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004:命名シロちゃん


「――お嬢様、起きて下さい。お嬢様」


「うぅ……」


 ユサユサと背中を揺すられて目を覚ます。

 時刻は既に昼前。

 幸運にも本日は家庭教師さんの都合で授業は昼食後に一件入っているだけでそれ以外は自由に過ごせる。

 これが午前中に礼法の授業でも入っていた日にゃあ目も当てられない事態に陥っていただろうよ。


「それからお嬢様。あなたは7歳とはいえ侯爵家のご息女なのですから、今さらトイレの場所を説明されなければ行けないなんて事は仰らないで下さいね」


 起床早々何を言っているのか。

 怪訝に思って身を起こすに、部屋の真ん中辺りの絨毯が濡れて変色しているのが見えた。


「アンナ。私の名誉のために言っておきますけれど、粗相をしたのは私ではなく私の許しを得る事もしないで同衾しているこのバカ犬よ」


 シーツをガバッと剥ぎ取る。

 すると内側に白い毛並みでモコモコのふわふわになっている犬っころが丸まっている所が露呈した。


「え、どうしたんです、この子」


「昨日、迷い込んできたのよ」


「うわぁ、モフモフだぁ!」


 アンナが声のトーンを2オクターブくらい跳ね上げて叫んだ。

 メイド嬢が手を伸ばしたので何をするつもりなのかと見ていると、彼女は犬っころの全身を撫で始めたじゃあないか。


「……それ、楽しい?」


「はい、とっても!」


「……そう」


 遠回しにお世話するべき主人を差し置いて何を犬とじゃれてんだ、と言ったつもりなのだけれど、幸せいっぱい夢いっぱいとでも言いたげな満面の笑みで答えられると二の句も継げない。

 詰まるところ深くて大きな溜息を吐き出すしか手立ての無いルナお嬢様なのだった。



 ――昼食に居合わせた母君にそれとなく犬を飼ってもいいかとおねだり(・・・・)してみた結果、実に呆気なく承諾して頂くことができた。その旨をアンナに告げて、餌やりとか散歩とか、出来る範囲で構わないからと頼んだルナは身を翻して午後に行われる授業に臨み、ダンスの練習だからと簡単にやっつけるとそそくさ自室に戻ってきた。


「さてバカ犬ちゃん、昨日の続きよ」


「バカ犬って言うなよぅ!」


 部屋の真ん中で粗相された事にまだちょっと腹を立てている銀色髪お嬢様なのだけれど、この白いふわふわもこもこ大型犬は察した様子も無い。

 だからバカ犬なのよと内心で毒づきながら、昨日と同じようにゲーム機もとい預言書の準備をさせてゲームスタート。

 今回は傍らに紙とペンを準備して随時書き留めていくことにした。


「たぶんこの預言書と現実の十年後とでは内容に大きな差異が出てくると思う」


「どうして?」


「だって、私の能力や行動原理が丸っきり違うもの」


 ルナはしれっと告げる。


「ここはハッキリさせておきたいのだけれど、私、戦うことは大好きだし、出来るか出来ないかで言えば要人暗殺とか簡単にやっちゃうわよ?」


「え、ええと?」


「つまり、必要だと思えば、この預言書に登場する人物全員を分からないように始末するって話」


 ルナの前世は氣術という拳法と魔法を合わせたような武術を極め幾百億もの化け物共を討伐せしめた悪鬼羅刹である。相対した敵の中には当然ながら人間だって居たし、それらとの戦いに於いて一度として敗北したことは無い。

 “桜心流おうしんりゅう氣術”は無敵にして不敗。

 神も悪魔も容赦無く屠るそれは修羅の御技わざ

 桜心流は! 世界イチィィィ!! といった心情は今なお胸の奥にて燃え盛っているのであった。


「うえぇ……」


 バカ犬、もとい。白ワンピ姿の白髪5歳児がドン引きしたように顔を顰める。

 人間体型(この姿)になっている時の彼女は電子の精霊ちゃん。

 ルナは尚も言葉を繋ぐ。


「けど、あなたの言う最悪の未来を回避するというのは、そういう事じゃないのよね? だったら、この物語の主人公に倣って相手の行動パターンを分析し適切に対処するしかないと思うのよ」


「おぉ~」


 感心したように手を叩く5歳児。

 ルナは、ころころとよく表情の変わる娘ッ子じゃな、なんて思いながら尋ねる。


「ねえ、そういえば貴女の名前、聞いてなかったわよね?」


「あ、名前は無いの。だからルナちゃんが付けて」


 それは名乗りたくない。もしくは“何らかの理由から名乗ることを許されていない”とも取れる発言だ。


 そもそもの話としてルナはこの幼女をそれほど信用していない。

 そりゃあ出会ったのが昨日の晩で、しかも家の図書室に忍び込んできたのを捕縛した、即ち賊であるという認識がそのまま残っているから。

 当たり前の話だ。

 そして彼女が、何の見返りもなくゲーム筐体(預言書)をルナに差し出しているとは全く思っていない。


 この電子の精霊を自称する幼女は、何らかの意図があってルナに乙女ゲーム“蒼い竜と紅い月”をプレイさせているのだ。


 可能性を言えば。

 彼女にこの動作を命令している上役が存在し、その人物が望む結果を得るために働いている。といった可能性。

 もう一つはルナにゲームをさせることで彼女自身に何か得るものがあるから、とする可能性。

 いずれにしても彼女自身が言うような慈善事業等ではないことは確実である。

 そんな、何を考えているのかも分からないヤツを信用しろと言う方に無理がある。

 違うかね?


「そうね、白いからシロね」


「安直だなあ……」


「あら、あなた、そう名付けて欲しくてあざといくらい白一色の出で立ちしているんじゃないの?」


「ちちち違うわいっ!」


 バカ犬と5歳女児二つの姿を持つ自称“電子の精霊”は、こうして「シロ」という名前を与えられたものである。


「さて、シロ。まずはこのゲームで重要な点を抜き出していくから、ボタンの連打をお願いね」


「う~、わかったよう」


 一体何が気に入らないのか、まだちょっとむくれているシロはそれでも受け取ったコントローラーを手にゲーム開始。

 選択肢を指示しながら読み進めていく。

 一巡終わらせた所でルナは大きく息を吐いた。



「実際にやってみると、これは重労働ね」


 そりゃあ何十万文字という文章量の中から重要そうな単語を抜き出すともなれば見かけ以上にキツい作業になること請け合い。

 けれど、とお嬢様は続ける。


「面白い単語が幾つか出てきたわね」


 物語中に出てくる迷宮が3つある。

 一つは“試練の洞窟”。

 主人公マリアと彼女に釣られた野郎共(・・・・・・・)はこの場所で友情とかを育みつつ己が能力を鍛える事になる。


 もう一つは“竜の住処すみか”。

 表題タイトルにある“蒼い竜”が住み着いているこのダンジョンは、文章だけでは判断しづらいが攻略難度がかなり高いと思われる。


 そして最後は“煉獄の迷宮”。

 恐らく難易度は最高クラス。最奥に魔王が居る。


「――ふふふっ、ワクワクしてくるわね」


 実年齢7歳の侯爵家ご令嬢が、面白い遊び相手を見つけたような愉しげな笑みを浮かべて呟く。

 折り悪くその笑みを見てしまったシロちゃんが全身を襲う悪寒に毛を逆立て身震いしたものだが、それはお嬢様にしてみればどうでもいい事であった。



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