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028:聖女育成計画⑤ マリア、覚醒する


 ラトスの東に広がるそんなに広大でもない森。

 町を出てからすぐに空の人となったお姉様一行は10分と掛けずにその入り口に到着していた。


「空を飛んで移動できるっていうのは、それだけで凄い事なんですね」


 ここでもお姉様に負ぶって貰っていた私が感心しきりで声に出す。


「そうよ。地形の影響を受けないから最短距離になるし、坂道も窪地も関係無いから距離が伸びるほど時間的にも体力的にも楽になるの」


 お姉様は氣術“武空翔”の有用性を説く。

 私はと言えば、確かに床から10センチは浮けるようにはなったけれど、自由自在に飛び回れるって程でもないからと話題から逃げようとする。

 なのに意地悪なアリサ様がここぞとばかりに追撃してくるのです。


「そうよ。アンタもはよ一人前に飛べるようにしないと、いつまでもお姉様におんぶして貰おうなんて考えてちゃダメなんだからね!」


「うぅ、善処します……」


 アリサ様がビッと指で私をさす。

 こっちは申し訳なさを顔いっぱいに貼り付けるしかできない。


「さあさ、では薬草採集に洒落込むとしましょうか」


 ひとしきり詰められてからルナお姉様の指示のもと森の中へと分け入って行く私たちである。



 ――依頼にあった薬草というのはある程度奥に入ったところで発見することが出来た。

 お姉様は何でも知っているようで薬草と毒草も簡単に見分けてしまう。

 私が摘んできた草は大半が毒物であったらしくてポイポイと捨てられてしまったけれど、それでも森の中での活動は楽しかった。


「このくらいで葉っぱの採集は終わりにしておきましょう。摘み過ぎるとそれはそれで問題になっちゃいますし」


「「は~い」」


 私とアリサ様とが元気よくお返事する。

 けれどきっと、この場合の返事の意味合いは彼女と私とでは少々違っているんだろうな、なんて思ってみたり。


「――イヤァァ!」


 と、そんな謀ったかのようなタイミングで女性の悲鳴らしきものが森の奥から響いてきた。お姉様はちょっと嬉しそうな顔で「誰かが襲われているようです、行ってみましょう!」なんて曰い駆けていく。

 あ、これ絶対に相当前から気配に気付いていてましたね。とか今日になって新規登録したばっかりの新米冒険者が、どうして襲われてる人を助ける前提なのだろう、とか思う所はあったけれどお姉様が征くと決めたのだからしょうがない。

 追従して追い掛ける私たち。

 やがて四人の新米冒険者パーティの前に奇妙な光景が現れた。


「あれは……?!」


 端的に述べるなら、三人の冒険者パーティとおぼしき男女が、何やら黒々として輪郭線の無い生き物と対峙しているといった光景で、この内の女性一人が黒いものにのし掛かられ今まさに食らい付かれようとしている。

 他の男二人は、一人は腕を持っていたはずの武器ごと失い膝を地に付け、もう一人が大きなタワーシールドで手合いの攻撃を凌いではいるが決定的な攻撃力が既に失われておりジリ貧状態。

 敵は二体。

 女性に覆い被さっているのは巨大な狼らしき形をしており、もう一体は正方形の壁の両端に無理矢理に腕をくっつけたような造形。……私が最初に連想したのは「ぬりかべ」なんて呼ばれる妖怪なのだけれど、この剣と魔法が幅を利かせているファンタジーな世界で妖怪ってどうなのよと思わなくも無い。


「――鷗外!」


「応っ!!」


 ルナお姉様が走ってきた速度を落とさずにそのまま戦いの場へと飛び込んでいく。

 鷗外さんが腕に装着した手甲を襲われている女性の方に向け、狼めがけて何かを発射した。


 ズンッ!


 どうやらワイヤー付きのアンカーで、鋭く尖った先端部分が見事に黒い体躯を打ち抜いたかと思えば女性から引き剥がすように手繰り寄せる。


「だりゃあっ!!」


 ――グラド流闘術、勁落掌けいらくしょう


 巻き取られたワイヤーの力で自分の方へと飛んできた全長3メートルをも超える狼らしき塊を思い切り殴りつけた鷗外さん。

 すると輪郭の無い黒々としたものが木っ端微塵に爆散した。


「よしっ!」


 彼はそれから自由になったアンカーを手甲の内側に収納し、同時に駆けていって女性を抱き起こす。


「大丈夫か?」


「は、はい……」


 女性は17か18といった頃合いの娘さんで、身の危険が去ったことに安堵したのかそのまま気絶する。

 一方で妖怪ぬりかべらしき異形に対してはルナお姉様とアリサ様とで駆けつけた。


「助太刀します」


「助かる……え?」


 タワーシールド装備の男性が後ろから掛けられた声に反応するものの、追いついてきた二人が可憐極まる美少女達だったものだから二度見、三度見するっていう。

 うん、極めて普通の反応ですよねー。


「いくよっ!」


 アリサ様が叫ぶと同時に地面を蹴って跳躍する。

 空中で、朱色に塗装された手甲の拳をガツンと合わせると、そこに炎が灯る。

 ポニーテールの紅髪を尾のように靡かせながら、妖怪の直上から急襲した。


「オラァ!!」


 ――紅華魔導拳術、紅蓮花ぐれんばな!!!


