021:初陣⑦ 帰投してからの事
ルナの率いる航空戦闘部隊が拠点としているディザーク侯爵家邸宅前まで戻ってきたのは夕暮れ前の事だった。
まだウェルザーク領内の戦いについて情報を持っていなかった母サラエラは全身白銀鎧の戦装束にて兵500を率いてラトスの町を出立したところで、背後に町が見えている距離にあって飛来するルナ達を発見、掲げていた旗を振ってまで存在を示してくれた。
「お母様!!」
「ルナ! 無事に帰ってきたのね!!」
頭上から降りてきた航空部隊にギョッとしている後続の兵達の事なんて無視して、ルナは母と抱擁を交わした。
「それで、どうなったの?!」
勢い込んで尋ねる見た目だけは二十代にも満たないお嬢様って感じのサラエラに、それよりもメタリックな髪の光沢を持つ実娘は大雑把ながら事のあらましを報告。
母上様は満足げに頷いて見せた。
「あの光はやはり貴女だったのね。……詳しい話は屋敷に戻ってから聞くとして、まずは無事の帰還を祝してお風呂に行きましょう」
「……は?」
「数日間はお風呂に入っていないでしょうし、母娘水入らずでスキンシップしないと。お母さんルナ成分が不足してるの!」
「……ええと?」
なかなかにぶっ飛んだことを言う母君。
助けを求めて部下達を顧みようとするものの、ギューッと抱き締められついでに臭いまで嗅がれてしまう。
「ちょ、お母様?!」
「ああ、良い匂い。コレが無いと私ぃ……♡」
コレとはどれだ?
娘大好きなお母様はとんでもねー力でルナを捕まえて放さない。
「あの、人目がありますしそのへんで……」
「ええ、ええ、そうね。分かってるわ、ええ、分かっていますとも」
言いながら、けれど決して手を離さないお母様。
やっぱり復活してからの彼女はどこかおかしい。
頭のネジが何本かすっ飛んでいったのかも。
母を心配しながらも、その母に羽交い締めされたまま屋敷に連行されていった、というのが帰還したときの格好となる。
サラエラが招集を掛けた兵500は町の入り口で解散させた。
呼び集められていた兵達はそれぞれ微妙な顔をしていたけれど、給料の前払いということで支払われているお金を返せとは言われなかったワケだから、彼らにしてみれば丸儲け。そのおかげか文句を言ってくる者も無くってな感じである。
ただし彼らを雇い入れている立場のサラエラは「本年度内に再び招集を掛けることがあると思いますので、その際には即座に応じて欲しい」と次に繋げる言葉を皆に掛けておいた。
それが何を指しているのか理解したのはルナをはじめ一部の人間達だけである。
一方で侯爵家邸宅までやって来た航空戦闘部隊を修練場にて整列させ、彼らの前に立ったルナは「そろそろか」と呟いてから声を張り上げる。
「――さて皆さん。今作戦において私は大量破壊術を使用して敵モンスター群を壊滅、その後に例の力で負傷した兵たちを回復させました。これはあの戦場であったからそのように動いたわけではなく、来たるべき日に備えての予行演習としての動作であったと考えて下さい。
今この時を絶好の機会と見做して皆に連絡しておきましょう。
今年中、或いは来年にズレ込むかも知れませんが、ディザーク侯爵家領内において大規模な魔物の異常発生が発生する可能性が極めて高い事をまずお伝えします」
隊員達が響めいた。
一旦言葉を切ったルナは夕暮れ時の色合いが刻一刻と夜に染まっていくのを見つめながら大きく息を吸って再び口を開く。
「推定で5万。多ければ十万を超える魔物が、ラトスに押し寄せてきます。
私はこの未曾有の大災難に際して、大量破壊術の行使を考えております。むしろそれしか打開する策がありません。
そして術により敵群の大半を焼き尽くしたとしても一万近くの魔物が居残り町を蹂躙するであろうとも予想しています。
ならば大人数の蘇生は必須。故に天の力を行使する。
これが戦時下における私の行動となります」
ルナは再び言葉を切って、彼らの脳に染み込むのを待つように深く呼吸を繰り返す。
