029:聖女育成計画⑥ 戦いの前に
男性二人、女性一人のパーティはチーム名を『湖畔の騎士』といって、等級が青銅級の冒険者達だった。
「いや、本当に助かった。僕はゲイル。腕を直して貰ったのがランサーで、気絶してるのがマリィ。しかし驚いたな。僕たちを救ったのが今日冒険者になったばかりの、しかも十二歳の女の子たちだなんて……」
ラトス東に広がるこぢんまりとした森の中、ゲイルと名乗った男性が何とも気まずそうに告げた。
私たちは戦いが行われた場所に留まるのは危険と判断して、少しだけ歩いた先に見つけた小川の畔まで移動。まだ気を失っているマリィさんを介抱する傍らで男性冒険者たちに状況を聞く。
「僕らは討伐依頼……といってもゴブリン数体を狩ってくる仕事で森に入ったんだけど、急に辺りに妙な気配が漂いだしたかと思えばあんな、見た事も無い魔物と遭遇する羽目になったんだ」
ゴブリンという単語は知っている。
ファンタジーRPGのお約束というだけじゃなくて、実家の本棚にあった本に載ってるのを見たのだ。
ゴブリンも魔物の一種ではあるけれど、通常、呼ぶときには妖魔とか子鬼というらしい。
それというのも一般的に信じられている学説としてゴブリンという種はエルフなど森の妖精とされている種族から分岐、独自の進化を遂げた生き物であるみたいな話があるから。
ゴブリンは子供のような小柄な体型で、そのくせ残忍で凶暴。人間の女を攫って孕み袋とすることで繁殖する生物だ。
人間の成人男性よりも大柄なホブゴブリンは、ゴブリンから更に派生して進化を遂げた生き物であるとする説もあるし、或いは因果関係が逆で最初にホブゴブリンがいて、手駒とするべき種族を人間と交配させることで生み出したみたいな説もある。
まあ、その真偽は未だに解明されていないみたいだけど、取り敢えず一対一で戦うぶんには剣と鎧で武装した人間の敵ではないが群れると恐ろしい怪物というのが世間の共通認識であると本には書かれていた。
「ゴブリンを探して魔物に遭遇した、という事ですか……」
私の隣で考え込む仕草のお姉様。
難しい顔をしていても可愛いです。結婚したいです。
とさっきの余韻が抜けきらない私。
そう、相手がゴブリンだろうが正体不明の謎の魔物であろうとも、こっちには本職の女神様が付いているのだから恐れる必要なんてないのです。
というか、魔王とガチで喧嘩しても勝っちゃいそうな人なのです。
そんな私のすぐ隣で視線に気付いたのかお姉様は怪訝そうに首を傾げる。
「どうかしたの?」
「いえ、何でもないんですお姉様。ただ、さっきの魔物って図鑑とかには載ってなかったなあ、って」
「ああ、ええ。それはそうでしょう。だってアレは魔族の眷属だもの」
サラッと告げてくれるお姉様。
思わず「え?」と聞き返してしまった。
「ええと、ああいった輪郭がぼやけた魔物というのは魔族が召喚するなり魔法生物みたいに作成するなりしたもので、自然発生した魔物とは根本的な部分が違っているの。まあ、とはいっても時間が経過するとか必要量の栄養を摂取するとか条件が満たされると完全に実体化して魔物と見分け付かなくなっちゃうけど」
お姉様の説明に私だけじゃなく『湖畔の騎士』の男性二人も驚いた顔をする。
いや、そんなこと初耳なんですけど。
思った私をよそに合点いったとばかりに頷いたのはアリサ様だった。
「そういう事だったのですか……だからあの時、お一人で行ってしまったのですね」
「えっと、どういう……」
私の問いに紅髪の伯爵家令嬢様は朗らかな笑みを傍らに答えてくれた。
「今から五年前の話になるんだけど、今は温泉施設になってるけれど当時は廃教会だった場所があってね、盗賊が住み着いてるから討伐に行こうって事になったの。お姉様とそのお母様のサラエラ様、私とそのお母様、あと鷗外もいたよね」
話を振られた厳つい顔の鷗外さんが「うむ」と頷くのが見えた。
「それで、騎士団50人を引き連れて乗り込んだワケだけど、盗賊団はいなくて代わりにさっき遭ったようなのがワラワラと出てきたと。その時にお姉様が一人で教会内に乗り込んでいって、それから少ししてとんでもない怪物とお姉様が地下から飛び出してきて……あの時の光景は今でも覚えてる」
何やら懐かしむような目で自分の手へと目を落とす。
お姉様がそこに合いの手を入れる。
「ああ、思い出した。確かあの時の怪物は自分で魔王軍四天王のベリアルって名乗ってたわね」
え、魔王軍の四天王……?
