018:レイナと試練の洞窟⑦ レイナの場合
「どうします……?」
私たちは露出した岩肌にポッカリ空いた大穴の前に立っていた。
流れ出てくる空気がこの先に広大な空間が開けている様を示唆しているかに思われる。
私のすぐ隣に立っているアベル王子が厳しい表情で、暗がりの奥にある暗黒を凝視していた。
「たぶんルナ達はこの先にいる。僕としては追い掛けたいが……」
と、本音を漏らしてから私の方を見た。
イケメン男子に難しい顔で見つめられてしまうとそれだけでドキドキしちゃう。
悪役令嬢ルナがダルシス氏に語ったのは私をエスコート、言い換えればお守りをしろって話で、その会話はアベル王子も耳にしている。
だから私が危険に遭うことは極力避けたいというのが本音だろう。
つまり、この場では私がお荷物と見做されているって事。
「アベル殿下、あまり私をナメないで下さい。降り掛かった火の粉を払うくらい出来ます」
なんだか悔しくて、見返してやりたくて、気付けば強がる言葉を囁いていた。
私は自分を弱いとは思っていない。
少なくとも大抵のダンジョン等で一線級を張れるだけの実力はあると自負している。
けれどさっき現れた肉団子は私の能力を大きく上回っているかに思われたし、ひょっとしたらこの奥には同等のもしくはもっと恐ろしい怪物が犇めいているかも知れない。
そう簡単に予想できてしまう手前、できれば回避したいなってのが私の心情だったりする。
でも、だからといって侮られたまま、守ってあげなきゃいけないか弱いお嬢さんと思われたままというのは私のプライドが許さなかった。
これでもたった一人ダンジョンに引き籠もってレベリングに励み、遂にはスキル「魔導の極み」を獲得するに至った大魔導士の卵なんだ。
少なくとも今の彼らなんかよりずっと強い女だと、一目置かれる存在になっておきたいと考えた。
「私は誰かに守って貰わないと自分の足で立っていられないほど落ちぶれてはおりませんわ」
なので胸を張って告げる。
恐ろしい敵が行く手を阻んだからといって悲鳴を上げて逃げ出すくらいなら死んだ方が遙かにマシ。
だって格好悪いじゃない?
状況一つで自分の意見をコロコロ変えるような節操なしなんて。
死ぬときゃ前のめりに。
それが私の矜恃。死んでしまう瞬間まで足掻いて足掻いて、自分を貫き通す。
守られて溺愛されてお姫様抱っこされるのが女の在るべき姿だと本気で信じているようなバカ女になるのも、そんなお花畑だと思われるのも我慢ならないの。
「まったく。僕の周りの女性達はどうしてこんなにも強いんだ」
王子様は驚いたように目を見開いて、僅かに微笑んだ。
また反対側ではカイン王子がニヤリと笑んで見せている。
「上等だ」
アッシュグレー髪の青年は腰に差していた剣を引き抜くと私の前に立った。
「レイナ・アーカム、か。その名前、覚えたぞ」
俺が守ってやる。そう横顔が語っているかに思われた。
一番前の紅髪のダルシス様も同じように剣を抜いたけれど、こちらは肩越しに一瞥しただけで無言。
けれど先頭は譲らないとばかりに歩き出す。
結果、ダルシス様を前に、右にアベル王子、左にカイン王子と囲われる格好で新しく発見した廊下を突き進む私たち一行となった。
――それから少し進んだところで下り階段があって、慎重に降りて行く。
感覚的に三階ぶんくらい降りたように思う。
唐突に階段が途切れたかと思えば景色は石造りの迷宮へと姿を変えていた。
ドゴンッ!!