男達は次に放たれる言葉を予想しているようで、ざわめきは無かった。
部下達の顔を一巡見遣ってから少女は声に出す。
「もしかしたら何も起こらないかも知れない。王家が謀叛を疑って難癖付けてくるかも知れない。
けれどそれでも、あなた達エンゼル・ネストに所属する者どもには、有ると、魔物群の発生は起きるとの前提で動いて貰います。
異論も拒否も認めません。逃亡も脱隊も許しません。
あなた達の仕事とは、敵群の直上まで私をエスコートし、技の準備が整うまでの数分間完全に無防備になる私の身柄を守り抜き、更に技が発動するまでの十数秒間で全速離脱する。この一連の作業を完璧に執り行う事です。
失敗は、即ちラトスに住まう人々の全滅、私たちの全滅、侯爵家の消滅を意味すると考えて下さい。
――ここまでで、何か質問はありますか?」
男達は見回した。
だが一人として口を開かない。
むしろ早く話の続きをと催促するようにギラついた目で部隊長を見つめるばかり。
一つ頷いて少女は告げた。
「ならば今後の訓練はそれらを成し遂げる為のものとします。地上部隊の編成もありますので騒がしくなるでしょうけれど、だからといって手を抜くことは許しません。
――私は確信しております。この極めて困難な作戦を完遂できるのは我々を置いて他には存在しないと。
ならば皆さん。航空戦闘部隊エンゼル・ネストの諸君。あなた達は証明しなくてはなりません。己が一騎当千の兵であることを。数万、数十万もの人々の生命財産を守る英雄であることを。
諸君は私と共に空を駆けなさい。全身全霊を以て私に応えなさい。
存在意義をその手で証明してごらんなさい。
諸君の奮戦を期待します!」
ルナは薄闇の中で笑んだ。
浮かび上がる天使の微笑み。
男達は、背筋に電流の如き衝撃が流れるのを感じて身を震わせた。
「「「ルナ様! 慈愛の女神! 天空の支配者様! 我らの命を捧げます! 我らの命を捧げます!!」」」
綺麗に唱和する熱狂の声。
扇動している筈の少女が内心でちょっと引いているにも関わらず男達の士気は天元突破の青天井。
もう何が何やらってな感じだ。
「では諸君、解散し今は英気を養うことに専念なさい」
一刻も早くこの狂った群衆から離れたくて、踵を返したルナ。
修練場の内側ではまだ何やら叫び声がしていたが、言葉の内容なんて知りたいとも思わない少女は何も聞かなかった事とした。
◆ ◆ ◆
「――ルナ、ママが隅々まで洗ってあげますからね♡」
そして屋敷に帰り着けばお母様の攻撃を受ける。
浴場に連れて行かれた少女は素っ裸で、同じく裸体のサラエラに背中を流されていた。
「あんっ、ちょ、くすぐったいです」
「あぁ、なんて綺麗な肌。指に吸い付くようだわ♡」
「ひゃんっ?!」
背中をツツッと指でなぞられて思わずビクンッと反応しちゃう敏感な娘さん。
「お母様、許して……」
「だ~め♡ それから私のことはママって呼ぶのよ?」
「お母さまっ」
「ママよ」
「……ママ」
「よくできました♡」
母娘の専属メイド達は浴室の隅で佇むばかりで救いの手を差し伸べようともしない。
なんて忠誠心に欠けたメイド達なのかしらと内心で毒づきながら、母が繰り出す愛の手を一身に受け入れ続ける。
浴室内には湯気が漂い、大理石調の壁面も相まってどこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「あぁ♡ 私の娘はどうしてこんなに愛らしいのかしら♡」
「ひゃぅんっ?!」
太ももの内側すら愛でられて甘やかな音色で鳴いてしまう少女。
反撃の糸口も掴めないまま、あれよあれよという間にフニャフニャにされてしまう。
「ママぁ♡ もう許してぇ♡」
「だ~め♡」
お母様の溺愛攻撃に敢え無く陥落したルナは、それからも柔らかい布で優しく優しく身を拭かれ、恥じらい増し増しながらも綺麗さっぱり洗い清められてしまうのだった。




