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019:盗賊殲滅戦③ (前門の虎、後門の狼)


「……サラエラ様、もうじき施設の包囲が完了します」


 軍で言うところの先行部隊であろう集団を簡単に殲滅した第二騎士団50名は慎重に散開しつつ前進。

 丘の上に立つ教会を仰ぎ見る所までやって来た。


 兵団の中央、馬に跨がるカーディス隊長と居並ぶ格好で鎧甲冑を身につけたサラエラと、身軽ながら魔導士を思わせるマントと妙にゴテゴテとした手甲を腕に装着するミーナ夫人が徒歩で上り坂になっている地面を踏み締めている。

 空はまだ青く、日が沈むには幾ばくかの猶予があった。


「――ちょっとマズい事になっちゃったかもね」


 そんな兵集団を視界に収め、遙か後方、十数頭の馬に囲まれる格好の馬車と歩調を合わせるルナがつい口走る。


「どういうこと、お姉様?」


 カラカラと音を立て回り続ける車輪。これとは逆方向からアリサの声がやって来た。

 ルナは肩越しにすぐ後ろを歩いている鷗外を一瞥、次に紅髪娘へと顔を向ける。


「気配がね、予想してたより随分と多いのよ。それに後ろで倒れてる人達も、まだ死んでないっぽいし……」


 もう一度肩越しに顧みて、しかし今度は鷗外の向こうで地に伏している先ほど騎士団が簡単に倒した死体へと目を遣る。

 鷗外もそれに気付いているのか「トドメを刺しておきましょうか?」と問うた。


「そうね、お願いするわ。……私は前に出るから一匹残らず駆除(・・・・・・・)して欲しいところだけど、できそう?」


「できるかどうかを聞くのは無粋というもの。“やれ”と、一言そう命じれば良かろう?」


 ルナの背後で大男がニヤリと笑む。


「そう、だったら私の腹心たる貴方に命じます。敵を排除しなさい。躊躇無く、容赦無く撃滅し、塵芥となさい。それがたった一つの命令です。異論も例外も認めません」


「その命令、確かに承った」


 身体の向きを変えることなくあくまで肩越しに言い放つ少女に、黒胴着の男は慇懃に頭を垂れる。

 端で見ているアリサが「これって何の寸劇?」なんて聞いてきてルナはちょいと嫌そうに顔をしかめながら、それでも紅い長髪の頭頂部を撫でた。


「アリサちゃん、私はちょっとお母様達の所まで行ってくるから、あなたはここで大人しく待ってなさい」


「え、イヤよ。私も一緒に――」


「ダメです。あなたの体は貧弱すぎる。あなたの動きは遅すぎる。この先に伸びているのは修羅の道。狂気と憎悪にまみれた死屍累々の中を嗤って征ける人間でなければ戻って来られない」


 唄うように囁くように告げる。

 アリサはジワリと目に涙を浮かべ、縋り付くようにルナを抱き締めた。


「じゃあ、絶対に戻ってきてね、お姉様」


「ええ、約束するわ」


 幾らか動きやすさを重視しているとは言えドレス調の衣装を身につけた幼女二人が軍馬に引かれた荷台の袂で抱擁する光景は、周囲にある馬の群れも含めて奇異としか言い様が無い。

 それでもルナはギュッと紅髪娘の体の熱さを堪能してから彼女の身を解放した。


「じゃ、ここで大人しくしていてね」


「うん――、お姉様」


「?」


「ご武運を」


「ありがとう」


 鷗外が踵を返し駆け出すのを目端に捉え、ルナは彼とは真逆の方へと身体の向きを変える。

 馬を繋ぎ止めておく役割も兼ねて馬車の周囲に展開していた兵士達が慌てて止めようとしたが、彼らの手が銀色髪の小さな肢体を捉えることあたわず。

 目一杯に引き絞られた弓のつるから弾き出されるやじりの如く、凄まじい速度で最前線へと駆け上がる。

 少女の眼前では未だ姿の見えない何者かの気配が急激に膨張していた。



 ――騎士達が慎重に足を進め、遂には建物を包囲した頃合いになって最前線フロントラインはそれまでの様相から一変する。

 打ち捨てられいつ倒壊してもおかしくない教会の、崩れて大きく口を開けている壁の内側から何やら黒々とした物が這い出して来たかと思えば不用意に近づいた騎士の一人に飛び掛かり、男が抵抗して藻掻くのもお構いなしにその胸部に片腕を突き立て臓器をくり抜くように引き抜いた。


