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018:初陣④ オーバーキル


 高度100メートル程まで一気に上昇した航空戦闘部隊エンゼル・ネストは、雁行形態にて味方陣地を飛び越えて一気に敵魔物群4000の直上に到達する。

 群がり密集するホブゴブリンどもが空を仰ぎ彼らにしてみれば渡り鳥の一団と見紛ってもおかしくない点々へと何やら叫んでいるのが分かる。


「対空迎撃は無さそうですな」


 隣までやって来た鷗外が告げ、ルナは頷きを一つ。

 次に背負ったままの背嚢から自身の腕ほどもある大きさの金属筒を取り出した。


「総員、榴散弾、用意……!」


 すると部下達も倣ってバックパックから同様の、先端部が尖っていない砲弾を取り出し、手甲を填めた手で狙いを付けるように向きを定める。


 ルナは己が保持する砲弾に氣を注ぎ込むと、もう一方の手で拳を作って筒の底部を殴った。


「てぇぇっ!!!」


 ボンッ、と叩いた筒が火を噴き出し下向きに飛んで行く。

 着弾するのと同時に轟音がこだまし、爆炎と、その爆圧に弾き飛ばされた無数の鉛玉が周囲の魔物達を薙ぎ倒し粉々に打ち砕き物言わぬ血肉の塊へと変えた。


 ズドドドドドッ!!!


 榴散弾を放った者達でさえもが目を剥くほどの効果。

 彼らの眼下では既に数百にも及ぶ魔物の屍が生み出されている。


「これ程の威力……、秘匿兵器とされていた意味が分かるというものだ」


 鷗外がやや呆然として言葉を絞り出している。

 ルナは鼻を鳴らすとすすまみれた手甲の指で髪を掻き上げた。


「近い将来、いくさはその有り様を大きく変えるでしょう。順応できなければ“古き者”として淘汰されていく。人間はどれだけ着飾ろうと、礼儀作法を身に付けようとも、闘争に特化した生き物であるという宿業からは逃れられない。ならばせめて、時代に取り残された寵児たちに死の鉄槌を手向けるのが慈悲というものです」


 感慨深く告げておいて、二発目の榴散弾を背嚢から取り出す少女。

 腹心との呼び声も高い鷗外は、もう個人の武芸など用を成さないのやも知れぬな、なんてうそぶくばかり。


「お姉様! 見て下さい!!」


 と、いつの間にやら鷗外とは反対側の位置までやって来ていたアリサが声を上げる。

 目を向けると視界奥、霧を纏いシルエットだけが薄ぼんやりと浮かび上がっていた九つの蛇の首がズズズッなんて音と共に頭をこちらへと向けるのが見えた。


「どうやら彼にとって脅威度の高い敵と認識されたらしい」


 ルナは言いつつ、


「折角だし、徹甲弾の威力も試しておこう」


 と、心底愉しげに嗤った。


「お前達はここで榴散弾の試射を続行していてくれ、おれは奴と戯れてくる」


 少女は放とうとしていた砲弾を鷗外に手渡しておいて自分は背嚢から新たに一本、先端の尖った砲弾を取り出し手に提げた。


「承知」


 鷗外は短く答える。男は「ちょ、お姉様?!」とアリサが止めようとするのを手で捕まえて制する。


「心配は要らない。というか、あんな顔をしている部隊長殿を一体どうやれば止められるというんだ?」


 男に促されてアリサは愛しいお姉様の横顔を見た。

 そこに張り付いていたのは凄烈な笑み。

 見る者の背筋を凍らせる狂気と殺意に充ち満ちた顔だった。


「お姉様……」


 アリサは少しだけ肩を落とす。

 7歳の時に出会ってすぐに、彼女の妹になりたいと思った。

 誘拐された先での出会いだったので、アリサには彼女が白馬の王子様ならぬお姫様に見えた。

 けれど彼女はどれだけ手を伸ばしても手の届かない高みに居て、更に高い所を見上げている。

 どうすればこの手は彼女に届くのか?

 もどかしくて狂おしい気持ちに胸を潰されそうになりながら、それでも追い掛ける事を止めることが出来ずにいる。

 あまりにも眩しすぎるから。

 闇夜に灯されたランプの光に群がる蛾のように、ただ彼女の回りを飛び回るしかできないのか。

 こんなに愛しているのに。

 こんなにも求めているのに。

 押し寄せる苦悩と葛藤。けれどそれでもアリサには信じて待つしかできなかった。


「落ち着け。氣が乱れているぞ」


 掛けられた言葉で我に返る。

 目を向ければ厳めしい面構えをした男が心配そうに紅髪少女を見つめている。


「分かってるわよ」


 突っ慳貪に返してみれば男は「そうか、ならば良い」と僅かに笑んだ。



 ――エンゼル・ネストの部下達から突出する格好で飛び出したルナは、手に徹甲弾を提げたままスキュラへと単騎突撃する。

 霧を纏っているのは、恐らくは湿地帯を好む種としての性質が起因しているのだろうと考えた。

 そして世界各地で散見される魔物というのは、大抵が神性を獲得しているものだ。


(まずは確認の意味で一発くれてやる!)


