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022:レイナと試練の洞窟⑪ ストレス限界突破


 ――或る日、後の世で神などと呼ばれる事となる“そいつ”が、ほんの戯れにと世界を作った。

 宇宙の中に漂う石を掻き集めて星を作り、そこに水を流し込んだ。

 陽の光を浴びせ、命を芽吹かせた。

 やがて幾多の動物が生まれたワケだが、人間という種はその中に含まれていなかった。

 関係性から言えばプログラマがスパコンを使って仮想世界を作成、ウン千年単位で社会をシミュレートしていると、こういった解釈が最も的を射ているだろう。


 星を産み、動物を自然発生するよう土壌を整えた“そいつ”は最後の仕上げにと、自身を、或いは“自分たち”を模して作った生き物をその世界に“放り込んだ”のだ。

 それが人間という種の発生起源であり。

 闘争劇の鑑賞とかいう娯楽を目的としていたせいで人間は闘争からは逃れられない。

 生まれてから死ぬまで戦い続け足掻き続けなければいけないなどといった残酷な宿業を背負い世界に生まれ落ちた文字通りに神の子供と言えるのが人間なのである。


 まあ、つまるところが神などと呼ばれる物も、神を自称する者も、ほぼ間違いなくロクデナシのクズ野郎って話だ。


 で、そんなクズ野郎が作った人間なのだから高確率で知能の高いクズになる。

 するとどうなるのかと言えば、初心者用のダンジョンを一つこしらえるにしたって床面一枚を隔てた下層階に魔境じみた空間を用意、とんでもねー高ランクモンスターどもが手ぐすね引いて来訪者を待ち構えているなんて絵面になるわけさ。


 そして本日未明に訪れた憐れな生け贄たちは見目麗しき少女達。

 彼女らの絶望に充ち満ちた悲鳴はさぞかし甘美に違いなかろうと、もしもダンジョンの制作者が居合わせていれば思ったかも知れない。


 でも現実は違っていた。

 五人のお嬢様方は、一人を除いて狂喜に満ち溢れた笑みを浮かべ、準備されていた恐るべき怪物達を次々屠っていくのだ。

 いやもう、どっちがモンスターなのかも分からない状況だ。



 ――レイナ達がダンジョン途中のドーム状玄室で身動き出来なくなっていた同じ頃。

 女帝ルナの率いるお嬢様四天王の方々は遙か下層ににあってとんでもねー怪物達と何度目になるのか数えるのも馬鹿馬鹿しい程の接触&討伐戦を繰り広げていた。


「だりゃあっ!!」


 アリサの拳がズドンと打ち鳴らされれば同じ数だけ怪物の体表が陥没し、場合によっては爆発飛散する。

 後に続けと身を踊らせるのは聖女マリアで、これがホントの聖拳だと言わんばかりの勢いで敵を引き裂きちぎっては投げ。

 シェーラとクリスティーヌは、前衛二人が頑張り過ぎちゃうものだから氣術や魔法は主に敵集団の動きを封じたりといった補助的な役割に徹さざるを得なくて。


 気付けばルナ様を最後尾に置いたフォーメーションが自然と完成の目を見ており。

 会話する中で“ラピッド・ストリーム”だなんて仰々しい名前まで決定してしまう始末。

 一方で戦いたくて仕方ないルナちゃんは全く手が出せない状況になっていましたと、そんな話である。


(あぁ、お姉様のストレスがまた……)


 そんな中でマリアは恐々としていた。

 いや、自分も戦っていれば楽しくてつい我を忘れちゃうのだけれど、敵集団を撃滅したところでハッと我に返ってみれば愛しのルナお姉様が笑顔を振りまきながらもこめかみにビキリと青筋立てている様などを目撃して自分たちの浅はかさに辟易してしまうなんてのを何度も繰り返してしまう悪循環は相も変わらず。