「あ……がぁ……」


 胸の中央部に穴を開けられ己が血液を盛大に噴き零す騎士は、声にならない断末魔と共に地面の上へと崩れ落ちる。

 黒々としたものは人の輪郭を模したかのような造形だったが、その頭部に開いた真っ赤な眼の光と大きく割けた口に被害者の肉片を放り込みバリボリと咀嚼する様を見た限り決して人間という種ではないと断言できる。

 盗賊だと信じて疑わなかったものが、実は人間ですらなかったなんてタチの悪い怪奇現象に他ならない。

 面々は意表を突く光景の出現に暫し呆然。

 そんな中にあっていち早く我に返ったのはサラエラだった。


「くっ、総員攻撃を開始せよ! 一人として逃がすな!!」


 女傑はかつて魔物の巣窟に単身乗り込んだこともある。

 結婚して娘を出産、子育てで更に7年。

 なので実際には8年か9年も前の話になるし、全盛期と比べれば体力だって落ちている。しかしそれでも戦士としての本能は未だ衰えていない。

 その危機察知能力が、眼前に出現している黒い人型の正体を看破していた。


(あれは……眷属。だとしたら、ここには……!!)


 ルナは住み着いているのが盗賊団であると述べた。

 何十人と居るのかも分からないが打って出てきた盗賊たちを制圧すれば目的は達せられると。

 だが、そうではないと今になって理解する。


(情報が間違っていた? いや、違う。だとしたら最初に接敵した盗賊と思しき人間達が説明つかない。つまり盗賊団は確かにここにいた。ただ、私たちより先に彼らを襲撃した者が居て、既にこの教会周辺が奴らのテリトリーになっている。ならば私たちの任務は一つ残らずアレを排除する事。一匹でも市街地にやるワケにはいかない……!!)


 それまで見せたことのない険しい面持ちで腰の剣を引き抜き駆け出す。

 すぐ後ろに気配を感じて一瞬だけ顧みれば、紅髪のミーナが手甲を填めた手で拳を作って追従するのが見えた。


「お姉様、一番槍は私に!」


「宜しくてよ」


 ああ、十年前もこんな感じだった。

 懐かしさを覚えてつい口元を笑ませてしまう。

 最前線では最初に出現した一匹を皮切りに、続々と同じような見てくれが這い出していた。


「日が沈む前にカタを付けないと」


「分かってます!」


 ミーナの紅髪が尾を引いて加速する。

 サラエラを追い越して尚も走り続ける。

 やがて彼女は跳躍した。着地地点には数体の黒い輪郭たち。


「いっっけぇぇぇっ!!!」


 ――紅華魔導拳術、紅蓮花ぐれんばな!!!


 ボグンッッ!!!


 ミーナの両拳に紅く炎の光が灯り。

 着地するのと同時に拳にて地面を殴りつける。

 刹那、一気に花開いた真っ赤な花。

 黒い四肢は瞬間的に火だるまになって踊り狂うように地面に倒れ、数秒としない間に塵になって消え失せた。


 そんなミーナの視界の奥から突っ込んできた四体の黒い塊。

 女はそれさえ見越していたようにフッと唇を笑ませ、真横へと大きく飛び退く。


「ぜあぁっ!!」


 ――皇神流剣術、九頭龍閃くずりゅうせん


 そこへ音速など簡単に越えた、まさしく神速の太刀が飛んでくる。

 光が通り抜けたかと思われた次の瞬間にはもう、襲い掛かっていたはずの人型は余さず細切れにされ塵へと還っていた。


「素敵です、お姉様♡」


「そういう事は終わってから言ってちょうだい」


 ふぅ、なんて息を吐きながらサラエラは姿勢を正す。

 建物の奥からはまだ何体もの影が這い出そうとしていた。



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― 新着の感想 ―
然り気無く抜刀斎 もともと閃は斬撃に特化した刀の方が良いが、魔法がある世界だから刀なんて作らないよな(笑)
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