018:盗賊殲滅戦② (出陣)
大通りに面した一角、衛兵詰め所の前で整列する兵士達を道行く人々が物珍しげに一瞥、しかし自分の用事を優先させているのかはたまたヘタに首を突っ込んで面倒くさい事に巻き込まれたくないとでも考えているのか足を止めようとする者はなかった。
「各員傾聴っ!!」
ザッ。
そこに響くのは部隊長カーディス氏の声であり、50名もの剣と鎧で武装した兵士達が一斉に彼らの正面にて鞘付き剣を地に付けるサラエラ夫人へと顔を向ける。
「ディザーク第一騎士団内ラトス治安維持部隊より選抜され、現時刻をもって第二騎士団に出向する形となっている諸君。我々はこれより盗賊団が拠点にしていると目される地点へと進軍し、これを撃滅せんとしている。予想地点は町外れの教会跡。書類上、住人がいないことは既に確認済みだが浮浪児等が住み着いている可能性もあるので各員留意されたし。成人している人間については性別に関わらず拘束し連行するが、反撃の姿勢を執った時点で盗賊団に帰属する者と判別し速やかに処理するように。作戦概要は以上であるが、不明な点があれば挙手せよ!」
普段のおっとりとした彼女からは想像できないほど凜とした佇まい。
結婚する前ともなれば銀の剣鬼なんて格好良い二つ名で呼ばれていたらしいお母様の立ち姿。
それはもう女傑としか表現のしようのない厳めしさで、ルナはちょっぴり感動していたり。
兵士達は、普段は町の衛兵として見回っている男達ではあるのだが、少なくとも今この瞬間を切り抜きして見る限り、どれもこれも精悍そのものといった面構えをしているかに思われた。
「質問等が無いようなので出発する! 以上、解散!」
「「「はっ!!!」」」
サラエラ夫人の声に答えるように男達が呼応した。
一斉に隊列を解くと各々が詰め所裏に繋いだ馬に跨がる。
勘違いをしてはいけない、彼らの本職は騎士であり、なので馬を操る事は全員が行える。
ただ予算とか諸々の都合で馬の数が少なく、機動力を要する場面ではどう頑張っても50名が限界ってだけの話でしかない。
ただし今回、第二騎士団に組み込まれた50名は団内でも生え抜きの実力者が揃っているように思われた。
まあ、平和でのどかな町なので実戦の機会は少なかろうし、彼らに経験を積ませる意味合いも含んでいたのだろうけれど。
――こうしてラトスを出発した面々は町内にありながら最果て近くの郊外へと進軍する。サラエラをはじめとしてミーナ夫人、ルナ、アリサ、鷗外は軍馬四頭立ての馬車――敵が襲撃してくる恐れがあったため視界確保を優先、幌や屋根の無い行商に使用される様な荷台を引かせている。カーディスは貴族家のご夫人をそんな見窄らしい荷台に乗せるなんてとんでもないと拒否したがサラエラが強行した。どうやら彼女は見かけに寄らず実用性一辺倒であるらしいと娘としては感心しきりである――に乗り込んでいるが、驢馬や普通の馬が引く馬車と比べて二割増しで速度が出ているらしいとは馬車を固める騎馬兵たちの言葉から推測した事だった。
(あの小っちゃい子が例の……)
(ああ、話じゃあ誘拐組織を一人で潰したらしい)
(いや俺ぁ突入班に居たんだけどよ、乗り込んでいったら構成員が全員半殺しで転がってんだよ、俺ぁゾッとしたね)
(けどあと10年もすりゃあ絶世の美女だろうな)
(やめとけよ、あんなのと結婚なんてした日にゃ機嫌を損ねたってだけで命の心配をしなきゃならねえ。どんな美人でも三日で飽きるって言うし、飽きた後が怖いぞ)
(お前そんなの本気で信じてるのか? いいか、大抵の場合、美人の方が性格も良いんだ。ブスは小さい頃から可愛い子と比較されて性格歪んでるから、嫉妬塗れの僻みまくりってなもんよ)
(身も蓋もないことを……)
(こらお前ら私語を慎め、状況分かってんのか!)
