020:初陣⑥ 祭りのあと
グラッドが忠誠を誓った時には、もうルナは確信するに至っていた。
ウェルザーク公爵家は、或いはこれに連なる系譜というのは、前世で桜心流を開いた男の子孫であるということを。
神と人の子はどれほど情を交わしたところで子を成せない。
なぜなら神は神となった時点で半ば幽体とも言える状態になる、人間という種ではなくなっているからだ。
“神”とは本当は宇宙に遍く漂う聖神力、特定の性質を持つ周波数を指して言い表す“当て字”であり。
人が神と呼んで崇めているものというのは、それら周波数を身に宿した結果、器が壊れ中身が変容もしくは最適化された管理者に他ならない。
人の子を成せるのは人なのだ。
例外を言えば、周波数を己が体内に降ろしながら、まだ肉体が壊れていない“半神”とも言える状態であれば生物としては人間のままなので当然ながら異性と愛し合うことで子は成せる。
前世の自分が死んでからどのくらいの時が流れたのかは分からないが、大なり小なり神の性質を受け継いだ者が、桜心流の名を聞いて思い当たる節があるというのなら、まず間違い無く“彼”の血族であると断言できる。
まあ、だから何だって話なのだけれども……。
「まったく、ままならないものだな」
シリウス防壁前に建ち並ぶテントの一つで、即席ながら組み上げられた簡易ベッドに潜り込んでルナが呟く。
前世の自分は、死に際ともなると誰一人として見舞いにも来なかった。
だから子や孫は老衰により見る影も無くなった爺など看取る価値も無いからと捨て置く事としたものと考えていた。
けれど、もしかしたらそうではなかったのかも知れない。
何らかの事情があって顔を見せられなかったか、或いは自分の方が耄碌していて見舞客の存在さえ認知できなかったか。
それでも子や孫は桜心流の名だけであっても後世に残したらしい。
何とも健気な話である。
宴が行われていた隅っこで膝を付いたグラッドは、それからルナに桜心流が失われた経緯を話した。
とても簡単な話。
桜心流を会得するためには超絶的で天才的な氣の練り方が必須となる。
要するに編み出した本人にしか扱えない一代限りの技術だったのだ。
だから彼の子や孫は継承できなかった。
幾つかの技はそりゃあ扱えただろうけど、例えば今回ルナが使用した奥義は元より大量殺戮技だって、それこそ神懸かり的な才能が無ければ成し得ない秘術であり、使える人間が居なければ次の世代に遺すなんて出来るワケがない。
だから失伝した。
そして失伝に関わる大きな要因の一つに“聖導教会”の存在がある。
教会では唯一絶対の神とする『エヘイエ』を崇めており、これ以外の神を邪神としている。
邪教の信者は地獄の苦しみを与えて殺し、それらが保有している財産を奪い尽くし教会に納めなければ天国に行けないと同教会では教えている。
邪神の信徒が持つ財産は邪悪に穢れきっており、エヘイエ様の御力をもって浄化しなければ人の世に災いを招く、とか何とかで。
そして桜心流の開祖が奥義として編み出した技というのは、氣を媒介として女神アリステアの管理する周波数と繋がり我が身に降ろすことで完成する。
つまり、桜心流の奥義を伝授した時点で、それらは『邪神の信徒』と見做される公算が非常に高かったということ。
だから彼の子孫たちは、桜心流を自らの手で封印するしかできなかったのだ。
(……つまり、儂の氣術を世に広めようと考えるなら、真っ先に聖導教会なるインチキ宗教を叩き潰しこの世から消し去らねばならない、ということか。まったく難儀な話だ)
宗教団体を潰す。と口にするだけなら容易い。
しかし実際にこれを行うのは至難の業となる。
なぜなら、例えば千人くらいしか信者のいない小さな団体であったとしても、彼らにとっての敵と認定された時点から信者の全てが暗殺者となって襲い掛かってくるからだ。
