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023:レイナと試練の洞窟⑫ マリアの考察


 ――いや、気になる事はある。

 例えば試練の洞窟で最初に出くわしたのは魔界男爵“鈴木土下座右衛門”、つまり魔族で、だったら真ダンジョンの奥に鎮座すべきは魔界子爵とか更に強力な魔族というのが定石セオリーというか。

 なのに実際に遭遇したのは八岐大蛇ヤマタノオロチで、戦利品ドロップは天叢雲剣というゲームと同じ展開だった。


 そう、試練の洞窟の下層に広がる周回プレイ前提の真ダンジョンで待ち構えているボス敵は八岐大蛇で間違いないのだ。


 けれど魔界男爵の登場なんて当イベントに際して少なくともゲーム内には無い話。

 つまり、何者かがイベントに介入して本来あるべきシナリオに魔族との遭遇と撃破を差し込んだと考えるのが妥当な所となる。


 一体誰が、何のためにそれを行ったのか?

 真っ先に思い浮かんだのは既に討伐されている“幻燐の魔女”の暗躍なのだけれど、彼女は今現在人格を根こそぎ書き換えられたほぼ別人のていで女神教神殿で働いているのだし、それは有り得ない。

 だとするなら他に乙女ゲームのシナリオを知っていて、かつ改変しようと企てる人物なんてまるで心当たりが無いのである。


(う~ん、困ったなぁ……)


 私の頭脳が名探偵ばりに優秀だったらこの時点で犯人を特定しているのだろうけれど、生憎と私の頭の出来は並。どんな高性能な色眼鏡を掛けて見ても上にはならないのだ。


 あと、これは自分でも忘れそうになっている話だけれども。

 ルナお姉様は女神アリステアそのもので、なので私たちと同じ世界に存在している事そのものがイレギュラーになる。

 その特異点を生み出す切っ掛けになっているのが忌まわしき古代の魔導具“プロビデンスの眼”。

 乙女ゲームではロストしたキャラの復活アイテムだったけれど、しかしその実、対象の魂と肉体を地上界に縛り付けるといった超絶的に邪悪な霊的呪物なのである。


 で、そんなヤバいものを知らずとはいえお姉様に対して使用した私は、聖女マリアとして乙女ゲームの主人公として攻略対象ヒーローたちと恋愛ごっこに勤しむこともなく、死んだ瞬間に地獄に堕ちるのが確定している大罪人として、今はお姉様の付き人というか専属聖女として過ごしている次第で。


 そしてお姉様(いわ)く、私が背負った業(神を呪うといった所業は途轍もない大罪であるらしい)は、そうなるよう仕組んだ真犯人“X”に擦り付けるのが私が助かる唯一の方法であるとのことで、だから私は名探偵ばりの推理によって事件の全容を解き明かさなくてはいけない。

 というのがRPGでいうところのメインシナリオになる。


(……ハァァ。考えれば考えるほど面倒な展開よね)


 内心で嘆息する私は、憂さ晴らしにと歩いているお姉様の腕に自分のそれを絡めてみる。

 試練の洞窟の隠し通路から降りた先にあった真ダンジョンはルナお姉様を旗印とする私たちお嬢様チームで踏破。今はその帰りの途にあった。


「ちょっとマリア、お姉様とイチャイチャしない!」


 先頭を歩くアリサ様が肩越しに顧みて怒鳴る。

 後頭部に目でも付いてるのだろうか?

 すぐ後ろのクリスティーヌ様が「あはは……」と困ったように笑み、最後尾のシェーラ様は動じた様子も無く。というかこの人ってばクールよね。こういうのをクーデレと呼ぶのだろうか? そうでないなら名実共にお姉様の妹といった立場だから余裕ぶっこいているとか。キーッ悔しいっ!


 そんなこんなで迷路の中程までやって来た私たちは、だだっ広いドーム状の玄室と、見覚えのある顔に出くわした。


「やあルナ、それに他の皆も。無事で何より」


 声を掛けてきたのは見目麗しい金髪青年。

 アベル殿下その人だ。彼は第一王子でかつルナお姉様の婚約者。

 過去のあれこれでなし崩し的に婚約関係に至って以降、関係は未だに継続している。

 このクソ野郎。五体を切り刻んで犬の餌にしてやろうかとも思わなくも無いけれど、実質的には王族だしルナお姉様に害意を向けているワケでも無いからとニッコリとヒロインスマイルなどを向けてみる。

 処世術とはいえ、けっこう精神的にクるものがある。


 他にもカイン殿下とダルシス君。あとレイナ嬢も見受けられた。

 レイナちゃんは蒼紅Ⅱの主人公ではあれど、ここは無印の舞台であるグランスヴェール魔法学園、つまり私の領域テリトリーなので好き勝手はさせないぜってのが私の考えだったりする。


 いや、まあ、彼女がハーレムエンド狙いで鬱陶しい男性陣を一手に引き受けてくれたなら私は思う存分お姉様とイチャイチャラブラブできるのだし、なので庇護欲を掻き立てる媚び媚びな態度で王子様に粉掛けていたってこれっぽっちも問題なんて無いのだけれども。


