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005:金髪女性(仮)との攻防


 ――本日の誕生日パーティーは、ルナにとって既に大成功と言えるほどの結果が出ている。

 かつて撒いた種、即ち総督の件とシラヴァスク領での大災害。

 それらが策を講じる、即ち何らかの対応する行動を執る事で回避できるかどうかの実験において思った通りの結果となることが証明されたということ。


 もっと直接的な言い方をしよう。

 かつてシロに見せられた預言書(乙女ゲーム)の内容はこちらの行動次第で如何様にも変えられるということだ。


 更に物語の主人公であろうマリア・テンプル嬢にしても預言書では物語内での出会いが初見となるルナとの邂逅を早めたのはシナリオが始まる前に仲良くなっておけば障害になり得ないと考えたから。

 可能であれば籠絡して堕とす。無理と判断するにせよ最低限この機会で挨拶を交わすくらいはしておきたかった。


 お父様(ジル侯爵)と彼女の父親が上司部下の間柄だったのは僥倖ラッキー、否、“蒼紅”に記載されていた一文から知り得ていた話である。まあ、とは言っても実際には同じ部署内に務めているという事だけ判明しており直接的な関わり合いがあるかどうかまでは分からなかったのだけれども……。


 桜心流氣術には、単純な攻撃力や傷を回復させるといった物理的な現象だけでなく相手の感情に作用する術も存在する。

 術名は“応心おうしん”というが、まあそれはどうでも良い話だ。

 原理的には相手の体にそれと気付かない程度の微量の氣を流し込み心拍数や脳内物質の分泌量を自在に操る。なんて代物で、魔法ではないから解呪ディスペル無効化アンチマジックでは逃れる事が出来ない。

 氣術に対抗できるのは氣術だけなのだ。


 籠絡する第一歩として出会った初っぱなにマリアに術を施した。

 なので彼女はルナの虜になっている。

 重ね掛けしたから、ひょっとしたら恋愛感情だけでなく性行為に近い快楽を感じたかも知れない。

 因みにアリサに対しては彼女がルナの弟子となった時から修行の一環と称して術を掛けている。

 自分の感情をコントロールし、そういった感情変化の術を掛けられていると自覚できるようにする為だ。

 最初の頃こそ寝込みを襲われるという貞操の危機を覚えるような出来事もあったが、今ではもう通用しない。


 いずれにしてもタイミング的にはギリギリになってしまったが、想定していた中で最良の状況を作り出すことに成功した。

 あとは。


 ……そう。あとは目の前でふんぞり返っている王族親子をどうするか。

 これに尽きる。



「――エリザ王妃殿下、何故にこちらへ? 事前の通知等は無かったように存じますが」


「これは異な事を仰られますわね。わらわが行きたいところへ赴き、成したい事を成すのに誰の了解を得る必要があるというのでしょう?」


「その調子で陛下を言いくるめて城を抜け出した、と?」


「ディザーク卿、口を慎みなさい。王族に対する不敬罪……いいえ、反逆罪で投獄されたくないのであれば」


 お父様とお母様が三人の前に立ち塞がってどうにか追い返そうとしているのが見える。

 そりゃあ娘が誕生日を迎える事も、これに伴ってパーティーを開くことも教えていないし、ましてや招待状も送っていないのだから当然だ。

 例えばこれがお披露目(デビュタント)パーティーであったなら話は変わる。

 貴族社会の基本的ルールとして貴族家の子供がその一員に加わる、つまりおおやけの立場になる事を国王に報告することは義務であり、と同時に上級貴族であれば尚のこと国王とその家族に対して招待状を添付するのは当然の事――受け取った側が実際に出席するかどうかは別として――なのである。


 しかしまだデビュタントも執り行っていない、貴族家の一員として認知もされていない子供の誕生日パーティーを開くにあたってはそういった諸々の義務は発生しない。

 だってまだ貴族として認知されていない子供のためのパーティーなのだからね。


 そして両親、ジルとサラエラはルナを王家に取られたくないと思っている。

 だから知らせなかったし呼びもしなかった。


 これは両親の思惑も絡んでの話になるけど、ルナがもしもごく普通の女の子だったなら12歳以前、7歳か8歳になったところで家族で登城することになっていただろう。

 なぜかと言えば母方、サラエラの実家は公爵家で辺境に領地を構えているとはいえ王家と血の繋がりもある立場なのだし、顔見せに行くのは何もおかしな事ではない。

 だが、ルナが神の啓示を受けた特別な子である可能性が浮上した時点で、両親は上級貴族でありながら王家とは明らかに一線を引かれている侯爵家としての家格を利用して顔見せしなかった。


 じゃあなぜこの誕生日パーティーで王妃とその子供らであろう二人が押し掛けているのかといえば、国王陛下が有力貴族の領内にそれぞれ間者スパイを放っており、その内情をつぶさに見聞しているから。

 わざわざ教えなくても情報としては彼らは知っているのだ。

 重要なのは「こちらからは教えていない」という事実であり。それは無言の内に「テメエにウチの子は会わせてやんねえ」と述べているにも等しいし、今回のように無理矢理押し掛けてくるなどといった行為は礼儀を失した傍若無人な態度として他の貴族家は捉えるのである。


