016:初陣② 戦闘準備完了っ!
一式手甲、及び二式手甲を航空戦闘部隊“エンゼル・ネスト”の総勢50名に配ってから一週間、このタイミングで追って配給されたのは隊員達の衣服だった。
「――というわけで今回は戦闘服の支給です。説明の必要は無いと思いますが横流しは厳禁。話によると幾つかの魔法が付与されていて軽くて丈夫、お洗濯だってバッチ来いの優れもの。価値的には金貨を数十枚を叩いても買えないような代物ですので無くしたり奪われたりしても厳罰です。ここでいう厳罰とは泣いて殺して下さいと懇願しなきゃいけない程度の苦痛を与え、五体を不満足にした上で放り出すといった内容になりますので悪しからず」
清々しいまでに晴れやかな笑顔で言われた隊員達は内心でゾッとしつつ、敬愛するルナお嬢様に「イエス、マム!」などと唱和する。
“いえすまむ”とはどういった意味なのかと小首を傾げるものの、折角のヤル気に充ち満ちている隊員達に水を差すのも憚られて鷹揚に頷いておく鋼色髪少女であった。
隊員達に支給された戦闘服というのは、深緑色をした空手胴着らしき衣装で、インナーとして金属繊維の織り込まれたTシャツを着用する。
そこに手甲を両腕に填めているから、ギリギリ武道家に見えなくも無い。どちらかと言えば武道家と職業軍人を掛け合わせたような見た目になっている。
まあ、そこはいい。
動きやすくて丈夫な、服でありながら防具としての性能も併せ持つ衣装ともなれば彼らに着せる事に何ら異論はない。
問題なのはルナの専用衣装として、母サラエラから直々に手渡された一着である。
それは純白を基調としながら裾の部分に蒼くチェックの入った、どちらかと言えば女学生が身に付けるブレザー制服らしき趣の衣装だった。
スカートの丈は膝小僧が隠れる程度で、貴族家ご令嬢の身に付ける靴まで余裕で隠れちゃう程のドレス姿と比べるに風通しが良くて落ち着かない。
しかも下着は一般的な娘さんの身につけるドロワーズではなく、いわゆるショーツとかパンティーとか呼ばれるような代物だった。
寒いときにはタイツを履くようにと一緒に手渡されてしまったが、それでも恥ずかしくて仕方ない。
(これ何の罰ゲームだよ……)
とはやるせない息を吐く12歳美少女の心中である。
尚、同じく少女であるアリサもスカートは履いているものの、そちらは全体の色調が隊員達と同じ深緑色であまり目立たない。
そこはかとなく羨ましく思うルナであった。
「とはいえ、これで基本的な物品は全て配りました。後は諸君の頑張り次第。航空戦闘部隊の名に恥じない働きを期待します」
「「「イエス、マイロード!!」」」
そういった意味不明な言葉が流行ってるのか?
思いながらもダメ出しはしない慈悲深い隊長殿であったそうな。
◆ ◆ ◆
この日の午後になってディザーク侯爵家の邸宅に馬に跨がった鎧姿の男がやって来た。
「至急、侯爵様との面会を!」
門前にて馬を降りて早々手紙を取り出し衛兵に見せる鎧男。
受け取った手紙が当主代行たるサラエラの手元までやって来るのに然したる時間を必要とはしなかった。
「なんてこと……お父様……」
それまで自室にて愛娘に着せるための衣装を紙に書き起こしていた母親は、手紙を一読するなり悲壮感溢れる面持ちになった。
「ハリア、ルナを呼んでちょうだい」
「畏まりました奥様」
慇懃に頭を下げるメイドを捨て置き、自らは新たな紙を机の上に置くとペンを走らせる。
白いブレザー制服じみた戦闘服を着用するルナがやって来たのは二十分少々が経った頃合いで、部屋の中に足を踏み入れた少女は銀色髪の母と対峙する格好になる。
サラエラは口頭にて状況説明する。
「つい今し方、私の生家となるウェルザーク公爵家より使いの者が来て、一通の手紙を受け取りました。
