011:ルナの企み
射撃訓練、というかラトス東部の森で行った実戦演習は大成功だった。
少なくともルナはそう評している。
中でも道中で冒険者二人を助けられたのは僥倖と言えた。
「ふふっ♪」
ディザーク邸に帰投した後はあっさり部隊を解散させておき、隊員達が自主練と称して空を飛び回ろうとするなら墜落死しないよう監視せよと鷗外に命じておいた。
そこから単身で部屋に戻って、ツナギを脱ぎ捨てると入浴。珠のお肌をアンナに磨いて貰って何食わぬ顔で夕食に顔を出したというのが顛末になるワケだが。
断言するが、決してルナは慈善事業で二人を復活させたわけじゃあない。
何の迷いも無く冒険者たちを復活させたのには理由があるのだ。
まず一つは自部隊の隊員達に天使らしき姿になった時の自分を認知させておく必要があったということ。
なぜかと言えば、いざ本番ともなれば部隊の半数が死亡する目だってあり得るのだ。
この時に死んでも復活させて貰えると確信していなければ何名かが敵前逃亡する可能性があって、まずはこれを潰しておく必要があった。
前もって思い描いていたシナリオとしては訓練中に誤って墜落し死亡した隊員を他が見守る中で復活させる奇跡の光景なんてのを演出する腹づもりだったけど、案外に氣の操作が下手くそな隊員が見当たらずどうしようかと頭を抱えていたところだった。
そんな中で見つけた死にたてホヤホヤの冒険者。
嬉々として、これ見よがしに奥義を発動させたのは周囲の目が集まっているのを確認してからの事だった。
そして2つめの理由。
それは相手が「冒険者」であるということ。
冒険者なのだから当然ながら彼らが帰属する組織団体は“冒険者ギルド”になる。
恩を売るのではない。狙いは、そのコミュニティ内においてルナの事が囁かれる事。
公式の発表ではダメなのだ。あくまで噂として、ギルドに所属する冒険者各位の耳に入っていることが肝心なのである。
なぜか。
後に数万といった規模の魔物の群れが町に押し寄せ、これを蹂躙することになる。
ルナは航空戦闘部隊を率いて、軍事行動としてこの大規模な軍勢のど真ん中に風穴を開ける事になるが、半径十キロだとかそういった規模の大量破壊術を行使する以上は町から随分と離れた位置を爆心地としなければいけない。
つまり、相手側の斥候部隊、第一波となる集団は高確率で無傷のまま町の外縁部に到達することになる。
どうしたって死傷者は出るのだ。
そして、この戦いでは町の衛兵、守備隊を根こそぎ駆り出しても全然足りない。
ディザーク領は立地上の都合から兵数が少ない家柄土地柄となっているが、今回はこれが仇になる。
王国軍は全くアテにできない。編成に時間が掛かるだろうし、そもそも援軍として兵を差し向けようとするかどうかも疑わしい。
ごく個人的な見解を述べるなら、貴族家のピンチに兵を出さない王など存在する価値すら無いと思うが、まあ、そこはそれ。この案件に関しては王家を責めるのは酷というものだろう。
ならば他に頼れるものがないかと考えた時に冒険者ギルドに所属する冒険者達が真っ先に思い浮かぶが、ディザーク侯爵家、即ち為政者に対して社会の底辺層たる彼らがそう簡単に協力してくれるものかといった問題が出てくる。
そこで噂話の登場だ。
女神様がこの地に降臨し、死した冒険者を蘇らせた。
その少女は自分で女神だとは名乗っていないので、女神様に思われるが正体は不明、何処の誰だかも分からないといった存在として認知される。
貴族家の娘と知れたら反発もあるかも知れないが、正体不明の謎の存在がこれを行ったともなると反抗心など抱きようも無かろう。
重要なのは奇跡を行った正体不明の存在を裏切るようなマネをしたらどうなるか、無意識にであっても恐れを抱くよう仕向けること。
全ては彼らを兵として駆り出すため。
これこそが冒険者を救った事の真の狙いだった。
そしてこの目論見がどれくらい上手くいってるか自分の目で確認しておく必要があると考えていた。
なのでルナは少しの時間を置いた後で冒険者ギルドに赴く腹づもりである。
7歳時に行った時には年齢的な問題から新規登録すらさせて貰えなかったが、今は12歳。規定をクリアしているから問題ない。
我ながら完璧な計画であると自画自賛せずにいられなかった。
「ふふふっ♪」
自室のベッドに潜り込んで内規を立て始めるルナは、それでも余韻が抜けきらないのか微かな笑みを絶やすことなく。
ベッドの足下の方で丸まっている5歳幼女と思しき白髪精霊がシーツを手繰り寄せても気付くこともなかった。
◆ ◆ ◆
翌朝、ルナが起き出し身支度を終えて食堂に向かうと、母と、当たり前のような顔をして同じテーブルを囲んでいるアリサとミーナ夫人を発見する。
「おはよう御座いますお姉様♡」
「ええ、おはようアリサ。ええと、ミーナ様もおはよう御座います」
「はい、おはようございますルナ様」
「「「……」」」
三者ともに微妙な空気で、つい沈黙に促されるまま自身も着席したものだ。
朝食にと出されたのはかなり栄養価の高い品々で、啄むように口を運んだルナではあっても途中で残す事になる。
というか、幾ら何でも朝から分厚いステーキは如何なものかと思うのですよ皆さん。
叫びたい気持ちをグッと堪えてナプキンで口元を拭う。
貴族家の食事に於いて出された料理を残す事はマナー違反に当たらない。
なぜなら料理は残される前提で出されるからだ。