 ルナ様は(精神的に)もう限界だろうと察して申し訳ないやら恐ろしいやら。

 かといって本人が居る前で「気を遣ってお姉様を矢面に立たせよう」などとは口が裂けても言えないし……。

 いや、お前らいい加減に気付けよ。と言いたい気持ちをグッと堪えるしか手立ての無い聖女ちゃんなのである。


「あ、奥に如何にもって感じの扉がありますね」


 五人の凶暴お嬢様たちが迷路を練り歩いているとここがゴールとばかりに鋼鉄製の見るからに分厚そうな巨大扉が通せんぼ。

 「ではここは私が」と進み出たのはシェーラで、極黒色の艶髪を揺らしつつ近づいた彼女は柔らかな微笑みを浮かべて掌をそっと扉に押し当てる。

 「ふんっ!」と掛け声一つで見上げるばかりに上背のある金属扉がベキャリと拉げて宙を舞いこの向こう側にあった玄室の床に盛大な音を立てた。


「ざっとこんなものです」


 振り返ってドヤ顔で髪を掻き上げる娘さん。

 追いついたルナが頭を撫でると、シェーラは尻尾があったらブンブン振っているに違いない恍惚とした表情で撫でられるに任せる。

 残された三人は顔だけは「やれやれ」とでも言いたげな苦笑を貼り付けていたけれど内心じゃあ嫉妬しまくりである。


『――よくぞ辿り着いた、愚かなる人間どもよ』


 と、そんな和気藹々に水を差したのは野太いオッサンらしき声。

 声の主はと目を遣るに鋼鉄扉の奥に広がる玄室、その最奥であろう暗がりから響いてきたかに思われる。

 乙女達は顔を見合わせ頷き合うと表情を引き締めて扉を失った入り口の向こう側へと踏み入った。


『我はうぬらが如き強者を待ち侘びていた。――そう何百年と。故にうぬらに告げよう。我に挑み討ち取って見せよ! さもなくば死ね! と』


 声の主というのは人間の形をしていなかった。

 巨大な蛇。

 八岐大蛇やまたのおろち


「確か倒せば天叢雲剣あめのむらくもが手に入るんでしたっけ」


 聖女マリアが何事かを呟いて足を前に出す。

 爆炎の特攻隊長アリサが「よっしゃあっ!」と気合いも充分に己が掌を拳で叩く。

 腕を回しつつのクリスティーヌと優雅ながら抑えきれない闘気を全身から迸らせているシェーラ。

 どれもこれも巨大な魔物と真正面から対峙しながら負けそうといった気配は一欠片だって見当たらない。


「ああ、もう駄目だ」


 そんな四人を差し置いて駆け出した影がある。

 それはルナお嬢様ご本人。

 「お姉様?!」と全員の声が見事にハモったけれど、そんなものは捨て置いて鋼色髪の戦闘狂は一直線に突っ走る。


 だってここに至るまで我慢に我慢を重ねてきたから。

 理性が立ち消えてしまったお嬢様はもはや拳を振り抜くことしか考えられない。

 敵なるものをぶちのめす事しか考えられない。


「化け物よ! 戦ってやる! 命を賭けてオレを愉しませろ!!」


 少女の身体が矢の如き軌跡を描いて巨大なる多頭蛇に迫る。

 迎撃しようととぐろを巻く蛇の頭の三つが獲物に食らいつこうと顎門を開いて飛び掛かる。


「オラァ!!」


 ボグンッ!!


 号砲が鳴り響いた。

 蛇の頭三つが同時に爆散した。

 残りの頭が驚いたようにビクリとたじろいで、しかしルナは止まらない。

 八つの首が繋がる胴体を思い切りぶん殴った。


『なにぃぃぃ?!』


 大蛇の土手っ腹に巨大な風穴が空いて、それでも衝撃が消えずに胴体の輪郭が、八つの首が消し飛ばされる。

 人間の形をしただけの全く別の存在。

 大蛇の目には、少女はその様に映り込んでいた。


『貴様……人間では無いな?!』


 連鎖爆発するように次々破裂して血と脳漿を撒き散らす蛇のこうべ

 その内の一つが驚愕の音色を口ずさみ、すぐに理解の色を示す。


『まさかっ! ……そうか、貴女様は――』


やかましいっ!」


 ズドンッ。と最後に残された頭が更に追い打ちにとカッ飛んできたルナの一撃で塵芥と化す。

 邪悪の化身かと思わせる異形の怪物、八岐大蛇はこのほぼ瞬間的に滅殺され、この世から退場したものである。


「お姉様! もうっ! 心配させないで下さいませ!」


 一足遅れて駆けてきたマリア達が物言えば、ルナお姉様は悪びれた様子も無く答える。


「そう目くじら立てるものではありません。というか、私の見立てでは相手は神性を獲得していたようですし、そうであれば通常の攻撃は通用しなかったでしょう。ですので最も効率よく確実に倒そうと思えばわたくし自らが初撃で屠るのが最適解であると、そのように判断したまでです」


 先ほどのチンピラじみた威勢の良さはどこへやら。

 淑女然とした物腰で皆を納得させるルナ様は、それはもう清々しいまでにスッキリとした面持ちだった。


「ですけれど次はせめて一声掛けてからにしてください。でないと連携が取れませんから」


 ちょいと拗ねたように口を尖らせるマリア。

 ルナは目を逸らしたところで「あら?」と声に出す。


 ルナが発見したのは床に突き立った一振りの剣だった。

 諸刃の刀といった趣の剣。

 興味を引かれたのかつま先の向きを変えるとそちらへと歩み寄る。

 長さ大きさは、ルナの体格には大きすぎる代物で、平均的な成人男性の身長があってもそれは代わり映えしないように思える。

 娘さんは「ふむ」と声に出すと背伸びして手を伸ばしても届くかどうかといった柄に触れるでもなく、剥き出しになっている刃を指で摘まむと刀身を床から引っこ抜いた。


「随分と貧弱そうな刀ですこと」


 そう言って摘まみ上げたまんまの諸刃剣を真上に放り上げる。

 落ちてきたそれを握り絞めた拳で殴りつけた。


 バキャァ!


 音を立ててへし折れた刀身が次に柄まで粉々に砕け散った。


「ああ、最終決戦用の武器が……」


 またしても意味不明な言葉を供述するマリア。

 しかし砕けた剣の破片は意に反して床に落ちることが無かった。


「ああ、なるほど、所有者の性質に合わせて変化する武具という事ですか。面白い趣向です」


 感心したようなルナの呟きに合わせてその細い腕に纏わり付く剣の破片たち。

 それらは腕の上で再び結合して新たな形を表した。


「アメノムラクモ、でしたか。でしたら叢雲手甲とでも名付けましょうか」


 少女の腕を覆った装甲は、無骨で大雑把で、それでいて恐ろしいまでの闘気を放っている。

 固唾を飲んだ妹たちは、しかしルナの呼び声で我に返る。


「さあさ皆さん、ゴールに到着したようですし引き返しましょうか」


「「「「は~い」」」」


 何とも気の抜けた、ともすれば遠足の帰りかといった風情の声に、同じように緊張感に欠けた返事をする四人。

 踵を返して玄室を後にする少女達の最後尾でマリアはふと振り返る。


(けれど大蛇オロチの最後の言葉……何を言おうとしたのだろう?)


 不意に過ぎった疑問ではあるのだけれど、既に塵と化している魔物が回答を寄越してくる事は無かった。



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