昼も夜も深夜も早朝も、二十四時間にわたってありとあらゆる手段を用いて敵を殺そうと仕掛けてくる。
更にそれらをどうにかしてやり過ごし、教主なる者を倒そうが、法的な手段を用いて解散させようとも、地下に身を潜めて名を変え手段を変えて反抗の機会を窺うだろう。
彼らは法を犯すことも倫理を無視することも何とも思っていない。
人通りの多い大通りの真ん中で斬り掛かってくる事もあれば家族や友人を拉致して殺しておきながら、人質交換と称して呼びつけておいて大人数で殺しに掛かってくるなんてことだって平然とやる。他人の家に火を掛けたかと思えば民家の軒先に犬や猫の死骸を放り込む事だって顔色一つ変えずに行う。
そりゃあ、神の名前を唱えさえすればあらゆる悪事が正当化されると本気で信じているのだから当然だ。
どれだけの罪なき人を殺そうと、どれだけ潔白な人間に言いがかりを付けて財産を強奪しようとも神がお許し下さると言えばそれだけで済んでしまう。
いや本人は悪事とすら思っていないだろう。
この世で最も尊い神の教えを説いてやっているのだから財産の全てを差し出し自分のいいなりになって素直に殺されなければそれ自体が悪であるとの考え方しかできないのだ。
神はお前らの免罪符じゃあないぞと端から見ていれば思うものだが、既に洗脳されて教主の操り人形と化している愚衆は理解する事もできないし思考停止で分かろうともしない。
宗教団体の信者というのはほぼ例外なくそういった人間の皮を被った悪魔なので、それこそ完全に根絶やしにでもしない限りは延々と戦いが続くなんて格好になってしまうワケだ。
宗教と信仰は全くの別物。
神を崇めることは信仰であり、教主が愚民を洗脳し金づる或いは殺戮を行う為の兵隊として扱う為のシンボルとして神を持ち出すのが宗教である。
全く以て、宗教とは碌でもない代物である。
なのでルナとしては王国軍と対峙するともなれば嬉々として攻め込む腹づもりではあるのだけれど教会が敵となると二の足を踏んでしまう。可能な限り関わり合いになりたくないのであった。
(ああ、いかんな。あれこれ考えすぎて無為に過ごしてしまった……)
頭が煮詰まった頃合いで少女は考えるのを止め、目を閉じたまま深い眠りへと没入していくのだった。
――この日も夢を見た。
真っ白な床面と真っ青な空が何処までも続くだだっ広い風景の中、少女は一人佇んでいる。
見回してもアリステアの姿は見当たらない。
もう彼女を別の個人として認識することが出来なくなっているのか、なんて悟って。
確認の為にと何も無い空間に手鏡を出現させて覗き込む。
鏡面に映っていたのは今より幾分か成長しているルナの顔であり、それは女神アリステアの顔でもあった。
瞼を開けた少女はベッドから身を起こし、身支度を始める。
替えの服なんて持って来ていないので白を基調としたブレザー制服らしき衣装で身を包み、けれど戦闘は行われないだろうと考えて手甲を背嚢の空いたスペースに突っ込んでおく。
榴散弾や徹甲弾を撃ち尽くした背嚢は軽く、そこへお土産として購入した品々を入れる計画だった。
「――お姉様と二人きり♡」
「あん、ちょっと歩きにくいから腕を組まないでってば」
それからアリサちゃんと町の中を歩き回った。
部隊の連中は昨夜遅くまで続いた宴で午前中いっぱいは動けないだろうからと、二日酔いと戦っていた鷗外君に昼まで寝てなさいと言い含めて、同じくお酒にありつけなかったアリサと二人してシリウスの中に入れて貰った次第。
年端もいかない女の子二人がキャッキャしつつ通りを歩けば普通なら大人に声を掛けられてお父さんお母さんは?と聞かれるのだろうけれど、本日に限ってそういったものは無い。