「ホント凄かったです。あんな上級魔族を一撃で仕留めるなんて」
「アリサちゃんにも功龍波を教えましょうか?」
「無理です。あれは氣の消費量が半端じゃないから、私がやっても中途半端な威力にしかならないし、そのうえ一瞬で氣が空っぽになっちゃいます」
「その口ぶりだと見様見真似で試したのね」
「そりゃあ、まあ……」
どうやらお姉様には超必殺技らしきものがあって、アリサ様は試してみて断念したようだ。
私は何やら羨ましい気持ちを覚えながら、だからといって私にも教えて下さいとはとても言えない。
だって氣力量からいってアリサ様は私のおよそ十四倍。それでも習得に至らなかった技をどうやって会得しろというのか。
なのでそっち方面はもうアリサ様に丸投げする考えで、私は聖女ムーブに専念しつつお姉様に良い子良い子と撫でて貰おうと考えていた。
……というか、今サラッと流されたけれど、五年前と言うことは七歳って事ですよね?
七歳の女の子が一人で魔王四天王をブッコロコロするって、ちょっと異常だと思うのですよ。
そりゃあ、まあ、私はお姉様が女神様ご本人だって知ってるから、それでもどうにか納得できますケド?
何も知らないはずのお二人から見ておかしいとは思わなかったんですかと問い詰めたい。
神妙な顔が表に出ていたようでアリサ様が「お姉様は別格だから、いちいち驚いていたらキリが無いわ」と仰った。
ええ、そうでしょう。そうでしょうとも。
私は彼女の認識が全く以て正しいことにちょっと驚いたのと同時に、二人の間にある時間の積み重ねというか信頼関係がひどく羨ましく思われた。
「あ、でも、魔族の眷属がここにいたという事は――」
「そういう事です」
アリサ様とお姉様が顔を見合わせ頷く。
何の話かと問い質そうとする私に、お姉様がこう告げる。
「この近くに魔王軍の幹部、もしくはこれに準ずる者が潜んでいるということ。私としては丁度良い機会なので潰しておこうと思ってます」
なんですかその爆速のフラグ回収は……!
思わず途方に暮れる私の事なんて丸っきり無視して、お姉様はアリサ様に告げる。
「ですので貴女はここに残って――」
「嫌です。私も往きます」
アリサ様がお姉様の言葉を遮って、真っ直ぐに見据える。
「お姉様。私はこの五年間で随分と鍛えました。足手まといにはなりません。だから、もう大人しく待ってろなんて言わないで下さい」
詳しい事情は分からない。
分かりはしないけれど、アリサ様の目にはとても強い意志が宿っているように思われた。
ルナお姉様とアリサ様が暫し無言のまま見つめ合う。
折れたのはお姉様だった。
「そうね。だったらその拳を振るいなさい、その足で付いてきなさい。修羅の道は、狂気と憎悪に塗れた死屍累々を踏み潰して征ける人間でなければ戻って来られないのだから」
お姉様の口元に笑みが浮く。
あ、これ大暴れする前兆だ。と内心では恐々。
けれど、そうとなれば私の執れる選択肢は一つしか無い。
「もちろん私も行きます。……私だってお姉様の役に立ちたいです!」
勢い込んで言ってみるけれど、本当はそんな理由じゃあない。
お姉様の傍が一番安全だと、私の直感が告げていたからだ。
というか仮にここに残された場合、私一人だけ『湖畔の騎士』の三名と一緒に町に帰ることになる。
それは何とも気まずい。
しかも途中でさっきみたいな魔物と出くわしでもしたら、それこそ死んでしまう確率がめっちゃ高いのです。
お姉様と一緒であれば、最悪死んでも復活させて貰えると思う。
でも湖畔の三人と一緒に死んじゃって、魔物のご飯にされちゃった場合、高確率で行方不明扱いでそのままってな話になりそうだ。
なので譲れない。
私自身の命のためにも、ここは是が非にでもご一緒しなくちゃいけないのだ。
「はぁ~、分かったわ。ほんと脳筋なんだから」
お姉様は深い溜息を吐き出してそう述べた。
いや、それ、お姉様だけには言われたくないです。
――こうして私たちチーム『アリステア』の行動方針は決まった。
魔族を見敵必殺。
武闘派と呼ばわるにしても突き抜けちゃってる脳筋パーティで唯一のビビリたる私としては喜ぶべきか悲しむべきか、物凄く微妙なところだった。




