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032:聖女育成計画⑨ 陰鬱の迷宮、中盤


 凹凸の激しい洞窟内にあって妙に慣らされた床。

 それはこの玄室じみた空間が他とは違う何か明確な役割を持って作られていると断ずるに値する環境だった。


「では参りましょうか」


「え、おい、ちょ……?!」


 ルナお姉様が玄室フロアの中央部まで進み出る。

 ゲイルさんが呼び止めようとする間にも空間の真ん中に到着したお姉様だったけれど、急に床の上に巨大な紋様、魔法の術式であろう魔方陣が淡く光を放って浮き上がり、彼女の後ろ姿を綺麗さっぱり消し去った。


「いくわよ!」

「応っ!」


 続けて駆けていったアリサ様と鷗外さん。二人が同様の手順で堂内から姿を消す。

 「くそっ!」と遅れて駆け出すゲイルさん。

 引きずられるようにランサーさんとマリィさんが続いて、逡巡から僅かに出足の遅れた私が最後尾から彼らを追い掛ける格好になる。


 ヴンッ。


 と視界が暗転した。

 でもそれだって一瞬のことで直ぐさま視界が切り替わる。


 ――私は乙女ゲームの知識から物を言っただけなので、実際のところモンスターの溜まり場と言われてもせいぜいが十畳くらいの広さに十匹か二十匹ほど人外の怪物がたむろしているくらいだろうと考えていた。


「なに……これ……」


 突如として目の前に広がる光景は想像を超えるもので。

 十畳どころか、東京ドームの半分くらいはあるに違いないだだっ広いドーム状の空間に一万匹すら超えるに違いない輪郭の無い魔物達がうじゃうじゃとひしめいているじゃないか。

 天井だって百メートルに届くかどうかといったところで、侵入者の側から言えば、これはもう圧倒的な物量差に絶望し呆気なく飲み込まれてしまうに違いないと察するのは簡単だった。


 これをどうにかしようと思うなら、それこそ数万規模の軍で攻め立てないといけない。

 そう思わしめる程の圧巻。凄まじい気勢の渦巻く堂内は、もはやまともな神経を持ち合わせている人間からすれば狂ってしまっても不思議じゃないまでの地獄だった。



 ――桜心流氣術、扇広閃せんこうせんっ!


 キュンッ、とそんな地獄絵図を薙ぎ払うのは一条の光。

 悪夢としか言いようのない黒々とした魔の密集、その一角が瞬時にして切り開かれた。


「すごぃ……」


 氣の力で戦うのはルナお姉様。

 だから見た目がまんま額や胸から怪光線を放つ巨大ロボであったり、もしくは魔力が漲りまくった魔法少女が魔法杖の先端から極太のレーザー光線を放つ光景と酷似していようとも、彼女は氣による攻撃を行っただけなのだ。


 一瞬で焼き払われ塵芥と化した魔物……魔族の眷属とやらは、数字で言えば二千か三千はあったろう。

 私は驚愕し、けれど同時に納得もしていた。


(うん、本職の女神様ともなれば、そりゃあこうなるよね……)


 技を放ったご本人様はといえば、急に開けた視界を前にご満悦のご様子で、もう絶好調と言わんばかりの高笑いをあげている。


「あっはっはっ!! なんぼでも来い!! 全部殺すっ!!!」


 そんな声が聞こえてきて、私のみならず、すぐ前で及ばすながらの臨戦態勢を執っている湖畔の騎士(冒険者パーティ)もドン引き。

 お姉様の脇を固める二人に関しては、一方はつまらなそうに足のつま先で地面を掻いているし、もう一方は肩を竦めるばかり。


 お姉様は尚も押し寄せてくる黒い塊へと単身突っ込んでいって、取り囲まれ姿が完全に見えなくなった頃合いでまた別の技を発動させる。


 ――桜心流氣術、鳳翼旋ほうよくせんっ!


 すると天井に届くほど巨大な竜巻が出現、また千体以上の黒いものを巻き込み宙へと放り飛ばしたかと思えば、空中にてバラバラに分解し塵に帰した。


「もうちょっと抑えてくれないと私が活躍できないんですけど……」


「ぼやくな。言いたいことは分かるがこの数を相手取るなら、どうしたって初手で範囲攻撃を連発するしか無くなる。こちらの被害を抑えようと考えればアレが最善だろう」


「むぅ。そんなこと言って、あんただってガッカリしてんじゃないのさ」


「それは仕方なかろう。これ程の敵を前にして滾らぬ者など武人に非ず、だからな」


 前方で交わされているのはアリサ様と鷗外さんの会話。

 いや、あなた達も充分に脳筋です。と心密かにツッコミ入れておく。

 この場では顔いっぱいに悲壮感を貼り付けている湖畔の騎士様たちの方が正しい反応と言えるだろう。


 一人だけ突出して敵の団体様を薙ぎ払い蹂躙するお姉様。

 けれど、なにせ数が多いものだからどうしたって取りこぼしは出てくる。

 途轍もない暴力の嵐を潜り抜けた十数体が、今度は私たちの所へと駆け寄ってくるのが見えた。


「だが活躍の機会が全く無いとはいかないようだ。良かったじゃないか」


「しょうがないか。今はアレで我慢するわ」


 前衛二人が軽口を伴い駆け出す。

 やって来た魔物の群れは、やはり輪郭線の定まらない魔族の眷属で、お姉様方の活躍を目に冷静になっていた私は、ここにきて違和感を覚えていた。


(けれど、おかしいよね。RPG(ゲーム)だとザコ敵と三連戦するだけだったから、仮に随分と簡略化されていたにしてもせいぜいが二十匹から三十匹しか出現しない筈で、百匹を超える大群なんて有り得ないし、もちろん一万にも届きそうな数なんてもっと有り得ない。なのに現に目の前に途轍もない数が居て、それらの全部が私たち目がけて押し寄せてくる。こんなのゲームと呼ぶにしたってクソゲー無理ゲー確定じゃない)


