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007:飛行訓練


「ぁ……ふっ……」


 目を開けると、視界に薄ぼんやりと映り込む天井の形。

 閉められたカーテンの隙間から一筋の光が入り込み床に敷かれた絨毯の一部分だけを照らし出している。

 寝乱れた艶やかな髪はそれでも光沢を失わず、端から見るぶんには不思議な色彩を成していた。


「……そっか。もう12歳なんだな」


 ベッドの上、ほんのり足下の方に引き寄せられてしまったシーツもそのままに、つい呟いてしまう。

 お誕生日パーティーが行われたのは三日も前の話。

 であるならば本日ともなれば屋敷に居残っていたり町に滞在している貴族家もなく、つまり誰に見咎められる事もなく気兼ねなく訓練に励めるというものだ。


 そう、本日予定されているのは日々の修行ではなく兵集団として組織的な軍事行動が執れるようにするための訓練なのである。


 7歳時にあれこれやらかした末に誕生したのはルナを将とする、ルナを守るための、そのくせ訓練は元より小隊編成さえルナが執り行っている兵集団“エンゼル・ネスト”。

 今に至るまでの五年間というのは大半を部隊の育成に費やしたように思う。


 現在、ネストは三十人まで膨らんでいた。

 これを最初期のメンバー五名をそれぞれ小隊長にして、6名一個小隊を5部隊作った。


 普通、剣やら槍やらで武装する兵集団をこれだけの少人数に分けて運用するなんてまずやらない。

 なぜかと言えば近接戦を主体とする戦闘では、結局のところ数で押し包むのが最も理に適っているからだ。


 だが、それはあくまで「兵士が地上で戦うことを前提とした戦術」であって、ルナが目指している最終的な兵団の有り様を考えればどうしたって無理が生じる。


 ルナは前世で氣術を極め、桜心流を開いている。

 そこには氣の力で空を自在に飛翔する術も含まれていて、このやり方を兵士達にみっちり叩き込んでいるのだ。


 つまり、ルナの率いるディザーク侯爵家直属、航空戦闘部隊“エンゼル・ネスト”は空を飛んで移動し、発見した敵に対しては頭上から強襲するといった運用方法なのである。

 だから古来より始まり今に至ってさえ主流となっている密集形態ファランクスなんぞは執っていられない。

 陣形は常に雁行形態。空を飛ぶにしても空気抵抗云々を考えるなら最終的にそうなる事を前世知識で知っていた。

 まあ、実際に渡り鳥の群れに交じって飛んでみてその飛び方を真似た方が疲れにくいと学んだからなんだけど、そこは置いておこう。


 ベッドから身を起こし、薄暗い中を歩いた先でカーテンを全開にする。

 一気に差し入った光が室内を色付かせ、ルナは微笑むのと同時に眼を細める。

 本日は快晴、飛行訓練を行うには絶好のコンディションであった。



「――総員、傾聴!!」


 修練場にて集まっていたエンゼル・ネストの面々はルナの到着を目端に捉えた途端に慌ただしく駆けて整列する。


「点呼!」

「第一班、問題なし」と鷗外くん。

 鷗外君は見た目だけは二十代半ば。実年齢はもう少し上だが過去の一件から若返っている。凶暴そうな面構えで身に付けた黒胴着と赤帯がトレードマークである。


「第二班、揃ってます」とアリサ嬢。

 アリサは昨日の晩には既に侯爵家邸宅に来ており、最近だとすっかり部隊の兄貴分になっている鷗外と一緒に最終調整を行っていた。

 なお彼女はルナの弟子を自称はしているけれど厳密には自身の母ミーナ・ウィンベルこそが師匠となる。つまり名乗りを上げる際には“紅華魔導拳術”の使い手を声高に曰わなくてはならないのだ。

 まあ、ルナの桜心流氣術というのは詰まるところが氣の運用法でしかないので、他の流派を学んでいても何ら問題は無いのだけれども。

 聞いた話だと過去にこれを母の前で不満げに呟いてしまったためにボコられた挙げ句に地獄のトレーニングを課せられるなんて事があったらしい。

 娘さんは勝ち気だがその母は気性が極めて激しく、すぐに手と足を出しちゃうような武闘派なのである。


「第三班、いつでもいけます!」とアーディス氏。

「第四班、ばっちこい!」とはシルベスタ氏。


 アーディスは背の高い細身男性で、シルベスタは逆にガッチリとした体格。

 騎士団からの引き抜きとなる二人は、剣士としての才覚はそこそこなのだが密かに氣で身体強化するとかいう技能を持っていて、それ故にルナの教えでメキメキと頭角を現すようになっていた。