手紙によると公爵家の領内にて魔物の群れが出現し、二つの集落を廃墟に変えたそうです。数はおよそ五千。領主であり私の父であるグラッド・ウェルザーク公爵は軍を率いて制圧を試みるも失敗。領内で最も栄えている町“シリウス”までの後退を余儀なくされたとの事です。
――手紙は援軍を要請するもので、私はこれから兵を編成し出発する考えですが、先遣部隊としてルナに出て貰います。
兵数もそうですが足の速さで貴女の部隊を超えるものは存在しませんから。新式の砲弾と食料を持てるだけ持って、準備が整い次第向かって下さい」
「ご命令、確かに拝命致しました。当主代理」
ルナは彼女を母とは呼ばない。
なぜかと言えば、今は親子関係を表に出して良い場面では無いからだ。
当主ジル・ベル・ディザーク侯爵から内政と軍事の権限全てを預かっている司令官として、ディザーク領主軍の枠内で編成された航空戦闘部隊に対し命令を出している。
ならばルナとしては謹んで受諾するのが当たり前の所作となるのだ。
「でしたら地図を預かっても宜しいでしょうか? 軍事使用に耐えられる物であれば尚宜しいのですが……」
「ええ、勿論です。地上を進むなら一週間は掛かるでしょうが、あなた達の速度なら二時間か三時間もあれば現地入りできるでしょう。その後は部隊を束ねるグラッド・ウェルザーク公爵の指揮下に入って下さい」
言ってからサラエラが急ごしらえの書状をルナに手渡す。
既に一戦交えているようなので公爵の軍がどの程度の規模で残っているのかは定かではないが、こちらディザーク領との間に結構な距離がある事を踏まえるならかなりマズい状況であると考えるのが妥当であろうと二人は考える。
受け取った書状に一度目を通したルナは丸めて懐へと仕舞い込み立ち上がった。
「では早速準備に取り掛かります。屋敷で備蓄している食料はどの程度持ち出し可能ですか?」
「三日分です。それ以上は路銀を渡しますので途中で立ち寄った町で調達して下さい」
「了解致しました。では――」
頭を下げて踵を返した少女。
母の部屋を出てからは早足で廊下を突っ切り修練場へと舞い戻る。
「総員、集合せよ!!」
大声を張り上げるとそれまで駆け足していたり筋トレしていたりと思い思いに過ごしていた隊員達が大急ぎで整列する。
彼らの前に立ってルナは口を開いた。
「諸君、喜べ! 慈悲深くも思慮深き総司令閣下が我らに初陣の誉れを用意して下さった! 場所はウェルザーク領内。五千もの魔物の軍勢を殲滅するお仕事だ! 用意ができ次第出発するが、我々は航空部隊なので勿論のこと地を這っていくなんて無作法な真似はしない。途中で一度休憩に降りるがそれ以外に地に足を付けられると思うな!」
ここで一旦言葉を切って隊員達の顔を見回す。
どれもこれも期待に胸を膨らませた男の面構えだ。
満足げに頷いてルナは告げた。
「よし、諸君。戦争の時間だ! 気合いを入れて掛かれ!!」
「「「心得ました! ルナ様! 麗しき天空の支配者様!!」」」
男達が応えて唱和する。
そのネタ、いつまで引っ張るんだろうと笑みをほんのり引き攣らせる娘さんである。
準備は小一時間で終わった。
修練場にて総員揃ってビシリと整列する中、見送りと称してやって来たサラエラが不覚にも母の顔でルナを抱き締め労いの言葉を掛ける。
「ルナ……気をつけて……」
「お母様……いえ、総司令殿。必ずや戦功をあげ戻りましょう」
「武運を祈ります」
「では」
抱擁の手が離れ、男達が母娘の遣り取りを涙ぐみつつ見守る中、少女はスカートを摘まんで礼を執る。
「行って参ります、お母様」
それからフワリと宙に浮いた肢体。
航空戦闘部隊の面々が次々部隊長に倣って空へと舞い上がる。
男達が出陣する瞬間。
それは後の世まで語り継がれ最強最悪とすら呼ばれる悪魔の兵団が歴史の表舞台に躍り出る瞬間でもあった。




