026:聖女育成計画③ マリア、空を飛ぶ
――たぶん、“蒼い竜と紅い月”の主人公だったマリア・テンプルは、才能というか潜在能力という点において、数値的な意味合いにおいて他の追随を許さないまでに優秀だったのだろうと、今にして思う。
だから魔法学園で国の重要人物たちと出会っても、取るに足らない小者とは見做されなかったし、現にそれら仲間達と共にダンジョンを踏破するなんて偉業を成し遂げるに至った。
つまり、お姉様の言葉を借りるなら“マリア・テンプル男爵令嬢として活躍するっていう役柄を背負って生まれてきている私”にしても、同様に能力的な数値はずば抜けて高い筈なのだ。
たぶんお姉様はそれを見越して私に色々と教えて下さっている、のだと思う。
その上で何かをさせたいと思ってる。
私が悪役令嬢役であるルナお姉様を断罪するしないについては、きっともうその展開にならないだろうと思っている節すら見受けられる。
いや、もしかしたら、仮に対立する事になったとしても、私を叩き潰す事が出来ると確信しているのかも。
うん、確かに彼女と真っ向から戦う事を考えるなら私の勝ちの目って全く無いよね?
お姉様が、確実にゲーム内に登場するルナ・ベル・ディザーク侯爵令嬢を、いやそれどころか人間の範疇さえ大きく超えた存在なのは誰の目から見ても明らかなのだし。
「――やった! 浮いた!!」
航空戦闘部隊の人達に混じって、お姉様の背におんぶに抱っこで空を飛んだその三日後。
私にもできた。氣術なるもので空を飛ぶという所業ができてしまったのだ。
「私、ひょっとして天才だった……?!」
修練場で胡座を掻いたまま十センチほど宙に浮いた私が信じられないと思った事を口にすれば、向かいで腕組みして立っているお姉様がしたり顔で頷く。
「やはり貴女は素晴らしい逸材だわ」
「お姉様っ! わたしっ! ――うきゃ!?」
感極まって宙に浮いたまま立ち上がろうとして石床の上に墜落、尻餅をつく格好になっちゃった。
それでもめげずに立ち上がった私は、ほんのり涙目になりながらもお姉様に抱きついた。
(お姉様、あったかい。……良い匂い……好き♡)
なんて思いながら、銀色と呼ばわるにしてはメタリック感の強い髪に首元を撫でられるに任せる。
私は、きっと堕ちちゃってるのだと思う。
お姉様と抱擁を交わす度に幸せな気持ちが押し寄せてきて、もうコレ無しじゃ生きていけないんじゃないかって思える程に好きで好きでたまらなくなる。
お姉様の首筋から漂う香りは嗅いでいるだけでクラクラしてきて、気を抜けば理性がどっか飛んで行っちゃいそうに思われて。
きっと押し倒そうとしたら嫌われちゃう。
けれど、だからといって自分から手を離すなんて考えられない。
私は悩ましい葛藤から逃げ出すように、華奢な体を抱き締めている腕に力を込める。
「って、そこ! 白昼堂々イチャつかない!!」
横から声がやって来て、反射的に身を離す。
見ればアリサ様が剣呑とした目で私を見ていた。
「だいたいね、あなた。いくら何でもお姉様に抱きついて頬ずりするなんて破廉恥にも程がある! 貴族家の婦女子なんだからもっと淑やかになさい!」
「あぅぅ……」
こっそりバレないよう頬ずりしていた筈なのに、なぜバレたの?!