 高速で接近する少女の輪郭に敵側としても思う所があったようで霧の中から巨大な蛇の頭が飛び出しルナを丸呑みせんと襲い掛かってくる。


「だが射程はこちらが上だ!」


 片手に持つ砲弾に氣を注ぎ込む。

 するとルナの腕と同等ほどの大きさの筒が青白く光を放ち始める。

 握り絞めたもう一方の手で底部をぶん殴れば内蔵された炸薬に火が付いて爆発。

 視界を赤く染めるのと同時に蛇の胴体めがけて砲弾が飛んでいった。


 ズドンッ!!!


 轟音は弾頭がスキュラの胴体を直撃した際に生じた音ではなく、その巨体を貫通し斜め下に広がる森の一部を抉りクレーターを作った際に発生した音だった。

 遅れて蛇の胴体が大きく陥没し、ぶつけられた衝撃破を逃がすことも出来ずに全身を粉微塵にされてしまう。


 一発。

 たった一発の砲弾により、全長数十メートルもの巨躯が肉片となり、そいつの体内にあった血液が雨の如く森に降り注いだ。


「頭の数がどれだけあっても心臓は一つ。そうだろう?」


 吹き飛ばされた霧の直上までやって来たルナがニヤリとしつつ、手甲履きの手を頭上高くに掲げた。


「そしてこの程度の攻撃じゃあ死なないこともおれは知っている」


 動物でも植物でも魔物であっても、寿命の枠を超えて生きるなど特定の条件を満たすことで“神性”を獲得する。

 神性を得た生き物は、そう簡単には死なない。

 そりゃあ、神の領域に近づいた動植物なのだから当然と言えば当然だ。


 だが桜心流氣術は“神を殺すために編み出された技術大系”なのである。

 そういった化け物を屠るのは得意中の得意とすら言えよう。


「超々高熱の爆圧に何秒耐えられるか、試してやろう」


 案の定、粉微塵に爆散したはずのスキュラの胴体が地表にて再生を始めた。

 見た感じ小一時間もすれば元通りになるだろう。

 伝説だと首を何度落としても直ぐさま再生すると言われる魔物なので、粉々にされても復活はすぐなのだ。


 だが、そんなことは織り込み済みで徹甲弾を放っている少女。

 ルナの狙いというのは数分間であっても攻撃を一切受けずに済む状況を作り出すことでしかなかった。


 ――桜心流氣術、落陽らくよう


 ルナの天に向けかざした掌の上に光の粒子が集い始める。

 粒子はどんどん膨らんでいき、やがて塊になった。

 塊は更に更にと膨張し続ける。

 終いには青白い太陽の如き巨大なる光の球になった。

 それでも膨張を止めない光球。

 光球はしかし、ある時点を境に急激に萎んでいく。

 光が失われ、真っ黒な両の手で抱え込める程度の大きさとなった球体。

 少女はニタァ、と笑んで、掌の上に浮かぶ黒球を真下に向けて放り投げた。


「お前に一つ残念なお知らせをしておこう。おれは神性云々を抜きにして、蛇が大っ嫌いなんだよ」


 会心の笑みを手向けてから身体の向きを変え、真っ直ぐに飛び去る。

 向かう先には部隊の面々があって、少女は大声で叫んだ。


「総員、全速力で離脱せよ!!!」


 声は彼らの耳に届き、男達は倣って方向転換するとルナを追い掛け戦線から離れていく。


 復活半ばの蛇の頭が鎌首をもたげ、真上から落ちてくる黒い球体を視界に捉える。

 蛇はそこに宿るおぞましいばかりのエネルギーを感じ取ったためかまだ身動き取れない体躯であっても逃げだそうと身を捩る。

 しかし遅かった。

 黒い球体がパッと光へと変わる。

 スキュラの修復途中にあった胴体に触れるか否かの瞬間に、超高圧縮され、内部で核分裂反応すら引き起こしていた光の塊が一気に弾けた。



 ――ギュバッ!!!!!!



 世界が光に支配される。

 何千度になるのかも分からない熱波が吹き荒れ、スキュラの巨躯を瞬間的に蒸発させた。

 周囲にあった木々が根っこから手折られ吹き飛ばされ、炭化して塵になった。

 爆圧が半径5キロ圏内を焼き尽くし更地にし、揺り戻しの爆風が爆心地めがけて吹き荒ぶ。

 直上にはそこかしこに紫電を纏ったキノコ雲。

 それら一連の光景を直視してしまったウェルザークの軍は、数秒の後にやって来た爆風に吹き飛ばされ、光に目を焼かれた挙げ句に地面に転がされていた。


 この世の地獄がそこに顕現していた。

 爆風が通り過ぎた後、戦場にはホブゴブリンと呼べる生き物は無く、また人間の兵士達にしても身動き出来る者は皆無。

 それはいくさなどと呼べた代物では無かった。

 誇りも名誉も無い。

 矜恃も生への渇望すら飲み干し焼き尽くされた地獄の光景だけが広がっていた。


「素晴らしい……! 素晴らしいぞ!!!」


 そんな死屍累々の直上で、鋼色の髪を風に遊ばせる少女が一人、愉快そうに哄笑を奏でる。


「そうか……修羅とは、こういう者を指すのか」


 なんて鷗外が呟くも、男の言葉を拾う者などありはしなかった。




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