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003:地獄のお誕生日パーティー開幕


 遅延もなくやって来た馬車。

 私は心の隅っこで毒づきつつ、パパとママに促されて客室に乗り込んだ。

 馬車の荷台は天井が無く、おかげで通り過ぎる町の風景や行き交う人々の様子がつぶさに見て取れた。

 それはつまり、侯爵家邸宅との距離がどんどん狭まっていくのも丸っと見通せるという事でもあって。

 一秒おきに気が重くなるのを感じながら私は両親に服装がおかしくないか再三確認する。


「マリア、今日はあくまでお誕生日パーティーなのだから、それほど気にしなくても大丈夫だよ」


 パパが苦笑交じりに物申す。

 いや、それは分かっているのです。


 貴族社会のしきたりとして、12歳になったご子息ご令嬢はデビュタント、お披露目会を行う。

 このイベントで家の財力や権力をアピールするのと同時に本人が同世代の子供達との知見を得ることで横の繋がりを構築するのだけれども、このお披露目会を行っていない子供というのは貴族とは見做されない。

 つまり12歳以下の貴族家令嬢令息というのは、あくまで“貴族家の子供”であって、飼っている犬猫よりちょっと上くらいにしか見られないのだ。

 これはデビュタント内で礼法や所作、考え方、知識といった分野で自らが貴族家の一員として相応しい人間であることを証明するといった意味合いを含まれているからで、だから催しの中心人物となる令息令嬢はこの自身の一生を左右する一大イベントに全身全霊を賭けなければいけない。


 翻ってこちらお誕生日パーティーなどは公式のイベントではなく、あくまで12歳になった事そのものを祝うだけの催しになるため、招待客としてリストアップされるのは気心の知れた人ばかりだし、もしくはごく個人的な繋がりを求めての参加要請になるので此処で得られたパイプというのはあんまり表に出さないものなのである。

 なので多少砕けたパーティーと言えるだろう。

 というかお誕生日会と言えどもパーティーを主催するともなると結構なお金が飛んでいってしまうので、潤沢な資金力を持つ上級貴族しかまずやらない。

 ウチのような下級貴族はパーティーを開くどころか家族でケーキを囲むのがせいぜいだ。


 まあ、私個人としては誕生日を祝ってくれるのは家族だけで充分だし、折角のお祝い事で気を張るなんて御免被りたいのですけれど。


 ほんの少しだけ標高が高くなっている上に建っている侯爵邸はやたらと背の高い鉄柵に四方を囲まれており、門の両端には物々しい全身鎧フルプレートの騎士が二人、槍を携え立っている。

 馬車を停めた御者が何やら書類を差し出すと騎士達は一礼して、鉄柵を切り取り扉として仕立て直したような正面扉を開けたものである。


(いよいよね……)


 私はゴクリと唾を飲んで、馬車に揺られるままお屋敷の玄関口まで両親と共に連れ去られるのだった。



◆ ◆ ◆


「本日はお招き頂きありがとう存じます」


「クォーツ君、よく来てくれたね。おや? そちらの素敵なレディーはどなたかな?」


 ジル・ベル・ディザーク侯爵がパパと言葉を交わした後、私の方を見る。

 これは自己紹介を促す言葉だとすぐさま察知して、ドレスのスカートをちょんと摘まみ上げてカーテシーを披露する。


「お初にお目に掛かります侯爵様。私はクォーツ・テンプルの娘、マリア・テンプルに御座います。以後お見知りおきを」


「ああ、利発そうな娘さんじゃないか。目元が奥方とよく似ている。とても美しいお嬢さんだ」


「お褒めにあずかり恐悦に存じます」


 そんな遣り取りをしてから目だけで見回す。

 悪役令嬢ルナ・ベル・ディザークの姿は見当たらない。


「どうかしたのかい?」


 私の所作が挙動不審だったのかジル侯爵様が怪訝そうな顔で聞いてくる。

 慌てて取り繕った。


「いえ、ルナ様のお姿を探してしまいまして」


「ふむ。ルナは既に中庭で客人たちと語らっているよ。君とは年齢も近しいし、仲良くして貰えると嬉しいよ」


 ディザーク侯爵様が優しげな笑みを浮かべる。

 パッと見、三十路くらいの御仁。

 あ、この人めちゃくちゃモテるタイプの人だ、なんて熱くなる頬もそのままに思った。

 顔は温和そうで、それでいて精悍というか凜々しさを醸し出している。

 ウチのパパも優男系の顔だけど、完全に上位互換というか、モロに私の好みというか。

 ダンディなオジ様と表現するにしても、私だって前世での年齢を加算すれば結構な年齢になるのだし、これは年の差なんて関係ないよね?