「第五班、編成完結!」とオルト氏。


 最後に警備部隊からの引き抜きとなるオルト氏。

 当時は若年層だった彼も立派な男の体型になりつつある。

 ルナを老師せんせいと慕って止まない彼は、最初の頃こそ一番不出来だったが、持ち前の真面目一辺倒で折れない性格が幸いしたのか、今や部隊になくてはならない人材となっている。


 彼ら最初期の部隊構成員と、その後ろで整列する人々を前にルナは感慨深いといった表情になって次に表情を引き締めた。


「諸君、私の可愛い空戦隊、エンゼル・ネストの子供達。この五年間、或いは四年間を潜り抜けた戦友諸君は本日この時より大地を離れ、空を舞う人へと生まれ変わる。我々の戦場とは空であり、空の上を駆け、敵を屠る戦人たらんとする事こそを本懐とするのです。――本日は全員揃っての訓練。他の事は考えなくて良いですので、とにかく隊形を乱さず飛び続けることを目的として下さい」


 今日はめかし込んだドレス姿ではなく汚れても破れても問題のないジャンプアップスーツ、ツナギ姿となっている。

 隊員達も深緑色をした同様の出で立ちだ。


「実戦ともなれば二式手甲と砲弾を詰めるバックパックを支給しますが、まだこちらの用意が調っていないこともあって後日になります。――皆さんの戦闘服は以降、そのようになります。理由は簡単で、空の上では分厚い装甲の全身鎧なんて殆ど役に立たないから。如何に丈夫な甲冑を身に纏っていても墜落すれば即死しますし、視界を遮る兜なんて邪魔にしかなりません。その上で、攻撃手段も主に飛び道具が使用されることになります。即ち、私たちのやり方というのは、従来のそれから大きく逸脱した形式になるということです」


 ここで言葉を一旦切って、少女は兵士達の面構えを一巡見回した。


「喜びなさい。私たちは、アルフィリア王国国内に於いて、もしかしたら大陸全ての国家を併せてさえ、他に類を見ない人類初の兵科、航空戦闘部隊の部隊章を腕に貼り付ける事になるのですから」


「おぉぉおおっ!」


 感嘆、或いは称賛のどよめき。

 男達の声が静まるのを待って、ルナは再び口を開く。


「さあ、諸君。エンゼル・ネストの戦友諸君。私と共に、遙か彼方まで続く空を征きましょう」


「「「ルナ様! 空帝閣下! 偉大なる天空の支配者様!!」」」


 男達の声が綺麗に唱和していた。

 いや、そんな台詞を申し合わせなんてしてない筈なんだけど。

 どこでそんな言葉を覚えてきたんだコイツらは。

 ルナはちょっと笑みを引き攣らせつつ、それでも気を取り直して号令を掛ける。


「総員、空に上がるぞ!!」


「「「おおぉぉおおおっ!!!」」」


 なんでそんなにテンション高いのか。

 これまで個別に空を飛ぶというか氣術にて宙に浮くといった訓練はやってきたし、見た限り全員とも練度はそこそこに高い。

 けれど全員で飛んで隊列組んでの飛行はやった事が無いし、もしかしたら滅茶苦茶に楽しみだったのかも。

 いや、まあ、確かに空を飛ぶというのは人類の夢なのだし、魔法にだって空を飛ぶ術式というのも存在するしで、気持ちは分からなくもないのだが。

 それにしたって、ここまでウッキウキなのは如何なものかと窘めたい気持ちにもなっちゃうというものだ。


 なお、これは余談になるが魔法で空を飛ぶより氣の力で飛んだ方が実はコントロールが楽だったりする。

 なぜかと言えば、実際に飛んでみれば分かるが空の上では気圧や風圧が物凄いことになっており、つまり体温を一定に保つとか呼吸とか生存に必要な部分に関して魔法だと別個に発動させなきゃいけない、つまり複数の系統を同時展開しなきゃいけないからどうしたって操縦に割けるリソースが小さくなるのだが、氣だと全身を覆う形で展開するだけで全部が賄えてしまうので手を取られないぶん意識を操縦に向けられるのだ。


 氣術によりフワリと宙に浮いたルナ。

 倣って30名もの男女も宙に浮く。

 少女の鋼色の長髪が風と戯れ、まるで妖精の如く舞っていた。


「出撃!!」


 腹の底から絞り出した声を合図にエンゼル・ネストの人々は空高くへと一気に舞い上がる。

 ルナが部隊長だからと先頭を飛べば、後続として各班が追従した。


「列を乱すな! そこ! 高度が落ちてるぞ!!」


 それから延々と飛び続けていれば一人、また一人と脱落していって、半日が経過した頃ともなると5名の小隊長しか残っていなかった。


「これは先が思いやられるな……」


「まったくです、お姉様♡」


 独り言のつもりで呟けばすぐ隣から応答があって、それは班が崩壊してからずっとルナの隣を飛んでいたアリサ嬢の、どこか幸せそうな音色だった。



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