025:過去の幻影
――ああ、これは夢を見てるんだな。と思った。
祭り囃子の声が遠くに響いている。
近くに神社があって、毎年この季節ともなれば今年度の豊作に対する感謝と来年度の豊作を祈願しての豊穣祭が執り行われていた。
日中は村の青年達が神輿を担いで通りを練り歩き、夜になれば神社の参道沿いに屋台を並べて村の衆全員で飲み食いして、終いには巨大な篝火を取り囲んで飲めや歌えやの乱痴気騒ぎ。
大陸とは違った風習。極東の島国ともなれば道行く人々はいずれも浴衣を身につけており、そんな中で異質な格好の自分たちはそこかしこから奇異の目を向けられている。
古ぼけてセピア色に染まった、懐かしさばかりが込み上げてくる風景だった。
「なあ――、お前も行くだろ?」
ふと名を呼ばれたような気がしてそちらを向けば、すぐ隣を歩いている勇者の無邪気な表情がこちらに向いているのが窺える。
勇者は男だった頃の感性で見てさえ顔が良くていつも女性方からキャーキャーと黄色い悲鳴を浴びせ掛けられていた。
しかも性格も嫌味なところが無くて、真っ直ぐで物怖じせず、人懐っこい。
これが世に言うイケメンというヤツなんだろう。
自分としても彼に嫉妬の念は抱いていた。
けれど同時に、嫌な部分が見当たらない彼を好ましくも感じていた。
そんな彼に嫉妬してしまう自分こそを嫌っていた。
だから魔王討伐を成し遂げたところで彼らと袂を別ったのだと、今更になって気付く。
勇者パーティの一人が道場を構えたともなれば当然のように人は集まってきて数年足らずで門下生400名を抱える大所帯になった。
入門志願者の増加具合を考えればあと数年もすれば千人を超えるだろうとも予測していた。
けれど、それでも拭えない寂しさ。
むしろ人の数が増えるほど、孤独感が募る。
勇者の仲間の一人として戦ったりバカやったりしていた頃が一番楽しかったと、今でも思う。
そんなカビの生えた記憶。
ある夜の風景。
ほんの一時立ち寄った東の国にて、自分には土地勘があるからと仲間達を案内して収穫祭に参加した時のものだとすぐに分かった。
「文化や服装は違っていてもお祭りを楽しむ人々の笑顔というのはどこでも変わりありませんね」
仲間の一人がそう言って、軽い足取りで追い越し顧みる。
彼女は聖女などと呼ばれており、美しい女性だった。
「ああ、そうだな」
自分の口から出た賛同の言葉、けれどそこには同時にほろ苦い思いも込められていた。
彼女は勇者のことが好きだった。
勇者は外面も中身も素晴らしい人物で、彼女が惹かれるのは当然と言えばその通り。
でも納得しきれない部分もあって、それが自分を嫌う要素になっていた。
「またこんなふうに皆で祭に参加できたら良いな」
勇者がしみじみと言ったのを今でも覚えている。
「まったくだ」
なんて相づちを打って見せてはいるものの、自分はそうはならないような気がしていた。
そしてこの時に感じた予感は間違いでは無かったのだ。
長い長い旅の終わりに魔王を討伐した勇者一行。
自分は彼らの傍から居なくなり、その後、彼らと再会を果たすことは無かった。
後悔していないと言えば嘘になる。
けれど一緒に居たら、きっと自分が火種を作ってしまうと確信もしていた。
だから決して間違いではなかったと今でも思うし、そう思うよう自分に言い聞かせていた。
「ねえ――、アレ買って!」
と、勇者の反対側から鈴を鳴らしたような声があって面倒臭く思いながらも顔を向ければトンガリ帽子を被った魔女ッ子が仰ぎ見るようにこちらを見ている。
魔女ッ子の指差した先には木彫りの面が並べられた屋台があって、どうやらその隣にある綿菓子とセットでお強請りしているらしいと知る。
「まったくしょうが無い奴だな」
なんて言いながら彼女の選んだ狐の面を手に取り代金を支払う。
購入したブツを手渡すと魔女ッ子は鼻歌交じりに面を被り、お菓子を手にスキップを踏んで見せた。
「転けても知らんぞ」
なんて言いながら本当に躓きそうになったので慌てて手を伸ばし支えてやった。
魔女ッ子は自分の事を“魔法少女だ”なんて言っていたが、魔女ッ子だろうと魔法少女だろうと妹みたいな存在である事には変わりなく、なので溜息一つをおまけしてやるくらいしか出来なかった。
勇者パーティは、勇者、自分、聖女、魔女ッ子、魔法剣士、盗賊の6名で構成されたチームで、この時はまだ魔王討伐前で勇者パーティとは呼ばれていなかったが、その内の三人が女性という冒険者チームとしては比較的女性率の高い構成になっていた。
そして女性陣はいずれも顔が整っていて、なので男としては眼福。
勇者は美女を見慣れているからそうでもないのだろうが、自分と魔法剣士は何かにつけてドギマギしたもので。
『三対三ならそれぞれくっつけば丸く収まるんじゃねえの?』なんて思うのは内情を知らない部外者の発想で、勇者と聖女は相思相愛――実際どうなのかは分からないが少なくとも自分の目にはその様に見えていた――で、自分は横恋慕していると、お子ちゃまな魔女ッ子は恋愛対象としては論外だし、盗賊娘にしたって気の良い奴ではあるがスラム育ちで手癖が悪い部分があるからどうしたって特別な感情を抱けない。
というかそもそもの話、魔王討伐を主目的としたパーティなので色恋沙汰にうつつを抜かしているような余裕は欠片ほどもありゃしないのだ。
「けど三日後の今ごろともなりゃあ船の上か……」
なんて、隊の最後尾を歩く魔法剣士がゲンナリした声を出す。
ああ、こいつ船酔いするんだっけか。などと思って憐憫の目を向ける。
勇者と聖女はそんな何気ない遣り取りを微笑ましいとでも言いたげな目で見つめていた。
――そんな、どこにでもある平穏な日常の風景。
そして、もう戻らない過去の情景。
目が覚めた時、ルナは頬を伝う涙の感触に思わず苦笑を漏らす。
「何か夢でも見ていたの、お姉様?」
「ええ、随分と懐かしい景色を見たわ」
ベッドで身を横たえるルナは、息の掛かる距離にマリアの顔があるのを見つけてシーツで涙を拭う。
というか、なんでこの子が同じベッドの上に居るのか?
昨日の就寝時には間違い無く宛がわれた部屋に帰っていった筈なのに。
「でもマリア、淑女が他人の寝所に忍び込んでくるのは感心しないわね」
「御免なさい。でも寂しくて死んじゃいそうだったからつい……」
「はぁ……まったく仕方の無い子ね」
などと囁き合って、ついでにとばかりに手を伸ばすと瑠璃色髪の頭を撫でてみる。
するとマリアは気持ちよさそうに眼を細めて撫でられるに任せていた。
「さ、起きましょう。朝食を摂ったら学園に行く準備をしないと」
「はい、お姉様」
ひとしきり柔らかい髪の感触を掌で堪能した後は身を起こしベッドから抜け出す。
倣って立った聖女ちゃんは、撫でて貰ったお返しのつもりなのかルナを後ろから抱き締めた。
「あぁ、お姉様、好き♡」
くんかくんか。首元を嗅いできたのでその額にデコピンする。
バチンッ、と案外に派手な音がして、聖女マリアは涙目で蹲ったものである。




