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014:母の溺愛


 母サラエラは、恐らくは桜心流で言うところの奥義“天武再生”に近い技が使えるのだろうとルナは予想している。

 だから実力を見ると言いながら殺す気で刃を振るったのだろうと。

 そして彼女もまたルナがそういった術を使うことを想定していた。

 なので一見して母娘で本気の殺し合いをしているように思われても、実のところは茶番、親子のスキンシップでしかないのだ。


 ただしルナが最後に使用した奥義“天元てんげん”は相手の身に宿る神性を根こそぎ破壊する技なので、復活させた後のサラエラはもう二度と聖神力を扱えないだろうと予想していた。

 まあ、結論から言えば女神の因子、結びつきが途切れることも無かったようだけれど。


 これは憶測の域を出ない話だが、ルナとサラエラは共に女神アリステアの因子を引き継いで産まれてきた言わば同族――いや家族というよりは同種族的な意味合い――で、だから神性を破壊されても同一周波数の受信者ということでブリッヂ接続からの修復が行われたんじゃないかと、そう考えると一応は辻褄が合うのだ。


「う~ん……」


 ルナはベッドの上で難しい顔をしてみる。

 修練場で戦った傷なんてルナが天使形態になった時点で瞬間的に復元されているし、なので母も娘も掠り傷一つ無い珠のお肌なのだけれど、ならばどうしてお母様は娘の身を案じての同衾を強行しているのかと問いたい気持ちでいっぱいだ。


 今もサラエラさんは12歳になったばかりの愛娘を抱っこする格好でスヤスヤと寝息を立てているわけですけれど、豊満な胸のタプンタプンが絶えず顔に押しつけられているせいで気を抜くと窒息しそうになる。

 お母様、娘を可愛がるのは大変宜しゅうございますが、せめて寝るときは自室に戻って下さいませ。

 とは、既に三度述べた言葉である。


 復活してからのサラエラさんは年齢が10歳くらい若返ったような風貌になっていた。

 おかげで母娘というよりは年の離れた姉妹といった趣になっている。

 そこはまあいい。かつての鷗外君だって蘇生したところから見た目が若返ったように思われるのだし、きっと何かそういった効能が技に秘められていたのだろう。

 問題なのは意識を取り戻してからのお母様は娘大好き人間になっていたということ。


 おかげで入浴してる最中に乱入してきたり、今のように同じベッドに潜り込んで来たりを当たり前の顔でするようになった。

 まさかとは思うけれど、“天武再生”には肉体を復元するだけでなく精神構造までおかしくする働きでもあるのかと疑ってしまう娘さんである。


「おはようルナ」


「……おはよう御座います、お母様」


 サラエラさんが目を開けて、ウットリとして今にも蕩けてしまいそうな瞳で囁きかけてくる。

 同じベッドに居座っている者に自称電子の精霊たるシロが居るが、サラエラはすでに彼女の白髪女児姿を見ているので驚きもしないし、シロだってもう開き直っているのか母の前で犬の姿になる素振りも見せない。……いやお前はちょっとくらいは自分の正体隠す努力をしろっての。

 ルナはどうにも気まずさを覚えてほんのり余所余所しい態度で挨拶を返してみるが、二人の関係性は母と娘であって恋人とか夫婦では決してない。


 一足お先にベッドから逃げだそうとしたルナは、しかし十代後半の乙女といった風情のお母様に腕をはっしと掴まれ引きずり込まれてしまう。

 その後ともなると彼女の気が済むまで抱擁されて、頭を撫でられついでにクンカクンカと匂いまで嗅がれてしまうのだ。

 愛情表現と呼ばわるにしたって、ここまで来ると犯罪に思われてしょうがない。


「あ、あの、お母様、恥ずかしいですからもうその辺で……」


「母と娘、何を憚ることがありましょう。……あぁ、貴女はどうしてこんなに可愛いのかしら」


「ひぁん!?」


 抱き竦められる格好で首筋に口付けされてしまう。

 自分で思っているよりもずっと敏感肌だったのか、悩ましくも甘やかな音色がルナの唇から溢れ出る。


「ほんとに……だめ……やめ……んんっ!」


 ルナは涙目で懇願するも母の愛はエスカレートするばかり。

 やがて全身が独りでに緊張して、数秒の後に弛緩する。

 やっぱりどう考えても、これは行きすぎであろう。


「って、やめて下さいって言ってるでしょ!!」


 危うくフニャフニャになっちゃいそうな所で理性を取り戻した少女がベッドの中で母の顎に掌底を放ち、脳を揺らされたがために力が抜けた瞬間に全速力で離脱した。


「あぁ、ルナ……ママのこと嫌いにならないで」


 腕の中から逃げ出した娘に、サラエラはこの世の終わりかってくらい悲壮感を漂わせ今にも泣いてしまいそうな顔をする。

 なんつー面倒臭い女だ。などと思ってしまう愛娘。

 というか貴女を「ママ」と呼んだ事なんて一度として無いですよね?


 これはもうお父様に早々の帰宅を促し母と熱く激しい夜を過ごして貰えるよう懇願しなきゃいけない。

 というか、修練場での件からサラエラは美しいご令嬢そのものといった佇まいなので父としても大喜びでベッドインするに違いなかろうと、これは少女の確信であった。



 ――母サラエラとの戦いから本日でちょうど一週間が経過している。

 アリサとミーナ夫人は伯爵領の経営もあるからと一旦は帰宅の途に就いたが、特にアリサに至っては二日に一度のペースでこっちに来る。


 まあ、実際の距離から言えば馬を飛ばしても当日中の到着は不可能なのだけれど、アリサは航空部隊の第二班長でもあって、つまり氣術で空を飛んで実家と侯爵邸を行き来しているわけで。この場合、片道に掛かる時間というのは一時間にも満たない。全力で飛べば十分で到着してしまうという恐るべき機動性を発揮していた。


「お姉様、おはようございますっ!!」


「ええ、おはようアリサ」


 洗顔と朝食を済ませたルナが例によってツナギ姿で修練場に足を運べば、待っていましたとばかりに挨拶が飛んでくる。

 見目麗しき鋼色の艶髪を視界に捉えたのか鷗外たちも乱取り稽古の手を止めて駆け寄ってくる。

 どいつもこいつも、まるで物語の英雄でも見るようなキラキラとした目をルナに向けている。


「では本日も飛行訓練です。可能な限りの時間を一定のペースで飛び続ける訓練ですのでペース配分に気を配りながら飛んで下さいね?」


「「「はいっ!!!」」」


「総員、準備せよ!!」


「「「応っ!!!」」」


 鷗外が指示を出せば隊員達は威勢良く返事して駆け出す。

 やはり母との戦いを間近で見せたのは正解だったとルナは喜色ばむ。

 目指すべき到達すべき最終地点がどういったものなのか、具体的に示すことで彼らの中に目標が芽生えている様子だった。


「出撃準備完了!」


 やがて戻ってきた男達が少女の前に整列すれば、ルナは大きく頷いて己が身を宙へと浮かせる。


「諸君が歴戦の猛者となる日もそう遠くはない。ならば我に続け!!」


「「「ルナ様! いと尊き天空の支配者様! 我らをお導き下さい!!」」」


 男達は一糸乱れぬ唱和でルナの声に応える。

 ……というか、その台詞回しは誰が考えてどこで練習しているのかと気になって仕方の無いルナちゃんであった。



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