 国王様は唯一絶対の独裁者ではない。

 自身の派閥が弱体化すれば思ったような政治も満足にさせて貰えない神輿に過ぎない。

 だから王家は貴族達の目を気にする。

 彼らの機嫌を損ねないよう己が言動の一つ一つに対してさえ細心の注意を払うのだ。


「お父様、お母様、その辺りで」


「ルナ……」


 屋敷から中庭に出てくる際の出入り口からほど近い所まで進み出てルナは告げた。

 顧みた両親の顔にそれぞれ心配そうな面持ちが浮かんでいる。

 少女は口元を隠していた扇子を閉じると二人を追い越し背の高い女性の前に立ちはだかった。


「お初にお目に掛かります。ルナ・ベル・ディザークにございます」


 ドレスのスカートを摘まんで腰を落とす。

 自己紹介するに当たって親の名を告げないのは相手がそれと知っている前提で話しているから。

 背が高いために全体的にほっそりとして、そのくせ胸の膨らみ加減が強調されている金髪美女は「あら可愛い♡」なんてつい本音を漏らしちゃう。

 ルナは次に興味なさげに彼女の連れている金髪とアッシュ髪の少年らを一瞥、再び王妃様へと目を戻した。


「それで、本日はどういった用向きでしょうか?」


 口元を僅かに笑ませ、けれど目は全く笑っていない。

 どちらかと言えば無言の圧力を放つかの如き少女を前に、美貌の夫人は「へぇ……」と感心したように薄ら笑う。


「その様子ですと、私が何者か知って尚、その態度であるとお見受けするわ」


 王妃はまだ名乗っていない。

 なので形式の上ではルナと彼女は初対面でかつ相手が何者であるかも知らない間柄ということになる。

 にも関わらずまず最初に用件を尋ねた。

 つまり「お前の名前なんかどうでも良い、さっさと用事を済ませて帰りやがれこの野郎」という意味だ。


「はてさて、何の事でしょうか。わたくしはただ、呼ばれもしないのに我が物顔で他人の家に踏み込んできた恥知らずな御方に用向きを尋ねているだけですわ」


 ふふっ、と冷笑もくっつけて放つ。

 気弱な貴族家令嬢だったなら謝罪してすごすご帰っていったろう。

 しかし一国の国王の伴侶ともなると度量が違うらしい。

 金髪女性(まだ彼女は名乗っていないので正体不明の女という扱い)は顔に喜色を滲ませ口角を吊り上げた。


「ああ、ゾクゾクするわね。喉から手が出てしまいそう」


 それから彼女は獲物を狙い定めた獰猛な肉食獣の眼光でルナへと近づいて来て、僅かに身を屈めると手に携えていた扇子をルナの首筋に押し当てた。


「私がまだ名乗っていなくて命拾いしましたわね。本来ならここに本物の刃が突き立つところですのに」


「試してみますか? お望みとあらばそういった言葉が如何なる結果をもたらすか、その身に刻んで差し上げますが」


 身分を笠に着ればお前なんかいつでもぶっ殺せるんだぞダボが。という金髪美女の言葉に対して、やってみろやボケナス、テメエの弱いおつむでも分かるように躾けてやんぞゴルァ! といった内容で返す。


 ルナは最初の時点で自身の名前は告げたが侯爵家の娘であるとは言っていない。

 そして母方の実家ウェルザーク公爵家は便宜上の辺境伯、つまり武力は超一級品なのだ。

 だからお前が王族の名前を出した上で宣戦布告するならこちらも同様に兵を集めて真正面から叩き潰すぞこのクソアマ。といった意味合いにもなる。

 金髪様は驚いたように目を見開いたかと思えば、次に哄笑と言えるほど豪快な笑い声をたてた。


「あっはっは!! 凄い、凄いわ! サラエラが内緒にしていた理由がよく分かる。この子は別格よ! 欲しい! 何としてでも欲しいわ!」


 それから落としていた腰を上げ、背筋を伸ばした姿勢から鋼色髪を見下ろす。


「あなた、ウチの子になりなさい。ウチの子供を一人あげるから」


「ちょ、母上?!」


 と驚いた声は彼女の子供達であろう二人の内の金髪の方。

 けれどルナは即答した。


「お断りします。そんなモヤシを貰ったところで煮ても焼いても食えませんし」


「なんだと?! お前、生意気だぞ!!」


 ルナの言葉に怒りを露わにしたのは金髪の後ろに居たアッシュ髪少年。

 彼は言葉の意味合いは分からなくとも小馬鹿にされているのだけは分かったらしく掴み掛かってきた。


 ガッ。


「おごっ?!」


 軽いバックステップからの足払い。

 少年は簡単に転ばされていた。


「あら、婦女子に手を挙げるとは野蛮なお子さんですわね。まともな教育が施されているか心配になってしまいますわ」


 ここですかさず嫌味を差し挟む。

 鉈の切れ味を持つカウンターだ。

 金髪女性が笑みをちょっとだけ引き攣らせるのが見えた。



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