((へ~い))
移動中、何やらヒソヒソ声が聞こえてきたかと思ったら兵士諸君の世間話だった。
いやいや、大凡は正しいのだが、奇異な目をチラチラこっちに向けてくるのは如何なものか。
馬車の座椅子に腰掛け下から突き上げる振動と戦っている最中にも関わらずルナはゲンナリしたものだ。
というかさっきまでの精鋭って雰囲気はどうしたお前ら?
「見えてきました。アレが目標地点です」
「ええ、見えてます」
やがて馬車に横付けした騎馬兵が報告する。
屋根の無い荷台からだと彼らと同じ視点で建物を確認する事ができた。
それは小高い丘の上に立つこじんまりとした石造りの建物で、外観は二階建て。今にも崩落しそうではあるが屋根が残っているから辛うじて雨風は凌げそうだ。
ただし壁の一部は崩れている。冬の寒い日は暖を取れないだろうし、立地の都合から狼が入り込んできても何らおかしくない。
だからやはり業者を入れて改装しなければ施設としての運用は難しかろうとルナは思った。
「敵影捕捉!!」
そんな折りに先頭を往く騎馬から声があがる。
瞬間的に散開し迎撃態勢を整える兵士達。
上り坂になっているとはいえ平坦な地形なので馬上にて槍を構えても構わないのだが、騎兵達の中には事前に馬を降りる者もいる。
そうするよう申し合わせていたのか、それとも各々で得意の戦闘スタイルが違うからといった個人の判断によるものなのかルナには分からなかった。
「突撃を行います!」
各員の準備が整った頃合いで暫定的な指揮官となっているカーディス氏が態々サラエラに許可を求めてきた。
お母様はニコリと笑んで頷く。
すると男は手綱を振って前へと駆けていった。
「攻撃開始!!」
「「「うぉあぁぁあっ!!!!」」」
隊長の発した号令で弾かれたように駆け出す兵士達。
敵影は目視で20ほど。100メートル以内での接敵だ。
見たところ敵はどれも見窄らしい格好で、携えた武器にしたって手入れされていないのが丸わかりだった。
これなら余程の実力者でも混じっていない限り制圧は時間の問題に思われたし、事実、五分もあれば襲ってきた輩どもは難なく駆逐された。
「……これは、本当に居そうですね」
「あら、疑ってたの?」
「滅相も御座いません」
「あら、信じてたの? 私が貴方の立場だったらまず疑って掛かったものだけど」
「うぐ……返す言葉もございません」
一先ず襲撃者が全部片付いたところでカーディスが戻ってきてサラエラに告げる。
侯爵家夫人は鎧甲冑姿のまま、事も無げに曰い男を困らせて楽しんでいる。
「けれど、ここから先だと罠が張られている可能性もあるし、私たちも馬車から降りて行きましょう」
お母様がやや表情を引き締めて座席から腰を上げる。
居並ぶ者どもが心得たと頷いて、倣って立ち上がり馬車の荷台から飛び降りた。
ここでサラエラは部隊の編成を変更。
戦いの中で騎乗していた兵にはそのまま騎兵として前衛を任せ、馬から降りていた人間は五人で組を作らせ建物を包囲する目的で散開しつつの前進。
それから数名を降りた馬車の周囲に張り付かせ、乗り手を失った馬もまとめて管理、部隊の最後尾をゆっくり追従するといった陣形へとシフトさせる。
軍組織ともなると、本来であれば作戦行動中に陣形を変更するというだけでも総司令官の認可が必要になる。第二騎士団という独立した枠組みを予め用意していることには意味があったとお母様は娘に言い含めるかのように独り言ちていた。