031:聖女育成計画⑧ 陰鬱の迷宮、序盤
「――確か、あのダンジョンの名前は正式には“陰鬱の迷宮”だったと思います」
皆の所に戻る途中、私は少しでもお姉様の役に立ちたいと思って、記憶にあった“第二の試練”といった言葉から連想される洞窟の名前を告げる。
するとお姉様は歩調を変えるでもなく「名前以外に覚えてる事は無い?」と問うてくる。
私は考えつつ、「ゲームだとサラッとクリアできたからうろ覚えだし記憶違いだってあるかも知れませんけれど」と前置きして言葉を継ぎ足した。
「表面上は地下三階まであるダンジョンで、出現モンスターはメインがスケルトンとゾンビ。アンデッド系ですね。一番奥の部屋に迷宮守護者として首なし騎士デュラハンがいた筈です」
「……デュラハン?」
ここでピクリと反応したのはお姉様で、何か考え込むように目を落とす。
どうしたのかと尋ねようとすると彼女は先手を打つように口を開いた。
「それは妙な話ね。デュラハンはアンデッドに属する魔物ではあるけれど、眷属を作れる型ではなかった筈なのだけれど。……それに何より“彼”は」
と何やら超重要そうな言葉を言い掛けて口を閉ざしてしまう。
「何より彼は」の後にどういった言葉が続くのですか?
凄く気になるんですケド。
「まあ、いいわ。実際に行ってみれば分かるでしょうよ。それより今言った“表面上は”というのは?」
なのに彼女は軽く流す。
お姉様ってば意味深な言葉を言っておいて投げっぱなしで終わらせる人なのかも。
「細かい所を拾ってきますね。……ええと、二階のどこだったかは忘れましたけど強制転移でモンスターの溜まり場にご招待っていうエグい罠があって、これを突破した次の瞬間にデュラハンの真ん前に出るとかいう鬼仕様なんですけど、こっちのルートで攻略するとかなりレアなアイテムが手に入った筈です」
「ほうほう、なるほど」
「罠を回避して正攻法でいくなら短時間かつ楽に終わると思います」
「危険を冒して貴重な宝物を得るか否か。つまりこれが試練ということなのね」
「そこは何とも……」
私には判断付かない。
試練と呼べなくも無いけれど、きちんと準備して入れば、どちらにしたって攻略はできてしまうのだ。
「マリア。一つ良い事を教えておくわね。迷宮には二種類あるの。最初から攻略されることを前提としているものと、そうでない、攻略させないよう作られた迷宮。攻略させる気のないダンジョンは造りが根本的に違うの。侵入者が疲弊したタイミングで悪辣な罠に当たるよう仕掛けているなんてのは当たり前の話で、上層階でザコばかりを配置している中に最強クラスの魔物が徘徊していたり。小部屋に一つ置かれた宝箱を空けた瞬間に部屋そのものが崩落するとか、あと捕らえた冒険者の体内に魔石を移植して半分だけ魔物化させた状態で奥の部屋に放っておいてソイツが死んだ瞬間に自爆させるだとか、他にも色々あったけれど、そういう初見殺し上等で侵入者を待ち構えているダンジョンというのが確かにあるの」
うへぇ、と内心で毒づく。
少なくとも“蒼い竜と紅い月”、通称“蒼紅”にそんなダンジョンは無かったと思う。
けれどお姉様が有ると言う以上はあるのだろうと私は確信していた。
「“陰鬱の迷宮”からは、少しだけそういった一種異様な雰囲気が感じられます。貴女の知っているソレとは少々事情が異なっている可能性があるので、くれぐれも気を抜かないようお願いしますね」
「はい、お姉様」
言い含められてキリッと顔を引き締める。
ああ、お姉様可愛いなぁ。私のお嫁さんになってくれないかしら?