 などとつい思っちゃう私。


 因みに、“蒼紅”の攻略対象にジル侯爵は含まれていない。

 私はそれが残念で堪らない。

 ああそうか、私、渋くて優しげなオジサマが好みなんだ。と不意に分かってしまった。


「では早速ご挨拶に伺いますね」


「ああ、そうして欲しい。ルナも喜ぶよ」


 恥じらいからなのかドキドキしている胸の内を悟られまいと頭を下げるなりそそくさ歩き出す。

 案内役の年若いメイドさんが微笑ましげな顔で私を見ているのが分かった。



◆ ◆ ◆


 ――それから案内されたのはお屋敷の中庭。

 庭師さんの尽力あってか美しい花々の咲き誇る庭では白いクロスの敷かれたテーブルが5つあって、そのいずれにも料理の盛り付けられた大皿が並べ立てられている。

 テーブルの脇に綺麗な皿が重ねられており、つまりはビュッフェ形式の立食パーティーなのだと容易に察する事が出来る。

 椅子やベンチが庭のあちらこちらにある事から座って食べたい人も安心。けれど主旨としては会話して知見を得る事こそを狙いとしているのが分かった。


「――あら、見ない顔ですね?」


 中庭に足を踏み入れて早々、声を掛けられてビクリと肩を震わせてしまった私。

 慌てて顔どころか体全部を向けて、声の主を視界に収める。


(綺麗……)


 瞬間的に私の目は年の頃も同年代に違いなかろうその少女に釘付けになった。

 腰まで伸びた艶やかな長髪は銀色と表現するにしてはメタリック感が強く。

 優しげな面立ちは男も女もお構いなしに魅了してしまうに違いないほど端正。

 背は高い方だと思う。

 青を基調としたドレスは、それでいて肩口を覆うレースのショールにより透明感を演出していた。


 人間というよりは天才的な芸術家がこしらえたかと疑う程の美の境地。

 触れたらすぐにでも壊れてしまうかと思われる程の繊細さと美しさを併せ持って、その少女は凜とした佇まいで私の前に立っていた。


「あ、あの、はじめまし――お初にお目に掛かります。私、クォーツ・テンプル男爵のの娘でマリア・テンプルっていいます。あの! その! ええと、仲良くして下さいっ!」


 貴族間の挨拶の定型文が頭からすっ飛んでしまった。

 真っ白になった頭をそれでも無理矢理に働かせて挨拶らしきものを口走ると深々お辞儀する。

 すると彼女は一瞬僅かに不思議そうな顔をして、次に細くてしなやかな指先にて私の頬に触れた。


「そう緊張なさらなくても大丈夫ですよ。マリアさん、私はルナ・ベル・ディザーク。ディザーク侯爵の娘です」


 クスクスと優しげに笑んで彼女は告げる。

 触れられた頬が熱を持って、理性が溶けてしまうんじゃないかと錯覚するほどフニャフニャになってしまう。


「あぁ……ルナ……おねえさまぁ……」


 私の口が独りでにそんな甘えるような音色を紡ぎ出していた。

 ハッとして口元に手を当てた私に、彼女は「可愛い♡」と囁く。


 ここで横から鋭い声がやって来た。


「お姉様! また女の子口説いてるの?!」


「アリサちゃん、口説くだなんて人聞きの悪い事を言わないでくださいまし。親交を温めているだけですわ」


 見れば赤毛なんてものじゃない色鮮やかな紅色の髪を揺らし、赤いドレスを身に付けた如何にも気の強そうな少女が小走りでやって来る。

 彼女も物凄い美形だった。


「あたしはアリサ・ウィンベル。伯爵家の娘よ」


「あ、お初にお目に掛かります、私はマリア・テンプル、テンプル男爵家の――」


「マリアね、分かったわ。さ、お姉様はこっちに」


 貴族家令嬢として恥ずかしくないよう定型文を告げようとした私は、けれど途中で遮られてしまう。

 というか通常、貴族社会では名乗りを上げるのは立場が下の者からで、しかも目上から挨拶するよう促されて初めて口を開くことを許されるものだ。

 にもかかわらずアリサと名乗った少女は初手で名乗って、しかもマリアの名乗りを制した。それはつまり「お前の挨拶なんて聞く気は無い。おととい来やがれ」と言っているのと変わらない。

 いや、この場合は眼中に無いと言った方が正しいのかも知れない。

 アリサ様はルナ様の腕に自分のそれを絡めてやや強引ながら連れて行こうとする。


「あ、待って――」


 私は反射的に引き留めようとしていた。

 「なに?」と剣呑な目を向けるアリサ様とは対照的に、ルナお嬢様は優しげで儚げな微笑みを浮かべて私を見ている。


「あ、あの! 私もルナ様ともっとお話ししたいですっ!」


 引っ込み思案な筈の私の口が自分のものとは思えない台詞を紡ぎ出す。

 頭の中は彼女と引き離されたくない一心だった。

 なんでこんな気持ちになっているのか自分でも分かりはしないけれど、もうそれ以外の事なんて何も考えられない。

 私は、衝動的に駆け出すとルナ様の空いている方の腕を自分の手で取っていた。



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