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022:盗賊殲滅戦⑥ (奇跡の光)


 魔王軍幹部を名乗ったベリアルとかいう魔物を功龍波にて消し飛ばしたルナは、それからようやっと一息吐けると地ベタに座り込んだ。


「あ~、気分爽快! 今夜はよく眠れそう!!」


 功龍波は破壊力もさることながら爆音を超えた轟音を撒き散らしてしまう技で、その性質上おいそれとは使用できない。

 この、何というか、溜まりに溜まった鬱憤が綺麗さっぱり洗い流された開放感とでも言おうか、お腹の奥に積もっていたモヤモヤが取り払われた身軽さ気軽さについ大の字になって真っ青な空を仰ぎ見てしまう。


「ルナ、淑女がそうやって地面に寝転がるなどはしたないですよ」


「はぁい、お母様」


 大した時間も置かずに駆け寄ってきたサラエラお母様が視界の半分を占拠して、娘としては渋々ながらも起き上がるしかない。

 というか、周囲では戦い傷つきながらも剣を振るっていた騎士の皆さんがベリアルの死と同時に人型をした黒輪郭の姿も一気に消失したことから戦いの終息を感じ取り、仲間の遺体を集めたり重傷者の手当てをしたりといった戦後処理が始まっている。

 立ち上がり衣服に付いた泥を手で払い落としたルナは、そんな騎士隊の様子を一巡眺めてから大きな溜息を吐き出した。


(発端はわしだし、知らぬ存ぜぬは通らんよな、やっぱり……)


 母親に盗賊狩りからの温泉強奪を提案したのはルナである。

 そして、この結果が今の眼前に広がる光景へと繋がっている以上は見捨ててはおけない。

 しかも死傷者というのがディザーク侯爵家に属する騎士たちであるのだから、放置すれば当然ながら侯爵領内の戦力低下となる。

 めちゃくちゃ疲れてはいるのだけれど、時間を置けば死体は腐敗が進行してしまって、蘇生させるのに費やされるエネルギーが無駄に増えてしまうだろう。

 そう考えて、ルナは面倒事を今すぐ一気に片付けてしまおうと思った。


「みなさ~ん! 遺体の蘇生と怪我人の治療をまとめてやっちゃいますから、全員を一カ所に集めて下さ~い!」


 お母様が後ろで呆気にとられているのなんて完全無視で騎士達に呼びかける。

 意味が分からないなりに騎士達は言われるまま、死体と怪我人全部をルナの前まで運び込んだ。

 数は、死者が20。重傷者が10。

 ……いや、死に過ぎじゃね? とは思ったけれど口には出さない。


「じゃ、終わらせちゃいますね」


 鼻歌交じりに、ちょっとそこのパン屋に行ってきますくらいの気軽なノリで告げるとルナは胆田で練りに練った氣を解放する。


 ――桜心流氣術、奥義・天武再生てんぶさいせい



 キィィィ……ン。


 甲高い音色と黄金色の風が少女を中心に巻き起こる。

 臨界点を超えた氣が物質化。これを呼び水として宇宙にあまねく漂う聖神力エーテルを引っ張り込んで我が身へと導き注ぎ込む。


 ルナの背中に一対の純白の翼が出現した。

 銀色だった艶髪が黄金色の光を帯びて。

 頭上に顕現した光の輪を併せて天使様を彷彿させる出で立ちの出来上がり。


 あとは全身に巡っている奇跡の力を死者や重症患者に照射。

 彼らの体内にある因子から素体情報を引っ張り出して復元すれば、一瞬後には全員とも元通りといった算段だ。


「あら? あらあら?!」


 しかし誤算が発生する。

 ルナの体に入り込んだ精神力エーテルでは演算能力パワーが不足していて人数ぶんの復活を成すには至らないのだ。

 なのでルナは「しょうがないっ!」なんて声に出すと更に膨大な氣を吐いて聖神力エーテルを呼び込んだ。


「大天使……様……」

「神の御使いさま……」

「ルナ様の正体は女神の化身だったのか……」


 黄金の光を前にどよめく騎士達。

 ルナの背にあった翼が二対4枚、否、三対6枚へと数を増やした。

 頭上の輪っかも三つになる。

 少女の全身から放たれていた光がいっそう巨大になった。


 宗教絵画的に言うと天使は一対翼、大天使は複数の翼を持つとされている。

 しかし、そもそも意味合いが違うのだ。

 翼に見えているのは宇宙空間から聖神力を呼び込み体に接続した際のチャンネル数というかコネクタで、つまり接続端子の数が増えればそれだけ出力が上がるという単純明快な意味合いなのである。

 そして頭上の輪っかというのは、体に降ろしたまでは良いけど使い道の無い余剰の聖神力が物質化して頭の上に留まっている――厳密には上に逃げようとしているのを個人が持つ“存在する力”で抑え込んでいる状態――のがその様に見えるというだけの話でしかない。