などと思いながら……。
仲間達の所まで戻ったら息継ぐ間もなく洞窟へと足を踏み入れる。
前を行く3人と後ろの4人。計7人の冒険者達は地下一階部分を難なく踏破して、二階部分に差し掛かる。
洞窟の中は薄暗いが視界が閉ざされていると言えるほどでもない。
どうやら剥き出しになっている壁面はそれ自体が発光しており幾分かの視界が確保できるよう形作られているらしい。
というか、たぶんここは天然の洞窟だったものを後になって訪れた何者かがダンジョンとして使用できるよう手を加えた場所なんだろうと思う。
入り口の柱に文字を記した石板が填め込まれていたのを思い返すに、そう考えるのが妥当だ。
敵は、私の記憶通りアンデッドばかりだった。
普通これだけのアンデッド祭りだと専用装備やアイテムを十二分に準備しておかなくちゃ途中で立ちゆかなくなるものだけど、そこは問題なかった。
どうやら剣による物理的な攻撃に強い不死者といえど氣を織り交ぜた攻撃には弱いらしくて簡単に体を破壊する事ができたのだ。
「氣とは動的なエネルギー。太陽の光と波長が近い。だから氣術による攻撃は神聖魔法にある祓いの力と同程度の効果をもたらす。費用対効果で考えるなら聖職者などより余程効率が良い筈です」
限定された密閉空間、しかも罠が仕掛けられているともなれば両パーティは距離を狭めるしかなくて、結果、殆ど一塊といった程度に寄り集まっての行動となっている。
サラリと説明しておきながら、ルナお姉様は新たに出現したゾンビを拳一発で粉々に吹っ飛ばしていた。
「ただし神聖魔法で浄化されたアンデッドは灰になってしまうので腐臭が衣服に付くのをある程度は抑えられますけれど、氣術ではそうもいきません。……最初から分かっていれば臭い消しを準備しておいたのですけれど」
と、ほんのり恨みがましい目を後ろパーティに紛れている私へと向ける。
私は御免なさいの意味で両手を合わせておいた。
「あ、でしたら帰り際に温泉にいきましょう! お背中流しますお姉様♡」
アリサ様が甘えん坊の子犬よろしくお姉様の腕に自分のそれを絡める。
ゾンビを倒した後なのでかなりキツい臭いがある筈なんだけど、既に嗅覚が麻痺しているのか、それとも愛情が生理的嫌悪感を凌駕しているからなのか私には判断付かない。
ただ、羨ましいと思っている私がいることは確かな事である。
「あ、お姉様、たぶんアレです!」
地下二階、思った以上に簡単な造りで迷う余地のない地下二階、その中央部に位置するであろう曲がりくねった一本道の途中で玄室、扉は無いけどそこだけ部屋のように広くなっていて、私はつい声に出していた。
「みたいね」
「何がです?」
「強制転移の罠。……行き先は魔物の巣らしいわよ」
「なるほど」
アリサ様は納得の面持ちで頷く。
そんなことどうして知っているのか。誰から聞いたのか。
紅髪少女は尋ねようともしない。
理由はたぶん必要ないと彼女自身が思っているから。
私もそうだから分かる。アリサ様は、ルナお姉様の言葉は無条件で全肯定なのであって、疑問を差し挟む余地なんて1ミリたりとも存在しないのだ。
はい、これって盲信してるって事だよね。
私も端から見ればそんな風なのかな。なんてちょっぴり感傷的になってしまう。
「もちろん回避して進むんだよな?」
と、声を上げたのはゲイルさん。
顧みたルナお姉様は鋼色の髪を指で掻き上げ、肩越しに顧みて述べた。
「もちろん突っ込んでいって鏖殺しますが何か?」
お姉様ならそう言うと思っていました。
素敵ですお姉様!
私はドヤ顔で曰う彼女の輪郭に幸せな気持ちを覚えつつ、一方で「うわぁマジか……」と呟いた剣士ランサーさんには「何ですかこの軟弱者は」と微かながら憤慨するのだった。