なんて思いながら頭を下げる。
「まぁまぁ、アリサちゃんも、そんなにツンツンしてちゃダメ。折角の可愛らしいお顔が台無しですよ?」
「お姉様……、ほんと誰にでも良いこと言って……♡」
そこへ割って入ってきたのはルナお姉様。
庇われた私は感無量で涙ぐみ、可愛いと言われたアリサ様は頬を赤らめ目を逸らす。
私の視界にはお姉様のシルエットしか収められていなかった。
「ああ、そうだ。良いこと思いついた!」
それからお姉様は手を叩いた。
「折角ですし、この面子で町に繰り出しましょう」
「「へ?」」
私とアリサ様の声が見事にハモる。
「それで皆で冒険者登録して、何か簡単な依頼を受けてみるというのはどうです?」
弾む音色のお姉様。
私たちは呆気にとられてそこにある麗しい横顔を見つめるしかできない。
「鷗外!」
彼女の中ではどんどん話が進んでいってるようで、矢継ぎ早に鷗外さんを呼びつける。
黒胴着に赤帯締めた厳めしい顔の御仁は声に弾かれるようにして駆け寄ってきた。
「どうしました?」
「私たち、今から町に行って散策して冒険者登録して、ついでに簡単な依頼を受けるの。あなたに護衛役をお願いしても良いかしら?」
「勿論構いませんよ」
男は気の良いあんちゃんってな顔でお姉様に頷きかける。
私はと言えば、彼の双眸が優しげに笑んでいるのを見つけて思わず邪推しちゃったり。
「後の事は残りの班長に任せます」
お姉様はそう言うと私たちを連れて一旦お屋敷の中へ。
変装と称してそれぞれ衣装を着付ける事になった。
それで、お姉様が持ってる衣装の中で動きやすそうなのを見繕って貰って。
出てきた立ち姿はこの様になる。
ルナお姉様ご自身は薄茶色のプリーツスカートに飾り気の無い白地の半袖ブラウス。襟首に青味の強い紐状のネクタイを締め。そこへ鉄色の手甲を填めて、それら可愛らしさ際立つ出で立ちを隠すように上からスカート色に合わせた丈の短いマントを羽織っている。
金属的な光沢を放っている長髪の中程をリボンで括っているけれど、道行く男共に襲われないか心配になっちゃうほどの可愛らしさ。
くっ……お姉様が可愛すぎてつらい。
アリサ様は全体的に赤の目立つ衣服で、どちらかと言えばチャイナドレスっぽい趣のあるインナーに胸当て肩当ての付いた防具。あとお姉様と同じながらパーソナルカラーなのか朱色に塗装された手甲を両腕に装着している。
紅髪はポニーテールにしていて、気の強そうな面立ちも相まって見るからに活発そうな見た目になっている。
あと腰に巻いた革ベルトの小袋に鉛玉を一掴み収めているけれど、何に使うのか気になるところ。
それでこの私、マリアはと言えば、アリサ様とは反対に全体的に青の目立つ服装だった。
丈の長いスカートには切れ込みが入っていて、上に着ている白い半袖Tシャツと、その更に重ね着している青いジャケット。
どう考えても中世的ファンタジー的時代背景には似つかわしくない衣服で、瑠璃色の髪はお姉様とお揃いのリボンで括っておいて胸元に垂らしている。
リボンに関してはアリサ様も同じのを使っていて、なので三人お揃いですねと笑い合ったもの。
あと鷗外さんは黒胴着に赤帯、黒く塗装された手甲は他よりもゴテゴテしており見た目からして厳つい。
……いや、お屋敷にある男性用の衣装というのは絶対数が少ないのは分かるのです。けれどそんな雑な扱いで良いのかと問いたい気持ちにもなってくる。
これじゃあまるで、女の子三人に良いようにこき使われる下男じゃないの。
なんだか可哀想に思って抗議しかけた私なのだけれど、彼は「そういうのは気にしていない」と手を軽く上げて制した。
これで四人。
なんちゃって冒険者パーティの完成だ。
準備を終えた私たちはお屋敷を出発、徒歩なら一時間以上は掛かるに違いない道のりなのに空を飛んで一直線に向かう事で十分以内に短縮。
私はまだ宙に身を浮かせるだけで精一杯なのでお姉様におんぶして貰って、アリサ様に文句言われながら町の前までやって来た。
「どうぞ、お通り下さい」
「いつもありがとう」
「「ッ――♡」」
町を囲う外壁の正面門には衛兵さんが立っていてにこやかな笑顔を振りまいたお姉様に男達は一瞬でメロメロに。
魅力が天元突破してるお姉様に率いられて職務質問されることもなく私たちは町の中へ。
なんだか妙に鼻の高い気持ちになる。
私のお姉様はめちゃくちゃ可愛いんだぞと自慢したい気持ちというか。
――大通りを闊歩する私たち。
私の前にはお姉様が歩いていて、その隣にアリサ様が陣取っている。
道行く中でふと思った。
私はこの世界を乙女ゲーム“蒼い竜と紅い月”とよく似た世界だと今の今まで考えていた。
でも“蒼紅”は無印のアドベンチャー形式の他にRPGとSLGが存在しているのだ。
そして同じタイトルながらジャンルの異なるそれらゲームでは根本としているシステムさえ丸っきりの別物なのである。
もしかして、この世界はRPG基準なんじゃ……。
私は閃いて、思わず呟く。
「ステータス」
すると目の前にウィンドウが出現し、透過により視界を遮らない形でズラズラと数値が表示される。
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マリア・テンプル (12)
Lv:3
体力:10/10
気力:20/40
魔力:50/50
統率:5
武力:15
知略:40
政治:10
魅力:55
技能:
聖女(未解放)
桜心流氣術 ランク1
称号:
男爵家令嬢
桜心流の弟子
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どうやら私のレベルは3であるらしい。
チッ、ゴミが。なんて毒づかれても文句の言えない能力値。
魅力だけ高いってのが何とも……。
いやいやそれ以前の話。
RPGじゃなくて、まさかのシミュレーション。
気付けよ私……。
冒険者ギルドに向かう道すがら一人肩を落とす私だった。