 何事も、その様に見えているというのは相応の理由があってそう見えているのである。


「――力尽きし魂たちよ。今一度の機会いのちを与えましょう。願わくば今度こそあなた達に相応しい誇りある死を迎えられますよう」


 今度は三対翼のフルパワーで死者蘇生を行ったルナ。

 膝を地に着き祈るような仕草で己が身に巡っている力を解き放つ。

 演算能力が有り余っていて、そのせいで周辺地域の土地まで一気に浄化しちゃったけれどそこはご愛敬ってなもんだ。


 地表に突き立った光の柱。

 眩くも神々しい厳かなる光の束。

 黄金の粒子が風に攫われ光が収まった時にはもう、そこに死者も怪我人も見当たらなかった。


「奇跡だ……」

「神のご意志だ……」

「ルナ様! 女神ルナ様!!」


「「「ルナ様!! いと尊き御方!!」」」


 全員の蘇生と治癒が同時に行われるという驚天動地の奇跡を目の当たりにした騎士達が沸き返り、まだ背中に顕現している翼が消えていない少女の周りへと群がって口々に賛辞を叫ぶ。

 ルナは、この時になってようやく自分がやらかしちゃった事に思い至った。


「まいったなぁ……」


 騎士達はルナを神の御使いなどと勘違いしているが、これが話として広まると色々な勢力から付け狙われる事になる。

 だってホラ、誰だって手を伸ばしたところに強力な力があれば奪い取って我が物にしようと企てるものじゃないか。

 ルナだって相手の立場だったらそうするだろうし。

 そうなると結果として内乱が勃発するかも知れない。

 これは自分で思う以上にヤバい事案かも。

 そんな事を考えていると後ろから手が伸びてきて少女の小さな身体を抱き竦めた。


「あぁ、ルナ……私の可愛い娘……私が至らないばかりに貴女あなたに負担を強いてしまった。けれど心配しないで、後は私が全部ちゃんと片付けますから」


「お母様……」


 サラエラの音色は涙混じりで。

 恐らくは彼女もルナと同じ結論に至っているのだと理解できた。


「ちょっとマズい事になりました」


 母の腕に手を添えた少女。

 怪訝そうに首を傾げる気配を後ろに感じながらルナは告げる。


「氣を使いすぎたせいで気絶しそうです。後の事はお願いしま――」


 そして言葉を言い終えるより先に意識が途絶える。

 糸の切れた人形のように崩れ落ちようとする肢体を支える母親は、周囲で興奮冷めやらぬ男達とは対照的に悲壮感に充ち満ちた面持ちだった。





 サラエラは薄々勘付いていた。

 我が子が尋常ではない使命と力を宿して生まれてきた娘であることを。

 未来を夢で見たとの言葉を聞いたとき、予感は確信へと変わった。


 自分の祖先、始祖は女神の血を受け継いでいると遠い昔、まだ実家住まいだった頃に聞いたことがある。

 あの時は与太話か幼子を寝かしつけるために語るお伽噺の類と信じて疑わなかった。

 しかしどうやら違うらしいと気付いたのは魔法学校に入学して少々が経ってからのこと。

 女神の眷属として何らかの宿命を背負って生まれてくる一族の子供達。

 自分だって幼少期から特異な力をその身に宿していた。

 それを明確に理解したのは学校内で他の生徒達と能力を比べた時だったろうか。

 自分でも笑ってしまうほど圧倒的だった。身体能力のみならず、魔法も剣術もあらゆる技術が簡単に習得できたし一度覚えたことはすぐに応用を利かせられた。全ての学科で極めて高い評価を得て、学年主席で卒業したのだって、詰まるところが持って生まれた資質が桁外れだったからに他ならない。

 だから分かるのだ。我が子の体に流れている神にも等しい力の存在を。

 7歳にしてすでに母を凌駕するその能力は、もはや神懸かりとすら言えるだろう。

 今の自分を超えているのではない。全盛期の頃の自分を大きく上回っているのだ。

 ルナは、愛する娘は、確かに女神の化身かその眷属なのである。


「聞きなさい!」


 サラエラは声を張り上げた。

 尋常ならざる気勢にそれまでの浮かれ気分から一転、騎士達は口を閉ざし固唾を飲んでディザーク夫人の言葉を待つ。

 数秒の沈黙を経て、少女を抱きかかえた母君はその唇からどこか張り詰めた声を絞り出した。


「あなた達が今この瞬間に見聞きしたことは一切口外してはなりません。話が広まればいずれこの娘は何者かに奪われ二度と私たちの所へは帰って来ない。ルナは、決して失ってはならない我らの秘宝です。この宝物を守るために私はあらゆる手段を厭いません。皆様方、努々(ゆめゆめ)お忘れなきよう」


 サラエラは言葉を切って踵を返した。

 お祭り気分になりかけていた騎士団の者どもとて各々に厳粛な面持ちで後に続く。


 この日の出来事は、しかしルナという少女に対する崇拝という形で人々の胸の内に刻みつけられた。



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