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035:聖女育成計画⑫ 温泉に入ろう


「はふ~……」


 などと湯煙の立ち籠める浴室内で生まれたままの姿の私が湯船に身を浸し息を吐けば、その隣で雪のように白くてきめ細やかな素肌をほんのり桜色に染めているお姉様が何やら噛み締めるように目を閉じお湯を堪能している。

 その向こう側ではアリサ様がご自慢の紅髪をアップにしてタオルを巻くといった上級者的見た目で、健康的な肌を晒していた。


「お姉様って凄く色白ですよね。それに凄い艶があって……」


「日焼けしにくい体質なの。そんなに珍しいなら触ってみる?」


 愛しさ余りまくって可憐さ100%増し(当社比)のお姉様が二の腕を寄せてきたので私は躊躇う素振りを見せつつ指先でツツッ……と撫でてみる。


「ひぁ……凄ぃ……」


 思わず感嘆の言葉を漏らしちゃう私。

 指に吸い付くかと錯覚する程の肌触りは、きっと世の中の女性の大半が求めて止まないものだろうと簡単に察することができるほどで。

 まあ、何が言いたいのかといえば、こっちが触っている筈なのに、逆に指先を愛撫されているような錯覚すら覚えて、ゾクゾクとした快感から不覚にも登り詰める寸前まで追い詰められちゃいましたと。


「はぁ♡ はぁ♡ んんっ♡」


「え、マリアちゃん、どうしたの??」


「何でもないんです。本当に何でも……んんんっ♡♡♡」


 視界が一瞬真っ白に染まった。

 端から見れば蕩けた顔しちゃってるんだろ~なぁ……、なんて思いながら荒い息を吐きそうになるのをどうにか耐え忍ぶ。

 だって、女の子同士でお風呂、しかも公衆浴場に入ってるだけなのに別の意味で気持ち良くなっちゃったなんて知られたら絶対ヘンな子と思われちゃうし、そんな事で嫌われたりしたら立ち直れる自信がないもの。

 お姉様に嫌われるだなんて、想像しただけで目の前が暗くなる。

 私、ひょっとしたら依存症なのかなと思わなくも無くて。


「ホントに大丈夫?」


「は、はぃ大丈夫。そんな事よりお姉様の肌は最高です!」


 うわぁ、私ドサクサに紛れて何言っちゃってんのよ。

 自分の台詞に軽くヘコみながら目を彷徨わせていると、ニヤニヤしているアリサ様と顔が合ってしまった。


「マリアってば、見かけによらずムッツリよね」


「ムッ……ってそんな事ないですっ!」


 酷い言われようだった。

 怒ったフリで顔をプイッと背けたけれど、実のところはちょこっとだけ自覚している自分の本性を悟られまいとしているだけだったり。


「まあまあ、二人とも落ち着いて?」


 お姉様が宥めてくれたけれど、その優しさが逆に痛かった。



 ――私たち4人、冒険者チーム『アリステア』はアレからひとっ飛びでラトスの町、冒険者ギルドに帰り着いて採集依頼の納品を行い無事に仕事の完遂とした。

 報酬は銅貨16枚で、これをお姉様は四分割。

 なので一人につき銅貨4枚の収入になった。


 この銅貨4枚で何が出来るのかと言えば、せいぜいが一食分の食事代である。

 それも結構なお店じゃなくて庶民の味方となるような、安くてそこそこ美味い簡単なお料理での一食分。

 じゃあ何に使おうかと考えたところ、皆でお風呂に入りに行こうという話になった。


 だって先の迷宮内でゾンビやら何やらと大立ち回りしていた――のはほぼお姉様だけなのだけれど、臭いは平等に付いちゃって皆して腐臭まみれだったワケで、なので汗と臭いを落とすのが先決であると満場一致で決まったのです。


 ご飯は侯爵家のお屋敷に出戻れば幾らでもあるのだし、ベッドだって宛がわれた部屋に備え付けられている。可愛いお洋服を見て回れるようなお金でも無いし、となると買い食いかお風呂の二択になるからこのチョイスは決しておかしな選択なんかじゃあない。


 こうして私たちは町の外れにある公衆の温泉施設『ラトスの湯』へとやって来た次第です。移動は最初は徒歩を考えていたのだけれど擦れ違う人々が臭いに顔をしかめるのが耐えられなくなって、いたたまれない気持ちもそのままに空を飛んで来た。なんて話になる。


 浴室内は閑散としており、湯気に包まれた幻想的な雰囲気の中で各々身体を洗って、お姉様の背中を流そうとしたけれどこの大役はアリサ様に奪われてしまった。

 まあ、でも、あの時の彼女の恍惚とした面持ちの意味がようやく分かったのだから良しとしよう。


 お姉様は全身凶器です。触るな危険、です。

 あ、ダメだ思い出したらまた……♡


「ちょ、ちょっとホントに大丈夫なの? 気分悪いなら先に上がって休憩した方が良いわよ?!」


「ホント、マジのマジで大丈夫ですから……んんっ♡」


 本気で心配し始めたお姉様に二の腕を掴まれて、我慢出来ずに身を震わせてしまう私だった。



 『ラトスの湯』はお値段も銅貨2枚と貧乏人の懐事情に優しい料金設定になっている。

 ただしそれはあくまで入浴のみの料金で、施設内には按摩師さんが常時詰めているマッサージルームと散髪ができる床屋さん、あと入浴後に食事できるよう小さいながら食堂があって、覗き見した限りビールジョッキを空けているおじさん達から察してお酒も取り扱っているようだ。