 そう、数が明らかにおかしいのだ。

 しかも出てくるモンスターというのがゾンビやスケルトンといったアンデッド系ではなく全部が全部魔族の眷属ときたもんだ。


 それは一つの可能性を示唆しているかに思われた。


(――つまり、元々あった“陰鬱の迷宮”が既に踏破されており、これを行ったのが魔王軍だったとするなら)


 私の第六感コンピュータが予測演算を始める。

 お姉様は確かに言っていた。


 過去に廃教会で魔王軍の幹部と戦い撃滅していると。

 記憶が確かであれば廃教会に潜んでいたのは盗賊団で、魔王が裏で手を回していたなんて有り得ない話だ。


(少なくともゲームでは、このダンジョンだって魔王とは何の関係も無いし、シナリオにも絡まない場所だった。ゲーム知識が無いと存在すら分からない場所を、態々攻略しようなんて考えるものかしら?)


 それら不可解な現象。

 一つだけだったなら偶然が重なった結果と捨て置く事もできよう。

 けれど、実際には二カ所で同じような事が起きている。


 つまり意図して行われている。という事であったなら。

 ここから導き出される結論は、一つしか思い浮かばない。


(魔王軍の側に、私と同じ日本からの転生者がいる……!)


 “蒼紅”は据え置き型ゲーム機のソフトとして発売されたが、転生者が複数人、同じ世界に混在しそれぞれに影響を与えているというのなら、それはお一人様用のゲームではなく不特定多数が参加するネットゲームの様相を呈してくる。


 ゲーム的な観点から言えば、お姉様は一種のバグ。

 有象無象のモブとは違う、そして正体が女神様ご本人とかいう有り得ないまでのチートキャラだ。

 だったら、この世界における主人公は間違いなくお姉様。

 世界の命運を握っている彼女こそが世界の中心であるはずだった。


(だとするなら、私がこの世界に生まれた役割というのは、主人公としての立ち居振る舞いじゃあない。ルナお姉様を補佐し、共に世界を救うこと……!!)


 単なる妄想癖が強い女の勘違いなのかも知れない。

 大好きなお姉様とずっと一緒に居たくて、そんな有り得ないこじつけ(・・・・)をしているだけなのかも。


 けれど、そんな疑い全部を胸の奥へと追いやって、丸めてゴミ箱にポイしちゃう。


 私はお姉様を助けるために産まれてきたんだ。

 だから、私の知っている全部をお姉様に伝えなきゃいけない。

 だってそれが私の使命なのだから。


 アリサ様をお姉様にとっての切り込み隊長とするならば、私はお姉様にとっての参謀役にならなきゃいけない。

 彼女は私なんかよりもずっと頭が良い筈で、いわゆるカリスマ的な魅力を持っている。

 だから本当は私が助言を与えようなどと烏滸がましいにも程があるのかも知れない。

 けれど、それでもお姉様の役に立ちたいと強く願った。


「お姉様……」


 無意識に口ずさんで、胸の前で手を握り締める。

 女神様に祈りを捧げるように。

 そんな私の背に一対の純白の翼が生えだした。


「え、マリアちゃん?!」


 すぐ隣でマリィさんが素っ頓狂な声を上げる。

 でも今は無視する。

 ただただ一心不乱に、お姉様の背中に愛を注ぎ続ける。

 私の頭上に一枚の光輪が出現した。

 目端に黒い影が映り込んで顔を向ける。

 すると真っ黒で輪郭の無い異形を視界に捉える。

 ゲイルさんとランサーさんが食い止めようと向かっていくのが見えた。


「私、なんか分かっちゃった」


 祈りのポーズを解いて、掌を魔の眷属へと向けた。

 それらは生き物ではないし、魔物ですらない。

 言うなればただのプログラム、魔法で手から炎やら氷やらを出すのと大して変わらない存在でしかないのだ。


 だから、その術式(・・)を外側から解いてやれば簡単に瓦解する。


「偉大にして慈悲深き我らが母アリステア。拙き我らに慈愛の光を与え導き給え」


 自然と紡ぎ出された言葉。

 冒険者二人を横殴りして簡単に吹っ飛ばした眷属が眼前まで迫る。

 それなのに恐怖なんて微塵も感じなかった。


(不思議です。こんなに切迫した状況だというのに、心は凄く静かで落ち着いている。今はただただ目に映る全てが愛おしい)


 パアァァァ、と光の柱が私を中心に突き立った。

 光の内側にあった魔族の眷属達が、ほんの一瞬で霧散する。

 光はすぐに収まって、周囲にいた三人が、また前方の二人でさえもが私の方をマジマジと凝視していた。


「皆さん、良く聞いて下さい。これは茶番です、ので、いつまでも付き合ってあげる必要はありません。お姉様に従ってさっさと出ちゃいましょう」


 私は人々を見回して告げる。

 彼ら彼女らは返事こそ寄越さなかったものの、同意見とばかりに前にを向き足を前に出す。

 遙か前方では、既に大部分の敵影を粉微塵にし終えているルナお姉様が清々しいスッキリした面持ちで立っていた。

 ……お姉様にも色々と溜まってるものがあったのね。

 なんて、ちょっと笑ってしまう私である。



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