 ボグンッ、と真っ赤な炎が飛散して妖怪ぬりかべの上側が大きく抉れた。

 そこへ突っ込んできたルナお姉様が指で光の筋を描く。


「これでどうです?」


 ――桜心流氣術、編格子あみこうし


 キュン。


 両腕の五指でまるで機織りでもするように光の筋を組み上げていく。

 ひかりで編まれた格子あみが飛んで行く中で広がりを見せたかと思えば妖怪ぬりかべを丸ごと包み込み、お姉様がギュッと手を引くのと同時に網が縮んで標的をざく切りしたように断裁する。


 ブロック状に切り刻まれた妖怪ぬりかべは、それからヴァッと霧散して消失。

 恐ろしい光景を目の当たりにして私は茫然自失である。


「すまない、助かった……」


 大盾を持っていた男性冒険者が戦闘の終結を感じて盾を地面に降ろす。

 戻ってきたルナお姉様が「困ったときはお互い様です」なんて天使のような微笑みを手向ければ、彼はズキュゥゥンと心臓ハートを撃ち抜かれでもしたのか恥ずかしそうに俯いたものである。


(お姉様ってば誰彼構わず魅了して……もうっ……)


 ほんのり嫉妬心ジェラシーを覚えていると、お姉様は私の方を見て手招きする。

 なんだろうと駆け寄っていくと、彼女はもう一人の冒険者を指差した。


「折角ですし、マリアちゃんが治してあげては?」


 戦いが終わったからと安堵して意識から離していたけれど、蹲る彼は腕を失い出血も相まって微かな呻き声しかあげられない状態。

 急いで治療しないと命に関わる危険な状況と言えよう。


「私、まだ治癒魔法なんて――」


「大丈夫、私の言うようにやれば上手くいくわ」


 抗議しかけた唇がお姉様の指を押し当てられて閉ざされる。

 それから彼女は怪我人の前まで私を連れて行くと、後ろに回り込んで手取り足取りといった体勢で手を冒険者にかざすよう促した。


「いい? 神聖系魔法、というか治癒の魔法というのは、祈りの力かもしくは氣の力で星の外側から別種のエネルギーを引き込んで行うものなの。人間の身体に含まれている因子という情報集積体から人体の設計図を拾い出して、これを参考に欠損した箇所を復元すると。治癒魔法の原理はそんなものです。――さあ、意識を集中して」


「は、はぃ……」


 首筋に掛かるお姉様の吐息。

 かざした手に沿わされた彼女の指先。

 ドキドキして集中なんて出来ないよぉ……。


「今日は私の方から聖神力エーテルを流し込みますから、肌に感じて操作するの」


 お姉様が告げた。

 顧みた私の目端に純白の羽根が映り込む。


(やっぱり、お姉様は女神様なのですね……)


 背中に押しつけられる感触。

 私の中に何か暖かいものが流れ込んできて……。

 お姉様の背中に生えた翼が私を包み込む。

 切なくて、幸せな気持ちが胸の中で膨れ上がる。

 泣きそうになるほどの幸福感。私の唇から漏れ出す息が熱を帯びていくのが分かる。


女神様おねえさまぁ……♡)


 たまらなくなって、縋り付くように腕に添えられた手に自分の指を重ねていた。

 キィィィ……ン。

 甲高い音色がこだまする。

 視界の中で膨らんでいく光。

 そこにある流れが手に取るように分かる。

 無限かとすら思われる愛が、私の全部を書き換えていくかに思われた。


「さ、貴女の中にある力で、苦しんでいる者を救ってあげて」


「はい、お姉さま……」


 ――《高次治癒ラ・ヒール》!


 光の流れを蹲る怪我人に向かうよう操作した。

 すると彼の欠損した腕がみるみる再生されていく。

 男性冒険者は十秒にも満たない時間の中で、全ての傷を失い健康な肉体を取り戻していた。



「はぁ、はぁ、はぁ……」


 光が失われてから、私は酷い倦怠感を覚えて地面に崩れ落ちる。

 立っていられない。動悸が激しい。目眩を覚えている。

 そんな私の頭を、お姉様が優しく撫でてくれた。


「生まれて初めて神聖魔法を使って体が疲れてしまったのね。けれど心配しなくても大丈夫。少し休めば元に戻ります」


「はぃ、お姉様♡」


 よしよしと髪を撫でられていれば、もう他の事なんてどうでもよくなって。

 幼子が母に甘えるように縋り付いて離れない。

 私は幸せに満たされた気持ちでお姉様に抱きついていた。


(私のお姉様♡ 私の女神様♡ すきぃ♡)


 肌に感じる温もりも、微かな息遣いも、全てが愛おしい。

 気が狂ってしまうかと思われる程の愛おしい気持ち。

 失いたくない。ずっとこの手に触れていたい。抱き締めていて欲しい。

 そんな、子供の我が儘じみた感情に支配されて、私はなかなか立ち上がる事ができないでいた。


「って、マリア! またお姉様に甘えてっ!」


 アリサ様がやって来て怒鳴られちゃったけれど、今はそれさえもが愛おしく思われた。



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