 早い話が前世現代日本にあったスーパー銭湯そのままの形式なのである。

 施設の建設を指揮したのがディザーク侯爵家であることから、やっぱりお姉様は日本からの転生者なんじゃと一瞬だけ疑っちゃった私なのだけれど、施設の細かい部分は町にある業者さんに丸投げしたらしいので、もしかしたら私の同郷が何人か紛れ込んでいるのかもと思い直す。


 というか、ごく客観的に見れば自分の境遇こそが異常なのであって、この世界が乙女ゲームに酷似した世界だって事もゲームをプレイしていなければ分からない筈だし、そうすると何の予備知識も無く転生してきたサラリーマンのおじさんとかなら自分に分かる範囲で生活を便利にしようと奮闘するのが関の山。

 決してお国が揺らいじゃうような大事件を起こしてみたりといった話にはならないだろうと今になって思い至れるようになっていた。


「そういえばお姉様がここに来てるところ見た事ないですよね?」


 施設内にはクリーニングルームというのがあって、衣服の汚れをその場で落として漂白殺菌までを魔法でやってくれるなんてサービスがあって、アリサ様の勧めから鷗外さんのも含めて4人分の衣装を綺麗にして貰う事にした。

 お金はお姉様が負担しようとしたところアリサ様がパッと先払いするというイケメンムーブで切り返したものだから、おかげで私もタダ乗りさせて貰う事ができました。

 今度何か奢りなさいよ。なんてヒソヒソ耳打ちされてしまったのもご愛敬と呼ぶべきか?


 このクリーニングの待ち時間で、私たちは備え付けの浴衣姿――というか、ここまでくるとホントに居そうね同郷の人――で食堂のテーブルを囲んでみたり。

 全員分の飲み物を注文した時点で本日稼いだお金は完全消失どころかちょっと赤字になっているのだけれど、元々お金が欲しくて仕事したわけじゃないからと気にする人が一人もいないっていうセレブっぷり。いや少なくとも根っからの小市民たる私は気にしてましたよ?


「ええ。家に帰れば毎日お風呂に入っているし、余所よそで入ってきたなんて知られたらアンナに拗ねられてしまいます」


 アリサ様の質問にやや肩を落として答えるお姉様。

 アンナさんはお姉様の専属メイドで、私の見る限り彼女はお仕えしているルナ侯爵令嬢(お姉さま)に並々ならぬ執着心を抱いているかに思われる。

 うん、確かに拗ねられると面倒臭そう。


「アンナには長いあいだお世話になってますし、あまり悲しませたくないの」


 冷涼な音色を紡ぎ出すお姉様は、湯上がりにつきほんのり火照ったお顔と浴衣の裾から覗く鎖骨が筆舌に尽くしがたい淫靡さを醸し出しているかに思われます。

 鼻腔をくすぐる石けんの香りも併せれば、これはもう押し倒して一線越えちゃいたい衝動に駆られまくり。

 いや堪えろ。堪えるのよ私!! 鋼の自制心を発揮するべきは今!!


「マリア、あんたってば……」


 アリサ様がなぜだかジト目でこっちを見ている。

 お願いですから私の思考を読まないで下さいまし!

 思わずギュッと目を瞑ってしまう。

 アリサ様には溜息を、お姉様には「あはは……」と困ったような笑みを頂いてしまう不束者ここにありってなもんです。


「けど、そう言うアリサちゃんはここへはよく来てるの?」


 話題を変えようとしてかお姉様がアリサ様へと問い掛ける。

 スポーツジムでいい汗流しましたとでも言わんばかりにタオルを首に掛けているアリサ様が「はい」と利発そうな返事を寄越す。


「私は家に帰る間際とかにちょくちょく寄ってます」


「ああ、それで手慣れてたのね」


 得心いったと頷くお姉様。

 お姉様はアリサ様とは違ってタオルをたたんで手に持っており、まだしっとりと濡れている艶髪を拭いている。

 所作がいちいちお上品ですお姉様。

 私としてはお姉様こそをお手本にしてタオルを手に持っているけれど、男爵家のご令嬢ともなればそんな気を遣わなくとも咎める口喧しいメイドさんがいるでもなく、なので髪はまだ結構水気を含んでいる。

 これは身分とかじゃなくて本人の気質的な問題なのかも知れないと、アリサ様が伯爵家のご令嬢ってことを思い出して悟ってしまう私である。


「あ、お姉様、何でしたらお屋敷に戻ってからマッサージしましょうか?」


「え、マリアちゃんが?」


「はい、お姉様のやり方もだいたい分かってきましたし、やはりこういった事は実践してこそ身に付くと思うのです」


 人生何事も勉強です。

 などと殊勝な物言いでお姉様にお強請ねだりしてみる。

 すると彼女は「ではお願いしようかしら」なんてふんわりと優しい笑みを浮かべた。


 ……そんな顔されちゃったら私の方がおかしくなっちゃいます。


「ダメよマリア、お姉様をマッサージしたいのなら、まずは私を認めさせてごらんなさい!」


 そしてお約束のように立ちはだかるアリサ様。

 ぐぬぬ、なんて言葉を詰まらせてみたり。


「お前ら楽しそうだな」


 と、鷗外さんが呆れた様な声を出したけれど、誰も何も答えない。

 だって、言われるまでもなく楽しくて楽しくて仕方が無いんだもの。

 愛おしくて仕方の無い人達と同じ時間を過ごす喜び。

 いつまでもこんな日々が続けば良いのにと私は思った。


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