008:実戦訓練①
そもそもの話として、ルナがエンゼル・ネストを航空戦闘部隊として運用しようと目論んだのは来たるべき魔物の異常発生に対抗するためだ。
預言書に発生地点の記述は無く、けれど万を超える数が、たかだか一地域の領主に過ぎない侯爵家とこれが保有する町を蹂躙すると。
結果としてラトスは壊滅し地図上から消失するし、命からがら逃げ果せた侯爵家一家はしかし財産の大部分を失い没落の一途を辿る。
預言書の中でルナは主人公マリアと王子との仲を引き裂く悪役令嬢として登場するが、そうではないのだと今なら分かる。
作中のルナは、必死だったのだ。今まさに直面している諸問題を片付けるためにはどうしても金と権力が必要で、このためには王子と結ばれなければいけなかった。
だから王子と恋仲になったマリアを外敵として排除しようと試みた。
まあ、結局はその手で行った数々の非道が白日の下に晒され結ばれたいと強く願った筈の王子から断罪されてしまうのだが。
……話を戻そうか。
兎にも角にもルナが12歳の時、つまり今年か、何らかの要因が重なって先送りになるにせよ来年。時期や発生源は不明だがモンスターの異常発生が起きて侯爵領が蹂躙され滅すると。これだけは分かっている。
ではその打開策を考えた時に、真っ先に思い浮かんだのが氣術による大量虐殺術。
半径10キロ圏内を超高温の爆圧にて粉微塵に焼き尽くす、魔法で言えば禁呪に相当するような技が桜心流には存在するのだ。
だがこの技には致命的な欠陥があった。
それは種火を作って空から落とすといった所作がある、つまり敵陣ど真ん中の直上一千メートルまで氣を温存しつつ飛んで行って、種火を生成し始めてから三分間は完全な無防備。おまけに種火を自由落下させてから地表スレスレで起爆するまでの僅かな時間内で爆圧の届かない所まで退避しなければならない。
ハッキリ言おう。
一人で完結させるのは不可能である。
じゃあどうするかと考えて思いついた。
敵陣の直上までルナをエスコートし、術に取り掛かっている三分間を死守してくれて、しかも離脱時には疲労困憊になっている少女を支えてくれる人間。
そういった部隊を作ってしまえばいいじゃないかと。
エンゼル・ネストとは、この一連の流れを作戦行動として完遂させるための兵集団なのである。
敵の数が多すぎれば当然ながら討ち漏らしは出てくるだろうが、それだって航空部隊が制空権を確保していればどうということもない。
相手が人間であろうが人外であろうとも、頭を押さえてしまえばまず負けることはないのである。
「――はい、というわけで本日は射撃訓練です」
飛行訓練を行ってから一日を空けて再び修練場に集合したネストの面々は、教導員と部隊長を兼ねるルナお嬢様の言葉に耳を傾けていた。
「私たちは氣術を使うことで幾らか離れた場所にいる敵を攻撃することができます。けれど、それはどう頑張っても十メートルかそこら。飛びながらの攻防には適していません」
整列する男達は冷涼なる音色に聞き入っている。
どれもこれもがまるで天上の調べでも拝聴しているかの如く恍惚とした表情だ。
いや、ってか話の内容頭に入ってんのかお前ら?
思いながらルナは続ける。
「そこで飛行中はこの鉛玉を使用します」
少女は手の中にジャラリと金属球を広げて見せる。
「氣を込めて指で弾き出せば有効射程範囲は百メートルを超えるでしょうし、コツさえ掴めば連射もできます。というか空中戦でややこしい挙動は返って動きを鈍らせてしまいますので、攻撃や防御を行うに当たってはできるだけ簡単な動作だけで終わらせましょう。……ふむ、それだけだと味気ないし折角なので実演しましょうか」
ルナは彼らに左を向くよう指示を出しておき、向いた先に鎧を着せた案山子を設置させる。
準備が整ったところで握り込んだ鉛球の内の一つを親指で弾き出した。
ボンッ、と音。
鎧の兜部分が抉れた。
「で、これが連射」
ボボボボボッ!!
鎧が蜂の巣どころか輪郭を失い、粉微塵になった鉄片と木くずが床にばらまかれていた。
観衆はゾゾゾッと背筋を凍り付かせる。
「これは甲指弾という技になります。弾が無い状態で直接氣の塊を飛ばす場合には勁指弾と呼びますが、まあこの際どちらでも良いでしょう」
事も無げに嘯いたルナは、それから一同の視線を集めて曰う。
「甲指弾は対人や小型の魔物に対して有効となる攻撃手法ですが、ならば大型の魔物に対してどうするのかと言えば、こちらを使います」
言ってから少女は後ろに立てていた円柱型の金属塊を持ち上げ皆によく見えるよう掲げた。
「こちらはようやく仕上がった記念すべき砲弾一号です。名称は徹甲弾と言い、先端部分に固い金属を塗布する事で貫通力を上げています。こういった大型の弾は片手で持ち上げもう片手で殴りつける格好で投擲するのですが、後日皆さんに配布する二式手甲というのは拳に掛かる負担を極力軽減するための防具として開発されていますので、手甲無しでの射出は止めましょうね」
冗談めかしてクスクス笑ってみる。
男達はけれど愛想笑いしかできない。
砲弾は少女の下腕部が丸ごとすっぽり収まってしまいそうな大きさで、先ほどの鉛玉でさえ鎧案山子を粉微塵にした威力から察するに、それこそ巨人でさえ一撃で粉砕できるかに思われた。
「さて皆さん。本日は射撃訓練を行いますけれど、私たちは航空戦闘部隊。ですので地に足を付けて射撃するなんて野暮な真似は致しません。当然ながら飛びながらの射撃、それもただ的に当てるだけでは訓練にならないでしょうから、ここは敢えて近所の森に分け入っての低空戦闘訓練に洒落込もうと思います。……どうです嬉しくて涙が出そうでしょう?」
「「「はい、空帝閣下殿!!」」」
兵士達が気合いに充ち満ちた単語を唱和する。
ルナとしては彼らがヤル気充分なのは嬉しい限りなのだけれど、その「空帝閣下」とかいう呼び方はどうにかならないのかとゲンナリする始末。
とはいえ水を差すのも悪いと思われたので捨て置いた。
「まあいいわ。……総員出撃準備!!」
気を取り直しての号令。
隊員達には腰ベルトにくっつける革製小箱を配布して、そこに各々50発ずつ鉛玉を配った。
衣服はやはり汚れも破損も気にならないツナギ。
素手のままだとちょっとしたことで怪我をしてしまうからということで革製手袋も一緒に渡した。
「では出撃です! 空に上がれ!!」
「総員、武空翔を発動せよ!!」
「第一班が前に立ちます! 閣下は隊列の中央に!」
鷗外がルナに物申したので少女は「うむ」と頷いて返す。
どうやら彼らは飛行する際のフォーメーションについて自分たちで話し合っていたらしい。なんとも嬉しい誤算である。
こうしてエンゼル・ネスト、三十名からなる戦闘部隊は修練場から一気に直上二百メートルまで飛翔し、向きを整えて前進を始めた。
飛行速度はゆっくりであっても時速換算で100キロは出ていたろうし、遮蔽物が無いから目的地までは一直線。
目指したのはラトスの東側に広がる小規模の森で、ゆえに片道15分ほどの道程となっていた。