我が家はこれだけ大量の高級料理を出せるほどお金持ってますよってな意味合いがあって、そういった、要するに見栄が勝った結果、このような食事スタイルが確立されたワケだ。
だったら、兵に持たせる保存食をもっと食べやすい形に改良した方が余程有益じゃないか、とも思わなくないけれど、侯爵家のご令嬢ともなるとやはり実用性より見栄えを重要視しなきゃいけないこのジレンマよ。
他の面々が食事を終えたところで母サラエラが口火を切った。
「ところでルナ。あなたの作った騎士隊ですけれど、航空部隊? 空を飛んでいって敵を上から攻撃するといった兵科だと聞き及びました」
「ええ、そうですけれど。まさか上から仕掛ける事が騎士道に反するだとか卑怯者の所業であるなどとは仰いませんよね?」
母の実家は辺境、つまり他国との国境に面した土地を所領としている。
ならば戦い方もより実戦的であるべきといった思想や理念がある筈。
そう信じていたルナなので神妙そうな、声を落とした物言いに少し戸惑う。
「もちろん言いません。野蛮な侵略者や物の道理も知らない魔物に対して礼儀作法なんて通用致しませんもの。切り結ぶとなればあらゆる方法が正当化されるのもまた道理」
うむ、やはり母は理解のある女性だ。
じゃあ、だったら発現の端々に感じられる棘のようなものは何なのか。
「ルナ、私が何に対して怒っているのかと言えば、あなた、騎士隊をどういった兵科にしてどの様に運用するのか私に何の報告もしませんでしたよね? 兵達にお給金を渡している私に対してです。それは礼儀に反するのではなくて?」
「あ……」
言われてから始めて気付いた。
確かにルナは部隊の詳細についてサラエラに報告していない。
あくまで世間話の体で順調に育ってますと言い続けたに過ぎないのだ。
ルナは部隊の隊長で、部隊から見ればルナは護衛対象になる。
だが、それらに給料を支払うのは侯爵家だし、備品を支給するに当たって業者と打ち合わせするのはサラエラの知るところで無ければいけない。
その辺りを完全に失念していた。
「申し訳ありません。少し気が急いていたようです」
「それだけではありません。私はあなたが例の案件に対してどのように立ち回る考えなのかも把握していません。……かつて貴女が夢に見た天の啓示。もしも実際に事が起きれば私は軍の総司令として兵を動かす役どころを担う事となるでしょう。この時に、貴女が兵を引き連れ何をする考えなのか、或いは何が出来るのかを把握していないと作戦も立てられないのです」
「そう、ですね」
全くの正論を吐かれてグゥの音も出ない。
サラエラは個人の武力だけでなく兵団を指揮する統率力だってずば抜けている。
こう言えば奇策を弄する軍師的な思考の持ち主かとも思われがちだが、実は兵法に関しては手堅くそつのない動かし方をする女傑なのである。
だからこそ自陣にどういった駒があって、どう動かすのが適切かを理解していなければならないのだと彼女は語った。
「そういうワケですので、貴女とは腹を割って話し合わなければいけません。習い事など家庭教師に関してはこちらでキャンセルを入れておきましたので、心置きなく語りなさい」
「あぅぅ……はい、お母様……」
流石のルナちゃんもお母様には勝てないらしい。
でも、それならいっそのこと母も本作戦にガッツリ噛ませてしまおうと心密かに決意する。
ルナには転生する前の記憶があって、氣術の奥義が使えること。
この奥義一つで戦局をひっくり返すつもりで航空部隊を編成したこと。
しかし戦局をひっくり返すにしても地上部隊が機能してくれないとやっぱり町が蹂躙されてこの世から消えてしまうこと。
預言書に関してもシロが快く引き受けるかどうか分からないが、夢で見たのではなく電子の精霊が持参してきた乙女ゲームをプレイしたからだと説明するし、可能であれば彼女にもプレイして貰おうと思った。
だって、それが一番手っ取り早いから。
夢のお告げと嘘を吐いたのは、両親がどの程度信じてくれて、かつ破滅回避のためにどう立ち回ってくれるか未知数だったから。
母娘の関係性が壊れてしまうんじゃないかとの危惧は、ルナが女神の生まれ変わりであると領内で囁かれるようにでもなれば、その時点で今さらの話になってしまう。
ならば実の母であっても手駒として使ってやると。
自分一人の安寧のために、自分も含めた全てを利用してやると心に決めた。
この女性は、サラエラは理解を示してくれると確信があった。
理解しないようなら決闘して己が配下にしてでも、無理矢理にでも理解させる。
これがルナの結論だ。
「でしたらお母様、覚悟はして下さいね。私の話を聞けば、もう後戻りは出来ませんから」
椅子から立ち上がって少女は告げる。
真っ直ぐに見据えた母の目はどこか心配げに揺れているかに見えた。
――ルナの置かれている状況、諸々を説明し終えるのに丸二日を要した。
シロは快く預言書の閲覧を許可し、三日目の朝ともなると母娘揃って目の下に隈を作ったものである。
ルナとしては母の容態よりもシロの対応にこそ疑問を覚えたものだが、そこは捨て置く。
何にしてもこれで母サラエラとルナとの間で共通の認識が生まれた。
アリサとニーナ夫人は、最初こそ会議に参加していたものの、話の内容が軍議の体を成し始めた頃合いで飽きて退出。修練場で文字通りの修練に明け暮れる事となる。
やっぱり子は親に似るもんだなぁ、なんて他人事のように思った母娘であった。