「「「?!」」」
真っ暗で先を見通すことが出来ない廊下は輪郭線だけが浮かび上がっているかに思われて、私は魔法の光を生成すると頭上に浮かべておく。
その折りに何処かで籠もった爆発音があって、全員で顔を見合わせた。
「かなり距離があるが、きっとルナ達だろう」
アベル王子が険しい顔で告げる。
「師匠が負けるなんざ有り得ない事だが。どうする、慎重に進むか、それともペースを上げるか」
ダルシスが確認するように私たちを見た。
私が探知系の魔法を発動させると少し進んだところに大きな魔力反応があるのを感知した。
「前方に一体強力なのが居ます。……待ち構えているような動きに思えますわ」
「つまりそいつを倒さないとルナ達が戻ってくるときに鉢合わせてしまうということだね。だったら決まりだ」
完全な一本道ならいざ知らず、迷宮内では素通りした別の通路の奥から新たな魔物が移動してくるなんてのはよくある話。
加えて如何に戦闘能力に秀でていても強力な敵を倒した後は疲弊しているもので、そういったときに強襲されるとザコであっても苦戦は免れない。
であるならば自分たちは露払いに専念すべきだと。
アベル王子はその様に結論づける。
「じゃあ、進むぜ?」
ダルシス様が言葉に出して、歩調を変えずに歩き続ける。
やがて目の前に扉が出現し、ゴクリと唾を飲んでから警戒心MAXで押し入る。
「――待ちくたびれたよ、お兄さん達」
ドーム状、というよりは巨大な円柱状の空間。
照明が無くても真昼のように明るいそこは床が全面石畳。
天井だって随分と高い。10……いや30メートルはある。
壁は石材を積み上げたというよりはコンクリートで覆ったように継ぎ目が見当たらない。色は光の加減なのかグレーよりも白っぽく見える。
そんな玄室の真ん中から場違いなまでに透き通った幼い声が私たちへと放たれる。
凝視するに、それは純白のワンピースを身に付けた、頭の上に犬耳をくっつけた白髪の少女。
年齢は10かそこらだとおもう。
幼さあどけなさを差し引いても整った顔立ちは、美少女と呼んでも構わないかも知れない。
少女は手を後ろ手にニッコリ笑むと、こう告げた。
「ここから先へは行かせない。けれど殺すなとも言われているんだ。だから死なない程度に痛めつけてあげる」
少女が言葉を言い終えたところでその背後の床が盛り上がって形を成す。
新たに出現した“それ”は巨大な黒い狼。
「紹介するよ。ボクのお友達、“フェンリルくん”。神話だと神と巨人の間に生まれた怪物って事になっているけれど、まあ、その説明もあながち的外れってワケでも無いしね。今の君たちならこの子だけで充分だろうし、後はお任せするよ」
白ワンピの少女が一人だけ立ち去ろうとするのを見て、私は咄嗟に鑑定魔法で能力値を看破しようとする。
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シロ(第一段階)
Lv:9999
体力:9,999,999/9,999,999
気力:9,999,999/9,999,999
魔力:9,999,999/9,999,999
攻撃力:9,999
防御力:9,999
素早さ:9,999
賢さ:9,999
運:9,999
技能:
閲覧不可
称号:
閲覧不可
注釈:
ステータス画面に表示される数値なんて幾らでも書き換えられるのだし、あんまり過信しない方が良いよ? お馬鹿なお嬢ちゃん♪
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私の視界に現れたウィンドウにはその様な記述があった。
頭の中が真っ白になった私を、彼女は一瞥する。
「せっかく乙女ゲームの主人公のポジションを奪い取ったのだから、与えられたシナリオ通りに踊っていれば良いと思うよ?」
シロとかいう少女の声が急に耳元で囁かれた。
ゾワァ、と背筋が凍り付く。
白少女の言葉は他の誰にも聞こえていなかったようで、男性たちは前方を睨み付けたまま微動だにしない。
良く見れば左右の王子様の顔には脂汗が浮いている。
私の前に立っているダルシス様の剣を持つ手が、膝が、ガクガクと震えていた。
「じゃ、ボクは席を外すとしようかね。あんまり長居して怖がらせちゃうのも良くないし♪」
白髪少女は肩を竦め、後ろ手に組んでいた腕を掲げるとパチリと指を鳴らす。
次の瞬間、その華奢な輪郭は跡形も無く消失していた。
まるで最初から居なかったかのように。
そして黒々とした巨大なる狼がただ一つその場に在った。
まるで最初からそこに居たかのように。
「――化け物め……!!」
金縛りが解けた様に床に片膝付いたダルシス様が憎々しげに呻いた。
彼が何を指して化け物呼ばわりしたのかなんて、聞くまでもない話だった。