まあ、ウェルザーク軍でも酒が飲めない人や酒豪につき二日酔いとは縁のなさそうな御仁だっていたワケだし、そういった人達が午前の大通りを闊歩するのを見かけているともなると、つまりはそういう事なんだろうと納得するしか手立てが無い。
二人は土産物を売っていると思しき雑貨屋に入って、アリサはお母さんに、ルナは家で待っているはずのシロにそれぞれ手渡すための土産を物色する。
アリサちゃんは色々迷った末にシルバー製の腕輪を、ルナは後に残らないものとして『名物シリウス饅頭』なるものを購入して、後はカフェでご休憩。
二人一緒に過ごす時間を楽しむ。
「けれどお土産に木刀とか竜の置物ってどうなんでしょうね?」
「う~ん、そういうのが好きって人も中にはいるんじゃないかしら」
「でもでもあんなの貰っても反応に困るというか」
「うん気持ちは良く分かる。分かるけれど、それは私たちの感覚ってだけだから、ね?」
「お姉様ってば大人の対応です」
お茶は一流のメイドさんが淹れたものとは比べるべくもないけれど、テラスの下で友人と一緒に飲むお茶ともなると美味しさが違う。
ほらアレだ。お祭りに出ている屋台の料理が、お店なんかで食べるものと比べたらお粗末過ぎてクレームが来るレベルなのになぜか美味しく感じられる謎の現象。いわゆる空気感もスパイスの一つとして機能しているって事なんだろう。
「ねえ、お姉様?」
「どうしたの?」
貴族家のご令嬢としては有り得ないテーブルの上にだら~っと身を突っ伏す格好でアリサが目だけで鋼色髪を見る。
「お姉様も将来はどこかの貴族と結婚しちゃうの?」
「そりゃあ、そういう家柄に生まれついちゃったワケだし、嫁入りなのか婿養子なのかは分からないけれど、家の存続を第一に考えれば嫌とは言えないでしょうね」
「あ、だったら私を貰って下さい! お姉様のお嫁さんになりたいです!」
「アリサちゃん女の子でしょ?」
「でもでも、お姉様が汚らしい男に手籠めにされるなんて我慢出来ません!」
「どこをどう間違えてこんな子になっちゃったのかしら。お姉ちゃんは悲しいわ」
小芝居である。
アリサちゃんはガバッとテーブルから身を起こしたかと思えば立ち上がって椅子をルナの対面からすぐ隣まで移動させ着席し直した。
「お姉様ぁ♡」
「またそうやってじゃれつく」
「だってお姉様ったら全然構ってくれないんだもんっ♡」
腕を絡めて楽しげに笑う紅髪娘。
ルナが甘えん坊の妹分の髪を撫でてやれば、彼女は「えへへ♡」と瞳を潤ませ恥ずかしげに微笑んだ。
そんなこんな。
二人きりの時間を楽しんでから少女達が町の外壁までやって来ると、そこには撤収準備に追われている兵団の姿があって、ルナは自分もと帰り支度を済ませると司令官たるグラッド卿の前で別れの挨拶を行う。
「それでは私たちは帰投します」
「うむ、サラエラにもたまには顔を見せに来るよう言っておいて欲しい」
「はい」
兵達の前では司令官と一部隊の部隊長。
昨夜行われた主従の誓いというものは大っぴらにはできない類の代物なので、両者とも表面上の肩書きを己が立場として会話する。
「では、暫しの別れだ。無病息災を祈る」
「はい、お祖父様も」
「っ!!」
天使の微笑みを手向ける少女に、老将は言葉を詰まらせジワリと目に涙を浮かべる。
そこまでしてお祖父ちゃん呼びされたかったのかと苦笑を禁じ得ないルナであった。
「では、これで」
少女は頭を下げ、身を翻すと自部隊の元まで歩いて行ってそこから宙へと舞い上がった。
「航空戦闘部隊“エンゼル・ネスト”はこれより帰投の途に就きます!」
「「「承知!」」」
どれもこれも二日酔いから復帰しているようで一安心のルナ隊長。
総勢50名の兵団は直上100メートルまで上昇した後に、雁行形態を執り発進する。
目的地まで一直線に、それも人類史上類を見ない速度域での移動ともなれば侯爵家邸宅に到着するまでに然したる時間を必要とはしなかった。