 けれど見た感じ彼女プライド高そうだもんなぁ。

 ゲーム通りなら家柄が魔導士の系譜で、幼少の頃から超一流の魔法使いを目指してた筈だし、そんな人間が亡命先の王子様相手に媚びて甘えるとかできなさそう。

 ……私の推測している通りに転生者であったとしても、やっぱり十数年ものあいだ厳しい環境に身を置いていたならプライドが邪魔してそう簡単には媚びへつらえないでしょうよ。


 いずれにせよ、まかり間違ってもお姉様の断罪劇を仕立て上げようとなんてしたなら、専属聖女として、女神教の全信者を総動員して社会的にも物理的にも抹殺しちゃうけどね。

 お姉様を害しようとする者は如何なる存在であっても叩き潰す。

 それが私のモットー。

 要するに女神教の大聖女をナメんなよってこった。


「あらアベル殿下、あなた方もこちらに来てしまったのですね」


 王子様の目があるからと組んでいた腕を離して取り繕う私を一瞥。

 お姉様は婚約者たるアベル殿下へと気安い言葉を返す。

 けれど私は見逃さない。

 お姉様の台詞に「こっち来んなボケがっ!」という本音がほんのり乗っかっている事を。


「つれない人だね。だけど無事であったなら何も言うことは無いよ。さあ来た道を戻ろうか」


 王子様はめげない人である。

 ルナお姉様の台詞に込められた意思を汲み取ってさえこの余裕。

 或いは理解できないのか?


 踵を返したアベル王子。

 彼に追従するように足を前に出すお姉様。

 そのお姉様の目が不意にカイン王子を見つけてつま先を止める。


「あら、カイン王子」


「なんだよルナ嬢」


 アッシュ髪の王子様は何を思ったか目を逸らす。

 お姉様は何を考えたか第二王子の方へとツカツカ歩み寄ると、手を伸ばして彼の胸ぐらを掴んで顔を下げさせる。

 カイン王子は長身で、ルナお姉様は私よりもほんの少しだけ背が低い。すると何とも珍妙な絵面になるという。

 お姉様は鼻先がくっつくんじゃないかってくらい顔を寄せると囁く。


オレの目を見ろ」


「っ?!」


 数秒間アンバランスな構図で見つめ合う二人。

 異変に勘付いたのかアベル王子が足を止め、驚いた顔でそちらを見ている。

 もしかしたらお姉様がカイン王子に懸想しているんじゃないかと心配したのかも知れないが、少なくとも私の目ではそういった甘やかな空気感は欠片ほども見つけられない。

 むしろどちらかと言えば「ぶち殺すぞテメー」と懐からハジキを引き抜く暴力団関係者みたいな殺伐とした空気があった。


「……貴方あなた、面白い事になってるわね。けれど良いわ、見逃してあげる。だからその力を使いこなせるよう死に物狂いで強くおなりなさい。でないと卒業前に名簿から名前が消えてしまいますわよ?」


 そしてニタァァと凄烈な笑みを浮かべるルナ様。

 お姉様の囁き声は他には聞き取れなかったようだ。誰も彼もが怪訝そうな息を吐いている。

 しかし私の地獄耳デビルイヤーにはハッキリと聞こえていた。

 単純に距離が一番近かった事もあるけれど、お姉様の有り難いお言葉は一言一句として聞き漏らさないよう私の身体は出来ているのだ。


「くっ!?」


 囁かれたカイン王子は苦虫を噛み潰したような、もしくは驚愕の表情にてその端正な顔を歪める。

 言葉は聞こえていても言ってる内容はサッパリ分からない。


 ひょっとして何か二人で共有している秘密でもあるのだろうかと勘ぐっちゃったけれど、いやいや私はお姉様ウォッチャーであると自負している身、知らない話なんてあるわけが無いと自分に言い聞かせる。


「さ、行きましょ。まだ課外授業は終わっていないのだから」


 胸ぐらを掴んでいた手を離すとお姉様は何事も無かったかのように悠然とした足取りで進み出る。

 呆然とするカイン王子を視界の隅に捉えたまま第一王子が「一体どうしたんだい?」と尋ねるけれどお姉様は「大した事ではありませんわ」と素っ気なく答えるだけだった。



 ――こうして隠し通路の入り口まで戻ってきた私たちは元々のシナリオ通りに試練の洞窟の一番奥まで赴いて台の上に並べられていた金のメダルを奪取。その足で元来た道を戻ったという話になる。


 洞窟スタート地点、床に転送陣の描かれたフロアではリベリア先生が待ち惚けており、他の生徒達は先に帰したとの事で私たちは平謝りで押し通すしか手立てが無かった。


 うん、普通に行って帰ってくるだけなら三十分も掛からない道のりなんだけど私が真ダンジョンの存在を教えちゃったばかりにえらい遠回りになってしまったという、これぞ自業自得ってなお話でした。



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