたもの。

 悪印象しか抱いていない家の子の婚約者になったところで、その肩書きに誇るべき要素なんて一切ない、むしろ邪魔なだけだ。

 だから要らない。政略結婚などする必要性すら感じないまでに嫌悪しているとルナは正面切って啖呵切っているのだ。

 ならば幼い娘の幸せを願う母が否と言うはずが無い。


「理解も納得も得心もいきました。ならば派閥の貴族達にその旨を伝えておきますね」


「宜しくお願いします。ああ、それと城でパーティーを行うということは王都に長期滞在するということですよね。でしたら私の部下達を護衛の名目で連れて行きたいのですけれど、構いませんか?」


「ええ、勿論です。名目もなにも彼らの本来の任務は貴女の護衛なのですから同行は当然の責務です」


 母の言葉で思い出したが、確かに航空戦闘部隊(エンゼル・ネスト)の成り立ちはルナを専属で警護する兵集団という意味合いでの発足だったワケで、これをルナが自分の私兵として育て運用している現状こそが異常なのだ。

 苦笑を手向けられたルナは「私だって失念する事の一つや二つはあります」と恥じらい半分に艶髪を弄んでみたが。

 母はここで急に厳しい顔になった。


「ルナ、貴族家との遣り取りでは小さな失念の一つが命取りにもなります。重々肝に銘じなさい」


「はい、お母様」


 長らく貴族社会にて躍り続けている女傑の言葉ともなるとルナだって姿勢を正して受け答えするしか知らない。


 王妃エリザは、聞くに昔は凄まじいまでの戦績を打ち立てた女傑。

 剣聖ともアルフィリアの金獅子とも言われる女であるらしい。

 だが女傑はこちらにだっている。

 銀の剣鬼と呼ばれ恐れられたサラエラお母様だって負けてはいないのだ。


 ルナはこの猛将とも言える母の子として生まれたことを誇らしく思い、ならばと決意を新たにした。


 ――わたしがサラエラの娘である事を、アルフィリアの貴族全員の足りない脳みそに刻み込んで差し上げよう。


 いまだ小さく繊細な手でグッと拳を握る少女は気概も充分。

 母と共に策略を巡らせるのだった。



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